「週刊金曜日」(2024年6月11日付)が、以下の通り東電強制起訴刑事訴訟についての記事を載せた。今の司法と電力業界の癒着ぶり、そしてその不当性を世に問う一連の裁判行動(特に6.17最高裁ヒューマンチェーン)の重要性を改めてご理解いただきたいと思う。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
東電「強制起訴」裁判の告訴人らが草野耕一判事を批判(週刊金曜日)
2011年3月に発生した東京電力福島第一原発事故を引き起こした者たちの刑事責任を問う「東電強制起訴刑事裁判」はいま、原子力ムラと裁判所の〝蜜月ぶり〟を浮き彫りにしつつ、再び注目を集めている。
強制起訴刑事裁判に至る振り出しは、東電の勝俣恒久元会長(84歳)ら旧経営陣に対し、1万3000人以上の市民が行なった刑事告訴・告発だった。これに対し、告訴・告発状を受理した東京地方検察庁が13年9月に出した結論は「不起訴処分」。納得しない市民らは検察審査会に異議を申し立て、同審査会は二度「起訴」議決を出す。そして16年2月、勝俣元会長ら3人は業務上過失致死傷罪で東京地裁に強制起訴された。
この刑事裁判では、東電の津波対策を担当していた東電社員らが証人として出廷。政府の地震調査研究推進本部(推本)が02年に公表していた津波地震予測「長期評価」を受け、東電社内で計画されていた津波対策が経営陣の圧力で次々と先送りにされていく経緯が、電子メールのやり取りなどをもとに生々しく再現される。旧経営陣が強制起訴されなければ闇に葬り去られていたはずの〝人災〟を裏付ける事実が、白日の下に晒されてきた。
それでも、勝俣氏らは一、二審で無罪となり、現在は最高裁判所の第二小法廷で審理されている。最大の争点は一、二審の裁判官らが揃って科学的根拠に乏しいと断じた推本「長期評価」の信頼性だ。
裁判所はこれまで、太平洋沿岸への大津波襲来を的確に予測していたわが国最高峰の地震学者らの科学的知見を真っ向から否定し、予測できなかったことこそが権威の判断であり、当時の最新の科学的知見であるとする地震学者らが唱える〝役立たずの科学〟の側に軍配を上げていた。
だが一般の市民にしてみれば、防災の役に立たない「地震学」など何ら有難味がなく、命の危険さえ招くものでしかない。市民の考える常識(社会通念)と司直(検察および裁判所)のそれは、かくもかけ離れている。
この「長期評価」は、福島第一原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた22年6月17日の最高裁・国家賠償請求訴訟の判決でも信頼性を否定され、最高裁は「国に賠償責任はない」としていた。裁いたのは、現在刑事事件の審理を担当しているのと同じ、最高裁の第二小法廷だった。
「原子力ムラ」裁判官
東電旧経営陣を刑事告訴した「福島原発告訴団」は現在、最高裁第二小法廷を構成する裁判官たちに注目。国の賠償責任を否定した22年6月の最高裁判決にも関わっていた草野耕一裁判官に対し、強制起訴裁判の審理から外れるよう求める署名運動を展開している。
草野氏は、19年に最高裁裁判官に就任するまで、東電に対して法的アドバイスをしている大手法律事務所のひとつ「西村あさひ法律事務所」(旧名・西村ときわ法律事務所)の代表パートナー(代表経営者)だった。前述の「最高裁・国賠訴訟」でも「国に賠償責任はない」とする多数意見に与していた。つまり、原子力ムラに片足を突っ込んでいるような草野氏が関わる裁判では、中立と公正がまったく担保されない――というのである。
最高裁の現役裁判官を名指しで批判する署名運動が始まるきっかけは、月刊誌『経済』(新日本出版社)23年5月号に掲載されたジャーナリスト・後藤秀典氏執筆の記事「『国に責任はない』原発国賠訴訟・最高裁判決は誰がつくったか」だった。
同記事は、経済産業省や原子力規制庁等の政府機関と、東電や東芝、三菱重工業、日立製作所といった原発関連企業、そして大手法律事務所と最高裁が、実際の裁判や人事交流などを通じて深く結びついている実態を暴いたものだ。
前掲の大手法律事務所「西村あさひ法律事務所」の顧問を務める元最高裁判事の弁護士が、かつて最高裁で部下だった現役の最高裁判事が裁判長を務める「国賠訴訟」に対し、推本「長期評価」の信頼性を論難する意見書を出して〝圧力〟をかけていた事実など、大手法律事務所や最高裁までが今や「原子力ムラの一員」と化している現実を赤裸々に描いていた。
最高裁前で声を上げる
1月30日、福島原発告訴団と福島原発刑事訴訟支援団のメンバー約70人が最高裁正門前で、「草野判事は東電刑事裁判の審理を自ら回避せよ!」とシュプレヒコールを上げる。正門を見下ろすところに位置する部屋は、最高裁判事がそれぞれ持っている執務室だとされるが、そうした部屋のいくつかを見ていると、シュプレヒコールが続くなか、部屋の明かりが消されたり、開いていたカーテンが閉められたりしていた。シュプレヒコールの叫び声は、中にいる最高裁裁判官たちにも間違いなく届いたことだろう。
その後、告訴人たちは最高裁に対し、草野判事が審理に加わらないよう求める署名4539筆を提出した。
さらに2月11日には、『経済』誌掲載記事を執筆したジャーナリストの後藤秀典氏を招き、「大手法律事務所に支配される最高裁!東電刑事裁判で改めて問われる司法の独立」集会を開催した。この日、講演した後藤氏は、告訴人たちが行なう「草野氏名指し署名」について、次のように語っていた。
