(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
菅内閣は、昨年11月、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加に向け協議を始めるとの方針を閣議決定した。10月の菅首相の参加表明からわずか1ヶ月あまりでのスピード決定である。
内閣改造では、TPPに積極的でなかった大畠章宏経産相を推進派の海江田万里に交代させ、菅首相は「平成の開国」などと異様にはしゃぎ回っている。
しかし、TPPは経済界をぼろ儲けさせる「究極的自由貿易システム」として日本農業ばかりでなく、農村の生活と文化、さらには雇用も破壊する危険きわまりないものだ。
●TPPとはなにか?
TPPは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4ヶ国が2006年に発足させた環太平洋地域のEPA(経済連携協定)の一種である。その後、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加を表明し、拡大してきた。原則として全ての品目について関税を撤廃し、例外なく自由化に移行させる。他の貿易協定が重要品目については高関税を認めるなどの例外を含んでいるのに対し、TPPはそうした例外を一切認めない点に大きな違いがある。
この時期になってTPPが浮上してきた背景には、WTO(世界貿易機関)の失敗がある。1995年に発足したWTOは、自由貿易によって損失を被る発展途上国の猛反発を受け、13年間の協議は決裂を繰り返した。そして、ついに2008年7月、最後の交渉といわれたドーハ・ラウンドも決裂、解体した。
この失敗を打開し、よりいっそうの新自由主義を推し進めるため、経済界が持ち出してきたのがTPPなのだ。
●自給率は14%、失業者340万人
TPP参加となった場合、最も深刻な影響を受けるのが農業である。現在、「重要品目」として自由化の例外となっている米は、700%を超える関税によって内外価格差を埋める措置がとられており、なんとか自給体制を維持している。農水省の試算によれば、TPP参加で食糧自給率(カロリーベース)は現在の40%から14%に低下。関連産業を含めた実質GDPは1・6%(7・9兆円)、雇用は340万人も減少する。
それだけではない。この試算には、数字には現れない環境保全や保水などによる水害防止、地域社会の維持といった農業の「多面的機能」の価値は含まれていないのだ。こうした多面的機能は年間8兆円にもなる(日本学術会議による2001年の試算)。TPPはこうした多面的機能をも崩壊させる。雇用喪失もさらに大きなものになるかもしれない。
農水省のこの試算発表に慌てた経済界の忠犬・経産省は、なんとかこれを否定するため「TPP参加でGDPは0.65%、3兆2000億円押し上げる」という試算を発表した。しかし、林業の前例を見れば、1955年時点で94.5%あった日本の木材自給率は、1964年に輸入が自由化されて以降、急激な低下が始まり、2004年には18.4%に低下した(林野庁「木材需給表」による)。日本がTPPに参加するなら、農業と食糧は木材と同じ運命をたどるに違いない。
●食糧危機前に自由化の愚
世界的な干ばつにより20ヶ国が穀物輸出を禁止するなど深刻な不作に見舞われた2008年、小麦、トウモロコシなどの穀物が高騰し、日本でも小麦製品の値上げなどの大きな影響が出た。近年の環境破壊の進行に伴う異常気象のため、食糧危機の危険は以前よりも増大している。世界的食糧危機に適切に対処するには、各国が地理的・気候的条件に最も適した農産物をできる限り自給することが大切だ。
日本のTPP参加はこれと全く逆の結果をもたらす。世界の食糧需給がひっ迫しているときに、日本の農業を解体させながら食糧危機と自給率低下が同時進行する。現在でも世界で約10億人が栄養不足に直面しているが、TPPは食料の収奪を強める先進国・多国籍資本によって、発展途上国の女性や子どもたちの飢餓を加速させるだろう。
菅政権がTPP参加を打ち出した直後、2010年10月に内閣府が実施した「食糧供給に関する世論調査」によれば、「将来の食料輸入に不安がある」86%、「食糧自給率を高めるべきだ」91%という結果が示されている。菅政権のTPP参加は、こうした圧倒的民意を踏みにじるものだ。
結局、TPPは政府によるあらゆる産業保護政策を撤廃させることで、弱肉強食の新自由主義を隅々まで貫徹させる「自由貿易協定の最終的形態」というべきものだ。
農業に限らず、この協定が発効すれば、グローバル企業は安い原材料と人件費を求めて海外に移転し、いっそう多くの利益を得るようになる。先進国ではいっそうの失業と賃下げ、発展途上国においては環境破壊と先進国資本による経済的植民地化が推し進められ、労働者や社会的弱者は破滅の底に突き落とされる。
●一方的なマスコミ報道
新自由主義を推し進めようとする政府・経済界の意を受けた商業メディアは、TPP参加に世論誘導するため、一方的な報道を繰り返している。「TPPに参加しないと日本は世界の孤児になる」などと恫喝し、国民を際限のない自由競争原理に従わせようとしているのだ。
多くの商業メディアは、参加者が800人に過ぎない経済界主催のTPP推進の集会(2010年11月1日)は大々的に報道する一方、全国農業協同組合中央会(全中)と全国農業者農政運動組織連盟(全国農政連)が主催し、TPP反対を決議した全国集会(2010年10月19日)には、参加者が1000人だったにもかかわらず一言も触れなかった。経済界の利益のためならなりふり構わない、呆れた「偏向報道」といえるが、これには、TPPの真実が暴かれることに対する経済界の恐れも反映されている。
●燃え上がる反対
メディアの一方的偏向報道とTPP推進キャンペーンにもかかわらず、TPP反対の声は急速に拡大している。2010年10月19日の全中、全国農政連主催の集会では「自由化と食料安全保障の両立は不可能だ」「TPP参加を検討すること自体が許せない」などと激しい反発の声が相次いだ。全中は、茂木守・会長名で「TPP交渉への参加には反対であり、絶対に認めることはできない。断固反対していく」とする談話を発表。11月10日、全中と全国漁業協同組合連合会(全漁連)が共催した集会は、農業者たちが会場の日比谷野音を埋め尽くした。
全国の都道府県・政令指定都市66の議会のうち、46議会がすでにTPPに関する意見書を議決した。そのうち、北海道、沖縄県など14が反対、秋田県、神奈川県など32が「慎重な対応」を求めるもので、合計で7割に上る。和歌山県議会の意見書は、「1次産業は壊滅的ダメージを受け、関連産業は衰退し、地域経済は崩壊する」と指摘している。
2011年1月18日、農水省が行った市町村長との意見交換では、TPP参加反対一色となった。水沼猛・北海道別海町長は、1次産業だけでなく、地域の商業や観光、建設業などもTPPに反対していることを報告した。加藤秀光・群馬県昭和村長は「TPP参加は、(農業を地域産業とする)村の将来ビジョンを根本から覆す」と反対姿勢を強調した。
全国農業会議所は、TPP参加反対を訴える1000万人署名に2月から取り組むと発表した。
●途上国の市民と手を取り合って
チュニジアのベンアリ政権崩壊に端を発した中東のドミノ革命はエジプトに波及し、1981年以来、30年続いたムバラク政権をなぎ倒した。商業メディアのほとんどは、一連の独裁体制崩壊の原因を「フェースブック革命」などとネットの普及に求めようとしている。もちろんそれもひとつの要素には違いないが、中東政変の背景には食料価格の高騰があることを指摘しておかなければならない。
昨年11月頃から始まった食糧高騰によって、途上国の市民を中心に生活は苦しさを増す一方だった。そんな中、2010年末にチュニジアで若者の焼身自殺事件が起きた。チュニジアでは若者に職がなく、その若者も、野菜や果物を街頭で売り、1日わずか500円程度の収入を得てなんとかぎりぎりの生活をしていた。しかし、この若者の露店が無許可営業だったことから、警官が商売に必要な機材を押収し、「返してほしければ賄賂をよこせ」と要求したため、怒った若者がこの警官の目の前で自分の身体に火をつけたのだ。
結局、この焼身自殺がネットを通じて市民の知るところとなり大規模な反政府デモに発展。ベンアリ大統領一家は国外に逃亡し政権は崩壊したが、こんな若者からさえ賄賂をむしり取るような政権は倒れて当然だろう。
「日本農業新聞」も次のように報じている――『穀物をはじめとした世界の食料需給動向が、再び緊迫感を強めている。シカゴ穀物相場は、食料危機が叫ばれた2008年以来の高値水準に達した。国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、世界の食料価格は08年水準をさらに上回り、2カ月連続で過去最高を更新した。世界の食料需給は高騰前の05年以前とは大きく変化し、逼迫(ひっぱく)、価格高止まりの様相を色濃くしている実態を直視しなければならない』(
2011年2月9日付論説)。
このような事態を迎えているときに、TPP参加を検討するよう指示した菅首相、「GDPの1.5%しかない農業のために他の98.5%が犠牲になっている」と発言した前原外相は、冗談抜きで一度病院に行った方がいいのではないか。
元内閣府大臣政務官を務めた田村耕太郎氏は、最近の食料高騰について、米国FRB(連邦準備制度理事会;日本銀行に相当)が大量のドル紙幣を増刷してばらまいたため、余った投機マネーが食料に流れ込んだことが原因だと指摘する(
日経ビジネスオンライン)。いま日本がなすべきことは、食料高騰に苦しめられている途上国の市民と手を取り合って、食料に流れ込んでいる投機マネーを規制し、食料品取引に秩序を取り戻すことだ。
●時代錯誤の経産省と経団連は博物館へ
TPPに反対する闘いは、農業を「産業」とし、ビジネス=儲けの道具としか捉えてこなかった農政を民主化する闘いでもある。農業は有史以来、文化として地域社会と結びつき、健康で文化的な社会生活のあり方を規定してきた。人間が人間らしく生きるための社会基盤として、もう一度農業を国民の手に取り戻すことが必要である。
時代の役目を終えたグローバリズムにしがみつくことでしか生きることができない経産省、経団連、自民党、民主党、みんなの党などの始末に困る粗大ゴミは、まとめて博物館にでも展示しておけばいい。