(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
格安航空会社の草分け的存在であるスカイマーク・エアラインズ(以下スカイマーク)。航空自由化・規制緩和策に乗って登場した業界の風雲児として、その格安運賃は多くの利用客に受け入れられ、ブームにもなった。しかし、同時に開業当時から安全問題が浮かんでは消え、社会的批判も浴びてきた。
しかし、最近報道される「安全軽視」の数々は、公共交通としての許容範囲をもはや超えているように思われる。大きな事故につながる前に、いま一度、スカイマークの安全問題を全国民的に議論すべき時なのではないだろうか。
●国土交通省が公表した「衝撃の写真」
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公表された写真(国土交通省が顔を消す加工を行っている)。右側の席は本来なら副操縦士だが、客室乗務員を座らせている。しかも上空を飛行中に、誰も前を見ていない。〕
2010年3月12日、国土交通省が公表した1枚の写真は、各方面に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。スカイマークの機長が、上空を飛行中に、副操縦士席に客室乗務員を座らせた上、デジタルカメラで記念撮影をしていたのだ。ある30代の副操縦士に至っては、2009年4月から2010年2月にかけ、機長らと5回もこうした「記念撮影」をしていたという。
記者会見した前原誠司・国交相は「(いずれの写真も)全員こっち(後方)を向いている。運航中です。お客さんが乗っている機内で、こういうことが起きるのは言語道断。許されざる行為だ」と述べ、また国土交通省の島村淳運航課長も「法律以前の問題。安定飛行中でも、客室乗務員を座らせれば、操縦桿(かん)や計器などに触れて危険が生じかねない」と、なかば呆れ気味にスカイマークの姿勢に疑問を投げかけた。
これが遊園地での記念撮影だったら別にどうということはない。機内だったとしても、空港で駐機中だったのなら、大きな問題ではなかったのかもしれない。
●「速度への畏敬」と職業倫理を忘れた公共交通企業
時速900km前後で飛行している航空機は、1分間で15km、4秒間に1km進む。まともな神経を持った人間なら、この速度に対して「恐れ」を抱き、前方を凝視せざるを得ないだろう。数百人の乗客の命を預かる機長、副操縦士が、客室乗務員と席を代わったり、そろいも揃って前方から目を離し、記念撮影に興じたりするなど信じられない。「たかが数秒」の話ではなく、仮に2人が揃って10秒間前方から目を離したら、無監視状態で2.5kmも進んでしまう。乗務員に、あまりにもそのことへの自覚、さらには高速で進む交通機関への「畏敬」の念がなさ過ぎる。
スカイマークでは、この直前の2月5日にも不祥事があった。風邪で声が出ない副操縦士が緊急時に乗客の案内ができないため危険と判断した機長が、安全運行のためこの副操縦士の交代を会社に求めたところ、会長と社長はあろうことか、逆にこの機長を乗務から外した上に契約解除(=解雇)し、声の出ない副操縦士を乗務させたまま離陸を強行させていたことが明るみに出たのである。
スカイマークでは、2008年6月にも、2名の機長が体調不良で欠勤したため乗務員のやりくりが付かず、168便が運休する騒ぎを引き起こしている。たった2名が休んだだけでこうした事態が起こるのは、いうまでもなくスカイマークがギリギリの運行体制で飛行機を飛ばしているからである。スカイマークの過重労働ぶりは航空業界では有名で、インターネット上には同社を「ブラック会社」(注)として告発する内容の書き込みも散見される。もちろん、機長の体調不良ですら飛行機が飛ばなくなるくらいだから、社員にとって年休行使など夢のまた夢だろう。
2006年には、亀裂の入った機体を修理しないまま飛ばし続けていたことが発覚したほか、2008年3月には、機体に搭載されていた気象レーダーが故障しているのに修理しないまま運行を続けていたこともわかっている。「たかが気象レーダーくらい」という読者の方がおられるとしたら、それは誤りである。2009年6月、エールフランス機が大西洋に墜落し、乗客・乗員228名が死亡した事故は、速度計の異常の他、機体への落雷が原因といわれている。気象レーダーが故障すれば、操縦室がこうした危険を予知できなくなってしまう。
