安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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【年末ご挨拶】今年も1年、お世話になりました

2018-12-31 18:00:29 | 日記
例年より遅れましたが、鉄道全線完乗実績まとめ、10大ニュースの発表も終わり、ようやく年末という気分になってきました。

2018年もあと6時間足らずになりましたので、少し早いですが、ここで年末のご挨拶を申し上げます。

今年はいろいろな意味で「小康状態、凪」の1年でした。当ブログとしては思いもよらぬ本拠地移転という出来事もありましたが、総じて静かで、激動必至の2019年に向け英気を養う年だったように思います。大きな病気、怪我なく過ごせたことに感謝したいと思います。

間もなく新しい年を向けます。みなさま、よいお年をお迎えください。

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2018年 安全問題研究会10大ニュース

2018-12-31 17:04:11 | その他社会・時事
さて、2018年も残すところあとわずかとなった。例年通り今年も「安全問題研究会 2018年10大ニュース」を発表する。なお、当ブログの名称を「人生チャレンジ20000km」から「安全問題研究会」に変更したことに伴い、昨年まで「当ブログ・安全問題研究会10大ニュース」としていた名称も「安全問題研究会10大ニュース」に改める。

選考基準は、2018年中に起きた出来事であること。当ブログで取り上げていないニュースも含むが、「原稿アーカイブ」「書評・本の紹介」「インターネット小説」「日記」「福島原発事故に伴う放射能測定値」「運営方針・お知らせ」カテゴリからは原則として選定しないものとする。

1位 歴史上初の南北・米朝首脳会談開催 対話大きく前進<社会・時事>

2位 福島原発事故刑事訴訟で勝俣恒久元会長ら3役員に禁錮5年求刑<原発問題>

3位 北海道胆振東部地震で震度7記録、苫東厚真火力発電所が直撃受け全道大停電<社会・時事>

4位 西日本で平成としては最悪の歴史的豪雨、鉄道・道路も寸断相次ぐ。台風21号災害ではタンカーの連絡橋衝突により関西空港が長期閉鎖<社会・時事>

5位 翁長知事死去を受けた沖縄県知事選で玉城デニー知事当選、基地反対勢力が県政死守<社会・時事>

6位 航空業界で乗務員の飲酒問題相次ぎ発覚、関係者に強い衝撃<鉄道・公共交通/安全問題>

7位 北海道の鉄道の再生と地域の発展をめざす全道連絡会、全北海道の路線維持めざす署名をわずか1ヶ月半で8万筆集め道へ提出も札沼線が廃止決定<鉄道・公共交通/交通政策>

8位 日本の原発輸出、トルコ、英国など相次いで中止へ。事実上すべて頓挫<原発問題>

9位 JR西日本、強制起訴刑事裁判で無罪確定の3社長に退職慰労金支給の一方で三江線を廃止<鉄道・公共交通/安全問題>

10位 運輸安全委員会設置から10年 着実に成果上げるも課題多く<鉄道・公共交通/安全問題>

【番外編】

・東海道新幹線車内で男が包丁で乗客切りつける事件が発生<鉄道・公共交通/安全問題>

・大阪市営地下鉄が民営化、「大阪市高速電気軌道」へ<鉄道・公共交通/交通政策>

・安全問題研究会が活動拠点を新ひだか町から札幌市に移転

・大黒摩季、復帰後初(8年ぶり)となるアルバム「MUSIC MUSSLE」発売<芸能・スポーツ>
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2018年の今年の漢字に「災」が選ばれるなど、今年は1年中災害ばかりだった。大阪北部地震など、もっとランク入りさせたい自然災害も多かったが、鉄道・公共交通への被害が比較的少なかったため選外となった。

今年は当ブログがメインテーマとしている公共交通問題や原発問題よりも他の分野で大きなニュースが多かった。特に、南北・米朝首脳会談は東アジアの地域情勢を大きく変え、後の歴史教科書に記載される大ニュースであることに疑いがない。また、フランスで年末に入り、マクロン政権退陣を求める「黄色いベスト」運動が始まったことにも当ブログは注目している。このニュースは2019年に引き継がれる課題であり、今年の10大ニュースからは選外としたが、今後の推移によっては2019年のランク入り有力候補である。2018年も前年に引き続き、歴史的ニュースは国内より海外が目立つ1年だった。全体としては、安倍政権への「反転攻勢」の目もはっきり見えた、来年につながる1年だったように思う。

公共交通問題や原発問題に関しては、ニュースとして「小粒」のものが多かった。原発差し止め訴訟は全敗でニュース価値も低いため選外としたが、原発全廃をめざす当ブログから見て、情勢が悪化したとは思わない。むしろ、東京電力元役員の強制起訴刑事訴訟で禁錮5年が求刑されたり、日本の最悪の国策だった原発輸出が全面頓挫するなど、明るい材料のほうが多い。反原発が運動としてうまくいくかどうかにかかわらず、原発それ自体は順調に自滅していくだろう。

一方、公共交通をめぐる情勢は、昨年のリニア工事をめぐる入札談合のような派手なものがなく、地味なニュース、それも暗いニュースが多かった。明るいニュースは小田急線の複々線化事業完成くらいで、ここまで悪いニュースばかりの年も珍しい。ランクインしているニュースを見ていると、鉄道など5年後には全滅するのではないかと思えるほどだ。

安全問題研究会にとって特に見過ごせないのが航空業界での飲酒問題である。本来であれば声明等を発表しなければならないほどの重大事態だが、それができなかったことに関しては当研究会の力不足を詫びなければならない。2019年早々には対応を検討したいと思う。

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2018年 鉄道全線完乗達成状況まとめ

2018-12-30 09:32:21 | 鉄道・公共交通/趣味の話題
さて、年内に鉄道の未乗区間に乗車する予定はないので、ここで例年通り今年の鉄道全線完乗達成状況をまとめる。

1)完乗達成路線……該当なし

2)完乗記録を喪失した路線……該当なし

今年は完乗達成、路線延伸等による喪失ともに該当なかった。これで、3年連続目標未達成である。あと3年程度は北海道在住で、JR北海道の路線問題にかかり切りとなる見込みであり、身辺は完乗どころではない状況である。昨年に引き続き、日帰り圏内に完乗達成可能な路線がないことを考慮すると、やむを得ないと思っている。50歳までにJRだけでも完乗達成を目標に掲げていたが、かなり難しい状況になってきた。

2019年の新年目標は、改めて年明けに発表する。

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【福島原発事故刑事裁判第35回(論告求刑)公判】検察官役の指定弁護士が禁錮5年を求刑

2018-12-28 17:51:12 | 原発問題/福島原発事故刑事訴訟
福島原発事故をめぐって強制起訴された東京電力旧3役員の刑事訴訟。12月26日(水)の第35回公判は、検察官役の指定弁護士が3社長に求刑を行う論告求刑公判となった。今回の公判は、当ブログ管理人も初めて傍聴した。

指定弁護士が行った論告の内容の報道向け全文は福島原発告訴団の12月27日付記事中に掲載されている。次回、第36回公判は12月27日(木)に開かれる。

なお、福島原発告訴団の了解を得たので、傍聴記を掲載する。執筆者はこれまでに引き続き、科学ジャーナリスト添田孝史さん。(写真は市民手作りの「論告求刑」看板が置かれた東京地裁前=当ブログ管理人撮影)

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指定弁護士、禁錮5年を求刑

 12月26日の第35回公判では、検察官役を務める指定弁護士が、勝俣恒久氏ら3人の被告人の罪について、これまでの公判での証言や集めてきた証拠をもとに論告(注1)を読み上げた。事故がもたらした結果の大きさ、被告人の地位・立場・権限の大きさ、やるべきことをやっていない程度などから、業務上過失致死傷罪の中でも責任は極めて重いとして、3人に禁錮5年を求刑した。

 論告・求刑は午前10時から休憩をはさんで午後5時すぎまで続いた。石田省三郎弁護士ら指定弁護士5人が交代しながら論告を読み、最後に「被告人らに有利に斟酌すべき事情は何ひとつない」「3名の責任の大きさに差をつける事情もない」として3人に同じ量刑を求めた。

 論告の中では、これまでの公判では触れていなかった東電社員や原子力安全・保安院職員の供述調書についても述べられており、新たな事実もわかった。

キーワードは「情報収集義務」

 10月に行われた被告人3人への本人尋問では、責任を転嫁する供述が目立った。

「特に津波についての問題意識はありませんでした」

「原子力部門のほうで自立的にやってくれるものだと思っていた」

「取扱を土木学会に検討依頼したい」

「まとまったところで報告があると思っていた」

 指定弁護士は、こんな被告人らの責任を問うキーワードは「情報収集義務」であるとして、以下のように述べた。

 「15.7mの津波計算結果などを契機に、被告人らが他者に物事を委ねることなく、自らその権限と責任において、積極的に情報を取得し、これらの情報に基づいて的確かつ具体的な対策を提起し、これを実行に移してさえいれば、本件のような世界に例をみない悲惨な重大事故を防ぐことができたのです」

●担当社員は「対策必要」で一致していた

 指定弁護士が細かく調べたのは、東電で津波想定を担当する土木調査グループ(注2)の動きだ。酒井俊朗グループマネージャー(GM、第8、9回公判証人)、高尾誠課長(第5〜7回)、金戸俊道主任(第18、19回)と計7回の証人尋問を重ね、被告人らの責任を浮き彫りにしてきた。

 指定弁護士は、こう述べた。

 「土木調査グループが一貫して、長期評価を取り込んで津波評価を行う必要があると考え、大規模な津波対策工事が必要であると認識していたことについて、酒井、高尾、金戸の3人の証言は一致しています。そして、東京電力におけるメール、議事録、資料等にも、土木調査グループのこうした認識と方針が明確に示されています」(注3)

●「武藤被告人、2008年6月10日には対策の義務」

 武藤氏には、吉田昌郎・原子力設備管理部長ら部下から、津波想定の結果や対策工事について、2008年6月10日と同年7月31日の両日に、具体的な進言がされていた。論告では、武藤氏の過失責任について「これらの努力を全く無視してしまったのは、武藤被告人自身に他なりません。このような事情にありながら、担当者からの報告がなかったとして、弁解し、自らの責任を回避しようというのは、責任転嫁も甚だしいといわなくてはなりません」とされた。

 そして、2008年6月10日の時点で

(1)原子力設備管理部の担当者らに対して、具体的な津波対策をすみやかに検討させ
(2)その結果を勝俣氏や武黒氏らに報告するとともに
(3)常務会や取締役会を開いて、対策工事を実施することや、これが完了するまでは原発の運転を停止すべく決議するよう進言する

などの義務があったとした。

 指定弁護士は、「その義務を怠り、それ以降も漫然と原発の運転を続けた過失があり、本件事故を引き起こした」と述べた。

●「武黒被告人、2009年4月か5月、対策の義務」

 武黒氏は、2009年4月か5月に、吉田・原子力設備管理部長から津波予測について報告を受けた。遅くともこの時点で、武藤氏が2008年6月10日時点で聞き知った内容と同じ事態を認識していた。当時、武黒氏は、原子力・立地本部長で、原発の安全について第一次的に責任を負う部署のトップだった。

 論告では、報告を受けた時点で、

(1)担当者に具体的な津波対策を検討させ
(2)勝俣氏ら最高経営層に報告するとともに
(3)自ら、常務会や取締役会に対して、対策工事を実施することや、これが完了するまでは原発の運転を停止すべく決議するよう提案し
(4)これを実行する

義務があったし、「漫然と、部下からの報告を待つだけということなど許されないのです」と説明されている。

●「勝俣被告人、疑問や不安を抱かなかったこと、おかしい」

 勝俣氏は、「福島県沖については、津波は、基本的に大きな津波は来ないということで聞いていましたので、特に津波についての問題意識はありませんでした」と供述していた(第33回公判)。

 一方、2009年2月11日の「御前会議」で、吉田部長から「もっと大きな14m程度の津波がくる可能性があるという人もいて、前提条件となる津波をどう考えるか、そこから整理する必要がある」という発言を聞いていた。

 指定弁護士は、「吉田部長の発言に、何の疑問を抱かず、不安をも抱かなかったことこそ、おかしいのです。もし疑問も不安も抱かなかったとすれば、原子力発電所の安全性についての意識が著しく欠如していたということになります。最高経営層としての資格をも問われるものといわなくてはなりません」と指摘。「御前会議のもっとも上位の者つまり『御前』として出席し、同じ場には武黒氏、武藤氏、原子力設備管理部長など担当者もいたのだから、正にその場を活用して、丹念に報告を求め、綿密に協議し、他の被告人らとともに津波対策を検討すべき義務があった」と説明した。

●初めて明らかにされた事実も

 論告の中では、検察や指定弁護士が集めた関係者の供述や、電子メールや議事録も数多く示された。その中にはこれまで明らかにされていなかった内容もあった。

 たとえば「御前会議」について、被告人らは、この会議が意思決定の場ではなかったと強調していたが、清水正孝元社長は異なる供述をしていた。

 「『中越沖地震対応打合せ』(御前会議)のように、会長から発電所の所長に至るまで、これほどの幅広に集まって方向性の議論を行い、共通の認識を持つ場というものは、私が知る限り、これまで例がなかったと思います」

 「『中越沖地震対応打合せ』は、常務会等で意思決定する前段階として、経営層の耳にいれておくべき中越沖地震後の対応に関する重要案件につき、情報を共有し合い、方向性の議論を行って、その方向性につき共通の認識を持つ場でした。その後、原子力・立地本部等の担当部署が、さらに、その方向性に基づいて、具体策を煮詰めていき、最終的には、常務会等において意思決定がなされることになります」

 「御前会議」について、被告人らは「情報共有の会合であり、意思決定の場ではない」と繰り返し否定し続けていたが、実際には「方向性の議論と、その共通の認識を持つ場だった」と元社長が供述していたのだ。

●東電の民事訴訟における主張、嘘とばれる

 被害者らが東電を訴えている民事訴訟で、東電は「水密化や高所配置等の対策(注4)は、本件事故を知っている今だからこそいえること」と主張している(注5)。事故前には発想がなかった、後知恵だと言うわけだ。しかし、論告の中で、そのような対策を東電が事故前から検討、認識していたことが明確にされ、東電が嘘を言っていたことがわかった。

 東電・機器耐震技術グループの長澤和幸氏は、第1回溢水勉強会(注6)後の2006年2月15日に、「想定外津波に対する機器影響評価の計画について(案)」を作成。影響融和のための対策(例)として、進入経路の防水化、海水ポンプの水密化、電源の空冷化、さらなる外部電源の確保という具体的な対策を挙げていた(注7)。事故の5年前に、すでに社員が作成した水密化等の報告書があったのだ。

 また、2006年11月10日に開催された電事連既設影響WGで、各電力会社の津波対策が報告されていたこともわかった(注8)。たとえば中部電力は、「原子炉建屋等の出入り口には腰部防水構造の防護扉等が設置されている」としていた。水密化対策に他社が取り組んでいることも、東電は知っていたことになる。

 これらの事実は、政府や国会の事故調では報告されておらず、今回の公判で初めて明らかにされた。東京地検が収集した証拠や、指定弁護士が新たな捜査で得た証拠を集大成した論告を読み込むと、まだまだ同じような発見が期待できそうだ。刑事裁判が明らかにした事実は、東電や国の嘘や隠蔽を暴くことに役立ち、各地の民事訴訟にも大きく影響を与えそうである。

(注1)論告は、以下の構成で全194ページ。年表つき。
「はじめに」
第1「本件事故の経過と原因」
第2「被害の状況」
第3「被告人らの立場と『情報収集義務』の契機となる事実」
第4「地震対策センター土木調査グループの活動」
第5「長期評価の信頼性」
第6「結果回避義務の内容と結果回避可能性」
第7「被告人らの『情報収集義務』の懈怠と過失責任」
第8「情状」

(注2)本店原子力・立地本部原子力設備管理部新潟県中越沖地震対策センター土木調査グループ(2008年7月1日までは土木グループ)

(注3)論告p.26

(注4)敷地が水につかることを前提とした、ドライサイトにこだわらない対策

(注5)たとえば、生業訴訟の被告東京電力最終準備書面(2)(責任論及び過失論について)2017年3月10日 p.86

(注6)原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構(JNES)が開催していた、原発の津波に対するアクシデントマネジメントを検討する会合。

(注7)論告p.123

(注8)論告p.125

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2019年 私の初夢~沖縄と北海道が日本から分離独立!?

2018-12-25 22:49:42 | その他社会・時事
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2019年1月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 「私は、本日ここに琉球・アイヌ連邦人民民主主義共和国の建国を宣言する」

 202×年1月1日。『旧日本時代』の沖縄県庁から場所を移し、新国家の“顔”となった首里城(主席府)前で、玉城デニー「国家主席」が高らかにそう宣言すると、詰めかけた数十万人の群衆から一斉に歓呼の声が上がった。かつて使われていた「琉球」の国号が復活し、連邦を構成する国家「琉球共和国」となった旧沖縄各地では、市民がカチャーシーを踊りながら「ヤマト」からの独立を祝う姿があちこちで見られた。「これからの私たちはこれまでとは違う。東京の顔色を伺うことなく、自分たちの意思で自分たちの運命を決めるのだ」――外国となった「日本」のテレビ局の取材に、あるウチナンチュは頬を紅潮させながらこう答えた。

 同じ頃、日本からの独立を祝っているもうひとつの地域があった。首里城から3000キロメートル以上離れた「アイヌ共和国(旧北海道)」だ。日本時代、北海道と呼ばれたこの場所でも、琉球に呼応するように、重厚な赤レンガ造りの旧庁舎に道庁を戻し、旧日本時代の道庁本庁舎は分庁舎とすること、アイヌ語を公用語とすることが決められていた。氷点下の凍てつく寒さの中、人々はその赤レンガ造りの庁舎の前に集まり、ささやかに独立の祝杯を挙げた。

 東京の日本政府がこの動きを察知したのはわずか数週間前のことだった。来年度予算の政府原案決定に向けて、財務省と各省庁が最後の予算折衝を行っていた年末。国会閉会中であることに加え、年末年始で中央省庁の体制が手薄となる時期を狙った独立宣言に、日本政府は打つ手がなかった。この直前、10年近い長期独裁体制を率いてきた安倍首相が引退したばかりだったこと、安倍時代にウソ・隠蔽・改ざんが横行した政府発表や政府統計を日本国民の誰も信用しなくなり、政府を支持する声がほとんどなかったことも独立への追い風となった。

 沖縄と北海道は、数年前から水面下で独立に向けた準備を着々と進めてきた。民主主義がないがしろにされているという思いや、大自然などの豊かな観光資源と豊富な食料を持ち、発展への大きな潜在力があるにもかかわらず、植民地と化した搾取的経済政策によって中央に豊かな暮らしを奪い取られているとの不満は、日本の中でも特にこの両地域で強かった。すでに何十回、いや何百回も米軍基地ノーの民意を示したのに、その結果はまったく考慮されず、自分たちが望まない米軍基地を暴力的に押しつけられてきた琉球。それとは逆に、あれほど市民が存続を望んだJRの鉄道路線をその意思に反してほとんど奪われたアイヌ共和国。国鉄分割民営化当時、4000キロメートル近くあった鉄道路線のほとんどはなくなり、札幌周辺の地域の路線だけが、札幌市営地下鉄と統合され細々と運行されているに過ぎなかった。高齢化が進み、公共交通も奪われたアイヌ共和国では多くの人たちが80歳を過ぎても自分でハンドルを握らねばならず、90歳を超えたドライバーも珍しくなかった。多くの高齢者が病院に行こうにも自宅から動けず、自宅で亡くなる事例が相次いで発生していた。食糧自給率が200%に達し、豊かな生活ができるはずの自分たちが、なぜ東京よりも貧しく不便な生活を強いられなければならないのか。そんな不満も積もり始めていた。

 北海道の人たちが、沖縄の人たちに「一緒に日本から独立しないか」と持ちかけられたのは、まだ安倍政権時代の数年前のことだった。「このまま日本という枠組みの中にいても東京に収奪され、永遠に植民地のままで終わりだ。自分たちの未来を自分たちで決めたくても決定権もない。でも独立して自己決定権を持てば、我々ウチナンチュは米軍基地撤去を自分たちの判断で決められる。北海道のみなさんも、自分の生きる道を自分たちで決められる」――今、琉球共和国政府職員となった元沖縄県幹部は独立の重要性を説いた。

 その場に居合わせた北海道庁幹部(現アイヌ共和国政府幹部)はこの提案を受けたとき、冗談だと受け止め真面目に取り合わなかった。そんなことができるとは夢にも思っていなかったからだ。だが、沖縄県幹部の熱い語りを聞いているうち、だんだん独立への夢が膨らんでいくのがわかった。「北海道でも独立すればいろんなことができる。今、道庁財政は厳しい状態だと思いますが、観光と食料という重要な武器があなた方にはある。観光客に課税する、あるいは東京に出荷する食料品に高額の輸出関税をかけるなどすれば、やりたい政策をやるための独自財源なんていくらでも創れますよ。それで財政を豊かにして、農業や観光、鉄道を保護する政策を思う存分やったらいい。沖縄では、日本政府が行っていた米軍基地への思いやり予算をやめ、逆に迷惑料として米軍基地から税金か土地使用料など、何らかの費用徴収をできないかと考えています。そうなれば、米軍はコスト負担を嫌って自分から出て行ってくれるかもしれないし、居座られたとしても、やりたい政策をやるための独自財源をそこから創ることができる。少なくとも、地元にとっていいものは全部東京に取られ、要らないものは押しつけられている今よりは、絶対に明るい未来が拓けます」と、彼は続けた。

 「おっしゃることはわかりますが、日本政府がやすやすと沖縄・北海道の独立を認めるとは思えません。せっかく独立を宣言しても、日本政府が沖縄・北海道の再併合のために軍隊を差し向けてきたらどうしますか」と北海道庁幹部は当然の問いを発した。沖縄県幹部の答えは明快だった――「できるわけがありませんよ。米軍基地の7割は沖縄にある。自衛隊の人員の4分の1、駐屯地の2割、そして弾薬庫に至っては全体の半分が北海道内にある。これらのすべてを一夜にして我々がもぎ取るんですよ。しかも、沖縄と北海道は東京から見て180度、正反対の方角にある。米軍基地の7割、駐屯地の2割、弾薬庫の半分を失った日本が、180度正反対の方角に、残った戦力を同時展開しなければならないんです。あなたが日本政府高官の立場だとして、それが可能だと思いますか」

 北海道庁幹部は、沖縄県幹部の勉強ぶりに舌を巻いた。日本からの独立は、沖縄だけでも北海道だけでも無理だろう。でも、両方一緒なら――。北海道は食料や天然資源は豊富にあるものの、有能な政治リーダーが見当たらない。沖縄はその逆で、有能な政治リーダーには事欠かないが、食料も天然資源も自立するには不足しすぎている。この両方がお互いに足らざる部分を補い合えば、案外、いい国家を造れるかもしれない。そんな思いが芽生えた。

 飲み屋談義にとどめておくには今の話はもったいないし、何よりも断然面白い。「知事周辺には半分冗談、半分本気の話として伝えておきます」と道庁幹部は引き取り、その場はそれでお開きになった。もう数年も前、暑い夏の夜のことだったとこの幹部は記憶する。当時は、寝苦しい夏の夜を涼しくするための怪談程度のつもりだった。

 この道庁幹部は、北海道知事に話をする予定だったが、直前で取りやめた。「経産省からの天下りで中央べったりの高橋知事にそんな話をすれば潰されるに決まっている。お前が本気なら、隠密に事を進めるほうがいい」と知事周辺の心ある職員から「忠告」されたためだ。この独立話は知事周辺の一部幹部だけの秘密プロジェクトとされ、水面下で沖縄県と準備が進められてきた。

 最大の不安は、沖縄県内や北海道内の米軍や自衛隊が独立後、日本ではなく新政府の統制に従うかどうかわからないことだった。「独立組」幹部たちは在沖米軍が琉球独立後、新政府側に立って動いてくれるよう米トランプ政権と水面下で交渉した。トランプからもたらされた回答は「我々にとって得になるなら、イエスだ」というものだった。米国第一主義のトランプらしい回答だと「独立組」幹部たちは苦笑した。沖縄県内、道内の自衛隊に対しては、独立後、彼らが日本でなく新政府の統制に服するなら自衛隊時代より給与・待遇を引き上げる「秘策」を用意した。

