安全問題研究会

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【金曜恒例】反原発北海道庁前行動(通算358回目)でのスピーチ/泊・幌延現地視察報告

2019-10-18 23:48:39 | 原発問題/一般
 皆さんお疲れさまです。

 9月20日のこの金曜行動で、大阪から参加した仲間にスピーチをしてもらいました。関西電力前で毎週金曜行動をしている方ですが、関電でその直後、黒いお金の話が出たため、彼女は今大変忙しい日々を送っています。そのことは、日を改めてまたお話しできればと思います。今日は、その後一緒に回った泊原発、幌延深地層研についてお話しします。

 9月21日、泊現地を訪れ、岩内町で斉藤武一さんのお話をお聞きしました。岩内港からは、天気が良かったこともあり、泊原発がよく見えました。泊原発関係のニュースを流すときに、マスコミもそこでよく撮影をするのだそうです。

 衝撃的だったのは、泊原発は廃炉もできないのではないか、という話でした。斉藤さんによれば、泊原発は敷地が狭すぎ、いざ廃炉作業をするときに解体で出た廃材の置き場所がないのです。解体する原発から出る廃材は放射線量が高いため、どこにでも置いてよいわけではありません。置き場所が事実上敷地内に限られるにもかかわらず、十分な敷地の広さがないため、原発が廃止になっても解体作業ができず、放射線量が自然に下がっていくのをただ待つしかないのではないかということでした。原発が未来永劫運転を続けられるかのような幻想の下に、後始末のことも考えず安易に誘致した人たちに怒りを感じます。

 最新版の紙芝居も見せていただきました。北海道健康づくり財団が継続調査している資料を基に、泊原発稼働前は全道で70位にも入っていなかった岩内町、泊村の肺がん死亡率が急上昇し、高順位で安定していることを、改めて示していただきました。1970年代に始めた海水温の測定も、40年以上続けていらっしゃいます。その粘りと、継続してデータを取り続けることの大切さを改めて教えていただきました。まさに「継続は力なり」だと思います。この道庁前行動も「継続は力なり」です。

 翌9月22日には、日本原子力研究機構幌延深地層研を訪れました。研究期間「延長」が申し入れられ市民の関心が高まっているのか、それとも単なる3連休のせいなのかはわかりませんが、来訪者は以前私が訪問したときより増えている感じでした。「地層処分」研究用のトンネルは通常は午前中しか見学者を案内していないのですが、この日は午前、午後を通じて見学者を案内していました。

 地下のトンネルに降り、職員の説明を聞きましたが、地層処分の研究は進んでいるとは言えない状況でした。地層処分の受け入れ候補地を探すため、各地で説明会を開催しているNUMO(原子力発電環境整備機構)は、日本では地層処分が高レベル放射性廃棄物の唯一の処理方法だと宣伝していますが、この日の職員の説明では、地層処分に使うための「乾式キャスク」に高レベル廃棄物を詰めると、放射線量は容器の外でも全員が即死するとされる7シーベルトに達する、とのことでした。この説明を聞いただけで即座に疑問が生じます。人が近づくこともできない放射線量で、乾式キャスクの中に高レベル廃棄物を詰める作業は誰がどのようにして行うのか、という当然の疑問です。その程度の疑問すら解決していないのに、高レベル廃棄物の処分方法を地層処分に決めてしまうのは危険以前に無責任だと思います。

 私たち一行にとって、技術的な未熟さもさることながら、心配させられるのは深地層研職員の不勉強と自信のなさです。見学終了後、市民から「この施設の標高はどれくらいあるのか」という質問が出ましたが、職員は即答できませんでした。自分たちの研究施設が標高何メートルにあるかという基本的なことも知らないのです。別の参加者からは「高レベル廃棄物を覆う金属製の容器はないよりはあったほうが安全なのか」との質問が出ましたが、これにも職員は答えられませんでした。安全かどうかの認識は個人によって違うので、深地層研職員の立場で安易に安全という言葉を使うことができないという事情は理解できます。しかし「金属はガンマ線などの放射線に対しては遮蔽効果が高いので、金属製の容器は、ないよりはあったほうが外部へ放出する放射線量を減らすことができる」程度の回答であれば、科学的事実として問題なくできるはずです。深地層研職員からは、面倒な質問には答えたくないという逃げの姿勢も目に付きました。「もんじゅ」をめぐる1万件を超える点検漏れや、その後の廃炉決定などが続き、原子力機構職員全体が自信を失っているのでしょう。自分たちの仕事に誇りを持てない状況に陥っているなら、一度解体して出直すべきだと思います。このような状態の組織に高レベル廃棄物の処理を委ねるのはあまりに危険で無責任です。とはいえ、もう半世紀近く原発の運転を続けてきた日本では、放射性廃棄物の処分自体は避けて通れない課題であり、誰かが責任をもってやらなければなりません。その方法を、早々と地層処分に決めてしまうだけの研究成果が深地層研で上がっているようにはまったく見えませんでした。日本学術会議が福島原発事故直後に提案した暫定保管などの方法も再検討すべきでしょう。そのことが確認できただけでも、有意義な視察だったと思います。

 10月6日、大通公園で行われたさようなら原発北海道集会では、幌延で長く深地層研反対の闘いを続けてこられた久世薫嗣(くせ・ひさつぐ)さんからも報告がありました。「深地層研が立地するとき、『20年経てば過疎化で反対する人は誰もいなくなる』と道庁官僚に言われた。持続可能な産業をしっかり作り、子どもたちも都会に出さず地元に残さないと勝てない」という内容でした。国は基地や原発などの迷惑施設の立地をスムーズに進められるよう、意図的に地方を過疎化させる政策を採っています。持続可能な産業と人口を維持することが大事だという久世さんの報告を聞いて、なるほどと思いました。

 深地層研のある幌延町は人口2,300人(2019年9月時点)に対し乳牛の頭数が8,735頭。久世さんが住んでおられるお隣の豊富町も人口3,914人(2019年9月時点)に対し乳牛の頭数が16,000頭。人より牛が4倍も多い地域です。豊富町の牛乳や乳製品が、セイコーマートでブランド化され、売られていることはみなさんもご存じと思います。酪農・畜産で道北地域は立派に生きていけます。先日の世界気候サミットでは、温暖化の元凶として畜産もやり玉に挙がりましたが、原発や石炭火力発電よりははるかにマシです。道北の大切な産業である酪農が、幌延のたった1回の事故で滅びることになりかねません。深地層研の延長に対して、みなさんの反対の声を集めていきましょう。

注)日本学術会議が福島原発事故直後に提案した高レベル放射性廃棄物の暫定保管と総量管理については、以下の資料を参照。

(1)高レベル放射性廃棄物の処分について

(2)高レベル放射性廃棄物問題への社会的対処の前進のために

【管理人よりお知らせ】10/6、さようなら原発北海道集会のゲスト発言音声をアップしました

2019-10-15 22:19:51 | 原発問題/一般
遅くなりましたが、10月6日、札幌市で行われた「さようなら原発北海道集会」でのゲストの方の報告を、youtubeにアップしました。以下のURLから発言内容を聴くことができます。

191006さようなら原発北海道集会発言(01)小野有五・北大名誉教授

小野さんは地震学者で、泊原発周辺の活断層の危険性を訴える活動を続けています。

191006さようなら原発北海道集会発言(02)相楽衛さん

相楽さんは茨城平和擁護県民会議事務局長。東京から100km圏内にある東海第2原発は、いま東日本で最も再稼働が近いと言われ、「再稼働同意権」を持つ周辺6自治体がどう対応するかが最大の焦点となっています。最新の闘いの報告。

191006さようなら原発北海道集会発言(03)久世薫嗣さん

久世さんは、核廃棄物施設誘致反対道北連絡協議会代表委員。日本原子力研究開発機構が道北の幌延町で研究を進める幌延深地層研に反対してきました。

この施設は(1)研究目的のみに使われ、最終処分場にしない、(2)研究期間は2000年から20年間限りで、その後は埋め戻して閉鎖--との約束がありますが、今年7月になって、研究期間の延長が原子力機構によって一方的に申し入れられました。地元では、最終処分場になるのではないかとの懸念が再び強まっています。

