(以下の文章は、当ブログ管理人が「
レイバーネット日本」に発表した内容をそのまま掲載しています。)
「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉差止・違憲訴訟」を準備中の山田正彦さん(弁護士、民主党政権時代の農水相)によるTPP交渉の現状についての報告会が1月29日、札幌市内で開催され、約20人が集まりました。少し遅くなりましたが、以下報告します。
●山田正彦弁護士の報告内容
半年間、膠着状態だったTPP交渉は、ここに来て急に動き出した。首席交渉官会合は「次が最後」と言われており、一気に決まる可能性がある。決まるとしたらシンガポール(での首席交渉官会合)になるだろうか。
米国内の状況を言えば、共和党など右派陣営ほどTPPに反対で、その理由は「関税は引き下げではなくゼロでなければならない」というもの(つまり、より原理主義的な自由貿易体制を、という意味)。年齢層で言えば若手議員ほど反対している。米国民は7割がTPP反対で、かつてNAFTA(北米自由貿易協定)を締結後、多くの米国人が失業、賃金は43年前の水準にまで戻ってしまった経験で懲りている。米国以外に目を向けると、カナダ、マレーシアは交渉から抜けたがっている。
TPPはこの3~4月が山場。米国では連邦議会が貿易協定の締結権限を持っており、オバマ大統領がTPPを締結するには大統領に貿易協定締結の権限を授権する法案を成立させなければならないが、3~4月まで法案を成立させられなければ、米国は大統領選モードに入り、TPPどころではなくなる。3~4月を乗り越えるなら締結阻止の展望が開ける。
もし日本がTPPを締結したらどうなるか。それには、かつてのレモンの輸入自由化の時に何が起きたか思い出してみればいい。レモンは自由化前には、広島や瀬戸内海地域では広く作られる地場産業だった。当時の国産レモンの価格は1個50円。ところが自由化後、(米国の大手資本の)サンキストが入り、レモンを1個10円で売るようになった。国内のレモン産業が壊滅に追い込まれたタイミングを見て、サンキストはレモンを1個100円に値上げ、ぼろ儲けした。米国の農業資本はこのような怖ろしいことをする。
レーガン政権当時の農務長官は「食糧はミサイルと同じだ」と発言した。これはとりわけ食糧自給率の低い日本には決定的な影響を持つ。米韓FTAを締結した韓国の農業はメチャクチャになった。EUは遺伝子組み換え食品を決して域内の市民には食べさせない。一方、米国の遺伝子組み換え食品が多く流通するメキシコは今、米国を上回るほどの肥満大国になった。肥満と遺伝子組み換え食品との関係は明らかではないが、影響がないとも言い切れない。
現在、TPP反対運動の中心だった農協グループは、安倍政権に農協改革を仕掛けられ、TPP反対運動でまったく動けない。安倍政権成立後、日本医師会も自民支持に戻ってしまい動かなくなった。国民にまったく経過が知らされないまま進む秘密交渉は知る権利を定めた憲法21条に違反する。
●報告を受けて
サンキストが日本のレモン産業を壊滅させた後に値上げをした話は衝撃でした。グローバル資本主義、新自由主義の恐ろしさを示しています。TPP反対派の「急先鋒」である鈴木宣弘東大教授は、TPP交渉は聖域(重要5品目)死守の国会決議すら風前の灯火で、国民向けに「踏みとどまった感」を演出しつつ際限ない譲歩が求められているのが現状だと指摘しています。北海道内では牛肉関税の大幅引き下げ、米国産米の輸入枠拡大などの報道が続いており、重大局面を迎えていることは間違いありません。
昨年秋以降、農協改革が急浮上した裏にTPPがあるに違いない、と私はにらんでいましたが、山田さんの話を聞いてやはりそうだったかと思いました。農協グループの中でも、これまでTPP反対運動の「司令塔」となってきた全中(全国農業協同組合中央会)を狙い撃ちするような改革案が政府側から出てきた背景を、TPPなくして説明することはできません。そこに安倍政権の「抵抗勢力つぶし」の狙いがあることは、はっきりと指摘しておく必要があります。
日本国憲法21条は集会、結社、言論、出版及び表現の自由、検閲の禁止とともに通信の秘密を侵してはならないと定めた条文であり、国民の知る権利について直接言及した条文ではありませんが、弁護士でもある山田さんがそのことを知らないはずはありません。国民の知る権利を保障するための根拠として、この条文を使いたいという山田さんなりの積極的な憲法解釈として受け止めました。国民の立場に即したこのような「解釈」はよいことだと思います。
その上で、山田さんは、「日本は三権分立国家。国民は裁判で司法の判断を仰ぐことができる。TPP交渉差止・違憲訴訟を提起し、北海道だけで1万人の原告を集める集団訴訟にしたい」と意気込みを見せました。TPP交渉が山場を迎える3月に合わせて、北海道でキャンドルデモをやりたいとの方針も示しました。
これを受け、会場参加者、ツイキャス中継視聴者を交えて議論。集団的自衛権関連法制に反対して1月に国会周辺で行われた「女の平和キャンペーン」に倣ったテーマカラーによるアピール、札幌市営地下鉄に通じる地下歩道での集会開催、北海道新聞の記事や意見広告でアピールする、「フラッシュモブ」(不特定多数の集団による踊りなどによるアピール行動)を行う、などのアイデアが出されました。
事務局からは、「TPP反対運動が農家だけの運動と捉えられるのでは前進はないし、そのようにはしたくない。もっと国民のいろいろな階層にTPPの影響を訴えなければならない。そのために、国民生活のあらゆる領域に影響があることをもっと示していく必要がある」との発言もありました。この日の報告は、元農水相という山田さんの経歴もあり、話の内容が農業分野に偏ることはある程度やむを得ませんが、TPPは単に農業分野のみならず、労働分野、医療分野、著作権などの知的所有権、中国やベトナムとの関係では国有企業「改革」(という名の解体、民営化)に至るまで様々な影響があります。企業が「非関税貿易障壁」に関して相手国政府を訴えることのできる「ISD条項」が発動すれば、各国政府による市民のための規制措置そのものが無意味となってしまいます。国民を守るための「遺伝子組み換え食品の禁止」や食品表示の適正化、私がライフワークとして取り組んでいる公共交通の安全規制までが「非関税障壁」として撤廃を迫られるという恐るべき未来が待ち受けているのです。
会場には、労働組合の支援もなくひとりでブラック企業との労働裁判を闘った若い女性も参加していました。この女性は「裁判は普通の人にはなじみのない場所だけれども、自分の意見を法廷で堂々と主張するうちに楽しみに変わった」として、多くの人に訴訟参加を呼びかけました。一方、スーツ姿のサラリーマンとおぼしき男性からは、「連合がTPPをどのように考えているのか見えない」との質問も出ました。連合本体はTPP推進という体たらくで、山田さんからその旨の発言がありましたが、加盟組織の中には、食品産業の労働者で作る「
フード連合」(日本食品関連産業労働組合総連合会)のように明確にTPPに反対し、運動方針に明記しているところもあります(参考:
TPPに対するフード連合の考え方)。その旨は私から補足として説明しておきました。
会場からは「こんなことで世の中が変わるのか」と訴訟に懐疑的な意見も出ました。山田さんは「ひとりでも本気になれば社会は変わる。あなただって本気になれば、キャンドルデモに10人誘うことはできるはずだ」と答えました。山田さんは政治家、閣僚より運動家のほうが向いていると思います。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会では、これから訴状を作成し、提訴の準備に入ります。訴状は、農家の訴え、食の安全、医療問題を「3本柱」とすることが山田さんから明らかにされましたが、TPP交渉の山場が1ヶ月後に訪れるという中で、これから訴状作成という現状からは「準備の遅れ」の感は否めません。これから山場に向けて提訴を急ぐ必要があります。現在、原告参加を表明した人は700人程度です。訴訟の会による準備作業を後押しする意味でも、もっともっと多くの市民の訴訟参加が必要です。
なお、私、黒鉄好はこの集会において「原告参加」を表明しました。これから委任状の作成、陳述書の提出もできることならしたいと思います。私の拙い知識で陳述書に書けるのは公共交通の安全規制がISD条項で撤廃されかねないということの他は、若干の知識がある農業分野程度になると思います。しかし、会場で宣言した以上「有言実行」あるのみです。もっともっと多くの方にこの訴訟に加わっていただくよう、私からもお願いします。
原告募集は「
TPP交渉差止・違憲訴訟の会」で行っています。原告には誰でもなれます。訴訟の会への加入はひとり2千円です。
(文責:黒鉄好)