鉄道ファン兼航空ファンである私の友人は、「パイロットが空港の待合室で、一般利用客の女性に声をかけ、交際を迫っているのを見てから同社を利用しないと決めている」と私に告白した。上層部から末端社員に至るまで、職業倫理は完全に崩壊している。
(注)ブラック会社とは、著しく労働条件が悪く、過労死寸前まで酷使される企業のことを指す。もともとは、インターネット上の匿名掲示板で「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」という題名の掲示板が作られ、その内容があまりに過酷だったことからこう呼ばれるようになった。「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」に書き込まれていた内容はその後、書籍化を経て映画化されている。
●締め付けの果てに安全が崩壊した日本、闘って安全を回復したフランス
そもそも、スカイマークが許し難いのは、機体に異常があること、運行体制に余裕がないことを知りながら、航空機を飛ばし続けていることである。日本航空でも、2005年頃、車輪脱落や滑走路誤進入などのトラブルはあったが、異常を起こした機体はその都度運行中止しているし、運行前に異常がわかっている機体をそのまま飛ばし続けるような無謀なことは起きていない。そのように考えれば、スカイマークの危険度は日航の比ではない。誤解を恐れず言えば、これまで墜落しなかったのは奇跡に近いのではないか。
こうしたギリギリの運行体制がとられた結果の安全崩壊の背後には、経営陣の誤った経営がある。スカイマークは2004年、インターネットプロバイダ事業を経営していたゼロ株式会社と「異業種合併」し、ゼロ社から送り込まれた西久保眞一氏が社長に就任したが、航空業界や航空機の安全のことなど何も知らない西久保社長が、ゼロ社で実施してきたのと同じような成果主義システムを導入した。この成果主義制度に反発したパイロットや整備士らが数十人規模で大量退職したことが、今日の慢性的人手不足につながっている。ゼロ社との合併で安全もゼロでは冗談にもならない。
一方、2009年6月に墜落事故を起こしたエールフランスでは、落雷の他、速度計の異常が事故原因とされ、また事故機以外にも速度計異常のエアバスA330型、A340型が多数運行されていることがわかったことから、事故後、乗務員の労働組合が会社側に「(事故機と同型である)A330型、A340型の速度計が修理されない限り、この2機種の乗務に応じない」と乗務拒否を通告した。この「安全闘争」の結果、エールフランスは35機運行されているA330型、A340型の全機で速度計交換を行う措置をとった。「闘いなくして安全なし」は、ここでも見事に証明されたのである。
●国土交通省に「見せしめ」の資格はあるのか?
安全運行が危惧されながら、旧自公政権で何の手も打たれなかったスカイマークに対し、国土交通省が写真の公開を含めた厳しい姿勢を見せたことは、政権交代のひとつの効果といえるかもしれない。しかし、そもそもこうした事態を招いた原因は、旧運輸省が進めた運賃自由化にある。
運賃自由化は、1998年から始まり、その第1号として就航したのがスカイマークだった。しかし、既存大手航空から客を奪うことを目的としてスカイマークが設定した運賃は、大手航空会社の40%~50%という無謀なもので、採算ラインが搭乗率80%と言われた。みずからが設定した運賃に足を取られ、不採算の泥沼にはまりこんでいったスカイマークでは、利益を確保するために飛ばすことが最優先の企業風土が形作られた。ギリギリの運行体制、過酷な労働条件、危険を顧みない運行第一主義は運賃自由化の「成果」である。私は、スカイマークを「見せしめ」にする資格が国土交通省にあるとはとても思えない。
政権交代を機に、こうした運賃自由化を見直すことが急務である。航空運賃自由化がある限り、スカイマークを見せしめにしても、第2、第3のスカイマークが現れるだけの結果に終わるだろう。安全にコストがかかることはやむを得ない。