この施設のある幌延町は人口6千人に対し、牛の飼養頭数が2万4千頭。お隣の豊富町も4千人の人口に対し牛が1万6千頭。人より牛が4倍も多い地域です。畜産・酪農で十分暮らしていけます。こんな平和な町に核のゴミは必要ありません。

【緊急呼びかけ】緊急のお願いです。10月2日が収集期限の短期間署名へ、取組みご参加を呼びかけます

2019-09-24 00:49:00 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
【追記】以下の緊急署名行動については、目的を達成したため9月30日限りで終了しました。検察官役の指定弁護士が1審の無罪判決を不服として東京高裁に控訴したためです。

ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。

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福島原発刑事訴訟支援団の会員・支援者のみなさまへ

緊急のお願いです。
10月2日までの判決直後2週間内の署名収集取り組みにご賛同・参加を呼びかけます


9月19日、東京地裁は東電元経営陣に無罪判決を下しました。
結論も内容も、酷い判決です。
福島原発刑事訴訟支援団では、検察官役の指定弁護士の皆さんに、控訴のお願いをする緊急署名をはじめました。

▼【緊急インターネット署名】東電刑事裁判元経営陣「無罪」判決に控訴してください!

控訴期間は2週間です。
10月2日までの短期間の署名です。
SNSでの拡散、MLへの転送、各自最大限の波状アクションをお願いします。

紙ベースの @署名用紙(PDF)も作りました。
印刷して、集めてください。
https://drive.google.com/file/d/1GMlD2ricwO2M9nIiAS2s8yi6YrDGAMHF/view?usp=sharing

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2019年9月19日、東京地方裁判所は、東京電力の元経営陣3名の福島原発事故における業務上過失致死傷の罪について「被告人らは、いずれも無罪とする」という判決を下しました。
この判決は、原発が過酷事故を起こさないための徹底的な安全確保は必要ないという、国の原子力政策と電力会社に忖度した誤ったメッセージであり、司法の堕落であるばかりか、次の過酷事故を招きかねない危険な判断です。

2016年2月29日の強制起訴から、検察官役として指定された5人の弁護士のみなさまは、この重大事故の責任を問うために大変なご苦労をされてきたということを、公判の傍聴を通じて感じており、心から感謝しております。裁判所が配布した判決要旨を読むにつけ、裁判所がこの原発事故の被害のあり方、被告人らの行いに対し、正当な評価をしたとは到底思えません。

私たちは、この判決では到底納得できず、あきらめることはできません。
どうか、指定弁護士のみなさまに、控訴をして頂いて、引き続き裁判を担当して頂きたくお願い申し上げます。

多大な仕事量とそのお働きに見合わない報酬しか、国からは支払われないと聞き及んでいるところを心苦しくはありますが、正当公平な裁判で未曾有の被害を引き起こした者たちの責任がきちんと問われるよう、再び検察官席にお立ち頂けますようお願い申し上げます。

=== 福島原発刑事訴訟支援団 ===
福島県田村市船引町芦沢字小倉140-1
https://shien-dan.org/
infoアットマークshien-dan.org
080-5739-7279

【福島原発事故刑事裁判第38回公判】日本裁判史上に残る最低最悪の判決で日本の刑事司法は中世から原始時代へ

2019-09-22 22:19:04 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
福島原発事故をめぐって強制起訴された東京電力旧3役員の刑事訴訟。第38回公判(判決公判)の模様を伝える傍聴記についても、福島原発告訴団の了解を得たので、掲載する。執筆者はこれまでに引き続き、科学ジャーナリスト添田孝史さん。

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●「無罪」 証拠と矛盾多い忖度判決

 有罪は厳しいかもしれない、という予想はあった。しかし刑法上の責任を問うのが難しい結果になるとしても、ここまで判決内容が腑に落ちないものになるとは想像していなかった。唖然とした。

 開廷は2019年9月19日、午後1時15分。永渕健一裁判長は「被告人らはいずれも無罪」と言い渡し、それから午後4時半ごろまで、休憩を挟んで約3時間にわたって、とてもメモを取りきれない早口で判決要旨を読み上げ続けた。

 読み上げを聞いていると、「あの証拠と矛盾している」「そこまで言い切る根拠はどこにあるの」「なに言ってんだ、それ」という疑問が次から次へと頭に浮かんできた。この裁判では、証言だけでなく、電子メールや議事録など、事故を読み解く豊富な証拠を集めていたはずだ。よい素材はあったのに、どうしたこんなまずい判決になったのだろう。

 検察官役の指定弁護士を務める石田省三郎弁護士は「国の原子力行政を忖度した判決だ」と記者会見で語気を強めた。

 判決要旨を聞いて浮かんだ以下の疑問点を整理しておきたい。

・事故を避ける手段は、運転停止だけなのか
・「他社や専門家の意見を聞き、必要な対応を進めていた」?
・「外部から東電の対策について否定・再考の意見は出ていない」?
・「長期評価は取り入れるべき知見と考えられていなかった」?
・ずさんな確率計算で長期評価の信頼性を語る愚策
・原電と東電、どちらが合理的だったのか

●事故を避ける手段は、運転停止だけなのか

 判決要旨では、「本件事故を回避するためには、本件発電所の運転停止措置を講じるほかなかった」(p.13)としている。しかし、日本原子力発電が、東海第二原発で建屋への浸水防止、海沿いの盛り土などの工事に2008年に着手し、震災までに終えていた(注1)。日本原電の元幹部は、NHKの取材にこう述べている(注2)。

 「もし津波のリスクがあるなら、事前に対応しておいて万一津波が来ても、大丈夫なようにしておきたい」

 「長期評価などをもとに、津波がいつかくるというリスクは社内で共有されていたと思う。まずはできる対策をとっていき、大規模な工事は今後順次やっていけばいいという考えだった」

 東電も、運転停止しなくても、「まずはできる対策」から着手することは可能だったはずだ。

もともと、原子力安全・保安院が2008年9月に各電力会社に要請した耐震バックチェックは、従来想定を超える新知見があった場合でも運転停止は必要とされていない。運転しながら、3年以内に補強工事を終えることを求めていた。「新知見が見つかれば、即運転停止して対策工事」のような、強い結果回避策は、社会通念上も要求されていなかった。

 判決のこの点については、識者からも意見が多くだされている。

 山本紘之・大東文化大教授「事故を防ぐためには原子炉停止が必要だったとして有罪認定のハードルを不必要にあげている点にも疑問が残る」(東京新聞2019年9月20日朝刊2面) 

 松宮孝明・立命館大教授「事故を回避する方策として、影響が大きい運転停止だけを検討した点は疑問が残る」と語り、他の対策も認めれば、「予見可能性のハードルは相当低くなっていたはずだ」(朝日新聞2019年9月20日朝刊2面)。

 大塚裕史・明治大教授「事故回避の措置として指定弁護士は原発の運転停止の必要性に焦点を当てたが、実行するのは簡単ではなく、有罪のハードルを高めたといえる。控訴するのであれば、運転停止以外の対策でも事故を防げたと立証できるかが、カギとなるだろう」(読売新聞2019年9月20日朝刊38面)

●「他社や専門家の意見を聞き、必要な対応を進めていた」?

 「安全対策でも適宜社内で検討し、他社や研究者から意見を聴き、行政の考えも踏まえた上で必要と判断される対応を進めていた」(判決要旨p.23)

 しかし、実態は「意見を聴き」ではなく、「東電が決定した方針を了承させる根回し」だったことは、議事録や電子メールで明らかになっている。

 たとえば、東電の高尾誠氏が秋田大高橋先生に面談した時のメモには、以下のように書かれていた。

 「長期評価の見解を今すぐ取り入れないなら、その根拠が必要でないかとのコメントがあった」
 「非常に緊迫したムードだったが、(東電の方針を)繰り返し述べた」(注3)

 こんなやりとりを、「意見を聴いて必要と判断される対応を進めた」とする裁判所はおかしいだろう。

 東電は、東北電力が貞観津波の想定を進めていることを聞き、東北電力に圧力をかけて、その報告書を書き換えさせた事実もわかっている(注4)。裁判所は、こんな悪質な方法も「必要と判断される対応」と考えているのだろうか。

 東海第二で津波対策を進めた日本原電の元幹部が、NHKの取材に対して興味深い証言をしている(注5)。

 「他の電力のことも考えながら対策をやるというのが原則でして。東京電力とかに配慮をしながら、物事をすすめるという習慣が身についている。対策をやってしまえば、他の電力会社も住民や自治体の手前安全性を高めるため対策をとらないといけなくなる。波及するわけです。だから気をつけている」。東電の無策が福島の地元にばれてはいけないから、日本原電は、東電が先延ばしした長期評価津波への対策を、こっそり進めていたというのだ。

●「外部から東電の対策について否定・再考の意見は出ていない」?

 「東京電力の取ってきた本件発電所の安全対策に関する方針や対応について、行政機関や専門家も含め、東電の外部からこれを明確に否定したり、再考を促したりする意見が出たという事実も窺われない」(判決要旨p.24)

 外部から意見を言う前提には、東電の安全対策に関わる情報が開示されている必要がある。ところが、東電は高さ15.7mの津波計算結果(2008年)、高さ10mを超える津波は炉心溶融を引き起こすこと(2006年)など、重要な情報をずっと隠していた。

 専門家といっても、詳しい領域は限られている。地震や津波の専門家は、対策の専門家ではない。津波想定が10mを超えるとクリフエッジ的に被害が一気に拡大するという情報を持っていない。逆に、対策の専門家(プラントの機電側)は、従来想定を超える高い津波を地震学者がすでに予測されていることを知らなかった。そんな状況で、東電の安全対策を否定したり、再考を促したりすることは不可能なのだから、「専門家から意見が出たという事実は窺われない」という判決の指摘は的外れだ。

 保安院は2006年ごろ、東電と日本原電を名指しで「津波想定の余裕がない」「ハザード的に厳しい地点では弱い設備の対策を取るべきなど、厳しい意見が(保安院やJNESから)出ている」として対策を促していた(注6)。行政機関から意見は出ていたのだ。その後、日本原電は対策をしたが、東電は先延ばしを続けた。

●「長期評価は取り入れるべき知見と考えられていなかった」?

 「長期評価の見解は、本件地震発生前の時点において、他の電力会社がこれをそのまま取り入れることもないなど、原子炉の安全対策を含む防災対策を考えるに当たり、取り入れるべき知見であるとの評価を一般に受けていたわけではなかった」(p.30)

国の研究開発法人である日本原子力研究開発機構は、東海再処理工場の津波想定で、長期評価の見解そのままを「採用する」(2008)としていた(注7)。日本原電は、「そのまま」ではなく日本海溝沿いの北部と南部で地震の規模を分けたものの、前述のように長期評価の見解にもとづく対策工事を実施した。

 土木学会津波評価部会も、2009年以降進めていた津波評価技術の改訂作業で、「日本海溝沿いのどこでも津波地震が起こりうる」という長期評価の考え方を取り入れようとしていた。

 判決の指摘は、まったく的外れだ。

●ずさんな確率計算で長期評価の信頼性を語る愚

 「1〜4号機の津波ハザード曲線は、10mを超過する確率が10万年に1回よりやや低い頻度にとどまっており、これは通常設計事象としてとりこむべき頻度であるとまでは必ずしも考えられていない。津波ハザード解析の結果も、長期評価の信頼性が高いことを示していたとは言えない」(p.31)

 この津波ハザード解析は、津波評価部会メンバー(約半分は電力社員、地震の専門家はごく少数)へのアンケート結果をもとにしているから、その結果には限界がある。JNESが震災後に計算しなおしたら、一桁違う値が出ている(注8)。この程度の根拠しかない数値を根拠に長期評価の信頼性を判断するのは暴論だ。

●原電と東電、どちらが「合理的」だったのか

 「法の定める安全性は、どのようなことがあっても放射性物質が外部に放出されることは絶対にないといったレベル、あるいはそれとほぼ同じレベルの、極めて高度の安全性を言うものではなく、最新の科学的、専門的知見を踏まえて、合理的に予測される自然災害を想定した安全性であって、そのような安全性の確保が求められていたものと解される」(p.36)。

 「被告人3名がそれぞれ認識していた事情は、津波の襲来を合理的に予測させる程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであったとは認められない」(p.39)

 「合理的に予測される」と考えたからこそ、日本原電や東北電力は、地震本部の長期評価や貞観地震への備えを進めたのだろう。東電もどちらかの地震を想定すれば、10mを超える津波への対策をしなければならなかったが、二つとも先送りし、大事故を引き起こした。

 地震本部の長期評価にもとづく高い津波を想定して「できることから」対策を進めた日本原電、一方2016年まで先送りすることにして事故時まで何も対策しなかった東電、どちらが「合理的」だったと裁判所は考えているのだろう。日本原電や東北電力の備えは「極めて高度な安全性」を求めた過剰なもので、運転停止どころか簡単な対策さえもしなかった東電こそが「合理的」とでも言うのだろうか。

注1)第23回公判(2018年7月27日) 日本原電で津波対策を担当していた社員の証言

注2)WEB特集東電裁判“見えた新事実”

注3)第6回公判(2018年4月11日)

注4)https://level7online.jp/2019/検察調書が明らかにした新事実/

注5)WEB特集東電裁判“見えた新事実”

注6)原子力安全・保安院 小野祐二氏の調書(刑事裁判甲B75)

注7)https://level7online.jp/2019/jaea、「明治三陸型」大津波を茨城沖で想定していた/

注8)国会事故調報告書p.93

「無罪」に怒りあらわ 東電旧経営陣に判決

2019-09-20 22:07:37 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
「無罪」に怒りあらわ 東電旧経営陣に判決(岐阜新聞)

既報の通り、当研究会もずっと関わってきた東電の刑事訴訟は、争う余地のないと思われた予見可能性すら全否定する最低最悪の判決となった。

ただ判決は自己矛盾、自己崩壊のオンパレードで、義務教育を終えた普通の日本人でこの判決に納得できる人間は1人もいないと断言する。

以下は当研究会がレイバーネット日本に発表した当日レポートである。

1点の曇りもない不当判決~「原発事故無罪放免」に激しい怒り相次ぐ 東京地裁前9.19レポート

「企業免罪請負人裁判官」による白昼公然たる犯罪人釈放--9.19東京地裁判決をひと言で表するならそのようにいえよう。「この判決にも少しくらい評価すべき点があるのでは?」との質問に私は答えよう。「ゼロだ」と。東電経営陣のくだらない言い訳をそのままコピペした判決要旨なんて、配られたところで読む気もしない。おそらく今後も読まないだろう。

「9.19を日本の司法が死んだ日として長く心に留めよう」なんて陳腐なことを今さら書くつもりはない。この世界で長く生きてきて、司法の死なんてもう100回くらい見てきている。そんなことをしていたらカレンダーは1年中「司法死亡記念日」だらけになってしまうからだ。この間の経過を見てきた私からすれば、十分予想できる判決だったし、「また死ぬのかよ」「日本の司法は一体何回死ねば気が済むんだ」という以上の感想は持ち得なかった。うず高く積み上げられた司法という名の屍の上に、新たな1体が積み上げられた--私の認識はその程度のつもりだった。

しかし、地裁前では福島で今も生きる人、福島から避難した人たちの激しい怒りの声が続く。福島市在住の元原発作業員、今野寿美雄さんは「ここまでの事態を起こして誰も責任を取らないなんてことがあるか!」と声を張り上げて東電と裁判所を糾弾した。

私もスピーチを依頼され、マイクを握る。今野さんの怒りが乗り移ったのか、それとも今朝から影を潜めていた、真夏を思わせるような強い日差しが突然、照りつけてきたせいか、昨日から考えていたスピーチ内容が頭の中から飛んでしまった。

「判決に腹の底から怒りを感じます。今も数万の人たちが自分の家に帰れないでいるのに誰も責任を取らないんですか! 300人の子どもたちが甲状腺がんになっているのに誰も責任を取らないんですか。汚染水を流す流さないの議論が続いていますが、議論以前に汚染水を作り出したのは誰ですか? 作り出した者が責任を取らないで誰が取るんですか?」

気づけば国、東電、原子力ムラへの怒りをぶちまけていた。

腹の底から怒りをぶつけすぎたせいか、突然、マイクの音声が出なくなった。あいにく電池切れのようだ。代わりのマイクも混乱状態で来ない。「もう肉声でいいからやれ」という声がどこからか飛ぶ。覚悟を決め、大きな声を出せるよう深呼吸する。だがこの一瞬の中断でのおかげで冷静さが戻り、場の雰囲気も見えてきた。

「16日、代々木公園でのさようなら原発集会にも私は参加をしました。高校生平和大使の若い人たちが懸命に署名を集めている。私は、彼女たちに原発事故当時のことを話しながら署名をしました。『原発事故が起きると国、自治体、マスコミ、学者はもちろん、親兄弟、親戚や友人まですべてが信じられなくなる。最も身近にいる愛すべき人が信じられないとか、信じていたのに裏切られたとか、そんな言葉を福島で何度も聞いた。だから私は若いあなたたちが再びそんな言葉を使わなければならないような世の中にはしたくない。そんな世の中にしないのが大人だと思っている』と話しながら署名を書いたんです。それが、何ですかこの判決は! 一生懸命署名を集めている若者たち、甲状腺がんで苦しむ子どもたちに私はこの判決をどう報告したらいいんですか!」

抑えたはずの怒りが再びこみ上げてきた。

「信じられない、あり得ないと今、多くの人がここで話をしました。しかし私はこんな判決くらい何とも思っていません。敵よりも1日長く闘うだけです。敵が100年、原発を推進してくるなら私は100年と1日反対します。原子力ムラが1万年原発を推進するなら私は1万年と1日闘うでしょう。あきらめず最後まで闘い抜きます」

そう決意表明したところでマイクが戻ってきたが、肉声でも十分私の声はメディアに伝わったと思う。「腹の底から怒りを感じます」という私の訴えは、NHK「ニュース9」で放送された。絵になるシーンを作れば、案外、メディアは報じるものだ。そんなことも思った判決直後の地裁前だった。

午後2時から日本弁護士会館で始まった集会は、急遽、報告会から抗議集会に名称を変えて行われた。福島在住者、避難者たちが次々とマイクを握る。「日本の国がこんなに悪いことをしているのにマスコミは隣の国のことばかり。しかし、今日、私の話、苦しみに最も耳を傾けてくれたのは、隣の国のマスコミでした」という菅野みずえさん(浪江町から兵庫県に避難)の話には拍手が起きた。この国はメディアも腐りきっている。会場内でテレビカメラを回している関係者に目をやる。カメラマンがレンズから一瞬、目を背け、表情を曇らせるのを私は見逃さなかった。避難者からのストレートな批判はマスコミ関係者にはかなり堪えたようだ。

この集会では、10人以上の人が登壇し発言した。弁護士を除く一般参加者で、男性の発言者は今野さん、長谷川健一さん(静岡県への区域外避難者)、そして避難の協同センターの瀬戸大作事務局長のみ。後は全員が女性だった。原発事故は人々を平等には襲わない。いかに女性に集中的に被害が出ているかを象徴するシーンだ。

「今後、どうしたらいいか私はわかりませんが、それでもこのままというわけにいかない。右足、左足、とりあえず交互に出せば前には進む。そうやって再び歩き出すしかない」。菅野さんは自分自身を励ますように声を絞り出した。

抗議集会終了後は裁判所内の司法記者クラブに移動。指定弁護士の会見会場はメディアであふれ、会場外からはまったく声が聞き取れない。その後、同じ場所で行われた被害者代理人弁護士の記者会見で、福島原発刑事訴訟支援団の武藤類子副団長は「福島県民の誰ひとりこの判決に納得していない。指定弁護士には控訴を願っている」と述べた。海渡雄一弁護士は「指定弁護士側に有利な証拠を裁判長はことごとく黙殺、被告らに都合のいい部分のみつまみ食いして無罪放免した。どうせマスコミは判決要旨しか見ない、長い判決文は読まないと高を括って、都合よくつまみ食いした部分だけを判決要旨にまとめているので、みなさんも判決要旨の取り扱いには注意してほしい。その判決要旨がすべてだという報道はしないでほしい」とメディアに注文をつけた。

「裁判長は一貫して、原発事故の責任追及に立ち上がった我々をまるで暴民暴徒であるかのように敵視し続けた。女性傍聴者のスカートの中まで調べる徹底的な身体検査が毎回行われたのはその証拠といえる。こんな裁判長に無罪にされたからといって、気にすることはないですよ」。河合弘之弁護士が怒りにほどよく冗談をブレンドして解説すると笑いが起きた。

永渕健一裁判長は1990年任官の57歳。薬害エイズ事件の大阪高裁判決では1審判決をわざわざ破棄し、刑を軽くした「前科」もある。たいした業績もなく、この年齢になっても地裁判事というのは明らかに裁判官の昇任ペースとしては遅すぎる。仕事ぶりに対する裁判所内部での評価が高くないことは明らかで焦りもあったのだろう。私も指定弁護士による論告求刑、被告側最終弁論を相次いで傍聴したが、居眠りをする勝俣恒久元会長に対して怒りの声を上げた傍聴者を逆に怒鳴りつけるなど、市民敵視は明らかに度を超えていた。この間、この裁判長の人権侵害に対し、国賠訴訟を起こしたいと何度か思ったほどだ。だからこそ今回の判決は「想定内」だった。こんな訴訟指揮を続ける裁判長からまともな判決が聞けたらそれこそ奇跡というものだ。

永渕裁判長の「前科」を暴いたのは、原発推進御用紙であるはずの産経だ。敵性メディアと思っている媒体でも、現場レベルではよい働きをする記者がいるという事実も記しておきたい。

なぜ産経がこうした事実を暴いたのかはわからない。単純に記者の良心がそうさせたのだと好意的に解釈しておいてもよい。だが、3.11以降の産経の報道を注意深く観察すると、そこには原発と原子力ムラに対する危機感が見て取れる。「こんなずさんな状況を放置したら、原発事業が今後、日本では立ちゆかなくなる。原発推進を主張できなくなる」という、私たちとは正反対の意味での危機感だ。

その産経の危機感、そしてこの日、永渕裁判長が述べた「自然現象について、想定できるあらゆる可能性を考慮し、必要な措置を講じることが義務づけられれば、原発の運転はおよそ不可能になる」との懸念は当たっている! 実際、原子力規制委員会が原発にテロ対策工事を要求し、期限内に完成しなければ来春以降原発停止を命じる可能性をほのめかすなど、現実は推進派の懸念通りに進行している。「あらゆる可能性を考慮し、絶対に事故を起こさない原発を作れ」と要求し続けることこそ、遠回りに見えて最も確実な原発廃絶への道かもしれない。

「これでも罪を問えないのですか!」--福島原発告訴団が、発足以来、刑事告訴運動を続けるなかで掲げてきたスローガンだ。だが「これでも罪を問えなかった」今、私たちはどうすべきだろうか。抗議集会の中にそのヒントがある。「私たちが何か悪いことをしたのか」「何も悪いことをしていない私たちがなぜこんなに苦しみ、悪いことしかしていない人がのうのうと大手を振って生きているのか」という声を多くの人々から聞いたことだ。

筆者も、福島原発告訴団には第1次告訴から関わってきたが「私たちは何も悪いことをしていない」が立ち上がるきっかけであり原点だった。もう一度、被害者全員がこの原点に返るときだろう。政治、行政、司法、メディア。すべてが極限まで腐りきり浮上のきっかけすら見えないどん底の絶望ニッポンから這い上がるためには、どんな暗黒にあっても消えることのない一筋の光--「私たちは悪くない」にもう一度しっかり軸足を置き、そこから再び歩き始める以外にないのではないか。この日の会場からは、そんな決意の声も多く聞かれた。原子力ムラ住民たちは、福島県民、被害者のこの怒りを甘く見ないほうがいい。

(文責:黒鉄好)

日高本線存続に向け、7団体が共同で緊急集会

2019-09-05 06:48:34 | 鉄道・公共交通/交通政策
日高線存続へ7市民団体が緊急集会 札幌(北海道)

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 JR日高線鵡川―様似間の存続を求める市民団体による緊急集会が3日、札幌市内で開かれた。集まった86人が鉄路存続に向け活動の活性化を確認した。

 JR日高線を守る会、北の鉄路存続を求める会など道内七つの市民団体が初めて共同開催した。

 会場ではJR日高線を守る会の真壁悦夫事務局長が「バスの運転手不足が言われる中で、バス転換ありきの議論はありえない。最後まで戦い抜く必要がある」とあいさつ。JR北海道研究会の小田清・北海学園大名誉教授(地域開発政策論)は「鉄道は地方でもサービスを平等に受けられるもの。地方が育たなければ札幌もだめになる」と訴えた。

 鵡川―様似間について、沿線7町は早ければ24日に町長会議を開き、《1》全線復旧《2》鵡川―日高門別間の復旧、残りをバス転換《3》全線バス転換―のいずれかの方向性を出すとしている。(石垣総静)
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JR北海道が「維持困難」とした10路線13線区のうち、国にも道にも見捨てられ、孤立無援の中で廃線ありきの議論が続いている5線区。そのうち日高本線について、9月24日に予定されている沿線自治体町長会議でこれまでの(1)全線復旧、(2)全線バス転換、(3)一部転換の3案を、「1案に絞り込む」との報道されている。

そうした情勢を受けて、廃線を阻止するため、9月3日、札幌市内で集会が開催。緊急の呼びかけにもかかわらず、100人の会場が埋まった。当研究会代表が、「JR日高線を守る会」として発言を行った。その内容を以下、紹介する。

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 お疲れ様です。

 いわゆる維持困難線区の中で、日高本線――あえて「本線」であることを私は強調したいと思いますが、いま最も切迫した情勢にあるのがこの日高本線です。廃線が提案されている鵡川~様似で116km、苫小牧~様似の全線だと146.5kmもあります。九州でいえば、福岡市(博多駅)~長崎市(長崎駅)までが153.9kmですからほぼ同じ距離です。日高本線をなくすというのは、九州の人に向かって、福岡市から佐賀県を通って長崎まで、各駅停車の路線バスで行けというのと同じです。そんなやり方はまともな先進国の交通政策ではないということを、まず初めに強調したいと思います。

 2015年1月に不通になってから4年間以上経ち、静内高校など地元の学校では鉄道で通学した経験を持つ現役生徒がすでにいなくなっています。「列車が走らなくなると、優秀な生徒を集められなくなる。ますます地域の衰退に拍車がかかる」という校長先生の危惧が現実のものになりつつあります。鉄道で日帰りできた地域へ、代行バスでは泊まりがけになることで、行くのをあきらめた障がい者の方もいます。

 「たかが移動くらいで」というのは交通強者の発想です。先の参院選では、重度の障がいのある人でも、有権者の付託を受けて国会議員になれることが証明されました。「お前たちは少数派なのだから多数派の言うことを聞け」は民主主義ではありません。1人の弱者を守れない社会が一般市民を守ることができるとは私は思いません。多数派こそ1人の弱者に寄り添う社会、それを作ることができるかどうかが、今まさにこの日高沿線で試されているのです。沿線自治体協議会も、町村会やJRとの協議の場もすべて非公開。住民はおろか地元議員すら会場に入れないという密室状態で行われています。日高では民主主義が死につつあります。

 国鉄末期の特定地方交通線対策協議会では、自治体はもちろん、病院などの関係者、PTAなどの学校関係者も参加した場で話し合いが行われました。今の日高とは対照的です。協議が2年間まとまらなければ国鉄が勝手に廃止届を出してしまう。そんな時間的制約の中で、第三セクター鉄道、あるいはバス転換、各地でその地域の実情に見合う結論が出されました。83線区のうち約4割、38線区が第三セクター鉄道に転換した中で、国鉄分割民営化から32年経った今も廃止がわずか5線区だけというのは驚くべきことだと思います。第三セクター鉄道をみんなで支え、盛り上げ、存続させていこうという動きを作ることができたのも、みんなで徹底的に話し合い、民主的に導き出した結論だったからではないでしょうか。

 私たち、JR日高線を守る会は8月27日、日高町村会に申し入れをしました。私たちは町村会に結論を白紙委任したわけではない――申し入れ書にはそんな私たちの鉄路を守る決意が書き込まれています。浦河の池田町長は頑張っています。池田町長がいつまでも折れないから、バス転換を町村会で多数決で決めようという動きが毎回のように浮かんでは消えるというのが今の日高線をめぐる情勢です。多数決という暴挙を許してはなりません。もう一度繰り返しますが民主主義とは少数派が多数派に従うことではありません。最も困っている1人に寄り添うことが民主主義なのです。地動説を唱えているのは当時、世界でガリレオ1人でしたが、今、世界中の誰もが地動説が正しいことを知っています。100年後「やっぱりあなたたちのほうが正しかった」と言われるように頑張らなければいけない。そのためにも今が踏ん張りどころだと私は思っています。

 今日この集会で、日高沿線自治体に対するFAX行動などが提起されると聞いています。たとえ町村会で多数決による強行採決が行われたとしても悲観することはありません。整備新幹線の開業にあたって、並行在来線が第三セクター鉄道としてJRから切り離されるときも、沿線自治体の首長全員が同意書に印を押しています。整備新幹線建設に関する政府与党合意で『具体的なJRからの経営分離区間については、……沿線地方公共団体及びJRの同意を得て確定する』と決められているからです。九州新幹線長崎ルートでは、沿線自治体のうち鹿島市、江北町が在来線切り離しに「不同意」を表明したため、第三セクター鉄道として並行在来線を「厄介払い」しようとしたJR九州の野望を阻止しました。路線を廃止するときの地元同意の手続をどのようにすべきか定めた法律や文書はありません。法律上、地元同意は廃線の条件ではないからです。しかし、JRから第三セクター鉄道に変わるだけで、線路が残るときでさえ沿線自治体の首長全員が同意書に印鑑を押しています。線路が完全になくなってしまう廃線がこれより軽い手続でよいなどということは、常識的に考えてあり得ません。先日、地元が廃線に同意した札沼線沿線を見ても、沿線4町の町長全員が同意書に印鑑を押しています。ひとりでも印鑑を押さない首長がいれば地元同意とはならないと考えるべきです。池田町長をみんなで支え、盛り立てる。もう1人くらい廃線反対の首長を沿線に送り出す。そうすることで、廃線はいくらでも阻止できると私は考えます。町村会で採決されても、闘いはむしろこれからです。単に廃線を阻止するだけでは足りません。私は、死につつある日高の民主主義をこの闘いを通じて取り戻したいと思います。

 もうひとつ、重要な問題を指摘しておかなければなりません。今日の集会、冒頭からみなさん異口同音にバス、トラックなど大型車のドライバー不足の問題を指摘していますがそのことについてです。実は、今から11年も前の2008年、「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討」という報告書を、他ならぬ国交省自動車交通局貨物課が取りまとめています。運転手の低賃金、重労働に対し、このまま国が何の手も打たなければ2015年には全国でトラックドライバーが14万人も不足するという試算結果がこの報告書では示されています。国交省は少なくとも2008年段階で、いずれこのような事態が起きることを知っていたにもかかわらず何もしませんでした。トラック物流に新規参入しやすくする規制緩和をしたのは国です。その結果過当競争が起き、トラック運賃も、運送会社の売り上げも利益も、その結果としてドライバーの賃金も、すべてダダ下がりになっていくのを傍観したまま何もせず、指摘されたとおりにドライバー不足という結果を招いた国交省。一事が万事、その場しのぎ、その日暮らしで行き当たりばったりの交通政策しか取れなかったからこそJR北海道問題もこれだけ大きくなったのです。そんな怠惰の限りを尽くしてきた国交省に私たち道民が「お前たちの地元路線は廃線だ」などと言われる筋合いはこれっぽっちもない。我々に廃線などという前に国交省にこそ反省してもらいたいと思いますし、私は国交省の責任を追及すべきだと思います。

 日高本線、そして維持困難10路線13線区、残るすべての路線を守るため、私は最後のひとりになっても頑張り抜く決意です。今日この場にいらっしゃるみなさんも同じ決意を固められていることと思います。ともに頑張りましょう。

福島原発事故 東電幹部強制起訴刑事訴訟が結審~9月19日判決へ 原子力政策を左右する重要訴訟に関心を!

2019-08-26 23:39:13 | 原稿アーカイブ
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2019年8月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 福島原発事故に関し、勝俣恒久元会長、武藤栄、武黒一郎両元副社長の東京電力旧経営陣3人がいったんは不起訴となりながら、検察審査会の2度にわたる「起訴相当」議決を受けて強制的に起訴されたことを受け、行われてきた福島原発事故強制起訴刑事訴訟は、3月12日の被告側最終弁論をもって結審となった。検察官役の指定弁護士による冒頭陳述が行われた2017年6月30日の第1回公判から1年9ヶ月間、急ピッチで進んできた公判は37回に及んだ。数の面でも量の面でも膨大な証拠物件からは、隠されていた驚くべき事実が次々と明らかにされた。何が争点なのか。東電の罪はどこにあるのか。そして立証は十分に尽くされたのか。2012年11月、福島県民だけを対象とした第1次告訴告発から福島原発告訴団に関わってきた筆者が、判決公判を前にその重要な意義を改めて解説する。

 なお、検察審査会と強制起訴・指定弁護士制度、強制起訴までの手続等については紙幅の関係もありここでは繰り返さないが、この間の経過は本誌2014年9月号(最初の「起訴相当」議決の直後)、2015年3月号(検察による2度目の不起訴決定直後)、2015年9月号(強制起訴決定直後)、2016年4月号(指定弁護士による起訴手続の直後)、そして2017年8月号(第1回公判の直後)とすでに5度も取り上げているので、それらの記事を参照されたい。

 ●「原発事故がなければ」~双葉病院元看護部長の証言

 福島第1原発は双葉町と大熊町にまたがって立地する。半径10km圏内は事故直後に避難指示が出されたが、同じ双葉町にある双葉病院も避難指示区域となった。病院職員らは懸命の避難活動に当たるものの、患者の避難は事故4日後の3月16日までかかる。この間、混乱でスタッフは十分集まらず、救助を求めていた自衛隊さえ、3月15~16日の急激な空間放射線量の上昇が原因で現地入りせず、最終的に患者ら44名が死亡した。原発事故がなければ避難指示もなく、これらの患者が死亡することもなかったことから、この死亡と原発事故の関係は明白として、3被告が業務上過失致死傷罪で強制起訴されたことで、この裁判は始まった。

 2018年9月19日の第26回公判では、実際に救助活動に当たった双葉病院の当時の副看護部長・鴨川一恵さんが証人として出廷。「地震と津波だけなら患者を助けられた。助けられなかったのは原発事故のせい」と証言した。あちこちで道路損壊や渋滞に見舞われ、避難が遅々として進まないまま、バスの車内で衰弱し死亡した患者もいた。「バスの扉を開けた瞬間に異臭がして衝撃を受けた。座ったまま亡くなっている人もいた」(鴨川さんの証言から)。バスの中で3人が亡くなっていたが「今、息を引き取ったという顔ではなかった」。体育館に運ばれたあとも11人が亡くなった。3被告の起訴事実となった双葉病院での患者死亡について、直接の関係者から原発事故との関係を明白にする証言が得られたこの日の公判は、一連の裁判のハイライトといえる。

 ●津波対策、意識的に潰した東電

 事故9年前の2002年7月、政府の地震調査研究推進本部(地震本部、推本)は「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」を公表。大きな争点の1つである「長期評価」と呼ばれるものだ。次の地震の規模をマグニチュード8.2、30年以内の発生確率を20%とした。これを受けた経産省原子力安全・保安院(保安院)は福島原発事故に襲来が予想される津波の試算予測を依頼するが、東電は長期評価とは別方法に基づいて試算をしたいと回答。保安院の指導に従わなかった。

 2006年9月には、日本国内の全原発について、内閣府原子力安全委員会が策定した新耐震指針に準じた耐震バックチェックを行うよう指示した。バックチェックとは、原発を持つ各電力会社が行った安全対策を報告させ、保安院がその結果に基づいて耐震審査を行うものだ。

 2007年7月、東電のその後の原発安全対策に重要な影響を与える出来事が起きる。新潟県中越沖地震だ。東電柏崎刈羽原発が立地する柏崎市と刈羽村で最大震度6強を記録したこの地震で原子炉は緊急停止、東電は2007年度決算で赤字に転落した。中越沖地震からの復旧に莫大な費用を要することとなった東電は、福島原発の津波対策を先送り。再稼働の見込みがなくなった柏崎刈羽に加え、福島原発まで津波対策による停止が長期化すれば経営悪化の可能性があったためである。

 東電が経営悪化を避けるため、福島第1原発を稼働させたまま、止めずに安全対策を行う道を探っていたことに関しては重要な証言がある。2018年9月5日の第24回公判で、東電幹部・山下和彦氏の供述調書が読み上げられた。山下氏は、2007年10月に新潟県中越沖地震対策センター所長に就任。柏崎刈羽原発や、福島第一、第二原発の耐震バックチェック、耐震補強などの対策をとりまとめてきた。2010年6月からは吉田昌郎氏の後任として原子力設備管理部長に就任。事故後は、福島第一対策担当部長、フェロー(技術系最高幹部として社長を補佐する役)として事故の後始末に従事した人物だ。その山下氏が、いったんは全社的に進めていた津波対策を先送りした理由について、対策に数百億円かかるうえ、対策に着手しようとすれば福島第一原発を何年も停止することを求められる可能性があり、停止による経済的な損失が莫大になるからだと説明していた事実が明らかになったのである。

 2008年1月、東電が子会社・東電設計に津波想定を依頼していたことを裏付ける証拠書類の存在も明らかになった。2008年2月に開催された津波対策対応打ち合わせ(最高権力者である勝俣会長の“ご臨席”を仰ぐことから東電内部で「御前会議」と俗称された)では、津波想定について7.7m以上との報告が行われ、長期評価を取り入れた津波対策(福島第1原発の4m盤の上)を行うとの方針がいったんは了承された。

 その後、津波想定が15.7mとされたことから、4m盤上の津波対策では不足するとして、10m盤上に防潮堤を設置する等の新たな津波対策が必要となった。2008年6月に開催された福島地点津波打合せでは、これらの津波対策の説明を受けた武藤被告が4項目の検討課題について指示。関係者は長期評価に基づいた津波対策を実施するものと受け止めた。

 これとほぼ時を同じくして、日本原子力発電の東海第2原発では、長期評価を取り入れた津波対策に着手。東電から日本原子力発電に出向していた安保秀範氏が中心となって対策案をまとめた。東海第2原発は2010年4月に津波対策工事を終えている。

 2008年7月21日の「御前会議」では、東電で一連の津波対策に要する費用が報告された。柏崎刈羽に3,264億円、福島第1に1,941億円というのがその内容だった。諸費用込み5,237億円――それは、日本有数の巨大独占企業・東電であっても「右から左に出す」というわけには到底行かない巨額だった。しかもこの金額に津波対策は含まれていなかった。ましてや全原発停止でよりコストの高い他の電源を動かさなければならなくなることによる追加コストは計算もされていないのだ。

 2008年7月31日、福島第1原発の運命を暗転させる2度目の福島地点津波打合せが開催。武藤被告は「研究を実施しよう。土木学会に調査を依頼する」と突如発言する。この決定的に重要な発言と方針変更、社内で真摯に津波対策の立案に当たってきた幹部社員にとって裏切りと言うべき武藤被告の言動は、福島原発告訴団内部で密かに「武藤のちゃぶ台返し」と形容された。そのように呼ばれてもおかしくないほど、東電社内でそれまで積み上げられてきた津波対策の「全面的転覆」だった。

 土木学会は、電力会社やゼネコンなどで構成される業界団体である。学会という名称から何かアカデミックなものを連想する読者もいると思うが、単なる業界団体、さらに言えば「土木利権団体」に過ぎない。巨大施設・原発で飯を食っている会員企業の中に、巨大発注者である東電に異を唱えられるところがあるとは思えない。そのことを知りながら、そこでの調査続行を決めた武藤被告にとって「自分のホームグラウンドなら自分たちに有利な結論――巨額の費用が必要となる長期評価に基づいた津波対策は不要との結論――を出してくれるに違いない」との思いがあったであろうことは想像に難くない。

 武藤被告はあろう事か、この際、15.7mの津波を想定した10m盤上の津波対策のみならず、当初計画だった7.7mの津波想定に基づく4m盤上の津波対策まで中止してしまった。この間、津波対策のとりまとめに当たってきた東電土木調査グループの高尾誠氏が「予想していなかった結論で力が抜けた。(会合の)残りの数分は覚えていない」と証言するほどの出来事だった。

 高尾氏と同じ土木調査グループの酒井俊朗(としあき)氏が、日本原電の安保氏に長期評価が東電で不採用となったことを伝えるメールも証拠として残されている。酒井氏の供述調書には、安保氏に対し「柏崎も止まっているのにこれで福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と語ったという事実が記載されている。一連の津波対策費の巨額さにたじろいだ武藤被告が、社内で立案されていた津波対策をひっくり返した、とのこの間の経過を裏付ける証拠や証言だ。

 その後の会議では、東電以外の各社の津波対策についても報告されている。バックチェックに基づく対策を東海第2ではすでに実施し、女川原発(東北電力)は重要施設が高台にあるため対策自体が不要だった。すでにこの時点で、対策が必要でありながら検討中のまま着手もされていないのは東電だけという状態だったのだ。東電は、バックチェックに基づく最終報告の提出を2012年11月まで先送り。7.7m想定に基づく津波対策すら行われまま、東日本大震災を迎えてしまったのだ。

 長期評価に基づいて安全対策を実施した東海第2原発では、津波がかさ上げした防潮堤を越えることはなかった。一方、福島第1原発に襲来した津波の高さは、東電設計の想定通りの15m。改めて日本の現場を支える土木技術者の仕事の緻密さや質の高さが浮き彫りになった。

 「長期評価に従って対策を進めておけば、18000有余の命はかなり救われただけでなく原発事故も起きなかったと私は思います」。2018年5月9日の第11回公判で、時折声を詰まらせながら、涙ながらにこう証言したのは島崎邦彦・東京大学名誉教授(元原子力規制委員長代理)だ。長期評価は阪神・淡路大震災をきっかけに始まった。裁判で争点となった三陸沖での地震の長期評価についても、議論はしたが紛糾はしておらず、反対意見もなかった旨の証言(第10回公判における気象庁技官・前田憲二氏)も得られた。前田氏は、気象庁から文部科学省に出向、推本事務局で実際に長期評価のとりまとめに当たった人物だ。

 ●立証は尽くされた

 公判では、様々な角度からいろいろな資料が証拠提出され多くの証人が証言した。公判の流れを大きく分けるなら、前半は長期評価の信頼性、後半は東電内部における津波対策の検討とそれがひっくり返されていった状況の解明が中心になったといえよう。

 膨大な証言、証拠から、事実関係を時系列順にまとめると経過が見えてくる。(1)推本が長期評価を公表(2)保安院が電力各社にバックチェックを指示したが東電は従わず(3)新潟県中越沖地震発生(4)東電が東電設計に津波想定を依頼(5)津波想定が15.7mと報告、東電で対策の検討が開始(6)対策案がほぼまとまり最終的な経営判断の段階へ(7)柏崎刈羽原発を含めた東電管内原発の対策費総額が5,237億円と判明(8)対策費の巨額さを見た武藤被告が「ちゃぶ台返し」――これがこの間の経過である。

 東電の現場社員は、長期評価を「国の機関が専門家を交えて出した結論」として重視しており、評価が示された以上対策は不可避と捉えていた。一方、会社を維持し、倒産させないことが至上命題であり最大の任務でもある経営陣が、あまりに高すぎる対策費を見て「いつ来るかもわからない津波の対策を、会社をつぶしてまで今やることはない」と判断したことに対しては、同じ立場だったら自分でも同じようにするだろう、と思う人がいても不思議ではない。

 しかし、問題となった5,000億円程度の資金調達は、事故前の東電の信用をもってすればいくらでも可能だったし、他の会社が津波対策を実際に講じていたという事実もある。会議でその報告を受けた3被告が、他社の状況を横目で見ながら自分たちも対策を講じるという判断が当然であって、またそれは十分可能だった。保安院からもバックチェックを促されていながら、それに基づく対策をしないまま震災を迎えた東電は、少なくともこの手の巨大施設を運営する事業者に対して当然求められる善良な管理者の注意義務を到底果たしておらず、その不作為だけでも罪を問われるのは当然だ。

 検察官役の指定弁護士による立証は十分尽くされたと筆者は考えている。この裁判は日本が法治主義に基づいて先進国の立場を今後も維持できるか、「放置主義」に堕し途上国へと後退するかを占う重要な試金石になる。必要な賠償も被曝・汚染対策もおざなりのまま、県民不在の「復興」のかけ声だけが、勇ましくも虚しく響く事故8年の福島。現実との「妥協、折り合い」をつけながら日々の生活を余儀なくされている県民がその悲しみに終止符を打ち、真に県民本位の復興を成し遂げられるようにするためにも、東電が加害者である事実が公的な場で認定されることがどうしても必要だ。

 3被告に対しては、業務上過失致死傷罪の法定上限である禁錮5年が指定弁護士によって求刑された。日本の原子力政策にとっても重大な岐路となる注目の判決は9月19日、東京地裁第104号法廷で言い渡される。

(黒鉄好・2019年8月26日)

【金曜恒例】反原発北海道庁前行動(通算350回目)でのスピーチ/東電が東北で電力販売というデタラメ

2019-08-25 23:40:58 | 原発問題/一般
 皆さんお疲れさまです。

 東京電力が、電力自由化に乗じて電力販売の全国展開を図ることが発表されました。東京電力は今、事業ごとに会社を分割し、持株会社東電ホールディングスの傘下に各事業会社を置くという形に組織を再編しています。その事業会社のひとつで、電力販売部門を担当するグループ会社、東電エナジーパートナーが自社エリアである首都圏を飛び出し、全国展開をするとの発表がありました。すでに中部電力、関西電力のエリア内では電力販売を進めていますがこれを拡大。ついに九州、東北でも東電エナジーパートナーによる電力販売がこの9月にも始まります。しかし、福島で3.11を経験した私からすれば、他の地域はともかく、東電が東北で電力販売をするというのは言語道断です。それは、単に福島原発事故の加害企業である東電が、最大の被害者である東北地方の住民からカネを巻き上げるのがけしからん、という感情的なレベルの話ではありません。福島を初めとする原発事故被災者への賠償のスキームがこれにより崩壊することになるという事実があるからです。

 ご存じのように、東京電力ホールディングスは現在、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)が51%の株式を保有しており、実質的な国有化状態にあります。原賠機構は、東電に賠償資金を貸し付けるための法人であり、8月22日、すなわち昨日現在で合計8兆9034億円もの賠償資金を東電に交付しています。東電は、この資金の中から福島を初めとする原発事故被害者に賠償をするわけですが、重要なのはこの資金が渡しきりではなく貸付に過ぎないということです。当然、貸付である以上、東電はこの資金をいずれ、利益を上げてその中から返済しなければならないということなのです。

 東電は、原発事故以降、原賠機構を間に挟む形で事実上、経産省に経営を握られてきました。原発事故被害者への賠償義務を負い、そのための資金の貸付を原賠機構から受けている立場上、東電は、勝手に値下げをしないよう国から指導を受けているとして、これまでは官公庁の電力入札も辞退してきたほどです。それが、ここに来ての急激な方針転換の背景にはもちろん国の意向があります。実質国有化が続いている東電にとって、国の意向に沿う形でしか経営方針を決められないという状態に今も変わりはないからです。「もっともっと東電の営業エリア外に進出して賠償資金を自分で稼いでこい。他の地域に進出して新たな顧客を獲得できるのであれば、3%の値引きくらいはしてもいい」という経産省の方針が背景にあるものと見なければなりません。

 しかし、ここに大きな問題があります。東電が他の地域はともかく、東北で電力販売を手がけるとなれば、原発事故で最も大きな被害を受け、賠償される立場である福島の電力利用者が東電に電気代を払うということになります。もちろん、契約は自由意思であり、NHKと違って強制ではありませんから、東電と契約するのが嫌だという人は今まで通り東北電力や新電力と契約を続ければいいでしょう。しかし、東北電力より安いからと東電に乗り換える人も少なからず出るはずです。そうした人たちにとっては、自分が東電に払った電気代で自分が賠償を受けるということになり、実質的に賠償の意味がなくなってしまいます。最近ではあまり言われなくなりましたが、もともと福島第1原発の電気は首都圏が使うためのもので、すべて首都圏に送電されていました。地元では1ワットも使われていなかったのです。自分たちは使わない、首都圏の人たちのための電力が原因で家や故郷、生活や健康を失った福島の人たちが「事故の賠償をしてほしければまずは自分たちに寄付をしろ」と東電に言われるのでは話になりません。東電が東北電力のエリア内に進出して電力販売をするとは、要するにそういうことなのです。

 ここまで来ると、原賠機構が東電に賠償資金を貸し付け、その中から東電が賠償するという制度、枠組みは完全に崩壊したといわなければなりません。もともとこの仕組みを作ったのは当時の民主党政権です。「東電を経営破綻させたら賠償資金も残らなくなる。被害者が賠償を受けられなくなる」として東電を倒産させない方針が採られました。しかし今から考えるとこれが正しかったかは大いに疑問です。むしろ、すっきりと東電を倒産させ、大株主である銀行や証券会社などの金融資本にきっちりと賠償させ、足りない部分は国が賠償するという枠組みを作るべきだったと私は思います。

 賠償金をいくら払うか決める査定権限も東電が持っており、原発事故が起きた当初は従っていた原発ADR(裁判外紛争処理手続き)による勧告も、最近、東電は無視しています。加害企業が勝手に賠償額を決める。日本の電力政策は相変わらずデタラメだらけです。しかしこうしたところからも、綻びははっきりと出てきています。私たちはこうしたデタラメをひとつひとつ告発し、あるべき姿に正していくという気の遠くなるような作業をしなければなりません。しかしそれをしない限り日本に未来はありません。みなさんとともに、頑張っていくしかないと思います。

六ヶ所村ピースサイクル行動におけるメッセージ

2019-08-19 23:25:45 | 原発問題/一般
青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理施設に反対する行動として、1986年から始まった六カ所ピースサイクル行動。全国各地を自転車で回りながら核燃サイクル反対を訴える行動も今年で34年目に入った。

当ブログ管理人に、行動主催者からメッセージの依頼が来るようになったのは、福島原発事故が起きて以降だ。福島県で被災したという事情もあり、以降、毎年、六ヶ所ピースメッセージとして思いを伝えてきた。今年、当ブログ管理人が寄せたメッセージをご紹介する。

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六ヶ所ピースメッセージ

六ヶ所村村長 戸田 衛 様
青森県知事 三村 申吾 様
日本原燃株式会社 社長 増田 尚宏 様

 福島第1原発事故から約8年半が経過しました。経産省出身の首相補佐官らに支配された安倍政権は、今なお原発推進路線を続けており、これまでに9基を再稼働させました。しかし、使用済み核燃料の処理の見通しは依然として立っていません。各原発敷地内の使用済み核燃料プールが間もなくいっぱいになり、これ以上の貯蔵が不可能になることから、国は、ここに来て乾式キャスクによる使用済み燃料保管に切り替えようとしています。しかし、使用済み核燃料の最終処理については、その場所も方法も確立していないことに変わりなく、乾式キャスク方式に切り替えたとしても処理が行き詰まっていることに変わりありません。それにもかかわらず、9基もの原発が再稼働したため、今後も使用済み核燃料は増え続けるのです。

 六ヶ所村にある日本原燃の再処理施設も、1993年に着工以来、稼働の予定はすでに24回も延期されています。核燃料サイクルの要だった高速増殖炉「もんじゅ」も廃止になり、後継とされる新型炉「ASTRID」もフランス政府の撤退で頓挫しています。どの面から見ても、核のゴミ政策が成功する見通しはありません。

 政府・原子力関係者は、放射性廃棄物の処理については「時代が進めばいずれ誰かが方法を見つけてくれるだろう」という、あいまいで無責任な態度で推進し続けてきました。福島第1原発事故は、この無責任の結末を示すものであり、多くの人々が故郷を追われいまだに元の生活を取り戻すことも再建することもできない中で、このままさらに無責任な原子力政策を続けることは許されません。

 私は、福島第1原発事故当時、福島県西郷村で事故を体験したもののひとりとして、関係者が直ちにこの無責任に終止符を打ち、原子力推進から撤退へと勇気ある決断を下されるよう強く求めます。

 <なお、日本原燃・増田社長宛のメッセージのみ、最後の一文(「私は・・強く求めます。」の部分)を以下の通り一部変えています。>

 増田社長は、福島第1原発事故当時、福島第2原発所長として収束作業に当たられてきました。福島第1原発と同様の事態を防いでいただいたことには、元県民のひとりとして感謝していますが、同時に現場の第一線で原子力政策の無責任さも痛感されたことと思います。私は、福島第1原発事故当時、福島県西郷村で事故を体験したもののひとりとして、増田社長がご自身の貴重な経験を、未来のない再処理技術のためではなく、原子力からの撤退のために活かしていただけるよう望みます。

2019年8月18日

【管理人よりお知らせ】安全問題研究会が行った国交省要請行動及び都内でのJR北海道問題に関する報告を掲載しました

2019-08-07 01:06:46 | 鉄道・公共交通/交通政策
管理人よりお知らせです。

安全問題研究会は、去る7月26日(金)、国交省に対し、リニア新幹線問題、JR北海道の維持困難線区問題に関する要請行動を実施しました。この際の要請書(PDFファイル)を安全問題研究会サイトに掲載しました。

また、28日(日)には都内でJR北海道問題に関する報告を行いました。この際の報告資料「JR北海道問題の現状」(PDFファイル)もサイトに掲載しましたので、ご覧ください。