草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

脱亜論の梅棹忠夫の死を悼む

2010年07月06日 | 思想家

 梅棹忠夫の死を聞いて、文庫本の『文明の生態史観』を読み返してみた。日本人がアジア人だと思い込んでいることについて、梅棹は「アジアの諸国は、それぞれ特殊性があるが、とりわけ日本は特殊である」と明確に言い切っている。今の民主党政権は、アジアは一つという文句に促されて、誤った選択をしようとしているが、梅棹は、その危険性を説いたのである。「日本はアジアの孤児である」というのは、冷酷な事実なのだという。だからこそ、中国や韓国と付き合うにあたって、漠然たる一体感や、アジア的連帯感をあてにすると、かえっていがみ合うことになるのだ。東洋、西洋といった分け方を梅棹はしない。アジア、ヨーロッパ、北アフリカを含む旧世界を、第一地域と第二地域とに区分するのだ。西ヨーロッパや日本が第一地域に属する。その間に挟まれた大陸が第二地域なのである。第一地域は第二地域からの文明を導入した、野蛮の民としてスタートしたが、封建制、絶対主義、ブルジョア革命を経て、現代は資本主義の高度な文明を誇っている。これに対して、第二地域は、古代文明の発祥の地でありながらも、封建制を発展させることができず、専制帝国をつくり、第一地域の植民地となり、ようやく最近になって近代化を目指すにいたったというのだ。つまり、西ヨーロッパに日本は類似しているという説であった。大東亜共栄圏の失敗は、アジアとの異質性に、日本が気づかなかったことが原因なのである。お互いが異質だという前提で、付き合う以外にないのである。日本以外のアジアは、その多くが第二地域に含まれているからだ。「共生」という綺麗ごとを口にするだけでは、お互いの溝を埋めるのは難しいのである。そのことを教えてくれたのが梅棹であり、戦後の思想界に大きな衝撃を与えたのだった。

 にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ
にほんブログ村

            ←会津っぽに応援のクリックをお願いします

 人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サヨクの呪縛から逃れられない菅政権

2010年07月06日 | 政局

 テレビメディアがあれほどまでに持ち上げたのに、あっという間に支持率が落ちてしまい、民主党の思惑は、裏目に出たようだ。鳩山由紀夫と小沢一郎さえ表からしりぞけば、国民は騙せると高を括っていたのだろうが、民主党の党内が政策的に一致していないわけだから、馬脚を現すのは時間の問題であった。しかも、国会の審議も拒否して、民主党は逃げることばかり考えていたのだから、国民から顰蹙を買うのは当然だ。さらに、国のかたちをどうするかという問題をマニフェストに掲げずに、永住外国人の地方参政権付与法案については、早急に通す約束を民団などにしていることも、国民は知ってしまったのである。正々堂々と国民に信を問わずに、姑息なことで選挙を勝とうとしている政党を、一体誰が支持するだろう。ここまでくれば、いくらテレビメディアが民主党をヨイショしようとしても、もはや無理なのである。表紙を替えただけで、選挙を乗り切れると思ったのは、国民を甘く見たからだろう。猪木正道に「日本の政治は悪いか」という題の論文がある。そこでは、日本のサヨク運動に関して、「統治能力の欠如、心情的アナーキズム、空想的平和主義等、重大な欠陥が存することは否定できない」と指摘していた。菅政権もその呪縛か逃れられないからこそ、政治が混迷しているのだ。ようやくここにきて菅首相もそれに気づきつつはあるようだが、今ではもう遅すぎる。

にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ
にほんブログ村

            ←会津っぽに応援のクリックをお願いします

 人気ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする