安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

公共交通と原発を中心に社会を幅広く考える。連帯を求めて孤立を恐れず、理想に近づくため毎日をより良く生きる。

当ブログのご案内

当サイトは列車の旅と温泉をメインに鉄道・旅行を楽しみ、また社会を考えるサイトです。

「あなたがすることのほとんどは無意味でも、あなたはそれをしなくてはなりません。それは世界を変えるためではなく、あなたが世界によって変えられないようにするためです」(マハトマ・ガンジーの言葉)を活動上の支えにしています。

<利用上のご注意>

当ブログの基本的な運営方針

●当ブログまたは当ブログ付属サイトのコンテンツの利用については、こちらをご覧ください。

●その他、当サイトにおける個人情報保護方針をご覧ください。

●当ブログ管理人に原稿執筆依頼をする場合は、masa710224*goo.jp(*を@に変えて送信してください)までお願いします。

●当ブログに記載している公共交通機関や観光・宿泊施設等のメニュー・料金等は、当ブログ管理人が利用した時点でのものです。ご利用の際は必ず運営事業者のサイト等でご確認ください。当ブログ記載の情報が元で損害を被った場合でも、当ブログはその責を負いかねます。

●管理人の著作(いずれも共著)
次世代へつなぐ地域の鉄道——国交省検討会提言を批判する(緑風出版)
地域における鉄道の復権─持続可能な社会への展望(緑風出版)
原発を止める55の方法(宝島社)

●管理人の寄稿
月刊『住民と自治』 2022年8月号 住民の足を守ろう―権利としての地域公共交通
核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集(緑風出版)

●安全問題研究会が、JRグループ再国有化をめざし日本鉄道公団法案を決定!

●安全問題研究会政策ビラ・パンフレット
こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

【転載記事】東電「強制起訴」裁判の告訴人らが草野耕一判事を批判/週刊金曜日

2024-06-13 20:34:47 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
「週刊金曜日」(2024年6月11日付)が、以下の通り東電強制起訴刑事訴訟についての記事を載せた。今の司法と電力業界の癒着ぶり、そしてその不当性を世に問う一連の裁判行動(特に6.17最高裁ヒューマンチェーン)の重要性を改めてご理解いただきたいと思う。

---------------------------------------------------------------------------------------------------
東電「強制起訴」裁判の告訴人らが草野耕一判事を批判(週刊金曜日)

 2011年3月に発生した東京電力福島第一原発事故を引き起こした者たちの刑事責任を問う「東電強制起訴刑事裁判」はいま、原子力ムラと裁判所の〝蜜月ぶり〟を浮き彫りにしつつ、再び注目を集めている。

 強制起訴刑事裁判に至る振り出しは、東電の勝俣恒久元会長(84歳)ら旧経営陣に対し、1万3000人以上の市民が行なった刑事告訴・告発だった。これに対し、告訴・告発状を受理した東京地方検察庁が13年9月に出した結論は「不起訴処分」。納得しない市民らは検察審査会に異議を申し立て、同審査会は二度「起訴」議決を出す。そして16年2月、勝俣元会長ら3人は業務上過失致死傷罪で東京地裁に強制起訴された。

 この刑事裁判では、東電の津波対策を担当していた東電社員らが証人として出廷。政府の地震調査研究推進本部(推本)が02年に公表していた津波地震予測「長期評価」を受け、東電社内で計画されていた津波対策が経営陣の圧力で次々と先送りにされていく経緯が、電子メールのやり取りなどをもとに生々しく再現される。旧経営陣が強制起訴されなければ闇に葬り去られていたはずの〝人災〟を裏付ける事実が、白日の下に晒されてきた。

 それでも、勝俣氏らは一、二審で無罪となり、現在は最高裁判所の第二小法廷で審理されている。最大の争点は一、二審の裁判官らが揃って科学的根拠に乏しいと断じた推本「長期評価」の信頼性だ。

 裁判所はこれまで、太平洋沿岸への大津波襲来を的確に予測していたわが国最高峰の地震学者らの科学的知見を真っ向から否定し、予測できなかったことこそが権威の判断であり、当時の最新の科学的知見であるとする地震学者らが唱える〝役立たずの科学〟の側に軍配を上げていた。

 だが一般の市民にしてみれば、防災の役に立たない「地震学」など何ら有難味がなく、命の危険さえ招くものでしかない。市民の考える常識(社会通念)と司直(検察および裁判所)のそれは、かくもかけ離れている。

 この「長期評価」は、福島第一原発事故で避難した住民らが国に損害賠償を求めた22年6月17日の最高裁・国家賠償請求訴訟の判決でも信頼性を否定され、最高裁は「国に賠償責任はない」としていた。裁いたのは、現在刑事事件の審理を担当しているのと同じ、最高裁の第二小法廷だった。

「原子力ムラ」裁判官

 東電旧経営陣を刑事告訴した「福島原発告訴団」は現在、最高裁第二小法廷を構成する裁判官たちに注目。国の賠償責任を否定した22年6月の最高裁判決にも関わっていた草野耕一裁判官に対し、強制起訴裁判の審理から外れるよう求める署名運動を展開している。

 草野氏は、19年に最高裁裁判官に就任するまで、東電に対して法的アドバイスをしている大手法律事務所のひとつ「西村あさひ法律事務所」(旧名・西村ときわ法律事務所)の代表パートナー(代表経営者)だった。前述の「最高裁・国賠訴訟」でも「国に賠償責任はない」とする多数意見に与していた。つまり、原子力ムラに片足を突っ込んでいるような草野氏が関わる裁判では、中立と公正がまったく担保されない――というのである。

 最高裁の現役裁判官を名指しで批判する署名運動が始まるきっかけは、月刊誌『経済』(新日本出版社)23年5月号に掲載されたジャーナリスト・後藤秀典氏執筆の記事「『国に責任はない』原発国賠訴訟・最高裁判決は誰がつくったか」だった。

 同記事は、経済産業省や原子力規制庁等の政府機関と、東電や東芝、三菱重工業、日立製作所といった原発関連企業、そして大手法律事務所と最高裁が、実際の裁判や人事交流などを通じて深く結びついている実態を暴いたものだ。

 前掲の大手法律事務所「西村あさひ法律事務所」の顧問を務める元最高裁判事の弁護士が、かつて最高裁で部下だった現役の最高裁判事が裁判長を務める「国賠訴訟」に対し、推本「長期評価」の信頼性を論難する意見書を出して〝圧力〟をかけていた事実など、大手法律事務所や最高裁までが今や「原子力ムラの一員」と化している現実を赤裸々に描いていた。

最高裁前で声を上げる

 1月30日、福島原発告訴団と福島原発刑事訴訟支援団のメンバー約70人が最高裁正門前で、「草野判事は東電刑事裁判の審理を自ら回避せよ!」とシュプレヒコールを上げる。正門を見下ろすところに位置する部屋は、最高裁判事がそれぞれ持っている執務室だとされるが、そうした部屋のいくつかを見ていると、シュプレヒコールが続くなか、部屋の明かりが消されたり、開いていたカーテンが閉められたりしていた。シュプレヒコールの叫び声は、中にいる最高裁裁判官たちにも間違いなく届いたことだろう。

 その後、告訴人たちは最高裁に対し、草野判事が審理に加わらないよう求める署名4539筆を提出した。

 さらに2月11日には、『経済』誌掲載記事を執筆したジャーナリストの後藤秀典氏を招き、「大手法律事務所に支配される最高裁!東電刑事裁判で改めて問われる司法の独立」集会を開催した。この日、講演した後藤氏は、告訴人たちが行なう「草野氏名指し署名」について、次のように語っていた。

「巨大法律事務所が裁判所と国、企業の密接な関係を形作るという構造が、国を免責する22年6月の最高裁判決となって顕在化したと言わざるを得ない。でも、どうしてこんなことになっちゃったかというと、私たちが最高裁をあまり見てこなかったから。私たちの責任でもあるのかなと、私は思っています。これまで、最高裁判事一人ひとりにスポットが当たることもなく、総選挙の際に行なわれる『国民審査』でどれだけ×を書かれようと、それを理由に罷免された判事は一人もいなかった。

 今、最高裁の前で『公正な判決を出せ』と声を上げ、刑事裁判では皆さんが草野さん名指しで回避を求める署名をやっていますよね。やっぱり、私たちは貴方たち(最高裁判事)一人ひとりの行動を見ているよと意思を示すことは、今後重要かなと思います。政治家なんかに比べて裁判官は、自分が個別に攻撃されることに慣れていない。だから、最高裁の外で大騒ぎしていると、ものすごく嫌なんじゃないか。特に草野さんには『あんたやめてくれ』っていう署名まで出てきた。『名指し署名』はものすごく嫌でしょう。効果あると思います。個別具体的にこうしたことをやっていくことが、この裁判を本当に公正なものにすることに繋がるのではないか」

巨大法律事務所の金蔓

 後藤氏の講演後、福島原発告訴団の代理人を務める河合弘之弁護士は、次のように述べていた。

「僕はもともとビジネス弁護士なので、巨大法律事務所のこともよく知っている。

 ビッグローファーム(巨大法律事務所)が原発訴訟に入ってきたのは、(東京電力福島第一原発事故が起きた)3・11以降。それ以前は、原発訴訟に出てくる電力側の弁護士は、いわゆる職人みたいな、マニアックなタイプが多かったし、人数も非常に限られていた。

 電力会社はみんな金持ちだから、金に糸目をつけない。巨大法律事務所の場合、原発訴訟だと所属弁護士を10人ぐらい揃える。でかい会議室で打ち合わせをすれば、最低でも1人あたり1時間で5万円のタイムチャージ。それを何時間もするうえに、1枚当たり数万円という準備書面を100ページくらい出してくる。巨大法律事務所からすると、金脈を見つけたみたいなもの。今や原発訴訟が巨大マーケットになって、ものすごい儲け口になったんです。

 儲かるためには、勝たなきゃいけない。そのためには、最高裁に人を送り込みたい。最高裁判事から見た〝いい天下り先〟にもなりたい。そうすれば、国を負かす判決を出すはずはない――というわけです」

まるで小役人

 近視眼的に自身の天下り先を確保し、小銭稼ぎに走る最高裁の元判事たちとその〝予備軍〟らの姿は、まるで時代劇に登場する悪徳商人か小役人のようだ。原子力ムラと姑息に結託する彼らの罪は重い。だが、彼らがいつまで〝美味しい〟思いをできるのかは、保証の限りではない。時の政権がどれだけテコ入れしようが衰退・没落する一方の原子力ムラとともに〝心中〟する覚悟が、はたして最高裁と最高裁判事たちにあるのだろうか。東電刑事裁判の判決内容如何によっては、「裁判官の身分にふさわしくない行為をした」として、裁判官弾劾裁判所に訴追される裁判官も出てくるかもしれない。

 裁判官は、中立・公正な立場に立っていなければならないことはもちろんとして、外見上も中立・公正であることが求められる。最高裁も、1998年12月1日の最高裁大法廷決定で「裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される」としている。

 そして現在、東京電力「強制起訴」刑事裁判が審理されている最高裁第二小法廷に席を置く弁護士出身の草野耕一・最高裁判事は、最高裁判事への就任前、750人以上の弁護士を抱える巨大法律事務所「西村あさひ法律事務所」の代表経営者だった。同法律事務所は、東電との深い関わりがあることでも知られる。

 同法律事務所の共同経営者である新川麻弁護士は、21年から東電の社外取締役に就任。国と東電に賠償を求めた「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)などが最高裁で審理されていた最中のことだった。

 同法律事務所は、東京電力や東電の名を冠した関連会社に対し、出資や株式取得に関する法的アドバイスを行なったと、事務所のホームページで堂々とPRしている。また20年12月には、同事務所顧問で元最高裁判事の千葉勝美弁護士が、東電からの依頼で「元最高裁判事」の意見だとして、最高裁で審理中だった生業訴訟に対し、東電と国の賠償責任を真っ向から否定する専門家意見書を提出していた。ちなみに、生業訴訟などに対する22年6月17日の最高裁判決(福島第一原発事故での国の責任を否定)で裁判長を務めた菅野博之氏は、最高裁行政局時代に千葉氏から指導を受けていた「後輩」だった。

 つまり、東電とそうした深い因縁を持つ法律事務所の経営者だった経歴を持つ草野判事は、「外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される」ことから、東電刑事裁判の審理から自ら身を引くべきだとして、本稿で紹介した「名指し署名」が始まった。

 草野耕一・最高裁判事に対する「名指し署名」は、紙の署名とオンライン署名の両方で現在も続けられている。

(『週刊金曜日』2024年4月5日号)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【転載記事】東電刑事裁判高裁判決は次の原発事故を準備する危険な判決だ 海渡雄一弁護士インタビュー

2024-02-16 19:09:47 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
東電刑事裁判における1審、2審判決、そして2022年6月17日の原発賠償関係4訴訟の最高裁判決。いずれも不当判決だったが、そのすべてに関わっている海渡雄一弁護士のインタビュー記事が、「週刊読書人」2月2日号に掲載された。ただ、全文は紙面には載っておらず、WEB版のみとなる。無料記事なので全文を以下、ご紹介する。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
東電刑事裁判高裁判決は次の原発事故を準備する危険な判決だ 海渡雄一・大河陽子編『東電刑事裁判——問われない責任と原発回帰』をめぐって 海渡雄一弁護士インタビュー

 二〇二三年一〇月、海渡雄一・大河陽子両弁護士が『東電刑事裁判——問われない責任と原発回帰』(彩流社)を上梓した。本書刊行を機に、二〇二三年一月一八日に出された、東電旧経営陣三人を無罪とした東電刑事裁判高裁判決の問題点について、また今後開かれる最高裁判所での審理について、海渡氏にお話を伺った。聞き手は筑波大学准教授の佐藤嘉幸氏にお願いした(編集部)

「現実的な可能性」とは

 佐藤 『東電刑事裁判』、そして高裁判決(判決要旨)を一読して大変不思議に思ったことがあります。判決は、地震調査推進本部(以下「推本」と略)が発表した長期評価や、東電がそれを元に試算した数値について、「発電所の一〇メートル盤を超える津波の襲来について現実的な可能性を認識させるような数値であったとは認められない」として、東電旧経営陣三人を無罪としています。この「現実的な可能性」という言葉についてどう考えればいいのか。長期評価にある「三〇年以内に二〇%」という津波地震襲来可能性は、十分に「現実的な可能性」を示すものではないか。なぜ判決がこのような言葉を使っているのか、理解に苦しみます。

 海渡 そこは一番難しいところなので、読者のために、前提となる話から申し上げます。今紹介してくださったように、判決は、長期評価や東電が試算した数値に関して、「一〇メートル盤を超える津波の襲来についての現実的な可能性を認識させるようなものではない」、だから、それに対する対策は「必要なかった」と言っています。明日にも津波が発生するという科学的な知見がなければ、対策をしなくてもいい、裁判所は、そういう考えに立っていると思われます。ならば、これからの原発事故は一切防げなくなります。今まで政府および電力会社は、一万年に一度起きるかもしれない災害にも備えておくことが求められると説明していました。それ故、万が一にも、原発には重大な事故は起きないと住民に説明してきたのです。その考え方が、判決ではまったく変わってしまっている。ここが大事な部分です。

 元々、原発がどういう科学的知見に対応しなければいけないか。これについては、ちゃんとした指針があります。二〇〇六年に作られた新しい「耐震設計審査指針」に、はっきり書かれている。「施設の供用期間中に極めて稀ではあるが発生する可能性があると想定することが可能な津波」にも備える必要がある、と。東北地震に伴う津波が、これに当たることは明らかです。推本の長期評価は、たとえ津波が起きたとしても、事故にならないよう対策をしなさいと言っている。そう政府が命じているんですね。にもかかわらず、判決はこれとは違う概念を立てている。津波が襲来する「現実的な可能性」が必要だと言っているわけです。

 自然現象、特に地震や津波は、いつどこで起きるかわかりません。たとえば東海地震にしても、「間もなく起きる」と言われてから五〇年ぐらい経ちますが、今のところ起きていない。だからと言って、その予測がはずれたとは言えない。可能性が高まっていると見るのが、科学的な知見だと思います。今回問題となっている福島沖の津波も、三〇年以内に二〇%の確率で襲来の可能性があると、はっきり言われていたわけです。それに対して「現実的な可能性」ではないと言っている。およそ考えがたい判決です。

 実を言うと、三陸沖北部から房総沖の日本海溝沿いで、マグニチュード八クラスの津波地震が起きるとの長期評価が、二〇〇二年七月に推本から出されていました。実際この地域には、大きな地震が四〇〇年の間に三回起きています。古い順に、慶長三陸地震(一六一一年)、延宝房総沖地震(一六七七年)、明治三陸地震(一八九六年)です。確かに福島県沖合の部分だけ、地震は起こっていないんですが、プレートは常に動いていますから、福島沖だけ起きないということは考えにくい。何よりも、この地域に、大きな地震が四〇〇年に三回起きていることが重要なんですね。

 アメリカの地震学会の会長を務められた、金森博雄カリフォルニア工科大学名誉教授が、二〇〇四年のスマトラ地震の後、二〇〇六年に、講演でこんな指摘をしています。「福島あたりはカップリングが固着している〔プレートとプレートが固着していること。これがずれることにより地震が生じる〕。にもかかわらず一四〇〇年間大きな地震がない。スマトラ地震に匹敵するような地震が起こる可能性はあるし、ゆっくりここで貯まっている歪みが解放される可能性もある。福島県沖の海溝寄りで津波地震が発生する可能性はある」。二〇〇六年の段階で、福島沖の津波地震は「現実的な可能性がある」と予測されていたと考えていいと思います。刑事裁判では、僕らはそこまで立証しています。だから、さらに「現実的な可能性」を今更要求すること自体がおかしいんですね。

隠蔽された“原案”

 海度 もう一つ重要なことがあります。推本で長期評価部会長を務めた島崎邦彦さんの『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』(青志社、二〇二三年)に、驚くべきことが書いてあるんです。三・一一の大津波のほぼ一ヵ月前に、長期評価の第二版を決めるための会議が行われています。そこに示された原案は、二〇一一年一月二六日に提出された「長期評価」第二版案で、次のように書かれている。「巨大津波による津波堆積物が約四五〇年~八〇〇年程度の間隔で堆積しており、そのうちの一つが八六九年の地震(貞観地震)によるものとして確認された。貞観地震以後の津波堆積物も発見されており、西暦一五〇〇年頃と推定される津波堆積物が貞観地震のものと同様に広い範囲で分布していることが確認された。したがって、貞観地震以外の震源域は不明であるものの、八六九年貞観地震から現在まで一〇〇〇年以上、西暦一五〇〇年頃から現在まで五〇〇年を経ており、巨大津波を伴う地震がいつ発生してもおかしくない」。長期評価とはレベルが違う、すさまじい危険性があることが指摘されている。これが二〇一一年三月九日に公表される予定だった。しかし電力会社と推本の事務局が、島崎さんに圧力をかけて発表させなかった。それだけではなく、このような長期評価原案そのものの存在まで隠蔽してしまった。

 そうした前提をまずは知っていただいた上で、佐藤さんの質問にお答えします。津波襲来の「現実的な可能性」があることは、少なくとも二〇一一年の段階では政府の見解になっていた。だから、繰り返しになりますが、「現実的な可能性」を求めること自身がナンセンスである。そして二〇〇二年の長期評価でも、津波への対策を取ることは当然必要とされていた。それ故、高裁の判決は、非常におかしいものになっている。つまり長期評価は「国として一線の専門家が議論して定めたものであり、見過ごすことのできない重みがある」と高裁判決にもしっかり書いてあるんです。ならば、それに基づく対策をするのは当然です。それなのに、長期評価には「現実的な可能性」がないと言っている。なおかつ二〇一一年三月九日には、巨大地震を伴う地震がいつ発生してもおかしくはないという意見が出されるはずだったのであり、危険度がグレードアップしている。高裁は、それに対する東電と国の責務を否定してしまった。いかに罪深いかがわかります。逆に言うと、こういう司法の判断を見過ごしてしまえば、今後いかなる地震・津波が起きたとしても、「予知できなかった」として、何もしなくてよいことになってしまう。必要な事故対策をしないことを免罪し、次の原発事故を準備する危険な論理になっているということです。

 佐藤 判決が、東電旧経営陣三人を最初から無罪とするために、こうした奇妙な論理を出しているとしか思えないですね。

 海渡 「現実的な可能性」という論理自体、法的にどこから出てきたものかがわかりません。原発が対策を取らなければならない災害・事故は極めて稀ではある。けれども、たとえば発生する可能性のある津波には対策をしなさいと、国が定めた指針にきちんと書いてある。それに従う義務が事業者にはあります。そのことを完全に忘れている。驚くべき判決としか言いようがないということです。
地震の予測については、地震学者の纐纈一起教授が、雑誌『科学』(二〇一二年六月号)で、非常に的確な言葉で語っています。「地震という自然現象は本質的に複雑系の問題で、理論的に完全な予測をすることは原理的に不可能なところがあります。また、実験ができないので、過去の事象に学ぶしかない。ところが地震は低頻度の現象で、学ぶべき過去のデータが少ない。私はこれらを三重苦と言っていますが、そのために地震の科学は十分な予測の力はなかったと思いますし、東北地方大地震ではまさにこの科学の限界が現れてしまった」。

 彼は国の原子力規制の現場にいた人ですが、事故を防げなかったことを深く悔やんで、正直にいろんなことを語ってくれるようになりました。

 伊方原発訴訟(伊方発電所原子炉設置許可処分取消を求める訴訟)の最高裁判決は、深刻な災害が「万が一にも起こらないようにする」ことを求めました。原子力安全委員会も、一〇万年に一度の可能性があれば対策を講ずることを求めていた。二〇〇六年の耐震設計審査指針で、「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」への対応が求められていたわけです。東電刑事裁判の上告趣意書はこれらの点を重視しています。

 最高裁の第二小法廷には、四人の裁判官がいます。戸倉三郎最高裁長官を除いて、菅野博之、三浦守、草野耕一、岡村和美の四人の判事が、原発賠償事件四件を担当していて、二〇二二年六月一七日の国家賠償訴訟最高裁判決では菅野、草野、岡村の三人が国の責任を否定する多数意見を構成しました。他方、前大阪高検検事長の三浦守判事は「国に責任がある」と反対意見を述べた。この判決文は一読して非常に違和感があるんです。どういうことか。多数意見の方が極めて簡略で、論理的に粗雑なんです。まともな法律家が書いたとは思えない判決になっている。それに比較して三浦少数意見は、事実の認定も適用法令もきっちり整理した上で、判決の体裁として完璧なものなのです。裁判官個人が自分の意見を述べたという通常の少数意見の体裁にはなっていない。しかも、全体の大半のページが三浦意見で構成されている。この判決は、多数意見も少数意見も非常に異例なものだったといえます。

