2014/2/10放送
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
イエス・キリストに仕えるというのは具体的にどういうことでしょう。それは決して日常から離れて何か宗教的なお勤めをすることではありません。イエス・キリストはマタイの福音書25章34節から40節でこのように語られています。
これはこの世の終わりにイエス・キリストが王座に着かれる時、すべての人が主の前に集められる、ま、そういう光景の中で言われているんですねえ。こういうことばです。
「『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』」
このように書かれているんです。つまり私たちが毎日の生活を誠実さをもって生きていくとき、意識することなしに結果的にそれはイエス様に仕える生き方になっているんだと教えているんですねえ。イエス様に仕えるとは、互いに仕えあって生きることなんです。聖書には「互いに」ということばがたくさん使われています。互いに励まし、慰め、祈り、そして互いに誠実さをもって生きていきなさい。聖書は、結果的にそれはイエス様に仕えることへ繋がってるんですよと教えるんですね。
でもこうした事を考えると、私たちの中にはそうしたことを行う愛がありません。そんなことは私にはできません。そういうふうに思ってしまう人がいます。人は愛されていることを知り、愛に生きる者と変えられていくんですねえ。
聖書のことばをお聞きください。第一ヨハネの手紙4章19節
「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」
これは順番が大切なんですね。私たちが立派な愛を持っていたから神様が私たちを愛してくださっているのではなく、私たちの弱さをご承知の上で神様が大きな愛で私たちを包んでくださっているんです。あなたは愛されているからこそ愛に生きることがふさわしいんです。
(PBA制作「世の光」2014.2.10放送でのお話しより)
***
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
***
このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info が使えます。
***
世の光/さわやか世の光/ジェネレーションXの東海地方での放送に協力してくださるキリスト教会・キリスト者の皆様の献金は、
郵便貯金 12470-8050581
郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会 まで
お問い合わせは、
電話 052-762-2196 (自由ケ丘キリスト教会内) 東海福音放送協力会 へ
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
イエス・キリストに仕えるというのは具体的にどういうことでしょう。それは決して日常から離れて何か宗教的なお勤めをすることではありません。イエス・キリストはマタイの福音書25章34節から40節でこのように語られています。
これはこの世の終わりにイエス・キリストが王座に着かれる時、すべての人が主の前に集められる、ま、そういう光景の中で言われているんですねえ。こういうことばです。
「『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』」
このように書かれているんです。つまり私たちが毎日の生活を誠実さをもって生きていくとき、意識することなしに結果的にそれはイエス様に仕える生き方になっているんだと教えているんですねえ。イエス様に仕えるとは、互いに仕えあって生きることなんです。聖書には「互いに」ということばがたくさん使われています。互いに励まし、慰め、祈り、そして互いに誠実さをもって生きていきなさい。聖書は、結果的にそれはイエス様に仕えることへ繋がってるんですよと教えるんですね。
でもこうした事を考えると、私たちの中にはそうしたことを行う愛がありません。そんなことは私にはできません。そういうふうに思ってしまう人がいます。人は愛されていることを知り、愛に生きる者と変えられていくんですねえ。
聖書のことばをお聞きください。第一ヨハネの手紙4章19節
「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」
これは順番が大切なんですね。私たちが立派な愛を持っていたから神様が私たちを愛してくださっているのではなく、私たちの弱さをご承知の上で神様が大きな愛で私たちを包んでくださっているんです。あなたは愛されているからこそ愛に生きることがふさわしいんです。
(PBA制作「世の光」2014.2.10放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
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お問い合わせは、
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