人生チャレンジ20000km~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

公共交通と原発を中心に社会を幅広く考える。連帯を求めて孤立を恐れず、理想に近づくため毎日をより良く生きる。

当ブログのご案内

当サイトは列車の旅と温泉をメインに鉄道・旅行を楽しみ、また社会を考えるサイトです。

「あなたがすることのほとんどは無意味でも、あなたはそれをしなくてはなりません。それは世界を変えるためではなく、あなたが世界によって変えられないようにするためです」(マハトマ・ガンジーの言葉)を活動上の支えにしています。

<利用上のご注意>

当ブログの基本的な運営方針

●当ブログまたは当ブログ付属サイトのコンテンツの利用については、こちらをご覧ください。

●その他、当サイトにおける個人情報保護方針をご覧ください。

●当ブログ管理人に原稿執筆依頼をする場合は、masa710224*goo.jp(*を@に変えて送信してください)までお願いします。

●当ブログに記載している公共交通機関や観光・宿泊施設等のメニュー・料金等は、当ブログ管理人が利用した時点でのものです。ご利用の際は必ず運営事業者のサイト等でご確認ください。当ブログ記載の情報が元で損害を被った場合でも、当ブログはその責を負いかねます。

●管理人の著作(いずれも共著)
次世代へつなぐ地域の鉄道——国交省検討会提言を批判する(緑風出版)
地域における鉄道の復権─持続可能な社会への展望(緑風出版)
原発を止める55の方法(宝島社)

●管理人の寄稿
規制緩和が生んだJR事故(国鉄闘争共闘会議パンフレット「国鉄分割民営化20年の検証」掲載)
ローカル鉄道に国・自治体・住民はどう向き合うべきか(月刊『住民と自治』 2022年8月号掲載)
核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集(緑風出版)

●安全問題研究会が、JRグループ再国有化をめざし日本鉄道公団法案を決定!

●安全問題研究会政策ビラ・パンフレット
こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

56豪雪以来、久々の大雪となった福井 車社会が進展する中、見えてきた新たな課題

2018-02-26 23:05:22 | その他社会・時事
(この記事は、当ブログ2月9日付記事「38豪雪、56豪雪の経験から北陸豪雪の今後を読む」及び2月12日付記事「福井豪雪に見る「車社会」の意外な弱点」を再構成し、管理人が月刊誌「地域と労働運動」2018年2月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。なお、この記事掲載に伴い、元となった2つの記事は削除しました。)

 ●久しぶりの大豪雪で北陸地方大混乱

 2月に入って降り始めた記録的な豪雪で、福井市では2月5~6日の2日間だけで101センチの降雪量を記録した。1981(昭和56)年1月豪雪(通称「56豪雪」)で最多だった2日間の計109センチに匹敵する「ドカ雪」だ。5日午前2時に39センチだった福井市の積雪の深さは、1日半後の6日午後2時には1メートル近く増えて136センチに、さらに2月7日には147センチに達した。

 福井県内の国道8号線で2月6日未明から始まった1500台もの車の立ち往生は2月9日に解消するまで丸2日以上に及んだ。除雪車も救急車も救援もたどり着けないまま、これだけ長時間、国道の長い区間で車が動けなくなるのは豪雪地帯の福井にあってもかなり珍しい。今後の推移を見なければならないものの、もしかするとこの豪雪は、歴史的と言われた1963(昭和38)年1月豪雪(通称「38豪雪」)や前述の56豪雪と並び、後に戦後北陸3大豪雪と呼ばれることになるかもしれない。いずれにしても、しばらくの間語り継がれる雪害になることは間違いないだろう。

 だが、38豪雪、56豪雪、今回の豪雪を(別に平昌冬季五輪が開幕したからというわけではないが)金、銀、銅で例えるならば、やはり38豪雪がダントツの「金」。56豪雪と今回の豪雪のどちらが銀でどちらが銅になるかといったところだろう。38豪雪の異常さはそれほどまでに群を抜いたものであり、筆者の手元の資料から、改めてその異常さを検証しておきたい。

