2020/10.1放送
世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。
今朝の聖書の箇所にはアセル族のパヌエルの娘で女預言者アンナと言う人が出てきます。女預言者という働きが実際はどのようなことをしたのか、彼女が何を預言したのかは記されていません。記されているのは、一緒に暮らした夫と死に別れ、84歳になっていたということです。 結婚期間7年の後に一人暮らしを続けていた女性でした。
彼女は「宮を離れず、夜も昼も断食と祈りをもって神に仕えていた」とあります。「宮を離れず」とありますが、当時熱心な市民は朝の九時の祈り、昼の三時の祈りに仕事の手を止めて神殿に行き、祈りを捧げていました。アンナもまたそのように神殿に通う祈り手であったのです。
しかも祈りに専念するために食を減らしたり、ある願い事のためには食事を断って祈ることもあった、と記されています。まさに生活まるごとで彼女は神様に仕えていたのです。
私は牧師になって2年が経とうとしています。振り返って、私の心の支えになってきて下さった方々は誰かと言うと、「先生、祈っているよ」と朝の祈祷会に来てくださる高齢の方々の存在です。朝の祈祷会が始まるのは10時半です。 しかしもう9時半ごろから楽しそうにお喋りをする声がしています。賛美歌を並べて、座布団を並べて、祈祷会に来る他の人を待っていてくださる。「先生、早く来ちゃった」と毎週早く来ちゃう人生の大先輩が礼拝で私の背中をさすってこう言ってくださるのです。「祈っているよ」と。そのことばは決して口だけではなく確かに覚えて祈ってくださっている。 講壇に立つと、決まった席に必ず座っておられる方々の存在にどれだけの励ましと慰めを覚えてきたでしょうか。祈りに来る、礼拝に来る、このことがどれだけ当たり前のことではないか、ということを思います。歩いて教会に来るということがどれだけ大変なこととなっていくのか。私と同じように神殿の若い祭司たちはどれほどアンナに励まされたかと思います。早くに夫を亡くした女性にとって、どれだけの助言をアンナはしてあげられた(こと)でしょうか。
歴戦の祈り手が教会にはとても必要です。 私もアンナのような歳の取り方をしたいと思います。神の前に進み出て、祈りに専念する老後、なんと尊い人生でしょうか。
次回は11月2日から、続けてアンナのことを学んでいきたいと思います。
( PBA制作「世の光」2020.10.1放送でのお話しより )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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