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芸術の秋を満喫

2018年11月02日 | アートエッセイ

  芸術の秋、友あり遠方より来る、また楽しからずや。

   名古屋と新潟に住む大学時代の友人2人が芸術の秋を楽しみに東京に来ました。初日に訪れた展覧会は生誕100年東山魁夷展。なかでも見どころは現物をそのままのしつらえで見ることのできる「唐招提寺御影堂の障壁画」でした。展覧会が始まって2日目だったのですが木曜日とあって比較的スムーズに入場でき、会場内も広いためかゆったりと見ることができました。

   東山魁夷は私がもっとも好きな日本画家の一人で、家には障壁画の習作のうちの1点を魁夷自身がリトグラフにしたものがリビングに飾ってあります。私の宝物です。障壁画は唐招提寺の依頼を受けた魁夷が10年の歳月をかけて制作したもので、中国から渡来し仏教を伝えた鑑真和上の功績をたたえるため、日本最古の肖像彫刻である鑑真和上像を納めてある御影堂のふすまに描かれています。鑑真和上のふるさと中国の墨絵による風景と、渡来の途中に難破し視力を失い、遂に目にすることができなかった日本の海と山の風景を、東山魁夷独特の緑色がかった青色を用いて描いています。ウィキペディアのふすま絵の説明を引用します。


御影堂の南側は東の「宸殿の間」に波と岩を描いた『濤声』16面、西の「上段の間」に日本の山と雲を描いた『山雲』10面(床の間、床脇、天袋含む)を描く。これらは彩色画で、日本の海と山の風景を表し、1975年に完成したものである。御影堂の北側は、鑑真像の厨子がある「松の間」に『揚州薫風』26面、西の「桜の間」に『黄山暁雲』8面、東の「梅の間」に『桂林月宵』8面、これらは水墨画で、鑑真の故郷揚州を含む中国の風景を表し、1980年に完成したものである。厨子内壁には『瑞光』(1981作)を描く」

   なんと約70枚ものふすま絵を魁夷はたった一人で描いています。完成して間もなくNHKが、構想作りからはじまり風景スケッチの様子や習作、そして本番のふすま絵の製作過程を2時間あまりの長編ドキュメンタリーにまとめて放映をしたのを見て、いたく感心したのを覚えています。

   私と障壁画の実物との最初の出会いは1977年、パリのプチパレで開催された唐招提寺展が最初でした。その当時私はJALのフランクフルトに単身赴任していて、パリ支店の先輩から連絡があり、「すごいものが日本からくるよ。日本でも見られない鑑真和上の像と、それが収められている御影堂の障壁画のすべてだ。是非見においで。」とのこと。いてもたってもいられず、エールフランスに頼んでスタンバイのただ券を手に入れ、飛んで行きました。たしか1974年に日本に来たフランスの至宝「モナ・リザ」のお返しとしてフランスに行ったものだと記憶しています。

   こうしたことが刺激になり、私は80年前後、あるデパートで開催された唐招提寺障壁画展覧会で展示即売されていた魁夷のリトグラフ、『濤声』の習作を購入しました。20歳代の終わりころ、安月給の身なのにボーナスを注ぎ込んでしまいました。その時の展覧会も今回の展覧会も、いずれも御影堂の各部屋を、畳や柱もそのまま会場にしつらえ、実際の御影堂を体験させてくれますが、鑑真和上の像は運送が非常に困難なため、今回を含めほとんど見ることができません。今回は御影堂大修理のため5年ほど唐招提寺での拝観を停止し、その間にふすま絵のみ国立新美術館で見ることができます。展覧会ではうちのリビングルームにあるリトグラフの青色とふすま絵の色が、40年経った今も全く同じであることを確認することができました。ご興味のある方はこの機会に是非ご覧ください。展覧会は東山魁夷の代表作の数十点とともに、12月3日まで国立新美術館で開催されています。

 

  友人との芸術の秋めぐりはそれから4日間続きました。魁夷展と同じ美術館で開催されていたナビ派のピエール・ボナール展を見て、さらにサントリー美術館での醍醐寺展、箱根に旅行して私の好きな岡田美術館を遠来の友人たちに紹介。さらに東京芸大の澤学長に案内いただいた新装オープンした芸大アートプラザを訪れ、最後にはもう一つのハイライト、「フェルメール展」を上野の森美術館で見学しました。

 

  このフェルメール展もお勧めです。なにせ世界でわずか35点しか確認されていないオランダ・デルフトの画家フェルメールの絵画のうち9点を一度に見ることができるのです。たった1点でも来日すると大変な騒ぎになるほどの絵画ですが、世界の主要美術館の協力で9点が一堂に会しました。長蛇の列を避けるため、日時を指定した完全予約制なのですが、会期が来年の2月3日までと長期にわたるため、まだ十分に空きがあるようです。我々が行ったのは日曜日にも関わらず、指定された時間に行き、30分ほど待ったものの退出時間の制限はないため、ゆっくりと見ることができました。

   これまでにもブルーの着物をまとった「真珠の耳飾りの女」などが来日していますが、今回は「牛乳を注ぐ女」、「ワイングラス」、「手紙を書く女」など、「光の魔術師」と呼ばれるフェルメールの作品を9点も見ることができます。女たちのまとう絹の着物の襞の示す質感は、1600年代に描かれてから400年近くを経ても全くあせることがないのが驚きです。

   これだけのヘビーな展覧会、美術館を4日間も見続けるのはとてもエネルギーを要します。でも芸術好きな友人たちと尽きることない芸術談義をしながら過ごせたのは、この上ない幸せでした。

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芸術の秋 2 音楽編

2017年11月30日 | アートエッセイ

  先日家内と、佐渡裕指揮のケルン交響楽団によるコンサートを東京のオペラシティコンサートホールに聞きに行きました。

  演目は前半がワーグナーのジークフリート牧歌、シューベルトの交響曲「未完成」。後半がベートーヴェンの交響曲5番「運命」という極めつけのポピュラー曲です。昔のLPレコードやCDなどでは、「未完成」と「運命」がまるで同じ作曲家によるものであるかの如く表裏一体、A面とB 面になっていうものが多く見受けられました。両者に共通項などないのに、不思議です。いや、売れるものを並べるのは音楽出版社としては当然なのでしょう。

  コンサート会場で当日配られたプログラムに、おしゃべりな指揮者佐渡裕による「運命」の解説があました。その中にやけに気になる部分があって印象に残りました。

  それは、「運命の例の『ジャジャジャジャーン』という冒頭のフレーズは、実は八分休符から始まっている」という言葉です。そして彼は「わからないかもしれないが、あの始まりは『ジャジャジャジャーン』ではなく、『ん、ジャジャジャジャーン』なのだ」と解説しているのです。

  いやー、知りませんでした。当たり前ですね、交響曲のスコアなど見たことないのですから(笑)。

  何故八分休符から始めるのか。彼の解説は、「指揮者は冒頭で八分休符に向かって腕を振り下ろすが、振り下ろした瞬間に音は鳴らない。八分休符の長さの分だけ奏者は音を鳴らすことを待たなければならず、その分蓄積されたエネルギーがつぎの瞬間に放たれて、あの爆発的、衝撃的な『ジャジャジャジャーン』が生み出されるというわけだ」。なるほど、タメを作ることでより大きな爆発になるんですね。

  休憩時間が終わり後半の「運命」を聞くために席に着いた私は、冒頭の佐渡裕の指揮棒が振り下ろされる瞬間を見逃すまいと目を凝らし、聞き耳を立て集中しました。「ん」を見分けよう、あるいは聞き分けようとしたのです(笑)。

  彼は演奏の最中にしょっちゅううなり声をあげます。その日の席は10列目の中央と、指揮者にかなり接近していたので、彼のうなり声がよく聞こえるのです。もしかすると「ん」が聞こえるかもと耳をそばだてたのですが、もちろんなにも聞こえず『ジャジャジャジャーン』が始まってしまいました(笑)。しかし目は確かに指揮棒が降ろされるタイミングと音のタイミングのズレはとらえることができました。

  でもまてよ。指揮棒の動きと奏者の出す音は、常に微妙にズレていて指揮棒がわずかに先行しています。残念ながら目にとらえたズレは通常の指揮のズレなのか八分休符のズレなのか、素人目には全くわかりませんでした(笑)。


  今回の話題はベートーヴェンの「運命」というどなたでも知っているポピュラーな曲についての思い出です。私にとってはとても大事な友人の一人で、博多織の織元をしていたH氏との1980年ころの思い出です。彼とは私が博多に赴任していた時代、娘の幼稚園のパパ友でした。