 まず、38豪雪の際に確認された異常現象を列挙すると、以下の通りだ。

・日本海側では1月16日から27日まで12日間も大雪が降り続き、北陸4県に災害救助法が適用。1万人近い自衛隊員が救助活動に入った。
・焼津港(静岡)が結氷、銚子沖でオットセイが群泳。
・利根川河口にニシン、相模湾に鮭が現れる。
・東京の気圧は統計的に1万年に1度レベルの異常低圧。この低圧の影響で、函館では海面が盛り上がって逆流、マンホールから海水が噴き出す騒ぎがあった。

 ニシンは通常、北海道の日本海側、オホーツク海にしかいない魚で、東北沿岸でも見られるのはきわめて珍しいが、それが関東地方の利根川で観測された38豪雪は桁外れの異常さだった(注)。56豪雪や今年の豪雪がどんなに記録的でも、このレベルの現象は観測されておらず、38豪雪の異常さは際立っている。

 38豪雪のあった1963年は、冬が終わっても異常続きで、西日本は5月に早々と梅雨入りした。その梅雨が異常に長引き、麦は平年の半分以下の大凶作に見舞われている。

 一方、56豪雪の場合は、その前の1980(昭和55)年夏から異常が始まっていた。1913(大正2)年以来67年ぶりの大冷害で、東北地方の太平洋側では米の作柄がゼロの地域もあったというからただ事ではない。

 このように、歴史的な雪害が起きるときは、その前後からかなり長期にわたる異常気象が続いていることがわかる。大豪雪はその長期にわたる異常気象の始まりある場合(38豪雪はこのパターン)や、逆に、長期にわたる異常気象の締めくくりである場合(56豪雪はこのパターン)が多いのだ。

 今年の歴史的雪害は38豪雪と56豪雪、どちらのケースに近いのか。振り返ってみると、昨年夏は東京で8月1日から15日まで15日連続の雨を記録、真夏日の日数は東北が大冷害に見舞われ「平成の大凶作」といわれた1993年以来の少なさとなった。しかし東京はこれでもまだマシなほうで、仙台に至っては7月22日から8月26日まで36日間連続で雨を観測。6~9月としては1934(昭和9)年を抜いて83年ぶりに記録を塗り替えた。仙台は8月の日照時間も観測史上最低を更新。記録ずくめの冷夏で、東北南部・北部は2009年以来8年ぶりに梅雨明け日を特定できずに終わっている。

 異常はその後も続き、昨年10月16日には東京都心で最高気温が14.3度までしか上がらなかった。10月中旬に東京都心で最高気温が15度を下回ったのは1971(昭和46)年以来46年ぶりとなった。このように考えると、今回の福井豪雪が訪れるまでの経過は56豪雪のパターンに非常によく似ている。昨年夏から続いてきた異常低温の締めくくりが今回の北陸豪雪だと考えることができる。

 福井を初め、全国的にその後も異常な寒波が続いており、低温傾向が収まる気配は見られない。だが昨年夏を長期にわたる異常低温の起点と考えるならば、この現象はすでに半年以上続いている。今後の推移についてはまだ予断を許さないものの、38豪雪や56豪雪の際も、おおむね1年くらいで異常低温が収束に向かっていることを考えると、今年の春先までにはさすがに終わりが見えるのではないかという気がする。

注)北島三郎のデビュー曲「なみだ船」(1962年、日本コロムビアより発売)に「どうせおいらはヤン衆かもめ」という一節がある。北海道で、主にニシン漁に従事する漁師はヤン衆と呼ばれた。ニシンは北海道の日本海側・オホーツク海でしか獲れなかったため、全国のニシン漁を独占できたヤン衆たちには過去、羽振りの良い時代もあった。

 ●車社会の意外な弱点

 同時に、今回の車の大規模な立ち往生を通じて、車社会の意外な弱点が見えてきた。元福井地方気象台長で青山学院大非常勤講師の饒村曜(にょうむら・よう)さんは、今回の大規模な車の立ち往生発生の背景に保有自動車台数の激増を挙げる。国交省のまとめでは、福井県内の自動車保有台数は38豪雪当時の約3万5千台、56豪雪時の約32万台に対し、現在は約66万台に増えている。片側1車線の国道8号線で、いったん片側車線だけ立ち往生が解消した後、夜になってまた上下線が両方とも立ち往生した状態に戻っていくのを見て、車社会の弱点がはっきりわかった。

 道路は「誰でも自由に使うことができる(=排除性なし)」であるのに対し、線路は「鉄道会社しか使うことができない(=排除性あり)」のが特徴だ。米国の経済学者サミュエルソンは、排除性がなく、かつ共同消費性(=損耗が誰の使用によって引き起こされたのかの検証が不可能な性質)があるものを「公共財」カテゴリに分類した。道路は公共財の典型で誰でも使うことができるため、どんなに費用対効果が見合わなくても造ればそこに必ず需要が発生する。そのことをわかっているからこそ、道路族はいつまでも道路を造れ造れと要求し続けるのである。

<参考>公共財、価値財、私的財とは?


(1970年ノーベル経済学賞を受賞した米経済学者、ポール・サミュエルソンによる)


 ところがこの「いつでも誰でも使うことができる」「使いたい人が自由に使うことを阻止できない」という道路最大の利点が、災害時には欠点に転化する。車の流入を阻止できないため、すぐに立ち往生や渋滞が発生し、今回のような混乱を引き起こす。道路使用者を除雪車や緊急車両だけに絞りたくても、道路を使う人はほぼ全員「自分の用件が最優先、最重要」だから結局、車の流入を阻止できないのである。

 一方、線路は「鉄道会社しか使うことができない」という欠点があるが、災害時にはこの最大の欠点が利点に転化する。鉄道会社しか使用できないため、線路使用者を除雪車や緊急物資を輸送する貨物列車に限定することが、割とたやすくできるのだ(ちなみにこの点は、国や自治体が線路を保有する「上下分離」になっても変わらない。線路が線路以外と物理的に遮断され鉄道会社の占有物となっていることが重要なのである)。世間では鉄道は災害に強いという漠然としたイメージが持たれているが、排除性の有無によって理論的に説明できることに、福井の豪雪災害は気付かせてくれた。

 北海道では今、維持困難線区をむしろバス転換するよう積極的に主張する勢力も存在するが、バス転換派に対して「バスは道路を走るが、道路には排除性がないため、無秩序に流入する自動車の影響を受ける。これに対し、鉄道は線路が排除性を持っているため、他者による影響を受けず復旧が容易」として鉄道の優位性を説明できる。「災害時に緊急でない一般車の流入を禁止する措置を取ればよい」との反論を受けたとしても、今回の福井豪雪では禁止措置をとる間もなく、すでに流入していた車だけで交通が麻痺する事態になっていたのだから、バス転換派のこのような反論はそもそも無意味である。鉄道線路は平時から鉄道会社の占有物となっており、列車以外が使用することはできないが、そこに重要な意味があるのだ。

 このように考えてみると、やはり鉄道をバスで代替するのは無理だという結論になる。代替可能なのはあくまで平和が維持されている通常時のみだ。バス転換派の言うままに線路をなくすと、災害時に泣くことになる。「自分は車が運転できるから線路なんてなくなっても困らない」と言っている人たちも、災害に遭えば車が立ち往生し、その横を何事もなく走る列車の姿を見て「線路を残しておいて良かった」と思うときが来ると思う。筆者は引き続き鉄道の重要性を訴えていく。

参考文献:「気象と地震の話」(吉武素二、増原良彦共編著、1986年、大蔵省印刷局)

(黒鉄好・2018年2月25日)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

規制委、情報公開原則を逸脱 開示文書未掲載、多くが福島第1事故関連

2018-02-11 12:28:13 | 原発問題/一般
原子力規制委・規制庁が、市民から情報公開請求を受けた行政文書はホームページに掲載するとみずから約束しながら、約束を守らず、多くを未掲載にままにしていたことや、未掲載文書の多くが福島第1原発事故をめぐって争われている各地の裁判で争点となっている津波対策等に関連するものに集中していたことが明らかになった。

このニュースは共同通信が配信したもので、地方紙は掲載しているものの、ほとんどの地方紙は2年半にわたる約束不履行を指摘するところまでにとどまっている。規制委発足前に経産省原子力安全・保安院(規制委に移行)と内閣府原子力委員会との間で行われていた「暗闘」にまで触れているのは地元紙・福島民報のみである(記事中「原発訴訟巡り国に批判」との見出しがつけられている部分)。地元紙として奥歯に物の挟まったような報道姿勢が続いていた福島民報が、久しぶりに放ったスクープといえる。

原発政策をめぐって、政府内部にこうした暗闘があったことはもっと市民に知られてもよいと思うし、政府内部にも様々な意見の亀裂、分岐があり一枚岩ではないと知っておくことは、国の政策を市民が望む「脱原発」の方向に変えさせるためにどのような方法があり得るかを考える上で大きなヒントになると思うからだ。

実は、福島県の地方紙である福島民報、福島民友の2紙は、福島県からの避難者が10人以上いる全国の自治体には無料で配布されている。該当自治体では図書館などで閲覧できるようにしていることが多く、当ブログ管理人のいる自治体の図書館でも数日遅れでよければ閲覧し、有料でコピーも取ることができる。「避難者に福島県内の状況を伝えるため」を名目とした福島県の復興予算を使った事業の一環だ。両紙の報道姿勢(特に被曝の危険性や食品問題など)に対しては色々思うところはあるものの、こうした事業が行われていること自体は大変有意義だと思う。

当ブログでは、このニュースを伝えた2月9日付福島民報の記事を入手したので、画像の形ではあるがご紹介しておきたいと思う。パソコンから当ブログを見ている方を中心に、サムネイル画像で表示されている場合はクリックすれば拡大画像で見ることができる。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【福島原発事故刑事裁判第3回公判】決め手に欠けた弁護側の証拠

2018-02-10 21:04:22 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
福島原発事故をめぐって、強制起訴された東京電力旧3役員の刑事訴訟は2月8日、第3回公判が行われた。前回に引き続き、科学ジャーナリスト添田孝史さんの傍聴記が寄せられたので、福島原発告訴団の了解を得て掲載する。

----------------------------------------------------------------

 ●決め手に欠けた弁護側の証拠

 第3回公判では、指定弁護士側が3点、東電元幹部の弁護側が64点の新たな証拠を提出し、双方の弁護士がその要旨を読み上げた。証人は出廷せず午前中だけで終わる地味な法廷だったが、内容は興味深かった。弁護側がこれからどんな方向で東電元幹部の無罪を主張しようとしているか、垣間見えたからだ。

 弁護側の証拠は、大きく三つのグループに分けられた。

 一つは、中央防災会議(内閣府)の関係者らによる、「地震本部の長期評価(2002)は信頼性が低い」などという一連の証言だ。しかし、以下の違いを無視している。中央防災会議が当時ターゲットとしていたのは数百年に一度起きる確実度の高い災害だ。一方、原発が考慮しなければならないのは、10万年に1回起きる災害である。長期評価の予測する津波地震が、中央防災会議としては防災対象に取り入れにくい数百年に一度以下の頻度であったからといって、原発でも無視して良い、という理由にはならない。

 二つ目は、日本海溝の北部(三陸沖)、中部(福島沖)、南部(茨城沖)で海底の構造が違うので、北部から南部まで、どこでも同じように津波地震が起きるという長期評価は間違っているという考え方に沿った一連の学術論文だ。しかし、これも説得力は低い。そもそも地震本部は、弁護側が持ち出してきた論文も考慮に入れた上で長期評価をまとめている。また、その後の研究の進展も反映して長期評価は2011年3月時点で改訂作業中だったが、そこでも弁護側が持ち出したデータも参照した上で「日本海溝のどこでも津波地震は起きる」という結論は見直されなかった。さまざまな学術論文やデータをとりまとめた長期評価を、単独の論文で崩すのはとても難しい。学問的にはすでに決着済みの問題なのだ。

 三つ目、おそらくこれが弁護側主張の柱になるのだろう。「長期評価に備えた対策をしていたとしても、東日本大震災時の津波はもっと大きかったので、事故はふせげなかった」という主張を裏付けるための、東電による津波解析、検察の捜査資料などだ。

 これにも疑問が残った。長期評価の津波地震に備えるため、敷地を北から南まで全面に覆うように高さ10m(海抜20m)の防潮壁があった時に、東日本大震災級の津波が襲来したら、どのくらい浸水するのかというシミュレーションの結果は、示されていない。証拠で出されたのは、敷地一部に防潮壁を作った場合では、東日本大震災級の津波は防げなかったというデータばかりだ。

 また、敷地を全面に覆う防潮壁を建設するには、数年間の運転停止が不可欠になると思われる。津波への耐力不足が明らかなのに運転を続けながら工事をするのを地元に認めてもらうのはかなり困難だと思われるからだ。2008年に防潮壁建設にゴーサインが出れば、東日本大震災の時、福島第一原発は工事のため運転は止められており、事故は確実に避けられただろう。「長期評価への対策では、事故は防げない」という弁護側の主張は、運転を止めずに工事することが前提になっており、そこも弱い。

 弁護側の主張3つの柱は、これまでも民事訴訟で国や東電が持ち出してきたが、前橋地裁(2017年3月)や福島地裁(同年10月)の判決で認められなかった論法と同じだ。弁護側が、刑事裁判に提出してきた新たな証拠でも、それを覆すような説得力は持ち得ないように見えた。この程度の証拠で、弁護側は戦ってくるのか、それともまだ秘策を隠しているのか。今後の展開が興味深いところだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北陸中心に記録的豪雪 福井で130cm超え市民生活に影響

2018-02-06 18:24:48 | 気象・地震
車列立ち往生、半日経ったが…時折雪かき「いつ動く」(朝日)

---------------------------------------------------------------
 大雪に見舞われた福井県では6日、雪に埋もれた車の中で一酸化炭素中毒になったとみられる男性が死亡するなど被害が相次いだ。県内ではさらに車両約1500台が一時立ち往生したり、北陸でも物流がストップしたりし、市民生活にも大きな影響が生じた。

 新潟市を5日夕に出発し、福井県坂井市へ荷物を運んでいたトラック運転手小泉雅人さん(51)=新潟市=は6日未明、通行止めになった北陸自動車道を降り、国道8号を南下して渋滞に巻き込まれた。その後は徐行が続いたが、午前8時過ぎ、福井県あわら市に入ると車列が完全に動かなくなった。

 それから約14時間が経った午後10時ごろ。前後の車の間には新雪が積もり、時折雪かきをして車列が動くのを待った。「食料と燃料は十分用意してきたので何とかしのいでいるが、いつ動くのかと心配です」と途方に暮れていた。

 「積雪は大人の腰くらいまで。雪が降りやまず、50メートル先も見えない」。国道8号沿いに住む70代男性は驚く。福井市方面への車線は6日午前11時ごろから止まったままだ。足止めされた車の運転手たちは、近くのコンビニに食べ物を買いに行ったり、車のダッシュボードに足を上げて休んだりしている。「長く住んでいるが、こんなに一気に降ったのは記憶にない」

 国道8号沿いで食堂を営む40代女性によると、6日午後には店の駐車場の積雪が1メートルを超えた。雪かきをしても追いつかず、店は臨時休業に。女性は「5日に食料を買い込んだので生活の心配はないが、営業再開は来週以降になりそうだ」と話した。

 坂井市は400人分の飲み物とパンを用意し、立ち往生した車の運転手に配った。あわら市も、おにぎり2200食と水のペットボトル1200本を用意し、自衛隊が配布した。

 福井県内では鉄道網とバス路線が止まり、北陸道や幹線国道も立ち往生や渋滞で混乱。福井駅前のタクシー乗り場には列ができた。出張先に向かう途中という滋賀県栗東市の会社員、安岡直樹さん(54)は「すでに1時間ちょっと待っています」と苦笑いしていた。
---------------------------------------------------------------

この冬は、各地で記録的な豪雪が記録されている。新潟など日本海側の北部より、福井など日本海側でも比較的南部で豪雪になっている点や、積雪量、市民生活への影響度などを合わせて考えると、戦後2大豪雪といわれた昭和38(1963)年1月豪雪(通称「38豪雪」)や昭和56(1981)年豪雪(通称「56豪雪」)に匹敵する規模になりつつある。もしかすると、この冬の豪雪は38、56豪雪と合わせ、後に戦後3大豪雪と呼ばれることになるかもしれない。

ところで、戦後最悪といわれた38豪雪では、北陸地方各地で国鉄の路線が長期間不通になった。復旧を目指して懸命に活動する人々を描いた国鉄監修の記録映画「豪雪とのたたかい」(毎日映画社制作)は今なお名作として語り継がれている。興味のある方は当時の社会状況にも思いを馳せてほしい。

豪雪とのたたかい(1/2)


豪雪とのたたかい(2/2)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昨年から続く鉄道トラブル「異常事態」 ついに運輸安全委員会も指摘 JR北海道ローカル線問題と同じ背景?

2018-02-05 23:00:32 | 鉄道・公共交通/安全問題
すでに報道から半月近く経過しているが、当ブログ・安全問題研究会にとってはきわめて重要な内容だと思うので取り上げることにする。なお、リンクはすでに切れており、NHKのニュースには飛べないのでご了承いただきたい。当ブログの知る限りでは、全国ニュースで取り上げたのはNHKだけのようだ。

--------------------------------------------------
運輸安全委 地方鉄道の脱線事故の背景について異例の指摘(NHK)

1月25日 17時47分

去年、和歌山県の紀州鉄道と熊本県の熊本電鉄の列車が相次いで脱線したことを受け、国の運輸安全委員会は調査報告書で、地方鉄道に共通する課題として、事業が小規模なため技術力の維持、向上が困難になっていると、事故の背景について異例の指摘を行いました。

去年1月に和歌山県の紀州鉄道で、2月には熊本県の熊本電鉄で、相次いで列車が脱線し、国の運輸安全委員会は25⽇、それぞれの調査報告書を公表しました。それによりますと、いずれもレールの幅が広がったことが原因と考えられ、枕木の腐食やレールと枕木の固定が不十分だったことなどで広がった可能性があるとしています。

紀州鉄道と熊本電鉄は、いずれも社内規定に基づいて線路の点検を行っていましたが、脱線の危険性などを十分に把握できていなかった可能性があると指摘しています。

これについて、運輸安全委員会は、地方鉄道に共通する課題として、事業が小規模なため技術力の維持、向上が困難になっていると、事故の背景について異例の指摘を行いました。そのうえで、運輸安全委員会は、社員教育の充実や木製の枕木をメンテナンスが簡単なコンクリート製のものに交換することなど、対策の実施を求めました。
--------------------------------------------------

2017年1月に紀州鉄道で起きた脱線事故、2月に熊本電鉄で起きた脱線事故について、去る1月25日に運輸安全委員会から事故調査報告書が公表された。報告書は紀州鉄道熊本電鉄それぞれをご覧いただきたいが、とりわけNHKが注目したのは紀州鉄道の事故報告書だ。PDF版の事故報告書の31ページ(PDFファイルのページでは48ページ中39ページ)に「軌道の整備(保線)体制」として、確かに以下のように記述されている。

--------------------------------------------------
 地方鉄道に共通する課題として、鉄道事業が小規模であるために、組織として軌道整備に関する技術力の維持、向上させることが困難な状況であることが考えられ、同社〔紀州鉄道〕においてはそのような状況が継続していた可能性があると考えられる。

 このため、……(中略)……脱線事故につながる危険性を同社が十分に把握しておらず、安全上問題ないものと判断した可能性があり、それに応じた軌道整備が速やかに行われなかったことが本事故の発生に関与した可能性があると考えられる。

 技術力を維持、向上させる又はその不足を補うためには、保線業務に従事する社員に対し、社内及び社外の研修等の社員教育を実施することや、外部から適任者を増員することが有効であると考えられる。

 また、即効性、確実性を考えると、木まくらぎに比べ耐久性に優れ、容易な保守が可能であるコンクリート製まくらぎに交換(数本に1本程度の割合で置き換える部分交換を含む。)していくこと等ハード対策も検討することが望ましい。
--------------------------------------------------

事故調査報告の中でこのような意見を表明すること自体はもちろん好ましいが、一方で運輸安全委員会には国や自治体の地方私鉄支援に道を開くような政策や財源についての提言も併せて行ってほしかった。地方私鉄にただ体制整備のための自助努力を求めるだけでは、かつて多くの地方私鉄がたどったような「安全が維持できない→廃止」という流れがいっそう強まることになりかねない。何しろ今やJR北海道ですら「石勝線列車火災事故(2011年5月)をきっかけに安全投資が滞り今日の事態を招いた。安全を維持しながら全路線を維持することは困難だ」として維持困難線区の廃線や地元負担に向けた協議を呼びかけているくらいなのだ。

鉄道以外の公共交通にはある程度(全額とまでは行かなくても、航空会社や海運会社がそれなら何とか運行を維持していこうかと思える程度)には安全維持のための補助制度が設けられている。この面でも鉄道だけそうした財源措置が乏しい状況にある。地方中小私鉄に限った話ではない。東急田園都市線の渋谷地下線区間で昨年から相次ぐ電気系統トラブルは、大都市鉄道でも安全投資が事業者任せのまま放置されていることの表れである(同じNHKが昨年12月にも「鉄道トラブルが相次ぐ3つの理由」としてこの問題を取り上げている)。大手私鉄、地方中小私鉄問わず続いている安全トラブルと、ローカル線廃止問題はどちらも「鉄道だけ国や自治体の関与、支援が少なすぎる」という点で根本的に同じなのだ。

当ブログと安全問題研究会は、先日公表した「こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策」リーフレットで示したように、他の公共交通と比べて鉄道にだけ国の支援が手薄であることに根本的な疑問を持っている。鉄道への国の支援がせめて他の公共交通並みになるよう、引き続き求めていきたいと考えている。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日常に塗り込められた原発被害 「見ざる、言わざる、聞かざる」の先に福島の未来はあるか

2018-02-04 21:12:36 | 原発問題/一般
(この記事は、当ブログ管理人が神奈川県内の市民団体会報向けに執筆した原稿をそのまま掲載しています。)

 3.11の惨劇からまもなく8年目を迎える。この7年間の福島の歩みは、何事もなかったかのように「日常」を回復させ、その中にあらゆる原発事故の被害も脱原発の声も塗り込んでしまおうと考える諸勢力の復活の歴史そのものだった。私があえて「フクシマ」という表現を使わないのは「風評被害をまき散らす脱原発派に惑わされず“科学的で正しい”議論を」と上から目線でのたまう偉い御用学者様とその取り巻き達に屈したからではない。福島が7年の時を経ても「フクシマ」にすら到達し得ないまま終わろうとしているとの思いを強く持つからだ。

 事故直後に鼻血を出しながら避難した被害者の声は完璧なまでに切り捨てられた。チェルノブイリでは避難の権利が認められるほどの高汚染地帯に日本政府は住民を放置、避難は「放射能を“正しく恐れる”ことができない愚か者の行動」という風潮が作り上げられていった。自主避難者への住宅無償供与の継続を訴え、市民は県と100回以上の交渉を持ったが県は見事にゼロ回答で乗り切った。3ヶ月しか使われることのない除染廃棄物焼却炉の建設に何百億もの金が飲み込まれ、多重下請け構造の下、賃金のピンハネに次ぐピンハネで給与未払い訴訟を起こさざるを得なかった除染労働者の横で、ピンハネした企業経営者は高級車を乗り回す。「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」から東京電力へ21兆円の賠償資金が交付されているのに、県内から聞こえてくるのは「賠償が却下された」「金額が不十分」との声ばかり。そもそも事故の加害者の東電がなぜ調停者のように賠償を査定しているのか。震災前は約1兆円だった福島県の予算は復興予算のためほぼ2倍、2兆円規模に膨れあがっているのに、この莫大な県の予算は一体どこに消えたのか。

 東電の責任を問うため、市民があれほど強く経営者の起訴を迫ったのに、検察は起訴どころか強制捜査もせず、任意の事情聴取だけで免罪した。なんとか市民の力で勝俣恒久元社長らの強制起訴を勝ち取ったものの、刑事裁判でも元検事の弁護士が経営陣らを弁護し、「事故は予見できなかった」と繰り返す。不都合な真実は見ない、強者に忖度して言わない、被害者の声は聞かない――福島は今の日本社会の縮図だ。「見ざる、言わざる、聞かざる」から卒業できない福島に(そして日本にも)、このままで未来があるとは思わない。

 『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』。13~14世紀イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』地獄篇第3歌に「地獄の門」が登場する。オーギュスト・ロダンの、この叙事詩を模した作品「地獄の門」の一角にはあの有名な銅像「考える人」が鎮座する。7年前、地獄の門をくぐった福島が再び希望と未来を取り戻したいと思うなら、政府や御用学者をうのみにせず、思考停止を脱して自分の頭で「考える人」を地道に増やしていくほかない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする