芸術の秋、友あり遠方より来る、また楽しからずや。
名古屋と新潟に住む大学時代の友人2人が芸術の秋を楽しみに東京に来ました。初日に訪れた展覧会は生誕100年東山魁夷展。なかでも見どころは現物をそのままのしつらえで見ることのできる「唐招提寺御影堂の障壁画」でした。展覧会が始まって2日目だったのですが木曜日とあって比較的スムーズに入場でき、会場内も広いためかゆったりと見ることができました。
東山魁夷は私がもっとも好きな日本画家の一人で、家には障壁画の習作のうちの1点を魁夷自身がリトグラフにしたものがリビングに飾ってあります。私の宝物です。障壁画は唐招提寺の依頼を受けた魁夷が10年の歳月をかけて制作したもので、中国から渡来し仏教を伝えた鑑真和上の功績をたたえるため、日本最古の肖像彫刻である鑑真和上像を納めてある御影堂のふすまに描かれています。鑑真和上のふるさと中国の墨絵による風景と、渡来の途中に難破し視力を失い、遂に目にすることができなかった日本の海と山の風景を、東山魁夷独特の緑色がかった青色を用いて描いています。ウィキペディアのふすま絵の説明を引用します。
「御影堂の南側は東の「宸殿の間」に波と岩を描いた『濤声』16面、西の「上段の間」に日本の山と雲を描いた『山雲』10面(床の間、床脇、天袋含む)を描く。これらは彩色画で、日本の海と山の風景を表し、1975年に完成したものである。御影堂の北側は、鑑真像の厨子がある「松の間」に『揚州薫風』26面、西の「桜の間」に『黄山暁雲』8面、東の「梅の間」に『桂林月宵』8面、これらは水墨画で、鑑真の故郷揚州を含む中国の風景を表し、1980年に完成したものである。厨子内壁には『瑞光』(1981年作)を描く」
なんと約70枚ものふすま絵を魁夷はたった一人で描いています。完成して間もなくNHKが、構想作りからはじまり風景スケッチの様子や習作、そして本番のふすま絵の製作過程を2時間あまりの長編ドキュメンタリーにまとめて放映をしたのを見て、いたく感心したのを覚えています。
私と障壁画の実物との最初の出会いは1977年、パリのプチパレで開催された唐招提寺展が最初でした。その当時私はJALのフランクフルトに単身赴任していて、パリ支店の先輩から連絡があり、「すごいものが日本からくるよ。日本でも見られない鑑真和上の像と、それが収められている御影堂の障壁画のすべてだ。是非見においで。」とのこと。いてもたってもいられず、エールフランスに頼んでスタンバイのただ券を手に入れ、飛んで行きました。たしか1974年に日本に来たフランスの至宝「モナ・リザ」のお返しとしてフランスに行ったものだと記憶しています。
こうしたことが刺激になり、私は80年前後、あるデパートで開催された唐招提寺障壁画展覧会で展示即売されていた魁夷のリトグラフ、『濤声』の習作を購入しました。20歳代の終わりころ、安月給の身なのにボーナスを注ぎ込んでしまいました。その時の展覧会も今回の展覧会も、いずれも御影堂の各部屋を、畳や柱もそのまま会場にしつらえ、実際の御影堂を体験させてくれますが、鑑真和上の像は運送が非常に困難なため、今回を含めほとんど見ることができません。今回は御影堂大修理のため5年ほど唐招提寺での拝観を停止し、その間にふすま絵のみ国立新美術館で見ることができます。展覧会ではうちのリビングルームにあるリトグラフの青色とふすま絵の色が、40年経った今も全く同じであることを確認することができました。ご興味のある方はこの機会に是非ご覧ください。展覧会は東山魁夷の代表作の数十点とともに、12月3日まで国立新美術館で開催されています。
友人との芸術の秋めぐりはそれから4日間続きました。魁夷展と同じ美術館で開催されていたナビ派のピエール・ボナール展を見て、さらにサントリー美術館での醍醐寺展、箱根に旅行して私の好きな岡田美術館を遠来の友人たちに紹介。さらに東京芸大の澤学長に案内いただいた新装オープンした芸大アートプラザを訪れ、最後にはもう一つのハイライト、「フェルメール展」を上野の森美術館で見学しました。
このフェルメール展もお勧めです。なにせ世界でわずか35点しか確認されていないオランダ・デルフトの画家フェルメールの絵画のうち9点を一度に見ることができるのです。たった1点でも来日すると大変な騒ぎになるほどの絵画ですが、世界の主要美術館の協力で9点が一堂に会しました。長蛇の列を避けるため、日時を指定した完全予約制なのですが、会期が来年の2月3日までと長期にわたるため、まだ十分に空きがあるようです。我々が行ったのは日曜日にも関わらず、指定された時間に行き、30分ほど待ったものの退出時間の制限はないため、ゆっくりと見ることができました。
これまでにもブルーの着物をまとった「真珠の耳飾りの女」などが来日していますが、今回は「牛乳を注ぐ女」、「ワイングラス」、「手紙を書く女」など、「光の魔術師」と呼ばれるフェルメールの作品を9点も見ることができます。女たちのまとう絹の着物の襞の示す質感は、1600年代に描かれてから400年近くを経ても全くあせることがないのが驚きです。
これだけのヘビーな展覧会、美術館を4日間も見続けるのはとてもエネルギーを要します。でも芸術好きな友人たちと尽きることない芸術談義をしながら過ごせたのは、この上ない幸せでした。