草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

背丈にあった常識を語る思想家が保守派だ!

2017年12月24日 | 思想家

今の日本の思想界では長谷川三千子や佐伯啓思ではないだろうか。なぜこの二人に注目するかというと、日本人であることの宿命を背負った、文明史的な見方をしているからである。私たちは今本物を求めている。第二、第三の小林秀雄や田中美知太郎が出なくてはならないのである。冷静に物を考えるには、ポストモダンには限界がある。ペタンチックな議論をするわりには、政治的な立場は陳腐である。自由にこだわるはずの立場なのに、全体主義国家に塩を送っている始末だ▼保守派としては、伝統や型を重んじながらも、さらにその上に創造的な営みがなくてはならない。思想的な混乱が世の混乱に拍車をかけており、一日も早く終止符が打たれるべきだろう。偉大な思想家とは、無理して難解な論理を振り回すのではなく、自分の背丈にあった常識を語る人である▼齋藤純一の『自由』の文章は、まさしくペタンチックである。「自由が、それぞれの個人に排他的に帰属するものとしてではなく、私たちの〈間〉で享受されるものとして描きなおされるならば、私たちが互いの交渉のなかでお互いの動揺(運動)を喚び起こすことは自由の否定を意味しない」。どんな人間にも複数性を備わっており、他者の意見に耳を傾けるのは可能である。それを力説するにあたって、そこまで難しく表現するのである。不毛なアカデミズムの現状を物語っているのではないか。


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