事実認定を曲げた最高裁

 海度 実はこの最高裁判決は、多数意見で、原判決が適法に確定していた事実認定から逸脱してしまっているという問題点もあります。これについては、民事訴訟法学者の長島浩一さんが、最高裁が事実認定を曲げてしまっていると強く批判した長い論文を書かれています。防潮堤等の設置を対策の基本として多重防護を否定した誤り、明治三陸計算結果についての認識の誤り、東側の防潮堤の要否を曖昧にした誤りがあるということです。重要なのは、この酷い多数意見ですら、長期評価の信頼性を前提にしているということです。東京電力が計算した一五・七メートルの津波計算は合理的なものであり、これに対して対策する必要があったと言っている。東京高裁の刑事判決も最高裁の多数意見も、一見してどちらも酷いと皆さん思われるでしょうけれど、中身が全然違うのです。最高裁の多数意見は、長期評価の信頼性を否定できなかった。そこがすごく大事な点です。だから、津波が大き過ぎて、どんな対策をしていたとしても無駄だと、そういう理屈になってしまっている。

 では、三浦さんが書いた意見はどんなものだったのか。長期評価の信頼性を非常に詳細に論じた上で正確に認めています。また国側は、南東側からの津波を想定していて、その計算に基づいて、そちらにだけ防潮堤を作る方向で考えていた。しかし、津波は東側からも遡上する可能性を想定することは当然であるとした。そして防潮堤以外にも水密化等の多重的防護が必要であって、それをやった例もあることを認定してくれています。そうやって三浦さんは、多数意見を痛烈に批判した。この判断は、実は二〇二二年七月一三日に出た株主代表訴訟の朝倉判決と全く同じなんです。三浦意見と朝倉判決は相似形と言ってもいい。そして、私は、それが正しい司法の判断であるべきだと思っています。

 佐藤 「現実的な可能性」という概念は非常に奇妙で、長期評価が「三〇年以内に二〇%」という津波地震襲来可能性を予測していたにもかかわらず、判決はそれを「現実的な可能性がない」としている。原発防護上は異様に高い数値であるのに、その事実自体を否認しています。「三〇年以内に二〇%」というのは、「一五〇年以内に一〇〇%」起こるという意味である、と島崎さんはおっしゃっていました。まさに現実的な可能性です。

 海渡 長期評価には非常に重みがあることを高裁判決は認めた。しかし、それが予測した事象に原発が対応しなくていいと、判決は述べている。大災害の確率が一〇万年に一度でも対応するというのが、IAEAでも定められている原子力の約束事です。

 佐藤 IAEAの指針に照らしても、推本の長期評価に照らしても、さらには二〇〇六年の耐震設計審査指針に照らしてもおかしい。あらゆる意味で、非常にねじ曲がった判決です。

 海渡 それに関わることですが、二〇〇八年六月一〇日に、東電の現場の土木調査グループのメンバーが資料を作って、武藤栄氏(当時:常務取締役原子力・立地本部副本部長)に見せた。そこに何が書かれていたのか。「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさについては、適正な手法を用いて考慮する」。そして「東通申請書では推本の知見(三陸沖北部から房総沖の領域内でどこでも発生)を参照し、三陸沖に地震を想定している」。地震の想定については、東京電力自身が、推本の長期評価を取り入れているということです。それなのに、津波については取り入れなくていいという理由はあり得ない。あるいは東北大の今村教授も、この時点では「福島沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できず、波源として考慮するべきである」との見解を出している。そういう意見もあって、他の会社はきちんと対応しようとしています。日本原電の東海では防潮壁の設置、建屋扉の水密性等の対策を検討中だった。再処理工場JAEA東海でも、重要施設への浸水防止対策を、同じく検討中だった。土木調査グループがそうした資料を見せながら、「うちも当然やらなければなりません」と進言する。それに対して武藤さんが、「金のことはなんとかするから、やってくれ」と言えばよかっただけの話なんです。けれども、東電上層部は土木学会にさらなる調査を依頼し、調査の間は何もしなくてよいとした。だから、この時点で何も対策しないことにしたのは正しかった。これが今回の東京高裁の判決ということになります。

先送りされた対策

 佐藤 この間の経緯をまとめると、東京電力の土木調査グループは、一五・七メートルの津波予測に基づいて対策しなければいけないと、既に経営陣に提案していたわけですね。しかし、それ以前には、七メートル強という津波予測もありました。

 海渡 そこも少し細かく説明します。東電内で二〇〇八年二月一六日、いわゆる「御前会議」が開かれました。この時点では、東電設計の概略計算だけが出ています。それによると、津波予測は「七・七メートル+α」だった。その数字は詳細に計算していけば当然上がって、一・五倍ぐらいの一〇メートルを超えることは、現場の人は分かっていました。しかし「+α」の部分がどれぐらいになるかまで深く説明をしなかった。ここでは「七・七メートル」の津波について対策を取ることだけが決められている。その後、詳細計算が上がってくると、「一五・七メートル」になっていた。それで東電の幹部連中はみんな仰天した。つまり七・七メートルの対策工事であれば数十億円で済む。ところが一五・七メートルに対応しようとすれば、二〇〇~三〇〇億円はかかります。言葉は悪いけれど、それを東電幹部はけちった。柏崎原発が止まっている中で、津波対策の工事を始めれば、しばらく原発を止めなければならないかもしれない。その間、電気を売ることもできない。そうしたことを考慮して、対策工事をやめてしまったんだと思います。

 佐藤 要するに、東電としては津波高も予測していたし、対策についても現場側が提示していたにもかかわらず、経営陣がコストを考えてそれを実現しなかった。

 海渡 先送りしたんですね。対策を講じなくて済むとは思っていなかったでしょうけれども、柏崎原発が止まっている状況で福島も止めるのは、どうしても避けたいと思ったのでしょう。

 佐藤 そうした構図が真実だったと思います。しかし判決はそのことにフォーカスせず、「現実的な可能性」という奇妙な概念を持ってきて、問題をすり替えてしまったということですね。

 海渡 そうです。ただ、重要なのは、刑事裁判の地裁と高裁判決が、推本の長期評価の信頼性そのものを否定してしまっているということです。民事で出ている高裁判決の四つのうち三つまでは、長期評価の信頼性を肯定している。最高裁の多数意見ですら、少なくとも長期評価の信頼性は否定できなかった。けれども、奇妙なことに、実際に起きた津波が大きすぎたので、どんな対策を取っていても成功せず、事故は回避できなかっただろうという論理になっている。実は、それも嘘なんですよ。対策をしていれば、原発事故は防げたと思います。それについては三浦少数意見と、株主代表訴訟の判決で詳細に論じられています。だから、去年の最高裁の判決における多数意見と少数意見の対立点と、刑事裁判の高裁判決とでは判断事項が違います。それよりもっと前の段階で、検察官役の指定弁護士の主張を切り捨ててしまったのが高裁判決です。そういう意味では、刑事と民事でも、判決の判示が食い違っていれば、判決違反として破棄理由になりますから、推本の長期評価の部分について、少なくとも相反する意見になっているので、見直すことは絶対に必要なんじゃないかと思います。

官僚化した地震調査委員会

 佐藤 先ほどの一五・七メートルの津波高の計算結果についてお伺いします。土木学会で検討することにして、対策を先送りしたわけですが、土木学会が計算しても、結果は一三・六メートルに下がっただけだった。これが二〇一〇年末のことです。

 海渡 非常に単純な話で、明治三陸沖地震の波源を福島沖に持ってきて計算すると一五・七メートルになるんですね。延宝房総沖地震の波源を移動させて計算すると、一三・六メートルです。土木学会内では、北と南で地震の大きさが少し異なる、宮城と福島の間に何かしらの境界線があるのではないかと言われていました。でも実際に起こった現象から見ると、的外れの意見だったと思います。いずれにせよ、地震が起きないことはあり得ない。マグニチュードが若干小さくなるかどうかの違いだけです。原発事故は避けられなかった。しかも、この数字は二〇〇八年八月に既に出されている。その数字の妥当性について、その後二年かけて土木学会で検討していただけです。ただの時間稼ぎであることははっきりしている。そして推本の長期評価そのものも見直されて、より大きな地震が起きるとの予測が出された。そうなると当然一三・六メートルの数字が吹き飛んで、一五・七メートル以上の津波高の計算に基づいた対策が不可避な状態になった。

 だから島崎さんは、二〇一一年三月九日に既に出来上がっていた書面を公表できなかったことを非常に悔やんでいる。それが公表できていれば、多くの人が、当日夜のニュースか翌一〇日朝の新聞で知ることとなった。結果として、三月一一日の地震後に福島や宮城の人も山側に逃げたはずです。今回の津波による死者は、岩手はわりに少ないんですね。岩手の人たちは津波が来るとよく知っていたからです。福島・宮城の人たちに対しては、大津波が来ることをずっと隠してきたから逃げなかった。そういう意味でも、推本の長期評価第二版が二〇一一年三月九日に発表できなかったことを、島崎さんはものすごく気に病んで、この本を書かれたんですね。

 佐藤 島崎さんの『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』を読んで驚いたのは、今言われたように、東電が三・一一直前に、長期評価第二版の発表を妨害していた、ということです。東電が自分たちとはまったく関係ない組織に介入し、長期評価改訂版の発表を遅らせていた。非常に悪質です。

 海渡 長期評価を最初に出した段階では、地震調査委員会はまともな組織だったと思います。しかし官僚化が進んでいって、二〇一一年頃になると、電力会社の意向を伺わなければ、何も身動きが取れない組織になってしまっていた。島崎さんが非常に驚いているのは、表の会議と別に、自分にも知らされていなかった裏の会議があったということです。そこで推本の事務局と電事連の人間が秘密会をやっている。島崎さんの絶望感は、そこから生じるものです。自分が普通に一緒に仕事をしていると思っていた人物が、裏で電力会社と秘密会を開いていたことを知って、本当に裏切られたと思って、この本を書かれた。島崎さんの本と我々の本を裁判資料として提出しましたから、最高裁の中でも現在議論されていると思います。

 佐藤 今言われたことも含めて、原発震災から一二年経ち、驚愕するような事実が次々に明らかになっています。たとえば原子力部門のナンバー二の山下和彦中越沖地震対策センター長の検察官調書(https://shien-dan.org/yamashita-201809/)は、対策先送りの決定的な証拠ではないかと思います。この調書には非常に生々しい証言が記されており、津波高予測が一五・七メートルに変わったとき「強い違和感があった」と繰り返し述べられている。しかし、違和感があったというのは、その数字を単に認めたくないということでもあります。対策コストや運転停止リスクへの顧慮から津波の可能性を否認したことがわかります。

 海渡 そこははっきり認めていますね。七・七メートルのままならば、きちんと対策が講じられていた。しかし一五・七メートルになって、結局は経営的な観点から、それをやめさせる側に回ってしまう。吉田さんもそうです。それに武藤さんも影響される形で、土木グループの提案は蹴られてしまう。その経過を、検察官の取り調べで、山下さんは正直に述べている。彼にとって不利になることも認めているわけです。なおかつ他の人が知り得ない事実を含んでいる。どう見ても真実のはずなんですが、刑事裁判では、一審判決・高裁判決を通して、山下調書は信用できないとされている。

 佐藤 なぜ信用できないと判断されたのですか。

 海渡 経過を追って、順に説明します。まずは二〇〇七年一一月頃から、津波対策に関する会議開催に向けての動きがはじまります。高尾課長が、それで酒井GM(副部長)に了解を取ります。ここで東電の原子力技術管理部として津波対策を取る方針が確定する。これを吉田さんも了承する。この段階で、耐震バックチェックのために五千万円で津波高さの計算を正式委託すると、承認書にはっきり書いてあります。酒井さん自身も「中間報告に含む含まないにかかわらず、津波対策は開始する必要がある」とメールで書いていて、津波対策を覚悟していたことがわかります。これが二〇〇八年一月頃のことです。二月四日には、やはり津波対策について、酒井さんがメールで書いて送っている。さらに翌五日に東京電力の長澤和幸氏から酒井さん宛に送ったメールには、次のようにあります。「武藤副本部長のお話として、山下所長経由でおうかがいした話ですと、海水ポンプを建屋で囲うなどの対策が良いのではないか」。四メートル盤の上で、そういう対策をとる方向で論議していたことがわかるわけです。そして二月一六日の中越沖地震対策センター会議(御前会議)で対策方針が決まる。こうした経緯があったことが、山下さんの説明からはわかります。それに対して、判決では、「山下供述に関しては、機器耐震技術グループの山崎英一が後日作成した電子メールやメモに津波対応を社長会議で説明済みとの記載があるなど、山下供述の裏付けとなり得る証拠も存在する」と認めながらも、最終的には、「参加者として山崎の氏名が記載されておらず、同人が実際に打ち合わせに参加していたのかも定かではない」としている。すごく変な判決になっているんですね。

 佐藤 検察官聴取書の内容についても、詳しくお話しいただけますか。

 海渡 まず二〇〇八年二月一六日の「御前会議」で、山下氏は、原子力整備管理部として、自ら勝俣社長らのいる場で推本の長期評価を福島原発のバックチェックに取り入れるという方針を説明し、この方針が異議なく了承された。しかし、被告武藤・被告武黒らは、この事実を否定している。しかし、当日配布された資料には津波対策の必要性と対策の概略が明記されており、他のメール等とも符合する山下さんの説明は合理的なものです。また、この当時は、津波の評価が高くなっても一〇メートル盤を超えることはなく、四メートル盤上の海水ポンプの機能を維持すれば良く、ポンプの水密化やポンプを建屋で囲う程度の改造ならば、二〇〇九年六月のバックチェック最終報告に間に合うと考えていた。しかし二〇〇八年五月下旬あるいは六月上旬に、山下さんが、酒井氏と高尾氏から、福島第一の津波評価が一五・七メートルとなっているとの説明を受けて、大変驚いた。こういう流れです。元々山下さんは二月一六日の会議で、津波高を「+七・七メートル以上(詳細評価によってさらに大きくなる可能性)」として報告をしています。それは、当日使用されたパワーポイントの資料にも書いてある。この津波に対しては「非常用海水ポンプの機能維持と建屋の防水性の向上」で対応する。その時に、数十億の費用でできるような説明をしてしまった。ここがまずかったと思います。

 佐藤 実際の対策には数百億かかることが、その後の調査でわかる。

 海渡 それが二〇〇八年三月半ば頃のことです。だけど、その情報を隠すんです。酒井さんたちは吉田さんには言いますが、吉田さんは全員に知らせるのはまずいと思って、情報を抑えてしまう。結果的に報告が遅れて、山下氏が知ったのは五月ころ、武藤さんが実際に知ったのは六月だったと思います。

 佐藤 最後に、最高裁における今後の裁判の見通しについてお伺いしていきます。

 海渡 ここも詳しく説明します。最高裁の四人の裁判官の陣容が変わりました。最高裁第二小法廷は、戸倉さんが長官です。三浦守さんと草野耕一さん、岡村和美さんが残っています。裁判長だった菅野博之氏は辞めて、尾島明裁判官が新しく加わりました。我々の事件では長官は審議に参加しないので、三浦、草野、岡村、尾島の四人で審議をします。元裁判長だった菅野という人物も大変問題があった。最高裁を辞めて、その後、長島・大野・常松法律事務所に入ります。この事務所は、東電の株主代表訴訟の事件に補助参加している東電の代理人をやっている事務所です。日本を代表するローファームで、東電とはすごく関係が深い。草野さんも、西村あさひ法律事務所という巨大ローファームにいた人です。我々の裁判の戦略目標の一つとして、この草野裁判官を裁判担当から辞めさせたい。理由は今申しあげた通り、彼は最高裁判事となるまで、西村あさひ法律事務所の代表だった。そこに所属する複数の弁護士が、東京電力やその関連会社の出資や株式取得に関して、リーガルアドバイスを行っている。東京電力と密接に利害が絡んでいる事務所です。

 それだけではなく、西村あさひの顧問として、元最高裁判事の千葉克美さんという人がいます。この千葉さんが、元最高裁判事という肩書き付きで、最高裁で継続していた四つの事件のうちの一つ、生業訴訟に意見書を提出している。非常に問題が多い意見書です。「中間指針に基づいて東電が払った賠償金は払い過ぎなので、これまで払ってきた以上の賠償を払う必要はない」という主張にも呆れますが、長期評価については「地震による大津波襲来の確率は、多面性、多様性、不確実性、科学的専門性を有するものであるのだから、長期評価には多面的な評価が成り立ち得る。よって、これを信用せず、津波に対する対策を打たなかったから事故を防げなかったという見方には疑問がある」と言っている。恐ろしいことに、千葉氏と菅野氏は、最高裁の行政局における先輩と後輩なんです。裁判長の元上司に意見書を書かせて、それを最高裁に出させている。このことを一生懸命調べて書いてくださったのが後藤秀典さんの『東京電力の変節』(旬報社、二〇二三年)という本です。驚くべき証言が書かれています。元東京高裁判事の大塚正之弁護士の言葉を引用しましょう。「千葉克美が意見書を出してきた時に、私の頭にパッと浮かんだのが菅野博之なんです。要するに、菅野は千葉克美の指導を受けて行政局で育っていった人間ということです。その千葉克美が第二小法廷に意見書を出してきたんで、これはもう結びついているなというふうに感じたんです。だから、最高裁で国を勝たせる判決が出るかもしれないというのが私の頭にずっとあって、予想通りそうなったんですよね」。

形勢逆転するために

 佐藤 それは、二〇二二年六月の国家賠償訴訟の最高裁判決についてですね。

 海渡 そうです。このことだけでも、草野さんはアウトだと思います。それに加えてもう一点あります。草野氏のパートナー(共同経営者)であった新川麻弁護士は、経済産業省の「総合資源エネルギー調査会再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」ほか、エネルギーに関わる政府の審議員を複数務めている。また新川弁護士は、生業訴訟などが最高裁で審議中であった二〇二一年に、東京電力の社外取締役に就任している。東電の役員になった人間が、自分が所属する法律事務所の元共同経営者だった。そして東電のために、同じ法律事務所に所属していた元最高裁判事、また裁判長の上司でもあった人間に意見書を出させる。尋常ならざる所業です。こんな人間が東電と国の責任を問う事件の審理に参加していいかどうか、大いに問題があります。最高裁の判事は、外見上も中立公正を害さないように自立・自制すべきことを要請される。これが一九九八年一二月一日に出された寺西判事補事件に対する最高裁の判決です。我々は犯罪被害者の代理人として、先日一一月一三日、草野裁判官は自ら審理を回避すべきであるという意見書を出しました。

 佐藤 簡単に言うと、草野裁判長に「自分からやめてくれ」ということですね。

 海渡 我々は検察官ではないので、忌避申し立て権はないんですが、意見を述べる権利はあります。そして一一月二〇日には、最高裁の裁判官室の前で、大音量のスピーカーで街頭宣伝をやりましたから、全裁判官が聞いたはずです。最高裁の正門の前に車を乗りつけて、あそこから演説をぶったのは生まれて初めてです。法律家としての良心があるならば、身を引くことが正しい身の処方ではないかと申し上げました。草野裁判官が聞く耳を持ってくださればいいなと思います。ここまでの事実が明らかになっていながらも、次の判決にも関わるならば、司法の独立性の確保に相当の禍根を残すでしょう。

 佐藤 草野さんも、非常に恥ずかしい思いをしたでしょうね。草野裁判官は、国賠訴訟の最高裁判決で、SFのような奇妙な仮定を積み重ねた意見を付けていました。「東電が予測していた予測に基づいて防護壁を作っても結局現実の津波は防げなかっただろう」というのがその内容です。

 海渡 言っていることが正しいかどうか以前の問題だと思います。つまり、最高裁判所は原判決が認定した事実について、法的な論理の是非について論ずる場所なんです。しかし彼が書いている意見は、独自の資料に基づくものです。草野裁判官が認定している事実関係は、四つの原判決いずれにおいても全く認定されていない。とりわけ「一号機及び三号機のタービン建屋の開口部の前には深さ六mの逆洗弁ピットがあった」と草野さんは言っていますが、全く証拠もない。こんなこと、一体誰から聞いたのか。裁判外で得た情報に基づいて意見を書いたと推測される。ものすごく悪質です。最高裁判事としてありえないことをやってしまったと思います。付け加えると、私たちは草野さんを第二小法廷から回避することを求める署名も始めました(https://shien-dan.org/changeorg-202312-syomei/)。そこまでやってしかるべき事件だと思っています。

 佐藤 『東京電力の変節』をめぐって、もう一点お伺いします。読んで驚いたのは、最高裁にまで東電の利害関係が及んでいるということです。巨大ローファームを介した人脈に基づいて、最高裁の判決が歪められるようなことがあるとすれば、非常に問題です。

 海渡 東京電力は国の機関、最高裁の中にも手を伸ばしていくだけの財力と権力を持っているのだろうと思います。現実を見ても、去年の最高裁の判決では、原告側が三つの裁判で勝っている四件の事件を合同で進めているわけですから、どう考えても三つの事件の判決の判断を入れて国の責任を認めるだろうと、誰しもが思いました。しかし、それをひっくり返すために、用意周到に様々な策が弄されていた。残念ながら、判決前の我々には、その構造がわからなかった。大塚さんはその構造を見抜いていたようですが、少なくともこの四つの事件の弁護団は、そういう形で事態を明らかにして争うことができなかった。けれども、今は刑事裁判を担当している我々弁護団と、最高裁にかかっているいわき市民訴訟の弁護団が、一緒に東京電力と原子力に関する最高裁の間違った判断を正していこうと、連携を密にしています。最高裁の刑事事件といわき市民訴訟の上告審、これがどのような判決になるかによって、去年六月の判決が見直される可能性もあります。さらに株主代表訴訟の控訴審もあります。これらの裁判は、みんな運命共同体みたいなものだと思っています。いわき市民訴訟は第三小法廷で審議される。ここには、宇賀克也さんという行政法の素晴らしい専門家がいます。我々の第二小法廷には三浦裁判官がいる。どちらにも一人ずついい裁判官がいることが救いです。ここから第二小法廷の草野さんを無力化することができれば、形勢を逆転できると思っています。

 もう一つの戦略についても説明しておきます。この事件を大法廷に移したらどうかという主張をしているんです。大法廷に移すと、今言った宇賀さんも加わることになります。三浦さんと宇賀さんのふたりで全体を説得すれば、まとまる可能性が高いと思うんです。そうすれば、最高裁の元の判決も修正されて、刑事判決の方も見直すことに繋がるんじゃないか。そのことを伺わせるような事例が最近ありました。二〇二三年一〇月二五日、性同一性障害について、「手術要件を戸籍変更の要件にすることは違憲」という判断が出ました。この判決は裁判官一五人全員一致なんですが、少数意見がついていて、手術要件だけじゃなくて外観要件まで違憲だという判決を書いているのが、三浦さんと宇賀さんとなんと草野さんなんです。草野さんが三浦さんにちょっとすり寄っているようにもみえる。何が言いたいかというと、「同一法令の解釈適用に関するかぎり、民事事件についてした裁判は、刑事事件に対する関係でも前にした裁判になる」と、『裁判所法逐条解説』にあるんですね。法令の解釈適用について、前の裁判所に反する場合は、大法廷でやらなければいけない。また意見が二説にわかれて、各々同数の場合も同様です。もしかすると、三浦さんと新しくなった尾島さん、それに対して草野さんと岡村さんで二対二になる可能性もある。この事件では重大な法的問題の解釈が争われていますし、日本の歴史上類を見ない大事件でもある。被害者の遺族はもとより、多くの市民が納得していないことも鑑みれば、他の最高裁小法廷で意見を異にする人がたくさんいるかもしれない。そういうことまで考えると、大法廷に持っていければ逆転できる可能性が高いんじゃないかと考えているのです。

 佐藤 最高裁判決は、それに後続する様々な判決に影響を与えるという意味で、非常に影響力があります。実際、国賠訴訟の裁判で、国の賠償責任を認めないという最高裁判決が出された後、下級審では、次々と国の責任を認めない判断が出されることになりました。

 海渡 その点に関しては、二〇二三年三月二三日のいわき市民訴訟の仙台高裁判決が、確かに国家賠償責任は否定しています。しかし、判決では次のようにも言っているんです。「経済産業大臣が、長期評価により福島県沖に震源とする津波地震が想定され、津波による浸水対策が全く講じていなかった福島第一原発において、重大な事故が発生する危険性を具体的に予見することができたにもかかわらず、長期評価によって想定される津波による浸水に対する防護措置を講ずることを命ずる技術基準適合命令を発しなかったことは、電気事業法に基づき規制権限を行使すべき義務を違法に怠った重大な義務違反があり、その不作為の責任は重大である」。こう書いてあるならば、本来国の責任を認める結論になるはずなんです。しかし、この後につづくわけのわからない理屈で、国賠責任だけは否定してしまった。この判決は最高裁に対する高裁の裁判官による最後の抵抗、面従腹背だったと思います。結論だけは従ったかのようにして、しかしどう見ても従っていない。この事件の上告審も最高裁に上がっています。この判決は、推本の長期評価の信頼性を認め、事故の回避可能性も全部認めている。東京電力には極めて重大な過失責任があるので賠償責任を加重すると、はっきり言ってくれている。この事件と東電刑事裁判の高裁判決を一緒に大法廷で論じたら、相当面白いことになると思います。そのことをどうにか実現させたい。損害賠償をやっている弁護士のグループとも共闘して、そういう声を広げていきたいと思っています。

(二〇二三年一二月三日、東京共同法律事務所にて)

★かいど・ゆういち=弁護士、東電刑事裁判被害者代理人。著書に『原発訴訟』など。一九五五年生。
★さとう・よしゆき=筑波大学人文社会系准教授。著書に『脱原発の哲学』(田口卓臣との共著)など。一九七一年生。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【転載記事】東電旧経営陣の刑事責任問う裁判 「最高裁判事は東電と深い関係ある」市民・弁護士ら公正審理求める

2024-01-29 19:13:43 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
法曹関係者向け専門サイト「弁護士ドットコム」に、東電刑事裁判に関する以下の記事が掲載されたので、転載でご紹介する。ライターは、この間、福島原発事故問題を追ってきたジャーナリスト・吉田千亜さん。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
東電旧経営陣の刑事責任問う裁判 「最高裁判事は東電と深い関係ある」市民・弁護士ら公正審理求める(弁護士ドットコム)

東京電力福島第一原子力発電所事故から13年が経つ。東電の当時の経営陣である勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の刑事責任が問われるのか、重要な局面を迎えている。

被告人3人は、津波対策を怠ったことにより原発事故を起こし、死傷者を出したとして業務上過失致死傷罪に問われ、強制起訴された。東京高裁は2023年1月、全員無罪とした一審判決を支持。検察官役の指定弁護士が上告し、現在は最高裁に係属中だ。

しかし、担当する第二小法廷の裁判官について、被災者らを支援する弁護士らから「公正な審理が期待できない」との声が上がっている。福島原発刑事訴訟支援団の海渡雄一弁護士に話を聞いた。(ライター・吉田千亜)

●最高裁判事は本当に「中立・公正」なのか

支援団は1月30日、この刑事事件を担当する最高裁第二小法廷の草野耕一裁判官に対して、審理への関与を「回避」することを求める署名を最高裁に提出する。

草野裁判官は、東京電力やその関連会社に法的アドバイスを行う複数の弁護士が所属する「西村あさひ法律事務所」の元代表。「中立・公正な審理が行われるのか、東電刑事裁判を担当するにふさわしいのか、非常に疑問があります」と海渡弁護士は語る。

草野氏は、「西村あさひ」の代表を15年務め、2019年に最高裁判事となった。5大法律事務所の一つと言われ、750人以上の弁護士を抱えている。海渡弁護士は「同事務所は、複数の所属弁護士が東京電力および、関連会社における出資や株式取得に関してリーガルアドバイスを行ったことをホームページ上でも広報しています。この事務所が東電と密接に関わっていることは公知の事実」と不信感をあらわにする。

東電と「西村あさひ」の関係は、実際の裁判にまで及んでいるという。海渡弁護士は、ジャーナリスト・後藤秀典氏による取材で明らかになった事実を挙げた(詳細は旬報社『東京電力の変節 最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』)。

後藤氏によると、元最高裁判事で西村あさひ顧問の千葉勝美氏が、2020年12月、最高裁第二小法廷に係属していた「『生業を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟」で意見書を提出。その意見書は「元最高裁判事・弁護士」の肩書き付きで、▽中間指針を超えた賠償は払う必要がない▽長期評価には多面的な評価が成り立ちうる▽自主避難者へはこれ以上の賠償を払う必要はないーといった内容で、東京電力や国の主張を補完するものだったという。

同書で後藤氏は、「現役の最高裁判事(草野裁判官)が判事就任前に長年にわたって経営していた法律事務所で顧問をつとめる元最高裁判事(千葉勝美氏)が、その現役の判事の担当する裁判に対し、被告・東京電力側に立って意見書を出した、ということになる」(カッコは筆者補足)と指摘している。

そして、2022年6月17日、生業訴訟のほか3件を加えた4つの原発関連訴訟がまとめて最高裁第二小法廷で判決を言い渡され、国の責任を認められなかった。4つの高裁判決のうち、3件では国の責任を認めていたため、原告らは予想外の結果に驚き、失望は深かった。

海渡弁護士は、判決について「この多数意見は、非論理的で事実認定の面でも多くの誤りをおかし、法条の適用も正確になされていないという、異例のもの」と批判する(この海渡弁護士の分析については、追って詳報する)。

多数意見に賛成した第二小法廷の菅野博之裁判長はこの判決の約1カ月後に退官、「長島・大野・常松法律事務所」(5大法律事務所のひとつ)の顧問に就任した。なお、同事務所には、株主代表訴訟の補助参加人として東電代理人を務める弁護士が所属している。


最高裁と大手法律事務所・東電をめぐる人脈図(敬称略、後藤秀典氏『東京電力の変節』より抜粋)


●問われる三権分立

『東京電力の変節』で後藤氏は、このほかにも第二小法廷の裁判官について巨大法律事務所・東電・国との関係を指摘している。また、原子力規制庁の元職員が東電の代理人になったケースや、国・企業側に有利な判決を下した後に関連業界に再就職した複数のケースなどが挙げられる。

司法に求められる「中立・公正」とは程遠く、最高裁、国、東京電力を結ぶ巨大法律事務所の人脈は、およそ三権分立を信じられるものではない。

海渡弁護士は、裁判運営の適正が問われた寺西判事補懲戒処分事件(平成10年12月1日)の最高裁判決の以下の言葉を引用する。

「司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである」
「草野裁判官は、外見的に中立・公正とはいえない」「裁判の公正を妨げるべき事情にあたる(民訴法24条1項)」と指摘し、「我々が考えているほど、この社会は公正ではない。腐敗は司法にも及んでいて、倫理なき司法になっているのではないか」と懸念をのぞかせていた。

支援団は2月11日には、「大手法律事務所に支配される最高裁!東電刑事裁判で改めて問われる司法の独立 東京集会」と題して、後藤氏の講演会も企画している。司法は独立しているのか、東電刑事裁判の行方はどうなるのか。最高裁の判断が注目される。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「裁判所はこれでいいのか」「恥を知れ」~再び怒号が飛び交った東電刑事裁判 1・18報告

2023-01-19 23:22:12 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
(この記事は、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」に発表した記事をそのまま掲載しています。)

 判決結果を知らせる「旗出し」は午後2時15分前後と聞かされていた。しかし、予定より早くその瞬間は訪れた。

 とぼとぼと、引きずるような重い足取りに、悪い予感しかしない。掲げられたのは、3年半前の1審とまったく同じ「全員無罪 不当判決」だった--。

 歴史上最大の公害事件を起こした責任者に罪を負わせてほしい--私たちが望んでいるのはたったこれだけのことである。それ以上のことは望んでいない。こんな簡単なことが、日本の司法ではなぜここまで認められないのだろうか。それとも、私たちの願いが、分をわきまえない、身のほど知らずの高望みだとでも言いたいのだろうか。もし、細田啓介裁判長が心中でそう思っているとしたら、裁判官以前に人間として決定的に間違っていると思う。人を裁く刑事司法を預かる資格が細田裁判長にあるとは思えない。

 2019年の1審の判決文を、結局私は読まなかった。読むのが苦痛だったということもあるが、「読むにも値しない“判決文”という名の駄文なら、読まないこともひとつの抵抗手段なのではないか」と思い直したからである。中身もなく論評にも値しない今回の判決文に対しても、たぶん私は「読まないという形の抵抗権」を行使することになると思う。ここがもしヨーロッパだったら、判決文にトマトソースでもぶっかけられるに違いない。

 もとより予想された判決であり、覚悟はしていた。高裁での審理はわずか3回。検察官役の指定弁護士と被害者代理人が求めた現場検証も、重要な地震学者らの証人申請もすべて却下された。結審を撤回し審理を尽くすよう求めたが、昨年末にこれも棄却される経過を見てきた。だから私は今回「傍聴抽選に当たっても法廷内には入らない」と宣言していた。「お前を殺してやるから出てこい」と言われて、のこのこ出て行く者はいない。初めに結論ありきのやらせ裁判、見せしめ裁判なら、ボイコットも立派な抵抗戦術だと私は思っている。

 昨年6月の結審から半年もあったのに、まったく時間の無駄だった。1審に続き、結果回避可能性はおろか、またも予見可能性すら認めなかったという。「津波の高さ、幅から態様に至るまで、1ミリも違わない正確無比なシミュレーションでなければ予見とは言わない」というのが、偉い裁判官様の出した結論だと聞かされた。あまりに馬鹿げすぎていて、お笑い芸としても少しも面白くない。

 福島原発刑事訴訟支援団の武藤類子副団長は、廷内で手持ちのノートに「裁判所はこれでいいのか」と書いたそうだ。いつもは淡々と、法廷内で話された事実以外は書かない武藤さんの実直な人柄を私は知っている。その心中、悔しさは察して余りある。閉廷直後の法廷では「恥を知れ」という怒号も飛んだ。

 「事故を止められなかった以上、“次”を防ぐことができるなら、福島県民は人柱になってもいいと思ってきた。でもこんな判決では近い将来また事故が起きてしまう。私たちは人柱にもなれないのですか」。福島県三春町から駆けつけた女性は、判決後の裁判所前で、思い詰めた表情でそう話した。

 判決は悪い意味で予想通りだったが、私が恐れていた最悪の展開は免れた。それは、全員無罪の結論を変えないまま、今後の原発に厳格な津波対策を講じることを前提に、司法が原発に「安全」とお墨付きを与えるというシナリオだった。しかし、同時にそれは無理だろうという予測もしていた。もし、そのようなお墨付きを司法が与え、近い将来、2度目の事故が起こったら今度は「あのとき、安全と言ったじゃないか」と司法も責任を問われることになる。そうならないために、東京高裁は1審判決と同じ内容を違う言語表現に置き換えるだけで、「自然災害の予見はできない。故に結果回避もできないから、原発事故を完全防止するには停止以外にない」という1審の論理構成を大枠では変えないだろうというのが判決前の私の予測だった。こうしておけば、2度目の事故が起きても「私たちは安全とは言っていない」と言い逃れができるからである。東京高裁が真の意味での「日本型無責任組織」なら必ずそうするはずだという確信が私にはあった。そして結果はその予測通りになった。

 見方によっては、これは私たち反原発運動には好都合のシナリオである。「誰も責任をとれない原発に安全はなく、全面停止以外に事故を逃れるすべがない」という運動側の主張が正しいことが、司法の場で逆説的に証明されたからである。これまで反原発運動を闘ってきたみなさんは「事故に遭いたくなければ原発は即時全面廃炉にすべきだ」と胸を張って主張してほしい。

 3年半前、1審判決後の報告集会は急きょ、抗議集会と名称を変えて行われた。しかし今回、弁護士会館で開催された報告集会では「抗議集会に名称を変えよう」という声は起きなかった。この日の会場内に敗北感、怒りがなかったと言えばウソになる。しかしそれは3年半前ほどではないと感じた。あきらめ、敗北慣れしたからではない。むしろ逆で、この日の3被告(勝俣恒久元会長、武藤栄、武黒一郎両元副社長)に清水正孝元副社長を加えた4人の元経営陣に、13兆円もの巨額の弁償を命じる株主代表訴訟判決を勝ち取っているからである。仮執行もつけられており、「取り立てが今日にも来るかも」と怯えなければならない3+1被告の立場はこの日も変わっていないのだ。

 「自分1人ならとっくに心が折れていた。ここまでやってこれたのはみなさんと一緒だったからだ」。報告集会では、ぶれずに団結し、闘い抜いた被害者を称える声が上がった。「悔しいが、まだ最高裁がある」と気を引き締める声も出た。

 『割れる司法判断のはざまで苦しむ被災者から疑問の声が上がるのは当然だろう。検察官役の指定弁護士は上告するかどうかを検討するとしている。未曽有の災禍を招いた背景や責任の所在をより明確にするためにも、前向きに考えるべきではないか……刑事的な責任についても上告審の場で厳しく審理してほしい』(判決翌日、1月19日付『福島民報』社説)。

 地元民放・福島テレビの株式は、半分を福島県が、1割を福島民報が保有している。「県営放送」と揶揄されてきた民放局の影響下にあり、300人もの子どもたちが甲状腺がんにかかっても完全黙殺を貫く地元紙に、これまで何度も悔しい思いをさせられた。その「県営新聞」がここまで踏み込んだ論陣を張るのは珍しい。岸田政権の原発政策「180度大転換」「原発全面活用」政策が、おとなしかった福島県民の怒りに再び火を点けつつあるのではないか。

 確かに刑事訴訟の前途はひいき目に見ても厳しい。もちろん勝つことは大切だが、裁判の価値はそれだけにあるのではない。強制起訴が実現することによって、日の目を見なかった膨大な証拠が開示され、株主代表訴訟の法廷にも提出された。日本裁判史上最高の「13兆円の賠償」を引き出す力になったのがこれらの膨大な証拠である。検察の不起訴を検察審査会が覆した強制起訴事件で、無罪判決が出るたびに繰り返されてきた「強制起訴不要/見直し論」を今回、メディアに展開させなかった。東電刑事裁判が歴史を一歩進めたことは紛れもない事実だ。

 報告集会では私も登壇し発言した。「私たちが裁判で負けるような悪いことでもしたのでしょうか。何もしていません。悪いことをしていない私たちに負ける理由がありません。だから私は、負けたのは私たちではなく日本の司法だと思うのです。本音を言えば、検察官役の指定弁護士には今日中に上告手続きを取ってもらいたい」。

 某国の前大統領ではないが、私たちには2つの選択肢しかない。「私たちが勝つか、司法が盗まれるか」だ。私たちは負けていない。司法が原子力ムラに盗まれただけだ。当たり前のことほど、今の日本では通らない。それを当たり前のこととして通るようにしたいーーその願いは決して身のほど知らずの高望みなどではない。闘いはまだ終わらない。

<参考記事>
「恥を知れ」と怒声が飛んだ…高裁が出した無罪判決に被災者から怒りの声 東電旧経営陣の刑事裁判(2022.1.19「東京新聞」)

(社説)【強制起訴二審無罪】決着とはいかない(2022.1.19「福島民報」)

<当日の動画>
2023.1.18 東電旧経営陣は原発事故の責任をとれ! 東電刑事訴訟控訴審 東京高裁前アピール行動


2023.1.18 東電刑事訴訟 「全員無罪 不当判決」旗出しの瞬間

 
2023.1.18 東電刑事訴訟 旧経営陣を免罪する不当判決糾弾! 判決後報告集会


(報告・文責 黒鉄好)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2023.1.18 東電刑事裁判・判決直前 東京高裁前スピーチ

2023-01-18 23:15:17 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
 みなさん、新しい年、2023年を迎えました。本年もよろしくお願いします。

 私は、昨年末まで、人類は2023年を果たして本当に迎えられるのか、2022年のうちに人類は滅亡してしまうのではないかという不安にさいなまれていました。世界で最も多い、6000発を超える核兵器を持つ国が戦争を始め、何度も核兵器の使用がほのめかされる状況にあったからです。それでも、ともかくも2023年を迎えることができた。まずそのことを、この場にいるみなさんと喜び合いたいと思います。

 核の時代の平和とは、はかなく、脆いものです。もはや原発、原子力と人類はこれ以上1日たりとも共存することはできません。新しい年を核廃絶への一歩にする、その決意をみなさんと共有したいと思います。

 2023年は卯年です。2011年も卯年でした。ちょうど暦が一回りしたことになります。この12年間、原発事故に起因する問題で1つでも解決したものがあるでしょうか。まだ何も解決していないじゃないですか。それなのに、日本政府は、暦が一回りしたのだから、もう福島のことなんてどうでもいいのだと言わんばかりに、原発再稼働・新増設、運転期間延長とやりたい放題です。しかし、暦が一回りしたということは、見方を変えれば、ぐるりと回って元に戻る、原点に立ち返るとも解釈できます。苦しかった12年前の卯年、悔しくて仕方なかったあの卯年の気持ちに立ち返り、再びそこを原点に、足下を固め直し、原子力の時代を1日も早く終わらせる。2023年をそのような年にしなければなりません。

 奇しくも、昨日1月17日は阪神大震災から28年目でした。阪神大震災の日ということで、私は昨日、久しぶりに地震本部(推本)のホームページを見てみました。「阪神・淡路大震災の経験を活かし、地震に関する調査研究の成果を社会に伝え、政府として一元的に推進するために設置された特別の機関」が地震本部だと、そこには書かれています。

 地震本部もまた、28年の歴史を持つ組織です。生まれたばかりの赤ん坊が、大人になるよりも長い期間、日本で一流といわれる地震学者が、日々議論し、積み重ねた知見、長期評価、それらすべてを司法が否定し、信頼性のないものだとするならば、私たちはこれからいったい何を信頼し、何によりどころを求めればいいのでしょうか。全世界的にみればわずかな陸地面積なのに、世界の地震の1割は日本で起きています。30年近く積み上げられてきた知見を否定するということは、そのような地震大国で、実質的に地震対策は何もするなと言っているに等しく、これはまさに暴挙です。そのような1審判決は、今日、この高裁で、全面的に書き改められるものと、私は確信しています。

 今日は、首都圏からも多くの人が応援に駆けつけてくれています。首都圏の人たちにぜひお知らせしたいことがあります。1923年の関東大震災から、今年は100年の節目の年だということです。今、この瞬間も、東京の地下では、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートという4枚のプレートがぶつかり合い、押し合っています。4枚のプレートがぶつかり合うという、世界有数の危険な場所で、100年もの間、多くの被害者を出す地震らしい地震が起きなかったことはまさに奇跡というほかありません。日本の首都・東京の繁栄も、みなさんの豊かで平和な暮らしも、明日崩壊してもおかしくない薄氷の上にあります。そのような薄氷の上に原発などとんでもないことです。私は、今日ここに、核と原子力の時代に直ちに終止符を打つべきことを、改めて訴えるとともに、みなさんとともに手を携えて頑張りたいと思います。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東電刑事訴訟控訴審 第3回公判傍聴記/現場検証も証人尋問もないまま結審

2022-06-09 22:36:30 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
 勝俣恒久元会長ら、東京電力旧経営陣に対する強制起訴刑事訴訟第3回控訴審が6月6日、東京高裁で行われた。

 前回、2月9日の第2回控訴審で「次回結審」が告げられていたものの、避難者賠償4裁判の最高裁判決が6月17日に決まるなどの情勢変化を受け、被害者代理人弁護士はこの間、次回結審としないよう求める上申書を東京高裁に提出。福島原発刑事訴訟支援団も5月20日、公正判決を求める署名1万2140筆を提出していた。

 法廷では、被害者2人が書面で提出した意見陳述が代読された。Aさんは「細田啓介裁判長はなぜ現場検証をしないのか。自分の住んでいた地域が事故でどう変わったか直接見てもらえず悔しい」と裁判長を名指しで批判。「亡くなった母に今も会いたい気持ちが募るのは、最期を看取れなかったからだと思う」と思いを述べた。

 Bさんは、1審判決を見て「裁判所にはわかってもらえなかったと感じた。避難バスに乗せられ、寒さの中で父は亡くなった。なぜ誰も責任を取らないのか。私が結婚するとき、大熊町の実家の父は『大熊には原発があるからな』と、不安を口にした。若かった当時の私は笑い飛ばしたが、その父が原発事故で命を落とすことになるとは思わなかった」と3被告への有罪判決を求めた。

 控訴審第2回公判の際、追加で採用された証拠について、検察官役の指定弁護士が説明。2009年に国が作成した地震動予測地図が地震本部の長期評価を新知見として採用していることは、長期評価の有効性に関する補強となるものである。

 IAEAが1983年に採択し、1985年、日本語にも翻訳された「海岸敷地における原子力プラントに対する設計ベース洪水安全指針」でも、有効な対策として、防潮堤設置、建物浸水防止措置、部屋への浸水防止措置などが決められている事実が示された。

 日本と同じ島国の台湾・金山原発は標高22mの高台に設置されているが、その金山原発と福島第1原発が1994年11月から「姉妹発電所交流」として情報交換を続けていたことを示すスライド資料も法廷内のパネル画面に映し出された。津波対策の重要性について、少なくとも東電はこの時点で知っていたことを示している。

 興味深いのは、このスライド資料の作成者が奈良林直・元北海道大学工学部教授(原子力工学)であることだ。奈良林元教授は、事故わずか半年後の「週刊新潮」2011年9月29日号が企画した「御用学者と呼ばれて~大座談会」に参加、早くも再稼働を主張している。このような確信犯的原発推進派に属する人物でさえ、重要施設の高台設置が有効な津波対策であると主張していたことは、東電にとって確かに痛手に違いない。

 指定弁護士側は「被告人らの刑事責任を否定することは正義に反する。原判決は破棄されるべきである」と、有罪判決を求め弁論を締めくくった。

 続いて、3被告の弁護側が控訴棄却を求め弁論を行ったが、「民事訴訟の事実認定を刑事裁判に適用するのは不適当」「民事訴訟は国家賠償責任(行政庁の権限不行使)を問うのに対し、刑事訴訟は個人の責任を問うもので、責任の質が異なる」などの形式論がほとんど。本質的な議論を避けたい本音が覗いた。

 細田裁判長は、指定弁護士側・弁護側双方に対し、ここで結審としてよいか打診した。指定弁護士側には明らかに不満な姿勢が見えた。被害者代理人の海渡雄一弁護士が(6月17日の)最高裁での民事訴訟で原判決と異なる判決(国の責任を認める判決)が出た場合には、弁論を再開してほしいとの希望を表明した上で、結審となった。

 閉廷後の法廷では裁判所職員が制止する中「被害者の声を聞け」「現場検証をしろ」との怒号が飛び交った。現場検証も証人尋問も行わないまま、わずか3回の公判での結審は、1万筆を超える署名で示された市民の審理続行の意思を無視する不当なものだ。

 2021年6月に控訴審が始まって以来、勝俣元会長は体調不良を理由に出廷していなかったが、この日は武藤栄元副社長も欠席。理由も明らかにされなかった。控訴審に被告人の出席は義務ではないとはいえ、出廷したのが武黒一郎元副社長1人とは驚きだ。「東電は事故から11年経っても何も変わっていない」(Aさんの陳述書)との思いを、傍聴席にいた全員が共有したこの日の法廷だった。

 判決後の報告集会では、河合弘之弁護士が「東電は形式論ばかりだった」と、私とほとんど同じ感想。甫守一樹弁護士は、裁判所が候補日とした判決期日が12月~1月だったことについて「それなりに情勢や他判決の動向を見極め、慎重に判決を書きたいという意思の表れだろう」と分析した。大河陽子弁護士は「今後の展開次第だが、弁論再開も見据えられるところまでこの刑事裁判を押し上げられたのはみなさんの闘いの力だ」と述べた。

 形式論に終始した弁護側に対し、長期評価の有効性、予見可能性、結果回避可能性のすべての面で新たな証拠を積み上げ、事実をもって論証しきった指定弁護士側。「こちらが押していた」との声が報告集会での多数であったことを報告しておきたい。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東電刑事裁判当日の東京高裁前スピーチ

2022-02-11 23:24:56 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
東電刑事訴訟の当日は、裁判所前で支援者によるリレースピーチを行うのが恒例になっている。今回は新型コロナ再拡大のため前回(昨年11月)のようなヒューマンチェーン(人間の鎖)行動は中止されたが、リレースピーチは行われた。当ブログ管理人のスピーチを紹介する。

-------------------------------------------------------------------------------------
 みなさん、朝早くからお疲れ様です。私は今日、北海道千歳市から参りました。2013年3月まで、原発事故を挟んで6年間、福島県西郷村で過ごしました。

 つい最近ですが、2月6日の日曜日、私は、関西の人たちの主催するZoomお話会に呼んでいただく機会があり、3.11当時のこと、原発事故から10年を過ぎた日本社会で何が最も変わり、また、変わらなかったのかを含め、お話しさせていただきました。

 原発事故以降、最も変わったのは国民世論です。7割の人が原発に反対するようになりました。少し変わるか、または変わる兆しが見えているのが民間企業・団体です。多くの企業が環境を意識し、再生エネルギーなどに取り組むようになってきました。逆に、最も変わっていないのが行政と国会です。行政に至ってはむしろ劣化し、ますます命を軽んじるようになってきたと思います。

 司法・行政・立法の三権のうち、最も変わったのは司法だと思います。原発事故後は原子炉の運転差し止めや、国の責任を認めた賠償判決が次々に出るようになりました。本当に大きな変化です。日本に初めて原子力の灯がともってから3.11原発事故までの40年間で、住民側が勝訴した判決はたった2件しかありませんでした。もんじゅの差し止め判決、そして2006年に北陸電力志賀原発の差し止めを命じた判決の2つだけです。そして、この判決を金沢地裁で書いたのが、当時の井戸謙一裁判官でした。井戸裁判官は、退官後は弁護士となり、今回、勇気をふるって6人の若者が立ち上がった甲状腺がん裁判の弁護団長をお務めになっています。このように、個別の闘いのように見えるものも、大きな流れで見ればつながっているのです。

 6人の若者たちは、11年もの長きにわたって事故と病気の関係を誰にも相談できないまま苦しんできました。原発をカネのために誘致した結果としての事故による苦しみ、病気による苦しみに加え、私たち大人は、未来ある若者たちに抑圧と沈黙を強いるという、3つ目の罪を犯したのです。私は大人の1人として、この罪に胸を締め付けられます。

 今日のこの刑事裁判は現場検証と証人尋問が実現するかどうかが最大の山場です。若者たちが病気で苦しんでいるのに救済されないのは、責任者である東京電力を処罰できていないからです。苦しんでいる人がいるということは、そこに苦しめている人と、苦しめる原因となっている「現場」があるはずです。その現場を裁判所が検証しない、証人の証言も聞かないなどということがあってはなりません。その正義を実現するために私はわざわざ駆け付けています。みなさん、ともに頑張りましょう。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現場検証も証人尋問も棄却し、次回結審を決定 東電刑事訴訟、東京高裁が不当決定

2022-02-10 22:19:58 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
2月9日、東京電力旧経営陣3名の刑事訴訟控訴審第2回公判が東京高裁で行われた。東京第1検察審査会が2015年7月、2度目の起訴相当議決を行ったことにより、勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長の3名が強制起訴された裁判は、2019年11月、1審・東京地裁の無罪判決を受けて検察官役の指定弁護士が控訴。昨年11月2日に控訴審初公判が行われたことに続く公判である。





この日の裁判の争点は、指定弁護士側が求めた現場検証及び島崎邦彦、濱田信生、渡辺敦夫3氏の証人申請が認められるかどうかにあった。島崎邦彦・元原子力規制委員長代理は東京地裁での無罪判決後、「新たな事実が出てきたので、それについて証言したい」と法廷での証言を望んでいたという。濱田氏は元気象庁職員で、政府の地震調査研究推進本部(推本、地震本部などと略される)が2002年に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」)をとりまとめた際、気象庁から推本に出向し、事務局を務めた。

東電刑事裁判の1審では、長期評価の信頼性とともに、長期評価に基づいて東電社内で一度は実施すると決められた津波対策を延期した武藤副社長の判断の是非が最大の争点だった。西暦869年に三陸沖で起きた貞観(じょうがん)地震と同規模の地震が再び発生した場合の福島第1原発における津波の高さを「最大15.7m」とする想定は東電社内で共有されていた。この想定が示された以上、海抜10mの高さに位置していた福島第1原発の津波対策は不可避だった。

東日本大震災では実際、ほぼこの想定通りの高さの津波が原発を襲い、福島第1原発は全電源を喪失、事故に至った。それにもかかわらず、1審は不当にも東日本大震災による津波の襲来を予見できず、結果回避も不可能だったとして3経営陣を無罪とした。

長期評価が、当時の日本で第一人者に位置づけられていた地震学者たちの議論に基づいて、その最大公約数をとりまとめた地震学界のコンセンサスと呼ぶべきものであったことは1審で明らかになっている。長期評価は十分科学的でその信頼性は疑いのないものだった。推本の事務局に気象庁から出向し、事務局を務めた濱田氏は、当時の地震学者たちがどのような議論を闘わせたかを含め、「長期評価の策定から公表までの経緯すべてを知る人物」である。1審を上回る水準の有罪立証のため、指定弁護士が控訴審で濱田氏の証人申請をしたのにはこのような理由がある。

その濱田氏の証人申請を、細田啓介裁判長は棄却。島崎、濱田、渡辺3氏に関しては証人申請ばかりか供述調書も証拠採用されなかった。東電旧経営陣の責任を追及するため、別の法廷で進められている東電株主代表訴訟では裁判官による現場検証が初めて行われ注目された。当然、刑事訴訟でも指定弁護士は現場検証を求めた。細田裁判長はこれも認めないという不当な決定をした。指定弁護士は「憲法は原告、被告いずれにも裁判を受ける権利を保障している。このような決定は裁判を受ける権利の侵害で、将来に禍根を残す」と異議を申し立てたが、この異議も棄却。裁判長は次回、「被害者の心情に関する意見陳述」を2名に限り行った上で、結審する旨を告げ、この日の法廷はわずか30分で終了した。



閉廷後、午後4時から行われた報告集会では、現場検証と3氏の証人申請を棄却した東京高裁の不当な訴訟指揮に対する怒りの声が上がった。一方で、3氏の供述調書以外に指定弁護士側が申請していた書面証拠はすべて採用された。その中には、2021年2月、原発事故に関して国の責任を認め、原告側が逆転勝訴した千葉訴訟の東京高裁判決も含まれる。この判決では長期評価を、津波対策を行う上で電力業界が依拠していた「津波評価技術」(土木学会編)と並ぶ知見としてその信頼性を認めている。津波対策を延期する根拠として、武藤副社長は「身内」の電力関係者も多く所属している土木学会にすがろうとしていたが、その土木学会の評価基準をもってしても、福島第1原発の津波対策が不可避との結論を覆すには至らなかったであろうことも、1審で明らかにされた事実である。

最大の争点であった現場検証と証人申請が棄却され、葬り去られるという不当な訴訟指揮を受け、「この裁判はやはり国策裁判。あらかじめ決められた全員無罪のシナリオに沿って進んでいる」との声も被害者からは聞かれた。この日の裁判を傍聴した筆者も、土俵際に追い詰められたとの感想を持たざるを得なかった。