  マッキントッシュ・マークレビンソン・インフィニティの組み合わせ、と聞いてピンとくる方は相当なマニアです。これはアナログレコード時代にレコードを鳴らすための、『世紀のオーディオ・コンポーネント』と言われた名器の組み合わせです。マッキントッシュのプレーヤーでレコードを回して音を拾い、マークレビンソンのアンプで増幅し、インフィニティのスピーカーで聞く。それが80年ころには世界最高のオーディオセットだと言われていました。H氏の自宅リビング兼織物のショールームは40畳敷の広さがあり、それがセットされていたのです。私が初めて自宅を訪ねた時のスピーカーはJBLのパラゴンという木造建造物でした。高さ90センチ、幅2メーター60センチもあり、80年当時は新品で200万円ほど。現在でも中古品が400万―500万もします。写真をご覧になりたいかたは、下記のサイトへ行くとみられます。特殊な形状ですが、内部構造の図をみると10個のスピーカーが組み合わされていて、「へー、そういう構造なんだ」と思えます。

http://audio-heritage.jp/JBL/speaker/paragon.html

  JBLのパラゴンでも十分にすごい代物でしたが、ある日彼から「遂にインフィニティのセットができたよ。日本で3台目だ。一番好きなレコードを持っておいでよ」と電話がありました。

  インフィニティの大型スピーカーシステムはすべて受注生産で、当時は納期までに半年かかりました。超巨大なため、普通の家に設置するのでは売ってくれません。音を出すのにふさわしい場所であるか否か、まず実地検分があるのです。彼の新築の家はそれにふさわしく作られていました。そして運び込まれてからオーディオセットとつなぎ、理想の音が聞こえるまでに専門家2人が様々な機器を使い3日間もかかっていました。スピーカーにつなぐためのコードの値段だけで1m当たり2万円もすると聞き、度肝を抜かれました。

  これも写真をご覧になりたい方は販売会社のHPに行くと、最近のセットの写真が見られます。IRSという機種ですが、昔も今も外見はほとんど同じものを売っているようです。

  http://audio-heritage.jp/INFINITY/speaker/index.html

  左右2X2、4台でワンセット。スピーカー数は54個、高さ2メーター30センチとマンションの天井近くまであり、幅は片側2つで1メーター50センチもあります。天井高のある広い部屋でないと、意味をなしません。価格はプレーヤー・アンプにこのスピーカーを含め〆て3千万円。80年当時の普通の家一軒分でした。

  私はオーディオマニアではありませんが、音を聞き比べるには最も聞きなれた曲で、しかも大きな音量で性能が試せる必要があります。そこで選んだのが「運命」だったのです。ベルリンフィルを絶頂期のカラヤンが指揮し、時代の最先端を行くPCM方式の録音レコードだったと思います。

  どんな音色だったかって?

  こればかりは文章では表現のしようがありません。でも一言で言うなら、「本物の音源に極めて近い音」ということでしょうか。

  今でもベートーヴェンの「運命」を聞くたびに、「世紀のオーディオ・コンポーネント」と、40代の若さで亡くなった友人のことを思い出します。

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芸術の秋

2017年10月18日 | アートエッセイ

   今年の秋の展覧会は、勝手ながらイマイチめぼしいものがないように思えます。この数年は春も秋もかなりの観客数を動員できるような展覧会が続いたので、ちょっと一息というところでしょうか。

   そうした中で、めずらしく遠征をして芸術の秋を楽しんできました。国際陶磁器フェスティバル美濃という3年に一度のトリエンナーレ形式で開かれるフェスティバルで、その名の通り岐阜県の陶磁器産地である美濃地方の各地で同時開催されています。我々は2日間で5会場、多治見市と土岐市を中心に各会場を見学しました。フェスティバルの関係者の方から4人分の「セラミックバレー・ぐるっとパス」をいただき、夫婦2組で行ってきました。といっても1組は名古屋に住む友人夫妻です。

   美濃地方は日本の瀬戸物の代名詞である瀬戸があるくらいですから、現在でも日本では圧倒的な生産量を誇る地方です。ブランドとして確立している名前は志野・織部・瀬戸などがありますが、昔からの瀬戸物に加えて、セラミック製品の大メーカーも軒を連ねています。会場を巡るために車を走らせていると、ウォッシュレット工場とか、ガイシの工場などがあり、陶磁器のすべてがこの地方にあるのではないかと思うほどでした。

   国際陶磁器フェスティバルのメイン会場は2002年に開場したセラミックパークMINOとい名の素晴らしい会場で、美術館・イベントホール・国際会議場などを備える複合施設です。フェスティバルのメインイベントは現代陶芸の国際コンテストです。世界60か国から2,400点の応募があり、多くの賞が用意されていますが、総合プロデューサーはなんとサッカーの中田英寿氏です、びっくり。審査員は各国の陶芸の専門家に加えて中田英寿やアーティストの奈良美智の名前があり、この二人はお気に入り作品を選び、それぞれ中田英寿選・奈良美智選の札がかかっていました。ちなみにお二人のお気に入り作品は私から見てもなかなかの出来栄えでした。

   現代陶芸の作品がどのようなものかを文章で説明するのは難しいので、興味のある方は是非フェスティバルのサイトをご覧ください。現代陶芸というと一般的傾向としてかなり奇をてらったりグロテスクなものがあったりするのですが、今回見た作品にはそうしたものはほとんどなく、むしろアートとしての現代陶芸作品らしさが正面に出ていて目を楽しませてくれました。おもしろいものでは逆にこれは本当に陶磁器で作られているのかという、素材を疑うようなものも多くありました。

   例えばどうみても薄い小さな紙を重ね合わせたような素材で作っていたり、レースの糸で作ったのかと思うようなもの、また薄くて裏が透けような繊細なものなどに驚かされました。一体どうやって作るのか、どれくらい時間がかかるのか、見当がつかないほどの緻密な作りの作品は、是非制作過程を見てみたいと思いました。

   作品は以下のサイトで写真を見ることができますが、写真では規模感がわからないのが残念です。一般的には写真で感じられるおおきさより、かなり大きな作品が多い印象を持ちました。例えば奈良美智の選んだ作品を見ていただくと、さほど大きなものに見えないきれいなペアの花器なのですが、実は一つの直径が6-70㎝あまりあって、二つが並ぶと相当なボリュームです。しかも底辺が小さいため、地震でもあったら倒壊しそうな危うさを感じさせる作品でした。

 http://www.icfmino.com/icc/index.php

  今回の出品作品のなかから私の好みの作品を2つ上げますと、

 銀賞;6つの小品からなる 「LAND SCAPE」 柳井友一

   それぞれ白い砂漠の砂丘に、風が作ったようなきれいな造形です

入賞;花器  「透光磁練込ーhiwalaniー」 佐藤美佳

   口の広い花器で、タイトル通り光を透過しそうな薄さで、淡い赤がとても印象的です。

   偶然両方とも日本人の作品ですが、実際には日本人の作品は半分程度で、あとは本当に世界各地から応募してきた作品でした。女性の名前がとても多いことも特徴的だったと思います。

   我々夫婦は多治見市の山奥にあるひなびた温泉宿に宿泊したのですが、そこにはフェスティバルの名誉総裁でオープニングセレモニーに参加された眞子さまが宿泊されていて、写真が飾ってありました。宿はけっして豪華な宿ではなく、小さな谷あいの秘境にあるような旅館でしたが、とても居心地の良いところでした。

   おまけです。先週末、池田学展を日本橋高島屋で見ました。平日にもかかわらず、待ち時間なんと1時間。池田学をご存知の方は少ないと思うのですが、何故か大変な人気でした。彼の絵を最初に見たのは10数年前ですが、本当に驚いたのは09年の上野の森美術館で見た高橋コレクションの「興亡史」という絵です。高橋コレクションは個人の方の現代アートのコレクションとしては超一流で、私の好きな現代アートの作家の作品、それもこれぞという作家の代表的作品を集めたコレクションです。

   その中に極細ペンで書いた大きな超細密画で、城郭を巡る興亡史を描いた池田学の作品がありました。それを見て以来、彼の展覧会は極力見に行っているのですが、なんといっても1作に時間がかかるため作品数が少なく、見る機会もほとんどないのです。それが今回は「興亡史」や芸大の卒業制作を含むこれまでの主な作品がほとんど展示されていて、すべてを見るのに2時間もかかり、ぐったりと疲れました。


   展覧会が自分にとって満足できるものだったか否かは、見終わった時の疲れ具合によると私は思っています。昨年の伊藤若冲展は2時間待ちもさることながら、見終わった時の疲れ具合はいままでの記録を更新しました。今回の池田学展もかなり疲れを感じましたので、充実度は満点。

   そしてセラミックパークの国際陶磁器コンテストの150点あまりの作品も、かなり疲れたので充実度は満点でした。

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