「巨大法律事務所が裁判所と国、企業の密接な関係を形作るという構造が、国を免責する22年6月の最高裁判決となって顕在化したと言わざるを得ない。でも、どうしてこんなことになっちゃったかというと、私たちが最高裁をあまり見てこなかったから。私たちの責任でもあるのかなと、私は思っています。これまで、最高裁判事一人ひとりにスポットが当たることもなく、総選挙の際に行なわれる『国民審査』でどれだけ×を書かれようと、それを理由に罷免された判事は一人もいなかった。
今、最高裁の前で『公正な判決を出せ』と声を上げ、刑事裁判では皆さんが草野さん名指しで回避を求める署名をやっていますよね。やっぱり、私たちは貴方たち(最高裁判事)一人ひとりの行動を見ているよと意思を示すことは、今後重要かなと思います。政治家なんかに比べて裁判官は、自分が個別に攻撃されることに慣れていない。だから、最高裁の外で大騒ぎしていると、ものすごく嫌なんじゃないか。特に草野さんには『あんたやめてくれ』っていう署名まで出てきた。『名指し署名』はものすごく嫌でしょう。効果あると思います。個別具体的にこうしたことをやっていくことが、この裁判を本当に公正なものにすることに繋がるのではないか」
巨大法律事務所の金蔓
後藤氏の講演後、福島原発告訴団の代理人を務める河合弘之弁護士は、次のように述べていた。
「僕はもともとビジネス弁護士なので、巨大法律事務所のこともよく知っている。
ビッグローファーム(巨大法律事務所)が原発訴訟に入ってきたのは、(東京電力福島第一原発事故が起きた)3・11以降。それ以前は、原発訴訟に出てくる電力側の弁護士は、いわゆる職人みたいな、マニアックなタイプが多かったし、人数も非常に限られていた。
電力会社はみんな金持ちだから、金に糸目をつけない。巨大法律事務所の場合、原発訴訟だと所属弁護士を10人ぐらい揃える。でかい会議室で打ち合わせをすれば、最低でも1人あたり1時間で5万円のタイムチャージ。それを何時間もするうえに、1枚当たり数万円という準備書面を100ページくらい出してくる。巨大法律事務所からすると、金脈を見つけたみたいなもの。今や原発訴訟が巨大マーケットになって、ものすごい儲け口になったんです。
儲かるためには、勝たなきゃいけない。そのためには、最高裁に人を送り込みたい。最高裁判事から見た〝いい天下り先〟にもなりたい。そうすれば、国を負かす判決を出すはずはない――というわけです」
まるで小役人
近視眼的に自身の天下り先を確保し、小銭稼ぎに走る最高裁の元判事たちとその〝予備軍〟らの姿は、まるで時代劇に登場する悪徳商人か小役人のようだ。原子力ムラと姑息に結託する彼らの罪は重い。だが、彼らがいつまで〝美味しい〟思いをできるのかは、保証の限りではない。時の政権がどれだけテコ入れしようが衰退・没落する一方の原子力ムラとともに〝心中〟する覚悟が、はたして最高裁と最高裁判事たちにあるのだろうか。東電刑事裁判の判決内容如何によっては、「裁判官の身分にふさわしくない行為をした」として、裁判官弾劾裁判所に訴追される裁判官も出てくるかもしれない。
裁判官は、中立・公正な立場に立っていなければならないことはもちろんとして、外見上も中立・公正であることが求められる。最高裁も、1998年12月1日の最高裁大法廷決定で「裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される」としている。
そして現在、東京電力「強制起訴」刑事裁判が審理されている最高裁第二小法廷に席を置く弁護士出身の草野耕一・最高裁判事は、最高裁判事への就任前、750人以上の弁護士を抱える巨大法律事務所「西村あさひ法律事務所」の代表経営者だった。同法律事務所は、東電との深い関わりがあることでも知られる。
同法律事務所の共同経営者である新川麻弁護士は、21年から東電の社外取締役に就任。国と東電に賠償を求めた「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)などが最高裁で審理されていた最中のことだった。
同法律事務所は、東京電力や東電の名を冠した関連会社に対し、出資や株式取得に関する法的アドバイスを行なったと、事務所のホームページで堂々とPRしている。また20年12月には、同事務所顧問で元最高裁判事の千葉勝美弁護士が、東電からの依頼で「元最高裁判事」の意見だとして、最高裁で審理中だった生業訴訟に対し、東電と国の賠償責任を真っ向から否定する専門家意見書を提出していた。ちなみに、生業訴訟などに対する22年6月17日の最高裁判決(福島第一原発事故での国の責任を否定)で裁判長を務めた菅野博之氏は、最高裁行政局時代に千葉氏から指導を受けていた「後輩」だった。
つまり、東電とそうした深い因縁を持つ法律事務所の経営者だった経歴を持つ草野判事は、「外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される」ことから、東電刑事裁判の審理から自ら身を引くべきだとして、本稿で紹介した「名指し署名」が始まった。
草野耕一・最高裁判事に対する「名指し署名」は、紙の署名とオンライン署名の両方で現在も続けられている。
(『週刊金曜日』2024年4月5日号)