しかし、まだ土俵を割ったわけではない。指定弁護士側に有利な書面証拠がほとんど採用されたことに筆者はいちるの望みをつなげたいと思う。なにより1審・東京地裁判決は「事故の予見も結果回避も不可能な原発で安全を極限まで追求したいなら止めてしまう以外にない」と断じ、3被告を無罪としている。この判決が確定することは「著しく正義に反する」と、指定弁護士は控訴に当たって表明したが、原発推進側も私たち被害者とは別の意味でこの1審判決がそのまま確定されては困るだろう。「事故リスクを背負い、国民の疑念を浴びながら運転する」か「撤退する」かの二者択一では推進側も困る。いずれにしてもこの矛盾に満ちた判決が何らかの形で修正を迫られることは間違いないと筆者は考えており、その過程で追加採用された証拠がどのような位置づけになるかが高裁判決の行方を左右する。

この裁判も他の訴訟と同じく反原発運動の一環として闘われているものであり、原発を全廃させるという大目標を実現するための手段に過ぎない。どのような判決になったとしても被害者は悪くないという基本が揺らぐことはなく、また原発が廃絶に向かうなら勝利といえる。最後までいちるの希望を捨てることなく、結審までに最大限、有罪判決を求める闘いを続ける決意である。

なお、次回日程はこの日は決まらず、4月21日、5月31日、6月6日の3候補日から関係者のスケジュール調整を経て、後日決定される。

(取材・文責:黒鉄好)

2022.2.9【福島原発事故・東京電力旧経営陣刑事訴訟】福島原発刑事訴訟支援団閉廷後記者会見


2022.2.9 【東京電力旧経営陣刑事訴訟】閉廷後報告集会

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【転載記事】必ず責任を取らせよう!ヒューマンチェーン300人〜東電刑事訴訟控訴審はじまる

2021-11-03 23:39:04 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
(この記事は、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」に寄稿した記事をそのまま転載したものです。)


被害者の遺影を掲げて


2019年9月、福島原発事故を起こした東電旧経営陣3被告(勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長)に対する無罪判決から2年2か月。検察官役指定弁護士の控訴を受けて控訴審初公判が開かれる11月2日の東京高裁前には、秋晴れの下、約300人が朝早くから集まった。

東京高裁前では参加者がヒューマンチェーンをつなぐ中、告訴人を代表して武藤類子さん(福島原発告訴団長・福島原発刑事訴訟支援団副団長)が「福島県民に未曾有の苦しみを強いたこの事故の責任を誰も取らないなどということはあってはならない。必ず責任を取らせよう」と決意を述べる。

この裁判に先立って審理が進む東電株主代表訴訟では、3日前の10月29日、福島第1原発敷地内に裁判官が直接立ち入りしての現場検証が行われている。事故被害者が国・東電に賠償を求めた民事訴訟で、裁判官が帰還困難区域で現場検証をした例はあるが、福島第1原発敷地内にまで裁判官が立ち入るのはこの株主代表訴訟が初めてである。みずからも株主側代理人として、裁判官とともに敷地内に入った海渡雄一弁護士は「民事でさえ裁判官が原発に入り現場検証しているのに、経営陣の責任を問う刑事訴訟で裁判官が現場検証もせずに判決を書くなどということがあってはならない。必ず現場検証を勝ち取ろう」とあいさつした。


ヒューマンチェーンで裁判所を「包囲」


午後1時半から始まった法廷では、まず検察官役の指定弁護士が、控訴趣意書を約30分にわたって読み上げた。指定弁護士は、原判決(2019年9月の東京地裁判決)の「4つの誤り」を指摘。(1)政府機関である地震本部の長期評価の信頼性を否定したこと、(2)原子炉の安全性に関する社会通念への理解が誤っていること、(3)経営陣の責任を福島第1原発の運転上の責任だけに限定して狭く捉えすぎており、事故の予見可能性に対する責任を無視したこと、(4)現場検証の要求に応じなかったこと——であるとした。

これに対する弁護側(3被告人の弁護人)の反論は、約10分程度と短いものだった。「東日本大震災は、指定弁護士が証拠提出した明治三陸沖地震などとは比較にならない巨大地震であり、その対策をしようとすれば、はるかに長期間を要する大がかりなものとなる」として結果回避は不可能だったと弁解。「過失犯の成立には予見可能性、結果回避可能性、結果回避義務違反の3要件が揃うことが必要であり、結果回避が不可能だった今回の事故では過失犯の成立要件を満たしていない」との形式論で控訴棄却を求めた。

1審・東京地裁判決で、永渕健一裁判長の出した判決は今思い出してもひどいものだった。「原発事故を回避するための唯一の手段は運転停止」であり、それ以外の安全対策は取り得ないと一方的に決めつけるものだった。弁護側はこの判決を引き合いに「指定弁護士側も運転停止を主張していたのだから、それに沿って書かれた原判決に誤りはない」と主張した。

だが、この主張は曲解といわざるを得ない。実際には、1審で指定弁護士側は「建物の水密化、防潮堤設置、非常用ディーゼル発電装置の高台移動など、運転停止に至るまでに取り得る何段階もの結果回避措置があり、それらを尽くしてもなお運転停止以外に事故を回避する措置がない場合の最終手段」として運転停止を主張していたに過ぎない。「あらゆる安全対策を尽くした上で、それでもなお事故を防ぐことができないと判断した上で、原子炉を止める」と「安全対策を何もせず、原子炉を止めるしか安全対策はない」という2つの主張に大きな隔たりがあることはご理解いただけるだろう。

こうした「安全対策の諸段階」をスキップした1審判決がこのまま確定すれば「原発を止める以外に事故回避の手段はなく、社会的影響力の大きな原発停止もできない以上、危険でも動かす」か「事故は起こせないので、原発は止める」かの二者択一しか存在しないことになる。市民、利用者の期待に応えるため、少しでも安全な原発にしようと日夜、現場で奮闘してきた原発関係者をも愚弄するものであり、私たち原発反対派はもとより、原発推進派の中の心ある人々のためにも根本的見直しが必要だというのが、1審判決からずっとこの刑事訴訟に関わってきた私の感想である。それほどまでに1審判決はひどいものだった。

被告人側代理人の声が、陳述が進むにつれ次第に小さくなっていくのがわかった。閉廷後の報告集会では、この日の裁判を傍聴した人が異口同音に「3被告人の弁護士が自信がなさそうに見えた」と述べたが、私も同じ感想を持った。付け加えておくと、今回の法廷で最も許しがたいのは被告人側代理人が「控訴審は事後審の性格を持っており、そこでの新たな事実取調は刑事訴訟法では予定されていない」を控訴棄却の根拠としたことだ。

そんなことが刑事訴訟法に書かれているとは私は承知していないし、1審終了後に裁判に影響を与え得るような新しい証拠や事実が出てきたとき、控訴審でその採用を求める権利は誰にでもある。こうした主張をすること自体、三審制を真っ向から否定するものだ。「自分たちの気に食わない法律など蹴飛ばしてやればいい」——こうした傲慢な企業体質こそが破局的事故を引き起こしたという事実に、10年たってもまだ気づいていない。この主張を聞いただけでも、この会社の再生の道はないと感じざるを得なかった。

「本日をもって結審します。次回判決を言い渡します」——私を含め、逆転有罪を求める被害者が最も恐れていたのは裁判長からこの言葉が出ることだった。だがその最悪の結末は回避された。「指定弁護士側から追加提出された証拠の扱い等は、次回までに合議で決めます」と細田啓介裁判長は述べ、わずか1時間でこの日の控訴審初公判は終わった。

次回の公判期日は明けて2022年2月9日14時開廷と決まった。なんと3か月も先だ。裁判所が「こんな裁判、実質審理もせずさっさと結審にすればいい」と思っているならこんなに先の期日は指定しないだろう。「年末年始の休みも返上して、自分たちは証拠資料と格闘し、事実をしっかり検証したい」という裁判所の意思表示と私は受け止めた。実質審理、現場検証を勝ち取る上で今後に希望をつないだ。少なくともその程度の手応えはつかんだこの日の法廷だった。

同時に、ボールは再び裁判所から私たちに投げ返されたのだという思いもこみ上げてきた。私たちは裁判所を見ているが、裁判所も私たちを見ている。向こう3か月、私たちがきちんとやるべきことを最大限やりきることが今後の裁判の行方を決める。覚悟を持って逆転勝訴へ向け進んでいきたいと決意を新たにした。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東電刑事訴訟、東京高裁での控訴審開始が11月2日に決定

2021-06-30 21:35:30 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
東電旧経営陣の強制起訴 2審は11月から(NHK福島ニュース)

-------------------------------------------------------------------------------
福島第一原発の事故をめぐり、強制的に起訴され1審で無罪を言い渡された東京電力の旧経営陣3人の2審の裁判が、ことし11月から始まることになりました。

東京電力の▽勝俣恒久元会長(81)、▽武黒一郎元副社長(75)、▽武藤栄元副社長(71)の3人は、原発事故をめぐって検察審査会の議決によって業務上過失致死の罪で強制的に起訴され、無罪を主張しています。

1審の東京地方裁判所はおととし9月、「巨大な津波の発生を予測できる可能性があったとは認められない」などとして3人全員に無罪を言い渡し、検察官役の指定弁護士が控訴しました。

東京高等裁判所は2審の裁判について、ことし11月2日に1回目の審理を開くことを決めました。

指定弁護士はすでに控訴の理由をまとめた書面を提出していて、「1審判決は、万が一にも事故を起こしてはならないという社会通念にも著しく反する」などと主張しています。

1審判決から2年余りの準備期間を経て、改めて旧経営陣の責任を問う裁判が開かれることになります。
-------------------------------------------------------------------------------
東電強制起訴、11月に控訴審 福島原発事故巡り、旧経営陣3人(共同)

 東京高裁は28日、福島第1原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴され、一審で無罪となった東京電力の勝俣恒久元会長(81)ら旧経営陣3人の控訴審初公判を11月2日に開くと明らかにした。他の2人は武黒一郎元副社長(75)と武藤栄元副社長(71)。刑事責任の有無が改めて審理される。

 2019年9月の一審東京地裁判決は、国が02年に公表した国の地震予測「長期評価」の信頼性を否定。「津波を具体的に予見し、対策工事終了まで運転停止すべき法律上の義務はなかった」として、3人を無罪とした。

 検察官役の指定弁護士は控訴趣意書で、一審判決の判断は誤りだと主張している。
-------------------------------------------------------------------------------

東京第1検察審査会の起訴相当議決による強制起訴を受け、始まった東京電力旧経営陣3人の刑事訴訟は、2019年9月、東京地裁が全員無罪の判決。検察官役の指定弁護士が東京高裁に控訴した後はしばらく動きがなかったが、このたび、控訴審(第1回公判)が11月2日に行われることが決まった。

これを受け、福島原発告訴団・福島原発刑事訴訟支援団は7月上旬にも、現場検証を求める署名を第1次集約し、提出する方向とのこと。まだ署名していない人はできる限り早めに行ってほしい。

ネット署名……東電元会長らの強制起訴事件「福島原発刑事裁判」で 東京高裁の裁判官に現場検証を求めます。

しかし、当ブログ管理人が疑問に思うのは、福島県地元紙・福島民報、福島民友がこの控訴審決定をまったく報じていないことだ。自分の県で起こった事故なのに、東京の裁判所で行われる東京の企業の裁判だから関係ないと思っているとしたら、地元紙としての役割を放棄しているといわざるを得ない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする