リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

時代おくれの(その2)

2021-03-27 14:10:10 | その他
 さて、今日の2題め。といっても続きでも大したことでもなくて。ふつうの方は来週ね。
 
 ここのところ今どきの社会学者が何を書いているのかの情報収集をしておりますが、では、今の若人は何を勉強してるんだろうと思って、ネットの社会学卒論題名集をのぞいてみました、ら、びっくり、見なきゃよかった、そこここの近場の出来事をテーマに、何でもありとしか思えない。
 ははあ、これが構築主義(とライフヒストリー)の流行る理由か、と思いましたよ、つまり心理学的分析(と出来事記録収集)がはやる理由ね、そんな手近かなテーマでは学生さんにほかに書けるものないじゃん。よく言って人間学卒論だね。これじゃあ全体社会システム論など読まれるはずもない。時代おくれがまざまざ。
 まあそれは学生さんの求めに応じていて、いかにも民主的ともいえます。
 と、思いましたが、いやいやちょっとまてよ、それでは評価として他の学問に公平ではない。
 経済学科の履修生は、なんとか世の中を経済で良くしようと思って学問をするでしょう、そんなことは無理ですが。政治学科の履修生はなんとか政治をよくしてわれわれの生活を改善すようと思うでしょう、もちろんできはしませんが。
 しかしところで構築主義的社会学履修生はどうしようというのか。隣の人間との関係が改善されれば「社会」は良くなるのか? そんなことを思うのは宗教家だけです。いや、日連系や真宗派は、「とんでもない、この現世を極楽にするのが如来だかお釈迦様だかの教えの実践だ」、とさえいうでしょう。
 これは評価としてあまりに不公平だ、と心の中で思ったわけだけど言っちゃったね。
 社会学科は人間学科ではありません。なぜ違うのか、教授連はよく考えるべきです。もちろん、社会学教授の給料はもらっていていいけどね。人間家庭の政治経済はお互いさまだから。でも人間学にはそんなお互いさまはないんじゃないかね。

 もっとよく言えば、それらは「社会科学的精神をもって社会を見る」こと(だけ)を教えたんだとも言えます。
 つまり、ほかの人間も自分と一緒で、単に社会環境の圧力によってそうした生き方をしている。さて、「その生き方を自分が否定したければ社会環境をどう変えたらいいだろうか」。この発想に達するのが社会科学的精神です。この精神の獲得は決して悪いことではない。平等主義の根源です。人間いつか獲得して欲しい。しかし、そんなことは2年かければ十分だと思うんだよね。なにも大学4年かけて身につけるものではない。そんなことでよければ、注意深い高卒の社会人は働きながら2年、長くとも4年で十分に把握するのではないか。そもそも大学へ行くのはそれからだよ。高卒4年働いてそのあとで無料の大学に行ったらいいじゃん、無料って昔のドイツってそうだったろ? 今知らないけど。
 働いて、他のみんなの人生の構えを知った後で、大学で2年、政治学と経済学と隈社会学だけを学んで、卒業したら人生効率的に勉強ができるというものだ。
 いや、私の社会学はそのままで消化は無理だけどね。他の誰かや誰かが教科書に焼き直ししてくれたらいい。自分でするのはあきらめたから。隈の著書2冊目から5冊目まではその苦労の(失敗の)結晶だからね。でもあきらめたさ。民衆はみんな権威がないと読まないのだ。そこらの他称学者諸氏ならぬ正直な人間にとっては、何でも現実に必死にやったから言える。今から思えば大変な人生の無駄だったけれど、まあそれも思い出話、お天道様は全部お見通しさ。おかげでこの年になっても生きて(生かされて)いるからね。
 
 ま、いずれ、若人の皆様におかれましては、社会学に限っては大学にはいかないでいいってはっきり言えて、私は嬉しい。だいじょぶ、ときどき駅前の本屋で新書を買って(借りて)読んでれば、十分。若人って、60歳以前の人。コロナさえなくんば、まだまだ未来がある人たちね。
 ただね。前もいったように、高卒の方もなんとか文章を800字は書けるようにね。ツイッターの280文字じゃダメ。他人の真似でいいの、まるっきり写しでいいの、手で(キーボードで)書ければ。丸写しは若いうちはすぐ自分のものになるから。そのパターンが身につけば、あとは同じ文章中の単語を差し替えれば、それで立派な文人なのさ。 
 
 でさ、私に戻って、次回論究は、それほど翻訳的学者諸氏の手間をかけずに生きている人間の行為を対象にしようというわけ。具体的人間の次元が劇場だから、ずっと学者の翻訳なしに読めると思うんだ。さらにそれなら、「そこここの近場の出来事」の分析にも直接使えるし。 
 毎回宣伝だね。
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時代おくれの

2021-03-27 11:26:02 | コーヒーブレイク
 こんにちは。東京地方、ずっと暖かく、桜もほぼ満開。明日以降ずっと天気が思わしくないので、花見は今日しないともう葉桜かと。強がりをいっても桜は青空の下がいいです。特に目が悪いと白(雲)に白(桜)じゃあ。一昨日は「あんなとこに空が大きく開いてたかなあ」とおもったら満開の桜でした。地べたは、背の高いタンポポはまだ、ハナニラがきれいです。

 さて、知ってる人は昔から知ってそうですが、改めて赤旗にこんな記事が。
「苫小牧市立中央図書館が苫小牧署の求めに応じ、利用者1人の図書貸し出し履歴や予約状況などを提供していました。
 札幌弁護士会は昨年、管内の図書館102館にアンケートをしました。その結果、10館が捜査機関から「捜査関係事項照会書」による特定の個人の情報照会を受けたと答えました。うち5館が捜査機関の照会に応じたことがわかりました。」(赤旗) 今日の朝日の読者の声にもありましたが、共産党の人でしょうか。
 
 ま、ともかくこのニュースへのコメントが変。
 「警察がそんなことをしていいのか」。
 ちょっとまってよ。いまどきそんな利用者の履歴が記録されてるシステムって何?
 東京・川崎じゃ昔っからありえないぞ。
 大昔は差し込みカード方式だからそもそも残らないし、40年前コンピューター化になっても、返却された瞬間から記録消去だし。
 皆様の地方はいかがですか? 利用履歴は消去。それがされてない地方は(ド)田舎と言われてもしょうがない。市長に抗議してね。
 
 さて、本日はyoutubeから。
 ずっと日中に書いてるから、酔っぱらって気持ちのいいyoutube感想と縁がないところ、ちょっと不愉快な件が。
 まずは「時代おくれの酒場」で引いたら高倉健が出てきて、おやおや、と思って、うん、ちょっとやりすぎ。で加藤登紀子のを探したら長谷川きよしとのデュエットがあって、うん、このくらいでないと、と思ったら右側に「山谷ブルース」も並んでて、吉幾三だと。うん、これはこれで、と思ったけど、やはり岡林信康の高い声が聞きたいと思って並んでるのを開けたら、じいさん、ロック調でやんの。何やってんだよ、岡林。遊んでんじゃないよ。素ギターをアルペジオしてたお前はどこへ行ったのだ。もっともオイルショック前の物価安の時代に45,000円のギター抱えてたけどね(と、本人が舞台上で言っていた)。
 ほんと人間の存在の意味が不明。
 人間、歌も詩も、30歳過ぎたらやめちまうのがいい。
 悪口ついでに岡林なんか、私の思春期のみぎり、コンサートで「キューバで売春婦公認だから立派な国だ」って叫んでたし。高石かもしれないけど、二人一緒さ。気を許しちゃあいけないと子ども心に思ったさ。(なお、キューバは革命で米帝に生産手段を全部引き上げられて売春婦の転職まで手当てできないんで、そのままにした、と内部事情の本には書いてある)。

 というわけで、その夜の結局の締め。メリー・ホプキン「悲しき天使」。

  Those were the days, my friend
  We thought they’d never end
  We’d sing and dance forever and a day
  We’d live the life we’d choose
  We’d fight and never lose
  For we were young and sure to have our way
  
    http://www.magictrain.biz/wp/blog/2011/10/09/ 様の訳では

    あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
    私たちは、彼らが(ママ)終わることがないだろうと思っていた
    私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
    私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
    私たちは戦いそしてけして負けないだろう
    私たちは若かったし、私たちのやり方を確かに持っていた
    
そしてこれはこう続きます。

  Oh, my friend, we’re older but no wiser
  For in our hearts, the dreams are still the same
    ああ私の友よ、私たちは年とったけど、賢くならなかったね
    それは私たちの心のため、夢はずっと同じままなんだもの

 立派なお嬢さんさ。

 今日は後で、もう一題追加しようかと思っております。
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