日本がこれからやるべきは維新である。松永材が『白虎精神ー明治維新の教訓ー』(昭和34年刊)で書いたような維新であって、断じて改革や革命ではない。白虎隊が取り上げらたために、会津ではかなり読まれたが、全国的にはそれほどではなかったと思う。松永の論理は明快である。革命であれば「力が正義」であり、そこで官軍と賊軍に色分けされる。日本史も例外ではなかった。「源平の戦から織田豊臣徳川を経て、明治政権やマッカーサー支配にいたるまで、力の争によって主権者が交替した」からだ。その一方で松永は「日本史にはこの力の支配の外に今一つ別個の原理が見出される。これが即ち維新である」と書いた。松永にとっての維新とは「復古すなわち奉還によって新生(若返り)に伸びる。すなわち本に還ることによって末に延びる生命的原理」であった。それが日本人の大義でもあったのだ。「日本史のみ革命的交替(たとえば織田、豊臣、徳川の如き)の上に万世不易の一系が厳存し、これによって革命的争斗の上に維新的新生が可能である。天下の兵馬の権を握っていた将軍が、一兵士の武備すら持たなかった天皇に、大権を奉還したことは、世界史中ただ日本の歴史にのみ見受けられた特性」であることに注目したのだ。松永の維新論は古臭いと一笑に付されるだろうが、真の維新政党に求められるのは、大義なき権力闘争の勝者になることではなくて、奉還によって大義を明らかにすることなのである。
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