安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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「運輸安全委員会」設立へ

2007-08-31 23:40:52 | 鉄道・公共交通/安全問題
運輸安全委員会、設立へ(東京新聞)

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 国土交通省が計画する同省航空・鉄道事故調査委員会と海難審判庁が統合する新組織「運輸安全委員会」の概要が固まった。事故調委は地方機関を持たなかったが、運輸安全委は全国八カ所に出先機関「地方運輸安全事務所」を設置する全国組織となり、航空、鉄道事故を含めた初動調査の迅速化や情報収集強化を図る。一方、海難審判は運輸安全委の下部機関に新設する海難審判所で行い、現行の二審制を一審制に変更する。

 八月末の概算要求が認められれば関係法令を改正し、来年度途中から新組織を発足させる。

 事故調委は現在、国交相にアドバイスする審議会の位置付けだが、運輸安全委は独自に職員を募集して自立的に活動する海上保安庁や気象庁と同じ国交省の外局となり、行政や企業、政治家らの“圧力”から独立した調査活動をしやすくする。

 現在の事故調委は航空事故調査官三チームと鉄道事故調査官二チーム、調査官を指揮する学識経験者らの委員十人の体制だが、運輸安全委は海難事故を担当する海難調査官五チームを新設。海難関係の学識経験者数人を委員に加える。

 統合後の海難審判は、運輸安全委が事故調査を担当。この調査報告などに基づいて下部機関に新設される海難審判所が審判して行政処分する。海難審判所は、中央と地方(八カ所)の体制。原因調査と行政処分の両方を行ってきた海難審判庁の業務を、事故調査の運輸安全委と行政処分する海難審判所に分離し、海難事故原因の調査を責任追及型から、再発防止を重視した内容に転換する。具体的には死亡事故など重大な海難事故と軽微な海難事故を分類。運輸安全委は年間数十件の重大事故を調べ、中央の海難審判所が審判。出先の各地方運輸安全事務所はその他の軽微な海難事故を調べ、各地方海難審判所が審判する。裁決に不服なら司法機関に提訴できる救済制度は踏襲される。

 二審制から一審制になるが、事故調委の科学的な調査手法を導入して調査力を拡充。時間をかけ慎重に行う責任追及型ではなくなるため、原因解明までの調査期間も短縮される。

 <メモ>海難審判 海難事故の原因調査と行政処分を行う制度。年間4、5000件起きる海難事故のうち、海難審判庁は7、800件を審判。刑事裁判の検察にあたる理事官が調査して必要と判断した海難事故の審判を請求し、裁判官にあたる審判官が合議で審判する。約230人の海難審判庁の職員のうち、約半数が事務官で残り半分が理事官や審判官。理事官や審判官は元船長や元海上保安官らの中途採用が多い。
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過去のエントリで私がウダウダ言っていたのが聞こえたんだろうか(笑)、それとも国土交通省自身がやはり現状の事故調に危機感を持っているということか。

私が主張していたような米国国家運輸安全委員会のような完全独立機関とはならなかった点に不満は残る。
しかし、日本の官僚というのは完全独立制(どこの省庁にも属さない)の委員会は滅多なことでは作らない。現在、完全独立制の調査機関としては会計検査院、人事院があるが、会計検査院は日本国憲法に直接の根拠を置くという点で、また人事院はGHQ占領下で設立されたという点で、ごく例外中の例外と言える。公正取引委員会(内閣府所管)や中央選挙管理会(総務省所管)のように、どう考えても不偏不党、公平公正が第一の委員会さえどこかの省庁に所属しているという現実を考えると、合議制委員会形態の外局としただけでも大きな進歩のような気がする。

私の知る限り、外局と内部部局(一般の官房、局等)との人事交流は、世間が思っているほど活発ではなく、外局は意外に独立性を持っている。とはいえ、外局の予算は所管する府省が編成するということを考えると、この運輸安全委員会が真に独立した調査委員会として機能するかどうかは今後の推移を見守る必要があるだろう。

いずれにしても新しい組織には、先日事故調が発表した土佐くろしお鉄道事故調査報告書のようなお粗末な報告書だけは決して出してほしくないと思う。

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北海道から帰りました

2007-08-24 22:38:52 | 日記
とりあえず帰りました。

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北海道から夏の甲子園講評

2007-08-23 07:52:05 | 芸能・スポーツ
第89回夏の甲子園大会は、結局、予想だにしなかった佐賀北の初優勝で幕を閉じた。
試合終盤での大逆転が多かったこの大会を象徴するように、最後の試合もまた大逆転で決まった。

今大会がこのような大混戦、大波乱となった要因はいうまでもなく本命不在。ずば抜けて強い学校は見当たらず、どのチームにも優勝の可能性があった。
しかも、1回戦に限っていえば、背番号1以外の選手がマウンドに立っているチームが普段の大会より目立った。これは、エースが不在か、いても著しい不調だった結果と思われるが、そのようなチームはほとんどが1回戦で消えていった。
エース不在の中、打撃だけで地方予選を勝ち上がることはできても、甲子園で勝つことはやはり難しいだろう。このようなエース不在が、序盤から大逆転試合が続く今大会の方向性を決定づけたといえよう。

また、大逆転の要因として、打線を繋げて走者を溜める、いわゆる集中打型のチームが多かったことも指摘できる。最小限の安打数で効率的に得点をあげるチームが普段の大会以上に目立ったことは、各チームがピッチャー返しなど基本に忠実な野球をしていることの表れであり、よいことである。

優勝した佐賀北には申し訳ないが、私は当初、九州勢の中でも地方予選参加校数が最も少ない佐賀代表ということもあって、同校は完全にノーマークだった。
それが、2回戦、宇治山田戦の延長15回引き分け再試合を経てからメキメキと強くなった。甲子園に来てから大化けするチームを時折見かけるが、佐賀北も甲子園で強くなったチームの典型といえるだろう。
そのことは、優勝インタビューでの「(大逆転は)何が起きたかわからなかった。生徒達が私の手を離れ、遠くに行ってしまった気がする」という監督の言葉がよく表している。
しかし私は驚かなかった。あの宇治山田戦の奇跡を見ているだけに、あり得ると思っていた。8回満塁、一打逆転の好機で、今大会2本塁打と大暴れしている副島に打順が回る佐賀北の強運を目の当たりにした時、何かが起こりそうな予感がしたのだ。

その意味で今大会はまた、あきらめないことの大切さを球児達に教えてくれたまたとない大会となったと思う。全体を通して「大逆転の89回大会」として甲子園球史に残る大会だったと総括してよいだろう。

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突然ですが

2007-08-22 13:34:32 | 日記
今日からまた北海道です。前回の訪問から1ヶ月経ってません。
ただし、今回は出張。妻もいないし、仕事なので楽しくないです。帰りはあさって24日、金曜日の予定です。

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3年ぶりの夏コミ参加

2007-08-19 10:12:57 | 芸能・スポーツ
3年ぶりにコミケに行った。ここ数年はすっかりご無沙汰していて、コミケ参加は66回(2004年夏?)以来である。
10時に会場に着き、入場できたのは11時頃だった。

最近、秋葉原に一般人が大量流入するようになって雰囲気が変わってしまったこともあり、自分が参加しなかった3年間でコミケの雰囲気も変わっているかもしれないなぁと心配な面があったが、コミケ独特の雰囲気はあまり変わっておらず安心した。懐かしい顔にもたくさん出会えた。

ただ、コミケ後のオフ会で、ある仲間が「女性が増えた。3日目まで女性ばかりになった」と漏らしていたが、それは私も感じていた。
コミケはもともと女性によって作られ、育てられてきた文化。3日目が「男性向け」となっていることからもわかるように、男性向けがむしろ例外というのがコミケ文化だったのである(編成全体のうち1両だけが喫煙車になっている場合禁煙車が原則、というのと同じ)。

それが、ざっと見る限り、3日目の会場も6:4か7:3くらいの比率で女性が多数派になっていた。3年前には考えられなかった現象である。それにはいくつか理由が考えられる。

1.男性向けに近年、メガヒット作がない(「涼宮ハルヒの憂鬱」「ひぐらしのなく頃に」程度はメガヒット作ではない。ここでいうメガヒットとはエヴァやCCさくら級のヒット)。
2.とらのあなやメロンブックスなどコミケ以外の同人流通ルートがますます拡大したこと。
3.ゲーム業界低迷で、男性をコミケに連れ出していた企業ブースの元気がなくなった。

…等々、この辺が主な理由ではないだろうか。女性が増えたというより、男性が減った、と形容する方が適切である気がする。

ただ、私自身はコミケ参加はできる限り続けるだろう。私が関わっているジャンル(鉄道・旅行・メカミリ)の作品はとらのあな等の同人流通ルートに乗ることがほとんどなく、コミケでしか買えないものが多いからである。いつか自分のサークルを立ち上げて、出展する側になってみたい、という野望もあるんだけど、いつになることやら。

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防衛省人事内紛問題など

2007-08-18 17:25:05 | その他社会・時事
小池防衛相、「携帯電話2度通じなかった」と次官を批判

>小池百合子防衛相は15日午前、守屋武昌防衛事務次官の後任人事をめぐる混乱について、守屋氏が続投意思を示したことを明かした上で「ご本人の意思がかなり固いと判断し、関係者に相談していた最中に報道されたことが混乱の原因だ。私は手順を間違えてはいない」と主張。守屋氏が7日の新聞報道まで人事を知らされていなかった点に関しては「前夜に2度電話をしたが応答がなかった。危機管理上どうか」と批判した。

…もう私はこの人(小池防衛大臣)に掛ける言葉が見あたらない。
人事という重要な話を携帯でやろうと思っている時点でアウト。常識以前の問題であり、大臣不適格認定である。
人事というのは本人を別室に呼んで、これこれこういう理由で代わってもらいたいと礼を尽くして打診するもの。会社勤めを5年もやっていればわかることだ。
きっとこの人は会社勤め、したことないんだろうなぁ。
それにしても、安倍首相って、どうしてこんなに人を見る目がないんだろう。ゴタゴタを起こしそうな人をわざわざ選んできたように閣僚にしちゃうんだから、ある意味その眼力の「確かさ」には感動すら覚える。

説明役、与党と「同等以上」に=民主が各省庁に要請 (時事通信) - goo ニュース

>参院で第一党となった民主党が各省庁に、党の会議に「与党と同等以上」の幹部を出席させるよう文書で要請していたことが17日、分かった。文書はその理由を「参院の国会運営を担う政党として政策課題に迅速かつ責任を持って対応するため」と説明しているが、野党への情報開示を渋ってきた各省庁に対する意趣返しの側面もありそうだ。

>関係者によると、政策分野ごとに設けられた自民党の部会には通常、各省庁の局長級が法案説明などに出向く。一方、民主党の部門会議はこれまで課長級の出席が通例で、同党議員が突っ込んだ質問をしても「持ち帰って後日回答する」と保留されるケースも少なくなかったという。 

あまりにも自民党政権が長く続き、政権交代がなかったせいで、自民党が政党というよりある種の「行政機構」化しているという事実を示すものだろう。
だが、いま日本の政治には地殻変動が起きつつある。細川非自民連立内閣の時と異なり、今度自民党が政権を失ったら、もう二度と自民党政権に戻ることはないかもしれない。それくらい大きな地殻変動の予兆が、不気味に日本政界を覆っていると言えるだろう。
今日のところは、この民主党の動きがそうした不気味な政界地殻変動の予兆だと述べるにとどめておこう。いつの日かきっと、この予測が正しかったことが証明されるはずである。

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多治見と熊谷で40・9度…74年ぶり国内最高気温

2007-08-16 23:20:23 | 気象・地震
多治見と熊谷で40・9度…74年ぶり国内最高気温

長い梅雨がやっと明けたと思ったら、記録的猛暑がやってきた今年の夏。
1933年に山形で記録された最高気温の記録を、とうとう74年ぶりに更新してしまった。

今回、最高気温の記録が出たのは多治見の他、またも熊谷。
熊谷は今、いつも最高気温が記録される町としてすっかり定着してしまった感もあり、行政までが「あついぞ!熊谷」というキャンペーンを実施している。

元々あまり暑い都市ではなかった熊谷がこれほど暑い都市になってしまったのは、実は東京のヒートアイランド現象によるものである。

過去のエントリでも専門家の話として取り上げているが、最近、ヒートアイランド現象によって陸地の気温が夜でも下がらなくなったため、従来であれば昼間は海→陸、夜間は陸→海と吹いていた風が夜間も海から陸へ吹くようになってしまった。
その結果、従来は海風と陸風が入れ替わることで循環していた大気が循環しなくなり、東京都心の熱風は24時間、常に東京湾からの海風に乗って北に運ばれるようになったのである。
熊谷市は、この東京都心の熱風が運ばれる流れの上にあり、しかも背後に秩父地方の山脈が控えているため、運ばれてきた熱気は山にせき止められて滞留してしまう。だからいつもいつもここで最高気温が出るのである。

今回、熊谷と並んで最高気温が出た多治見市をネットの地図で調べてみると、熊谷ほど大規模でないにせよ地理的条件がそっくりなことがわかった。南西に名古屋というヒートアイランド現象の起きやすい大都市があり、名古屋市の南西に海がある。つまり、海→名古屋市→多治見市が一直線上に並んでいる。しかも、多治見市の北部に山があり、空気の流れが遮断されやすい条件になっている。

多治見市の最高気温も、どうやら名古屋のヒートアイランド化を疑ってみる必要がありそうである。

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友あり遠方より来る、また愉しからずや。

2007-08-14 21:23:51 | 日記
昨日から東京の友人が我が家を訪れている。会ったのは数年ぶりで、積もる話に花が咲いた。滞在は今日までの予定。

千葉・茨城・栃木3県限定発売のMAXコーヒー(ペットボトル入り・写真)を買いに行く。

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日航123便墜落事故から22年

2007-08-12 22:14:52 | 鉄道・公共交通/安全問題
日航機事故から22年

やはり今日はこの話題を取り上げたい。
日航123便事故から22年目、昨年を上回る326人が御巣鷹に慰霊登山をした。今年の特徴は、JR尼崎事故、明石歩道橋事故など他の多くの事故の遺族が慰霊登山をしたことだ。
航空機、鉄道とバラバラだった事故の遺族が「安全な公共交通」を目指してひとつにまとまった意義は大きいと思う。

交通問題をメインテーマにしている当ブログ管理者も、1度、御巣鷹を訪れなければと思っているが、実現はしていない。獣道しかなかった往時に比べ、最近は公道が整備され、かなり近くまで車で行けるようになった。遺族たちが生きているうちに、私も訪れなければならないと思っている。

22年を機に、あらためて、事故で亡くなられた520名(※胎児を含めると521柱)の犠牲者に、哀悼を捧げたい。

※日航123便事故の犠牲者の中に1名の妊婦がいたことが判明している。

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民族大移動

2007-08-11 14:52:31 | 日記
野暮用で大阪に行かなければならないので、今移動中。

相変わらずお盆の民族大移動には凄いものがあるなぁ。

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