2014/2/24放送
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
新約聖書の一番最後にある書物はヨハネの黙示録です。この黙示録が書かれたのは紀元1世紀の末頃だと言われています。当時のローマ皇帝は、ローマ皇帝こそローマ精神の具現者だと宣言して皇帝を礼拝することを強要していきました。でも当時のクリスチャンたちはイエス・キリストは主であると告白していた訳ですね。ですからクリスチャンたちは迫害の対象となっていきました。
教会では毎週礼拝でイエス様が教えてくださった主の祈りを祈ります。この祈りの最後は「国と力と栄えとは限りなく汝--神様--のものなればなり」という、こういうことばで締めくくられている訳ですね。ですから、当時のローマ社会では主の祈りを唱えるだけでもいのちがけだった訳です。
武器も持たず全く無力な当時のクリスチャンたちはカイザル(※ローマ皇帝の称号)かキリストかこの二者択一を迫られていった訳です。
そんな中でイエス・キリストの弟子の一人であったヨハネ、このヨハネも捕えられ、パトモスという島に島流しに遭ってしまいました。そんな厳しい環境の中でヨハネは幻を見たんです。その幻を書き記したのがヨハネの黙示録なんですね。
この黙示録の内容は当時のローマ帝国へのさばきの予告であると共に、世の終わりにおける光景をいろんな象徴的な表現を用いて示しているんです。その内容は現実の絶望的な恐怖と向かい合いながら先がどうなるか分からない中で歩んでいたクリスチャンたちに大きな励ましと慰めを与えるものでした。
この黙示録の1章17節から18節にはこのように書かれています。
「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。」
これはイエス・キリストのことなんですね。イエス・キリストは最初であり最後であると、この世界の歴史の支配者はローマ皇帝ではなくわたし--イエス様--ご自身だと宣言している訳です。
そしてイエス様は「わたしは死んだが、・・・、いつまでも生きている。」と語られていますね。すべてのものは死を迎えます。しかしイエス様は十字架で死なれましたが復活された今も生きている。いつまでも生ける存在なのだ、という宣言なんです。そしてぜひ知っていただきたいのは、このイエス様のこの宣言は、今も一人ひとりに語られているということです。わたしはすべてを支配し、わたしは決して滅びることがない、いつまでも生きているのだ、と言われるのです。
だからこの方を信頼し歩むことによって、私たちは絶望を乗り越え、永遠の慰めが与えられながら歩んでゆくことができるんですね。
(PBA制作「世の光」2014.2.24放送でのお話しより)
***
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info が使えます。
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世の光/さわやか世の光/ジェネレーションXの東海地方での放送に協力してくださるキリスト教会・キリスト者の皆様の献金は、
郵便貯金 12470-8050581
郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会 まで
お問い合わせは、
電話 052-762-2196 (自由ケ丘キリスト教会内) 東海福音放送協力会 へ
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
新約聖書の一番最後にある書物はヨハネの黙示録です。この黙示録が書かれたのは紀元1世紀の末頃だと言われています。当時のローマ皇帝は、ローマ皇帝こそローマ精神の具現者だと宣言して皇帝を礼拝することを強要していきました。でも当時のクリスチャンたちはイエス・キリストは主であると告白していた訳ですね。ですからクリスチャンたちは迫害の対象となっていきました。
教会では毎週礼拝でイエス様が教えてくださった主の祈りを祈ります。この祈りの最後は「国と力と栄えとは限りなく汝--神様--のものなればなり」という、こういうことばで締めくくられている訳ですね。ですから、当時のローマ社会では主の祈りを唱えるだけでもいのちがけだった訳です。
武器も持たず全く無力な当時のクリスチャンたちはカイザル(※ローマ皇帝の称号)かキリストかこの二者択一を迫られていった訳です。
そんな中でイエス・キリストの弟子の一人であったヨハネ、このヨハネも捕えられ、パトモスという島に島流しに遭ってしまいました。そんな厳しい環境の中でヨハネは幻を見たんです。その幻を書き記したのがヨハネの黙示録なんですね。
この黙示録の内容は当時のローマ帝国へのさばきの予告であると共に、世の終わりにおける光景をいろんな象徴的な表現を用いて示しているんです。その内容は現実の絶望的な恐怖と向かい合いながら先がどうなるか分からない中で歩んでいたクリスチャンたちに大きな励ましと慰めを与えるものでした。
この黙示録の1章17節から18節にはこのように書かれています。
「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。」
これはイエス・キリストのことなんですね。イエス・キリストは最初であり最後であると、この世界の歴史の支配者はローマ皇帝ではなくわたし--イエス様--ご自身だと宣言している訳です。
そしてイエス様は「わたしは死んだが、・・・、いつまでも生きている。」と語られていますね。すべてのものは死を迎えます。しかしイエス様は十字架で死なれましたが復活された今も生きている。いつまでも生ける存在なのだ、という宣言なんです。そしてぜひ知っていただきたいのは、このイエス様のこの宣言は、今も一人ひとりに語られているということです。わたしはすべてを支配し、わたしは決して滅びることがない、いつまでも生きているのだ、と言われるのです。
だからこの方を信頼し歩むことによって、私たちは絶望を乗り越え、永遠の慰めが与えられながら歩んでゆくことができるんですね。
(PBA制作「世の光」2014.2.24放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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