 遠く離れた両地域がいつまで日本政府にかぎつけられることなく、秘密裡に事を進められるかも懸念材料だった。「独立組」幹部たちは情報の漏れにくい第三国で秘密協議を続けながら準備を具体化させていった。いくつかの第三国が極秘に協力してくれたことも彼らへの後押しになった。

 「琉球・アイヌ連邦人民民主主義共和国」は独立宣言後、直ちに中国、ロシア、朝鮮民主主義人民共和国、韓国から国家として承認された。「独立組」幹部たちの独立準備を水面下で支援してくれた「第三国」の国々だった。米国は「独立後早い時期に全住民が参加する投票で独立賛成が勝つこと」を条件に、その後国家承認するという立場を表明した。この新しい国が日本による再併合から逃れ、国際社会で確固たる地位を築くには、1つでも多くの国による承認が必要だった。

 国民が「日本時代より良くなった。独立して良かった」と思えるようにするため、新しい国家は早急に成果を出す必要があった。玉城「国家主席」の下、新国家は社会主義的政策を導入した。連邦を構成する国家のひとつ「アイヌ共和国」の支配地域(旧「北海道」)の占冠村では、民営ガソリンスタンドが経営難で撤退した後、村が経営を引き継いだ。占冠村以外でも、ガソリンスタンドはもちろん、生活物資を扱う商店さえ民間では経営が成り立たず公営となる例が出始めていた。アイヌ共和国支配地域は旧日本時代からすでに実質的に社会主義化が始まっており、新国家による社会主義政策がさしたる違和感もなく受け入れられた。40年ほど前に国鉄から民営化されたJRが再国有化され、廃止された路線の復活が次々に始まった。10年ほど前に大停電を引き起こした電力会社も国に接収された。日本政府がろくに議論もせず決めたTPPなど、不公平な貿易機構からは離脱し農業を保護することにした。病院、学校も国有に変わり、貧困層の子どもたちには無償で1日3食、給食が支給されるようになった。新国家の支配地域に唯一存在していた泊原発は即時閉鎖が決定、旧日本時代の福島から避難してきた人たちには無償で住宅が提供されることになった。

 新国家は、日本時代から沖縄にあった地域政党と、北海道で結成された社会主義政党が合併した「社会大衆党」が政権を担った。社会大衆党が推薦する代議員や、地域や労働組合内部で選出された代議員によって構成される「人民代議員大会」を最高意思決定機関とした。旧日本時代のような自由選挙にすべきだとの声も根強くあったが、富裕層が金に物を言わせていくらでも票を買収できる「自由」選挙など必要ないとの声が勝り、このような制度となった。重要な社会的インフラ以外の企業には当面、私有形態を認めることとされたが、経営者の選任と報酬の決定は人民代議員大会の承認事項となった。

 今まで地球上のどの国でも見られなかった新しい国家の新しい試みは注目を集め、世界中から視察団が次々と訪れるようになった。視察団を出迎えた玉城国家主席はこの日もいつもと同じ笑顔を振りまきながら同じ言葉を繰り返した。「無意味に虚飾された言葉やイデオロギーなど要らない。新しい時代の国造りに必要なのは、私たち自身がどう生きたいかという、いわばアイデンティティーですよ。私たちは自分の手で、国民の意思を本当の意味で代行する本当の代表を選ぶこと、基地と原発、放射能におびえなくてもよい生活をすること、みんな平等に仲良くやること、それを自分の手で決めたいと思ったからです。いま私の言ったことは、全部当たり前のことです。世界中の学校で、みんな仲良くしましょう、弱い人はいじめるのではなく助けましょう、ウソをつくのはやめましょう、危ない物は遠ざけて、触らないようにしましょうと子どもたちに教えているはずです。それと同じことがなぜ日本ではできないのですか。理由はわかりませんけれども、私は日本がその当たり前のことを許してくれないから縁を切ったんです」

 ――ここまでストーリーが進んだところで目が覚めた。今日は2019年1月2日。すがすがしい朝だ。夢にしてはやけにリアルだったな。昔から縁起の良い初夢は「一富士二鷹三茄子」と言うけれど、こんな夢を見られたのだから、2019年はいい年にしなければ。今朝、見たことが夢でなく現実になるよう、今年も自分のやるべきことを、淡々と頑張りたいと思う。

(黒鉄好・2018年12月16日)

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福知山線事故で強制起訴の元3社長が厚かましくも退職慰労金を受給!

2018-12-24 11:53:03 | 鉄道・公共交通/安全問題
退職慰労金、半額を支給=福知山線事故で元社長3人―JR西(時事)

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 JR西日本の来島達夫社長は19日の定例記者会見で、乗客106人が死亡した2005年のJR福知山線脱線事故を受け、支払いを留保していた元社長3人の退職慰労金について、半額を支払う決定をしたと発表した。

 取締役会の決議は18日付。

 同社によると、3人は井手正敬(83)、南谷昌二郎(77)、垣内剛(74)各氏。事故の責任を重視し、支払額を5割減額した。総額は約1億7600万円という。

 3人は業務上過失致死傷罪で強制起訴され、17年に最高裁で無罪が確定した。退職慰労金の支給対象となる役員は6人いたが、うち3人は辞退。元社長3人は受領する意向を示していた。
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このニュース、時事の記事がYahoo!ニュースに転載の形で出ているものの、時事のニュースサイトに掲載されておらず、他のメディアもインターネット上では報じていない。不安になったので、JR西日本のサイトで確認すると、以下の通り掲載されている。

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「退職慰労金制度の廃止に伴う打ち切り支給」の支払いについて(JR西日本)

 当社は、12月18日開催の取締役会において、当社元社長3名に対して、かねて支払いを留保していた「退職慰労金制度の廃止に伴う打ち切り支給」につき、支払いを行う旨を決議しましたのでお知らせいたします。

 なお、支払額については福知山線列車事故を惹き起こした企業としての責任を重く受け止め、5割の減額を行いました。

詳細

1 対象者(敬称略)
 井手 正敬
 南谷 昌二郎
 垣内 剛

2 支払予定総額
 176百万円

(参考) 「退職慰労金制度の廃止に伴う打ち切り支給」に係るこれまでの主な経緯

 ・2002年6月26日
  退職慰労金制度の廃止に伴う重任取締役への「退職慰労金の打ち切り支給」を株主総会・取締役会を経て決定する。同取締役会にて「支払時期における会社の業績等諸般の事情により、取締役会の決議をもって相当額の減額をすることができる」と決定する。

 ・2005年4月25日
  当社が福知山線列車事故を惹き起こす。

 ・2005年6月以降
  対象役員の退任に際し退職慰労金の支払留保を決定・継続する。

 ・2017年6月12日
  当社元社長3名に対する刑事裁判が終結する。
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要するに、(1)3社長在任中に退職慰労金制度が廃止になったが、経過措置として廃止の時点で在任中だった役員は打ち切り支給を受けられるよう会社として決定した。(2)その後、3社長在任中に福知山線脱線事故が起き、3社長含む6役員に対しては支給を一時停止していた。(3)しかし刑事裁判が終わり、全員が無罪になったので、今回、半額に減額した上で支給はする――ということだ。

刑事被告人にされなかった3人の役員が受け取りを辞退しているのに、無罪となったものの強制起訴され被告人となった3人が、自分に受け取る資格があると思っているなら厚顔無恥もここに極まれりというほかない。

支給決定をしたJR西日本も同罪だ。そもそも退職慰労金の支給は会社法361条の規定により通常は株主総会の議決事項となる。例外的に企業が定款で支給条件を定め株主総会の承認を得れば、その後は1件ごとに株主総会の議決によらなくてもよいとされるものの、企業法務に詳しい弁護士によれば、1件ごとに株主総会の議決を得て支給するのが普通で、一律に定款で定めるのはむしろ例外に近いという。「お手盛り」との批判は当然だし、そもそもJR西日本は「すでに会社を辞め、今は無関係の人間だ」との理由で、3人が強制起訴された福知山線事故の刑事訴訟を会社としては一切支援しなかった。無関係というならなぜ今回、退職慰労金の支給を決めたのか。裁判など不都合なときは無関係を装いながら、都合のよいときは元役員だからとしてカネを支払うJR西日本に対し、当研究会は納得できる説明を求める。

JR西日本が退職慰労金制度の廃止と打ち切り支給制度の導入を決めたのは、福知山線脱線事故が起きる前の2002年であり、決めた時点でこの事態を予測することは困難だったとの「言い訳」はあり得るかもしれない。しかしこの年、JR西日本では福知山線脱線事故の「予兆」とも言えるような「救急隊員ひき殺し事故」が起きており、どちらにしてもこうした事故が連続的に発生していた責任を当時の役員たちは負うべきだ。救急隊員ひき殺し事故の時点で自社の安全体制を適切に見直していれば、福知山線事故はなかったかもしれないからである。井手、南谷、垣内の元社長は、この退職慰労金で事故犠牲者への「個人賠償」を行ってはどうか。

年末のどさくさに紛れてこっそりとこんなことを決め、自社のホームページ上だけでこっそり公表して「情報公開も果たした」とうそぶくJR西日本を当研究会は決して許さないし、やはりこの会社とは闘い続けるしかない。はっきり言おう。新幹線での台車亀裂事故や、人をはね殺しても新幹線の運転を続けるようなあり得ない事故が昨年末から相次いでいるのも、こうした腐った企業体質が何ら改まっていないからだ。

もうひとつ、重要なことを指摘しておきたいが、現在、この事故の後を追うように、検察審査会の議決によって強制起訴となった福島第1原発事故の刑事裁判が行われている。裁判は、今週26~27日に検察官役の指定弁護士による論告求刑が行われることになっており、当研究会も傍聴する予定になっている。もしこの裁判で勝俣恒久元社長ら3役員の「無罪放免」を許せば、いずれ東京電力でも同じようなことが起きるだろう。東京電力の刑事裁判で有罪を勝ち取ることの重要性は、今回の件でますます高まったと言わなければならない。

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【金曜恒例】反原発北海道庁前行動(通算320回目)でのスピーチ/最近の保養をめぐる実情

2018-12-21 21:53:46 | 原発問題/一般
 皆さんお疲れさまです。

 先週は「福島の子どもたちを守る会」のクリスマスパーティーに行ってきました。約30人程度が集まり、保養との関わりについて思いを述べました。2018年最後の道庁前行動は、話題に上ることが少ない保養について述べたいと思います。

 福島で、放射能の影響をできるだけ減らすため、保養の考え方が出てきたのは2011年の秋頃でした。多くの福島県民にとって、避難が当面無理でも、夏休みなどの長期休暇の間、せめて子どもたちだけでも放射能汚染のない地域に滞在させようとの考え方です。

 チェルノブイリ原発事故で最も汚染が深刻だったベラルーシでは、非汚染地域にあるサナトリウム(療養所)に滞在できる無料クーポンが政府から支給され、多くの子どもたちが保養に出ました。サナトリウムでは汚染されていない安全な食事が提供されます。保養開始前と終了後に内部被曝検査をすると、ほとんどの子どもたちは保養終了後の内部被曝が半分以下だったとの報告があります。日本でも、政府にこのような保養政策を行わせる必要がありますが、今の非人道的な安倍政権には望むべくもありません。

 保養には親が同伴するケースもあります。2012年夏、沖縄での保養に同伴したある母親は、現地(沖縄)の同じ学年の子どもと比べ、福島の子どもたちの体格が劣ることに気づき衝撃を受けたといいます。当時、福島では放射能汚染を警戒して屋外活動が一部制限されており、運動が十分でないため子どもたちの成長が遅れていたのです。

 保養先で体調を崩す子もいます。多くの子は体調不良が発覚すれば福島に帰されると考え、黙って耐えていることも多いといいます。「なんで子どもがこんな目に遭わなければならないのか」と涙声で電話してきた母親もいました。福島に住むことは身体に良くないと子どもたちも知っています。

 今では保養受け入れ団体は北海道から沖縄まで各地に及び、希望すればどこかが受け入れてくれる状況になりましたが、問題もあります。保養に出るのはいつも同じ人で、福島の子ども全体の1%にすぎないとの話もあります。事故当時は福島県民に保養の情報が十分伝わらず、福島より首都圏からの保養希望者のほうが多かったケースもあります。保養すら許さないムラ社会の雰囲気が福島にはあります。情報提供は今も大きな課題です。

 保養を重ねることで受け入れ先との信頼関係や生活基盤を作り上げ、移住につなげることが本来の姿です。その意味で、保養のたびに行き先を変えることは得策ではありません。毎回同じ保養先で受け入れてもらうことで現地に溶け込み、サポートも得られやすくなります。そこから実際、移住につながったケースも多くあると聞いています。

 最近は、次第に保養を取り巻く状況も変化しつつあります。確かに保養には劇的な効果があり、やらないよりはやった方がいいことはもちろんですが、事故から早くも7年9ヶ月が経つ中で、移住につながらない一時的な保養を繰り返すことの意味を問い直す局面に来ています。例えば、1年のうち2ヶ月程度保養に出るとしても全体から見れば6分の1の期間に過ぎません。7年9ヶ月のうち6分の1の期間、保養に出ても、放射能の影響を逃れて生活できる期間は1年3ヶ月程度に過ぎず、残りの6年6ヶ月は低線量被曝をしながら暮らしていることになります。この状況をいつまでも続けるよりは、どこかのタイミングで移住したほうがいいと私は考えます。事故直後は非常に空間線量も高く、食品なども今よりずっと汚染されていたため、短期間でも福島から離れることに大きな意味がありました。しかし今は当時に比べれば空間線量は6割程度、全量検査が行われている福島産のコメからは基準値を超え、出荷停止となるものはほとんど出ていないのが実情です。もちろんそれは安全宣言をすることとは別問題であり、いま福島に住んでいない人たちがあえて福島に移り住むことを私はお勧めしません。福島は安全になったと主張する人たちも大勢いますが、何らかの形で国や原子力産業とつながり、そこからお金をもらっている人たちばかりです。そんな人の言うことに惑わされ、自分の健康を犠牲にしてはなりません。

 今年5月、避難者団体の集会に参加したときにも、移住を考えているのですが、7年以上経った今頃移住することに意味があるのですかと尋ねられました。福島からの移住を考える人は以前ほど多くありませんが、耳を澄ませばまだそうした声は聞こえてきます。私は「被曝の影響は累積線量に応じて出てくるので、福島からの移住は遅くなってもしないよりはいいと思いますよ」と答えました。移住先で生活が成り立つか、仕事や適切な住宅があるか、周囲からのサポートが受けられそうかなど、移住に当たっては健康以外の要素も含めて総合的に判断しなければなりません。しかし、どの地域も少子高齢化に悩んでいるのは同じであり、特に子ども連れで移住する家族に対しては各自治体が奪い合いの状況になっています。一方で、手厚い優遇策をするといいながら口先だけでほったらかし、フォローも何もない自治体もあります。

 保養の話をしていたら、最後は移住の話になってしまいました。保養は移住の前段階であり、移住につなげるために行うのがあるべき姿と思っています。ここ北海道でも、札幌はじめ、地方でも日高町などあちこちで行われています。私たちにとって大事なことは、この保養の火を絶やさないことだと思います。できる限りの支援をしていきたいと思います。

 さて、2018年の道庁前行動も今日で終わりです。高橋はるみ知事が不出馬を表明しました。次は泊原発をなくすと表明できる知事を選ばなくてはなりません。候補者の名前は毎日変わり、まだ定まっていないようですが、来年は泊原発廃炉をめざす私たちにとっても転機の年になるような気がします。来年こそ廃炉の年にしましょう。

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女性差別でつながる「入試」と「福島」

2018-12-10 22:34:48 | 原発問題/一般
(この記事は、当ブログ管理人が脱原発福島ネットワーク会報「アサツユ」2018年12月6日号に寄稿した原稿をそのまま掲載しています。)

 あれは私が小学校に上がったばかりの頃だろうか。もう40年近く前だ。国鉄日豊本線のそばに住み、日々の生活の中で列車の音に慣れ親しみながら私は育った。

 異変を感じたのはある寒い冬の朝。いつもは聞こえるはずの列車の音が聞こえない。外に出て線路に近づくと列車は止まっており、警官がシートにくるまれた轢死体をちょうど収容するところだった。

 遺体の主は近所に住んでいた浪人生。九州大学医学部を目指しすでに2浪していた。もし3浪したら仕送りを打ち切ると実家に通告されていたが、模試の成績が思わしくなく、将来を悲観した彼はみずから若い命を絶ったのだった。

 今年、東京医科大で発覚した女子受験者に対する一律減点問題は、瞬く間に他大学も巻き込む騒動に発展した。減点は女子のほか浪人生に対しても行われていた。東京医大では2011年に始まったとされるが、数十年にわたる医療界全体の慣行とのメディア報道もある。大学でも有数の難関学部であり、社会的地位も高い「特権階級」への狭き門をくぐるため、医学部入試では過去、何度も不正が繰り返されてきた。

 医療の現場は肉体労働の要素も強く、力仕事ができる男性がほしかった――得点調整に手を染めた大学関係者はそう言い訳するがあまりにお粗末過ぎる。男女問わず医師免許を持つ人が増えれば「分母」も増える。従来1人でやっていた仕事を2人で分担することが可能になれば、医療現場が男性優先である必要もなくなる。入試での得点調整は「馴れ合い医療ムラ」を支配する中高年男性医師が自分たちの既得権益を維持したいだけにしか私には見えない。

 福島原発事故で鼻血を出す人々の姿を描いたグルメ漫画とその作者が激しいバッシングを受けたが、鼻血を出し苦しむ人は実際に存在した。そうした人々を福島の医師たちは嘲笑し、まともに取りあわなかった。鼻血を出す子どもや女性に対して、花粉症と適当な診断を下す医師の姿は多くの県民を失望させた。「放射能は関係ないからね」「避難よりも、親子が離ればなれになるストレスのほうが身体に悪い」「そんなに放射能のことが心配なら、心理カウンセラーを紹介しましょうか」などと無神経極まりない言葉を浴びせられ、実際に長野県への避難を決意した人もいるほどだ。

 原発事故後の福島で、健康被害を真剣に心配する県民に寄り添って真実を追求する姿勢もなく、その場しのぎでお茶を濁す医師たちが幅を利かせているのは、もしかすると、医療界に迎え入れるべきでない人物を不正に迎え入れる一方、迎え入れるべき優秀な人物を不当に排除してきた結果かもしれない。幼き日に私が見た「彼」が本当は合格水準に達していたのに、浪人生であるがゆえの入試操作で合格できず命を絶っていたとしたら、日本の医療界はいったいどう謝罪するつもりなのだろう。

 『日本学術会議の発足に当たって、戦時中のわが国の科学者の態度については反省すべきか否かが問題になったとき、多数決で特に戦時中の態度については反省する必要はないという事になった…とくに医学部門の人たちは一致して強く、戦時中の反省を必要としないと主張した』。武谷三男著『科学と技術』(勁草書房、1969年)にこんな記述がある。戦争責任から先頭に立って逃れようとする医師たちを武谷は厳しく告発している。福島で切り捨てられた女性や子どもたち、医学部入試から切り捨てられた女子学生や浪人生たち。腐敗した「ムラ」を守ろうとする男たちによる女性差別の被害者として、この両者がつながっているように思えてならない。

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【金曜恒例】反原発北海道庁前行動(通算318回目)でのスピーチ/ASTRIDと英国原発輸出の頓挫

2018-12-07 22:44:44 | 原発問題/一般
 皆さんお疲れさまです。

 昨日の北海道新聞の朝刊を見て驚かれた方も多いと思います。北海道電力が、泊原発の非常発電機の不良に気付かず、9年間も端子の取付不良を放置していたということです。改めて、北電のずさんな管理体制に怒りが湧きますが、その話はおそらく、他の皆さんもされるでしょうから、私からは別の話をします。

 昨年末に廃炉の方針が決まった高速増殖炉「もんじゅ」に代わって、日本政府が核燃料サイクルを継続するための切り札としていたのがフランスの新型高速炉「ASTRID」ですが、そのASTRIDの開発計画の中止をフランス政府が日本政府に申し入れてきたとのことです。フランス政府は、2019年までに10億ユーロ(約1200億円)を投じ、2020年代半ばまでにその後も計画を続けるかどうかを判断する予定でしたが、2020年以降、このASTRIDの開発に予算は付けないと決めたのです。その背景には、建設コストの高騰があるといわれています。これは国内では11月29日付けの日本経済新聞だけが報じています。

 ASTRIDが計画中止に追い込まれた場合、今度こそ本当に日本の核燃料サイクル計画は頓挫することになります。日本には今、原爆が6000発生産できる47トンものプルトニウムがありますが、プルサーマル型原発だけでは1年間にせいぜい1トンのプルトニウムしか消化できないといわれています。日本が保有しているプルトニウムの処理には半世紀近くもかかってしまうことになります。これでは処理とは言えません。

 追い詰められた日本政府は、そのうち破れかぶれになって、余ったプルトニウムの「処理」のため核兵器を作ると言い出すかもしれません。そんなことが起きるはずがないと思う人もいるかもしれませんが、ここまで日本政府が原発にしがみつく理由は核武装が隠れた最終目標だと考えなければ理解できません。

 米国で最初に核の「平和利用」を言い出したのは1959年のアイゼンハワー大統領で、核兵器を作る目的で保有した核物質の扱いに困ったことがそもそもの始まりでした。米国ネバダ州にある世界最大の核実験場を管理しているのが国防総省ではなく、原発を所管するエネルギー省だという事実こそ、核のいわゆる「平和利用」の本質を表していると言えるでしょう。天然のウランから原発の燃料にするためのウラン235を抽出すると、核分裂しないウラン238が残ります。このウラン238が米国の劣化ウラン兵器に転用されイラク戦争で使われたという事実もあります。軍事用の核物質が、いわゆる「平和利用」のための原発に回り、そこから出た核物質の残りかすがまた劣化ウラン兵器として軍事用に戻っていく。軍事用と「民生」用の核物質は一体のものであり、その両者の間をぐるぐると回っているのです。この悪魔のサイクルこそ核燃料「サイクル」の本質といわなければなりません。

 六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場はすでに20回以上稼働開始が延期されており、開始の目処はありません。この上ASTRIDも破たんすることになれば、破たんがはっきりしていながら日本政府が覆い隠してきた使用済み核燃料再処理事業の頓挫は今度こそ誰の目にもはっきり明らかになるでしょう。日本中の原発が使用済み核燃料であふれ運転できなくなる事態がますます現実味を帯びてきました。全原発即時廃炉をめざす私たちにとっては朗報だと言えます。

 今日はもうひとつ朗報をお伝えしようと思います。「ダイヤモンド・オンライン」によれば、日立が進めている英国への原発輸出が頓挫していることを中西宏明会長がかなり率直に認めています。計画は日立の子会社、ホライズン・ニュークリア・パワーが行い、発電所の建設費などを売電収入で回収するビジネスモデルなのですが、原発の安全対策のため総事業費が膨らんだ上に、発電した電力の買取価格が低く抑えられる見込みとなり、建設費が回収できるか怪しくなってきたためです。事業に必要な3兆円のうち2兆円について英国政府から支援を取りつけたものの、出資金でまかなう予定だった残り1兆円分の出資者がこのために集まらない状況になっています。

 英国政府が電力の買取価格を低く抑える理由は、電力が余っているからとしか考えられません。島国である英国が、EU離脱でヨーロッパ大陸からの電力供給を受けられなくなる可能性があるにもかかわらず、電力を安く買い叩けるほど供給に余裕があるのです。私は市場万能主義の立場は採りませんが、市場原理がきちんと働く限り、危険性の高い電源ほどコストが高くつき、淘汰されていくという事実を英国のこの事例は示しています。政府が原発を手助けし、さまざまなコストを税金に転嫁して、原発の電力が一番安く見せかけるような数字の操作も日本国内ではともかく、海外でははっきり限界に来たということでしょう。こうした流れに日本だけが無縁ではいられません。電力に限らず、あらゆる領域で国際社会と逆行する政策ばかり続ける安倍政権も、いずれその矛盾が解決不能になった段階で崩壊するでしょう。カギは政治よりも経済だと思います。アベノミクスを初めとする経済政策に批判を加え、安倍政権が国際社会や外部環境の変化に対応して、日々変貌する経済情勢に適応する力を失いつつあることを示していくならば安倍政権の限界は早晩訪れるはずです。寒い冬が来ましたが、無理せず地道に道庁前行動を続けましょう。

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