明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1401)被爆者は世界中にいる!ーウラニウム鉱山跡地に立って(ドイツ反核キャンプの報告4)

2017年07月20日 08時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です。(20170720 08:00 ドイツ時間) 

ドイツのデーベルンからです。
反核サマーキャンプ4日目を迎えました。今日は2日目と3日目のことを報告します。
今回のキャンプで大きなテーマの一つにあげられているのはウラニウム鉱山のことです。この問題が核エネルギーの根本に横たわっていること、またアメリカ・インディアンの聖地をはじめ世界のいたるところでウランを掘らされる人々や地域住民に深刻な被害が生じて来たこと、いまなお被害が続いていることを、僕もこれまで何度も耳にしてきました。とくにインディアンの聖地の周辺のウラン鉱山の問題については、篠山市原子力災害対策検討委員会にともに参加している玉山ともよさんや、京都の廣海ロクローさんの活動等も通じて知っていました。
しかしそれ以上、自分がこの問題で具体的に何かのアクションに参加したことはありませんでした。日本の中にウラン鉱山が、鳥取の人形峠にわずかにあるだけで、アクションが遠くの国々で行われてきたからという面もありますが、しかしいま僕は「自分のイマジネーションが乏しかったのだなあ」とも感じています。
 
そのウラニウム鉱山について2日目に3つのプレゼンが行われました。二つはドイツ人からの説明でもう一つはアメリカから唯一参加した方からのものでした。
ドイツの方達の説明は世界のウラン鉱山の紹介から始まりました。最初に写されたスライドはアメリカのニューメキシコのもの。インディアンの「ナバホ族」の聖地にあたる場所に作られました。このあとチェコ、ナミビア、ニジェール、オーストラリア、カナダ、南アフリカ、ウズベキスタン、カザフスタン等々と各地のウラン鉱山の姿が紹介されました。その大半がオープンピット=露天掘りで廃棄物のことやその被害のことなどなにも考えられていない。そんなたくさんの鉱山の姿を見続けていてなんとも言えない怒りを哀しさがこみ上げてきました。
 
「ああ、そうなんだ。被爆者は世界中にいるんだ。知っていたけれど、やはりそうなんだ」と強く感じました。被爆者は原爆投下前から産み出されていたし、原爆の爆発なしでも、たくさん産み出されてきたのです。核体系は、原爆投下だけでなく、本当に世界中でたくさんの人々に被害を与え続けて来た。本当に許しがたいことです。
しかもその多くが先住民が暮らす地域と重なっています。ウラン鉱山だけではありません。核実験場の多くも少数民族が暮らす地域に設けられてきたし、廃棄物処理場も同じ。核というビックパワーの問題は差別と抑圧の歴史と一体化している。
反対に言えば、まさにそこに連帯すべき人々がたくさんいます。またその痛みをシェアしようとする世界中の人々が味方です。
 
さてそんな思いでプレゼンを聞いていたら3人目にアメリカから参加した女性が発言に立ちました。
流暢なアメリカ英語を話す方でどんな方なのかなと思っていたらタイトルが「Nuclear Colonialism」と書いてある。「核の植民地主義」です。
ゾワッと鳥肌が立ちました。彼女の名はレオナ・モーガンさんです。「ナバホ族」の方です。
ただしこの「ナバホ」という呼び名は連邦政府側からつけられた名で、自分たちの名ではないのだそうです。
自分たちはDineというのだとか。ディネと表記したら良いでしょうか。
彼女のプレゼンがとても素晴しかったのですが、残念ながら記事をかける朝の時間がもうつきて来たので、報告はまたにします。
ちなみに彼女に「玉山ともよさんを知っていますか」と聞いたらはじけるような笑顔で「知ってる、知ってる!わあ、あなたも知ってるんだ。あとでお話ししましょう」と本当に嬉しそうに答えてくれました。
 
さてそんなプレゼンをがっつりうけて昨日はWismatミュージアムにバスにのってみんなで見学に行きました。
このミュージアムのこと、よくわかっていなかったのですが、行ってみたらまさにそこがウラニウム鉱山の跡地であり、鉱山の歴史を説明しているミュージアムなのでした。ローネブルグ?という町のそばですが、なんとここはヨーロッパ最大のウラン鉱山だったのです。1946年から1991年まで稼働していた。
誰がここからウランを取り出したのか。答えは旧ソビエト連邦です。もちろん旧東ドイツ政府も全面協力しました。
 
ここから採掘される岩石にはウラン鉱の割合が高く、品質も良かったこともあって、旧ソビエト連邦はここからせっせとウランを掘っては核兵器を作り続けたのだそうです。もちろんここもまた労働者の防護等ないに等しい形で採掘が行われ続けて、稼働期間中に8000人が肺がんで亡くなったことが確認されています。
しかも周辺にさまざまな形で廃棄物の漏れ出しが起こってきました。
 
一日中、このウラン鉱山の説明を受け続けていささか疲れもしましたが、それでも知り合った方達に僕はこう話しました。
「僕はいままでよく原爆投下後の広島や長崎のことを思い出してきました。しかし今日は原爆投下前のシーンをたくさんみました。被爆者は原爆投下前から、そして原爆投下なしでもこんなにたくさんいたのですよね。世界中に。これは私たちの人類史の中のとても大きな悲劇です」‥。
 
それ以上、英語が続かなかったのですが、私たちはいま、その悲劇をこえるために本当に努力しなければならないし、かつ努力をしたいと、なんとしても頑張り体と僕は思いました。そう考えたら、いま、世界中から参加している人々とこのキャンプをともにできていることがしみじみとありがたく感じました。
 
あ、もう本当に時間がない!!
また明日、続きを書きます。
 
***
 
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明日に向けて(1400)ドイツから世界に向けて日本の今を発信!(ドイツ反核キャンプの報告3)

2017年07月19日 06時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です(20170719 06:00 ドイツ時間)

ドイツ・デーベルンの反核サマーキャンプからです。

キャンプは今日で3日目を迎えます。昨日もたくさんのレクチャーを聴き、デーベルンの町中の見学もしてきました。

もの凄い情報量で、すでに発信したいことが山積み状態なのですが、今朝は6時45分から朝食が始まり、ミーティングがなされ、7時45分にバスにのってキャンプ地を離れます。WISMATミュージアムを訪問して一日見学するようなのですが、どういうところなのかいまいちよく分からない(笑)その分、ワクワクしていますが、ともあれこのため発信時間が限られています。それで今回は初日の17日に行った僕のプレゼンの内容をアップしておこうと思います。

すでにご紹介したように平賀緑さんの添削‥というより英語編集を経た文章をスライドをお見せしながら朗々と読み上げたのですが、あとで何人かの方からとても良かったと言ってもらえました!準備にかなり骨を折ったこともあり嬉しかったです。キャンプの参加者は各国でかなり活発に活動を繰り広げている方達なので、日本の民衆の奮闘の姿を伝えてもらえます。「こういう情報が欲しかった」との声もありました。

このためあとから原稿やスライドも供出してさらなる情報共有・拡散に協力するつもりです。ともあれ発言原稿を掲載しますのでお読みください。なお30分用なので長いですが、たくさんのことを載せたいので1回でまとめてアップしてしまいます。

*****

福島原発には何が起きているのか。日本の反核運動には何が起きているのか

2017年7月17日 ドイツ・デーベルン 反核サマーキャンプにて 

初めにこの素敵なキャンプに呼んでいただいたことに感謝申し上げます。私は日本の京都市在住のジャーナリストです。 

私の父は広島原爆のサバイバーの一人です。母は東京大空襲のサバイバーの一人です。そのため私は戦争と核兵器、核エネルギーが大嫌いです。そのため私は福島原発事故以降、人々を放射線から守るために奔走してきました。

私は今日、みなさんに福島原発に何が起こっているのか、日本の反原発運動に何が起こっているのかをみなさんにお話したいです。

 

福島原発はいまなお事故が収束していません。

日本政府は2011年末に「収束宣言」をしましたがまったくの嘘です。そもそも1~3号機は、放射線値が高すぎでいまだに人が近づけない状態です。ロボットもたちまち壊れるので、中がどうなっているのか、どこがどう壊れてしまったのか、十分に調べることができていません。 

ここで福島原発事故がどのような事故だったのか、振り返ってみたいと思います。

福島原発には全部で6基の原子炉がありました。東日本大震災が原発を襲ったとき、1号機から3号機が運転中で、4号機から6号機が点検中で止まっていました。

地震とともに運転中の炉内にブレーキである制御棒が挿入され、核分裂反応は止まりました。しかし冷却機能が奪われてしまい、核燃料がメルトダウンしてしまいました。格納容器は深刻に壊れてしまい、大量の放射能が漏れてしまいました。 

もう一つ、危機に陥ったのは4号機でした。4号機は運転していなかったので炉内に核燃料は入っていませんでした。燃料プールに入れてありました。ところが運転してなかったこの4号機でも爆発が起こりました。まだなぞに包まれています。これと同時に4号機のプールの水位が下がりだしました。

運転を終えた燃料はプールの中に沈められますが理由は非常に高い熱を持っているからです。この熱がやっかいで少なくとも数年はプールの中に入れておかなくてはなりません。

プールに張られている水は、同時に放射線をさえぎる役目も果たしています。このため水位が下がりだして燃料棒が水の上に出てしまうと、強い放射線が飛び交いだしてしまいます。さらに水がどんどん無くなると燃料が溶け出しますが、そうなったらプールはただのコンクリート製ですから溶けた燃料がプールから落ちてしまいます。 

そうなったらもう誰も近づけず、現場から撤退するしかなくなります。しかもこのとき4号機の中にはなんと1500本もの核燃料が入っていました。

日本政府はこのとき、事故が最悪化した場合にどうなるかを計算しました。すると原発から半径170キロ圏が強制移住、東京を含む250キロ圏が希望者を含む移住ゾーンになるという結果がでました。

しかし政府は真実を告げませんでした。 

しかも肝心なことはこの危機が完全に去ってはいないことです。

4号機のプールに入っていた燃料棒は地上にプールに移されたので危険は減りました。

しかし大地震があった場合、福島のプラントが倒壊する可能性があります。しかしその危険地帯、放射線も高い地帯に今もたくさんの人が住まわされています。これが原発事故の実態です。 

溶け落ちてしまった核燃料はまだその状態がどうなっているのかも把握されていません。

ただ熱があることだけは確実なので、冷やし続けなければならず、毎日、大量の水が投入されていますが、これが放射能汚染水の海への漏れだしにつながっています。 

汚染水の量は1100トンと推定されています。 

私の胸は痛み続けています。汚染は世界中に及んでいます。とても申し訳ないことです。

このように福島原発事故はまだまったく収束していません。

 

人々の状況はどうでしょうか。

福島原発事故で放出された放射能量は膨大で、チェルノブイリにも匹敵します。しかもチェルノブイリ周辺よりも圧倒的に人口が多いところに放射能が降りました。これは放射能汚染地図です。 

チェルノブイリの周りでは「避難権利区域」がたくさんあります。色のついているところはそれにあたります。しかし日本では避難地域は非常に限られた場所にしか設定されませんでした。日本という国は、ソ連よりももっとひどい国だったのです。

東京も激しく被曝しています。被曝は日本の焼却システムによっても促進されてしまいました。日本は世界のどの国よりも廃棄物の処理を焼却に頼っています。このため福島原発事故後に降った放射能の多くがごみとして集められ、焼却場で燃やされてしまいした。これらにより東日本でさまざまな病気の発生率が高くなっています。

もちろん日本の民衆もこうした状態を黙ってみているわけではありません。福島原発事故後に日本中でたくさんのデモが行われるようになりました。それまでデモに一度も参加したことがなく、政治に関心の薄かった層が大幅に参加し始めました。福島原発事故後、おそらく日本ではそれまでの歴史になかったほどのデモが行われ続けています。効果は絶大で日本の多くの原発の稼働をくいとめています。

日本には20113月まで55基の原発がありました。事故後、定期点検に入るなどして次々と止まりましたが、政府が再稼働させようとすることに対して、全国で大きな運動が起こりました。とくに2012年に始められた毎週の首相官邸前デモは、参加者がどんどん増えて、ピーク時には20万人になりました。

これが全国に飛び火し、各都市の主要ターミナルや電力会社前でも金曜行動が行われるようになり、現在でも100近いデモが継続されています。多くのデモが250回を数えるようになっています。この民衆の力によって、一時期、日本の原発はすべて止まりました。ところが経済大国と言われる日本で、原発がすべて止まっても、何も困りませんでした。電気は足りていたのです。

福島原発事故以降、日本ではいくつかの原発の廃炉も民衆の力で実現されました。福島の6つの原子炉の他に老朽化した6基の廃炉が決まり、高速増殖炉「もんじゅ」すら廃炉になりました。この結果、いま日本で稼働可能な原発は全部で42基ですが、稼働しているのはわずかに5基です。あとの37基の原発の稼働を私たちはなお阻んでいます。 

いろいろなデモの写真をお見せします。特徴的なのは子どもをもったたくさんの女性たちが立ち上がったことです。こうしたデモが全国で無数に行われてきています。

さらにこうした行動は日本の民衆の政治的活性化にもつながりました。原発だけでなく、戦争に反対し、市民的権利をめぐる無数のデモが毎週のように行われています。その一つの中心は沖縄で行われている米軍基地建設反対運動です。

私は17歳のときにアクティビストになり、依頼、40年間、社会変革運動を行ってきたしたが、これほど日本民衆がさまざまなデモを繰り広げている時を知りません。

ただこの民衆の覚醒に対して、ついてこれていないものがあります。一つはマスメディアで、もう一つは野党です。このため残念ながら民衆の覚醒はまだ国会の議席に反映していません。このため世論調査をすると原発反対は7、8割を占めるのに、議席は原発再稼働強行派の政権党が7割を占めています。これをどう逆転させるのかが課題です。

 

それをどう実現していくのか。さまざまな方法がありますが、今日、私がみなさんにご紹介したいのは、原子力災害対策を進めることです。この中でこそ、原発の危険性をより広く知ってもらうことが大事だと思っています。

日本では福島原発事故が起こるまで、「チェルノブイリ原発事故のようなことは絶対に起こらない」と強調されてきました。このためどの町も原発事故に対する避難計画を持っていませんでした。福島原発事故が起こった時も、多くの行政が立ち往生しました。

さすがに福島原発の周りの自治体は、安定ヨウ素剤を持っていたのですが、ほとんど配られませんでした。配るためのシミュレーションがなかったためです。また福島県が「パニックを起こしてはならないから」と配布を禁じたためでもありました。そして「にわかに健康被害はない」ということだけが強調されました。

このことの反省から「再稼働をするなら避難計画を作るべきだ」という声が高まり、これにおされて政府は、原発から5キロ圏内を事故の兆候があったら逃げ出すゾーンに指定し、安定ヨウ素剤の事前配布を行いました。また30キロ圏内を放射線値が高くなったら避難するゾーンに指定し、各自治体に避難計画の策定を命じました。しかし各地で混乱が起こっています。人口密度の高い日本で住民を効率よく逃がす対策をたてるのは困難だからです。

にもかかわらず政府は、避難計画もまともにできていないまま、2015年に日本の一番端にある川内原発の再稼働を開始しましたが、これに対して各地で「せめて安定ヨウ素剤を配れ」という動きが強まりだしました。

そんな中で私は、兵庫県篠山市という人口43000人の小さな町にかかわってきました。現在動いている高浜原発から60キロ弱です。政府が事故対策を指示した30キロ圏内の外ですが、事故時に高濃度の放射能が飛んでくる可能性が十分にあります。 

私はここで原子力災害対策検討委員会のメンバーになり、事故対策を重ねてきました。篠山市の方針は、事故がおきたらとにかく全市をあげて逃げ出すことです。そのために事故がおきたらなぜすぐに逃げなくてはいけないのかの教育を徹底し、事故時にそれぞれがどこにどうやって逃げるのか、あらかじめ決めておくことを訴えています。

同時に安定ヨウ素剤の事前配布を実現しました。原発5キロ圏内以外の日本の都市の中で初めての試みでした。篠山市は住民に、「安定ヨウ素剤は放射性ヨウ素にしか対応できないものだ。他の放射能からは身体を守れない。だからこれを飲むときは逃げ出す時だ」と教えています。市民学習会を何度も繰り返しながら実現してきました。このためいま、篠山市の3歳から13歳までの子ども7割に安定ヨウ素剤がいきわたっています。

さらに篠山市は事故対策のハンドブックを作成しました。この21日に市民向けに発送されます。原稿を私が書き、友人が漫画を描きました。ちょっとお見せします。

いま、この動きが日本中に広まりつつあります。多くの原発の近くの行政体が対策を行いたいと考えだしていて、政府が5キロ圏内に押しとどめているヨウ素剤事前配布を広げたいと考えだし、私へのコンタクトが増えています。篠山市で行ったことを真似たいというのです。すでに原発30キロより外の幾つかの町で実際に事前配布に向けた動きが活発化しています。

「ヨウ素剤配布を進めることは再稼働を支持することだ」という意見もありました。しかし私はそうは思いません。すでに日本では5基の原発が動いていて、明日、大事故を起こすかもしれません。また原発はとまっていても、プールに核燃料がある限り、地震などで何が起こるか分からず危険です。その点からも原子力災害対策は行わなければならないのです。

同時に私が取り組んできて思うことは、原発反対運動とは違い、原発災害対策は、とりあえず原発賛成・反対を横において進めることができます。このため保守の方たち、原発賛成派とも十分に話ができるのです。

そして災害のリアリティを一緒になって考えていくと、ほとんど誰もが「原発はそんなに危ないものだったのか」と目覚めてくれます。その点で原子力災害対策を充実させればさせるだけ、人々は原発や放射能の危険性にめざめます。

実はだからこそ、日本政府は福島原発事故までなんの災害対策をとらず、事故後も安定ヨウ素剤配布を5キロ圏内にとどめているのです。安定ヨウ素剤配布が、原発の危険性への覚醒につながるからです。

このため私はいま、全国にヨウ素剤の事前配布を広めるべく努力しています。それを通じて住民の意識啓発を進めるのです。原発反対のデモも頑張る必要がありますが、しかしデモには来ない人、原発にまだ賛成している人を含めて、一緒に原発のことを考えるムーブメントを広げれば、日本民衆の覚醒はさらに強まります。そのための努力を続けます。

 

最後にこの間、日本の中で起こっている大きなことをお伝えします。日本の原発メーカーである東芝がほとんど倒産しかかっていることです。理由はアメリカへの原発輸出での大失敗です。

日本にあるメーカーは三つです。東芝と三菱と日立です。このうちの東芝がアメリカのウェスチングハウス社を買収し、原子力産業の世界のリーディングカンパニーになろうとしました。2006年のことです。そしてアメリカで次々と原発を作り始めました。ところがその後に福島原発事故が起こり、東芝の信用が失墜しました。なぜか。福島原発の多くが東芝製だったからです。

それでも東芝はあきらめずに原子力部門への投資を強めましたが、その前に立ちはだかったのが、原発の規制基準の強化でした。これは世界中の政府当局が行わなければならなくなったことです。そうしたら途端に各地で採算われが生じたのです。この挙句の果てに東芝は巨額の損失を出してしまい、すでに原発輸出からの全面撤退を表明しました。

同じことがフランスのアレバ社でも起こりました。いや世界中の原発メーカーがこの事態に直面しています。

この事態を前にアジアでは、日本がもっとも期待する原発輸出先であったベトナムが計画を白紙撤回してしまいました。さらに台湾でも日本から輸出されて完成間近だった第4原発を動かさないことが決まり、政権がかわって脱原発が宣言されました。

さらに日本のお隣の国の韓国でも新しい大統領のもとで脱原発が宣言されました。

これらのことにより、日本の安倍政権の原発輸出を柱とした経済成長路線が完全に破たんしてしまいました。そんな中で、日本ではいま、安倍首相が汚職問題が明らかになって大きな危機の中にありますが、この背景にあるのは東芝が崩壊し、原発輸出がどんどん難しくなっていることにあると僕はみています。

では誰がこの事態を作りだしたのか。私たちです。今日ここに集まっているみなさんです。みなさんが原発反対を掲げ、無数のデモをしてきたからこそ、各国の政府が規制を強化せざるをえなくなったのです。そしれもうそれだけでメーカーには痛手で、原発が経済的にもちっとも儲けにすらならないことが見えてきたのです。このため保守の側、財界の側からも、原発にはもう展望がないのではないかという声が高まっています。私たち民衆の力が原発から展望を奪い、核のない日を近づけているのです。 

だからみなさん。さらに連帯して頑張りましょう。このたたかいは勝つことができます。

最後にみなさんにこの言葉を送ります。

Power to the people!

ありがとうございました!


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明日に向けて(1399)フランスの核の歴史に触れて(ドイツ反核キャンプの報告2)

2017年07月18日 07時30分00秒 | 明日に向けて(130...
守田です(20170718 0640 ドイツ時間)
 
ドイツのデーベルンからです。
昨日17日に反核サマーキャンプが始まりました。
朝、早くからまずは巨大なテントを設営。各国から来た人々とああでもないこうでもないといいながら組み立てました。
僕はわかい頃、たくさんの山を登ってたくさんのテントを建てたので、こういうことは得意。ま、少しは活躍しました。
 
その後、10時からキャンプ開始。この時点で参加者は20人ちょっと。午後にわらわらと増えて来ていまは35人ぐらいはいるのかなあ。
顔ぶれは実に多彩です。ドイツからの参加者が一番多いけれど、そのほかにイギリス人のカップルが最初からスタッフとして活躍してくれています。
このほか、フランス、スウェーデン、ロシア、ウクライナ、トルコ、インド、アメリカ、日本とたくさんの国の人々が集まっている。
キャンプは長いのでこれからもわらわらと集まってくるそうです。ま、わらわらと帰っていく人もいるのでしょう(笑)
 
ちなみにフランス人の男性の一人はシシリー島の出身で、自分は半分はイタリア人だし、「何人」というよりコスモポリタンなんだと自己紹介していました。
いいなあ、こういうの。ちなみに日本語ではシシリーはシチリアになります。
それで近づいて「シシリーというとコーザノストラ(マフィア)で有名ですね」問いったら顔をしかめるのです。
みんなで討論しているときも、「シシリー」という名に誰かが「マフィア」と応じたら顔をしかめる。
 
オープニングセッションで彼と僕が互いに相手を紹介することになり、話をしたのですが「シシリーと聞いてすぐにコーザノストラと言ってしまってごめんなさい」とあやまりました。そうしたら彼、にっこり笑って「シシリーにはマフィアに反対しているグループがあるんだよ。僕はそのメンバーの一人なんだ」と誇らしげに語るのです。
そうです。シシリーはマフィアの発祥地として有名ですが、そこにはマフィア=暴力団に反対している誇り高き人々がいるのです。
 
さて各国から来た人々の互いの紹介の次は、誰がどこからきたのかを距離で示すゲーム。部屋の端をドイツにして、反対側を遠くのどこかにする。
この時点で一番遠かったのは僕でした!その次がインド。そしてわらわらと人が並ぶ。
続いて「あなたは幾つの言語を話せるのか」で並び直す。二つの言葉が一番少ない人で、僕は日本語と英語しか話せない少ない人。
みんな必ず英語が入りますが、その他、複数の言葉を話せる人が沢山いて、最高は7つだったかな。
 
そんな交流を終えてからいよいよそれぞれからのプレゼンが始まりました。
発話者はいままでのところすべて英語。通訳はありません。必死で聞きました。
これが一日中続いたので、とても一つ一つを紹介できませんが、強く印象に残ったのはフランスからの報告でした。
 
フランスには今、19サイト、58基の原発があります。それでエネルギーの75%が原発で賄われている。依存度が尋常ではありません。
そのフランスにおいて、長い間、原子力に関することはある種のタブーだったのだそうです。理由は原子力が核兵器にリンクしているからです。
このことを論議することそのものが「フランスの威厳」を疑うことになると考えられてきたといいます。
 
第二次世界大戦後、フランスは核大国に迎えられました。技術はおもにウェスチングハウス社から供用されました。
そしてフランスは「世界に影響を及ぼす強国」の位置を得ました。その結果、国連の安保理常任理事国にもなった。
だからこれを批判することが許されない雰囲気が長く続き、その中でアメリカに次ぐ核大国になってしまったわけです。
 
この話を聴いていて、あらためて原発と核兵器の直接的なつながりを感じるとともに、フランスが第二次世界大戦の勝者となったがゆえに背負ったものを強く感じました。なんというか強国の位置を維持するために核武装にのめり込み、原子力につかりきって行ったのです。
あるいはフランスもまたアメリカの核戦略に引きづられていったともいえるかと思います。
 
これに体する反対運動の歴史が十分に語られたわけではありませんが、おおきな原発反対運動は1977年におこったそうです。
7万人の人々が参加しました。
しかしこの運動は激しい暴力による弾圧にあい、一人の方が亡くなり、二人が障害を負ってしまった。
そのことで「運動の羽根が折れてしまった」といいます。
 
ところが1986年にチェルノブイリ原発事故が起こり、ゆっくりと再度の運動が立ち上がって行ったのだとか。
この運動は徐々に力を増し、1996年には高速増殖炉、スーパーフェニックスの開発中止を勝ち取りました。
今では原発に反対する900以上のグループ、NGOが存在していて、多彩な運動を繰り広げているそうです。
 
福島原発事故後も、フランスのこれらのグループは懸命に日本の市民派を支援してくれました。
とくにクリラッドという市民と科学者からなるグループは、すぐに沢山の測定器を福島に送ってくれて、測定者のトレーニングまでフランスで行ってくれました。
福島でたくさんの測定所が立ち上がったのはこうした支援のおかげによるところが大きかったと聞いていますが、そこにくるまでにフランスで長い苦労があったのですね。
 
これらのことがほんの短い時間にわーっと語られ、しかも僕の拙い英語力でどこまで理解できているかよく分からないのですが、しかしフランスの方たちが長く続いた困難の中から、今日の脱原発運動を築き上げていることが知れて感動しました。
発言の最後は「フランスで最初のチェルノブイリ事故が起こる前に、核の火を止めたい」と締めくくられました。
 
さてこの日は他にプナールさんがトルコの様子を1時間にわたって語ってくれ、僕も30分のプレゼンを行いましたが、これらはまたあとでご報告します。
可能な限り、この早朝の時間を使っての報告を続けたいと思いますが、途切れてしまったらごめんなさいです。
 
最後にこの活動へのカンパをお願いしたいと思います。
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賛同していただける方は、よろしくお願いします。
 
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明日に向けて(1398)核のない世の中を目指して、世界の人々とともに!(ドイツで企画に参加します!)

2017年07月16日 18時30分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です(20170716 18:30 ドイツ時間) 

みなさま。ドイツのデーベルンという都市にいます。
ここで明日から開催される反核サマーキャンプに参加するためです。
キャンプの案内が乗っているHPを示しておきます。
 
Anti-nuclear summer camp
http://www.nuclear-heritage.net/index.php/Anti-nuclear_summer_camp_2017
 
7月14日早10時の便で関空を発ち、ドイツ時間で14時半にフランクフルトに到着、入国。
そのまま空港で待機して午後22時の飛行機でライプチヒに着きました。ホテルに入ったのは23時半でした。
15日は近くの駅から11時過ぎの電車に乗り、ライプチヒ中央駅を経由して午後1時過ぎにデーベルンに到着。車でピックアップしてもらってキャンプに着きました。
ちなみにスタッフ以外では一番の到着でした。
 
この地はドイツの東側。都市で言うとライプチヒとドレスデンの中間ぐらいにあります。東に進むとすぐにポーランドであり、南に下るとチェコのプラハです。
ポーランドという国名の語源は平原。山がなくてどこまでも広々とした野原が広がっているからなのですが、この辺もそれに近い。
電車の中から見ていても、広い広い平原が広がっていました。
その中に森がある。日本と違って森は平地にあるのですね。それがデーベルンを訪れての第一印象でした。
 
さてついてから何をしていたのかというと、明日のプレゼンに向けての原稿を必死で書いていました。
英語で30分もスピーチします。そのための原稿を日本で仕上げきれずに、こちらまでかかえてやってきて、飛行機の中で、空港で、ホテルで頑張って書きました。
なかなかいいものができたのですが、実は友人で英語の先生もしている平賀緑さん(本職は食べ物の研究者です。知る人ぞ知るで画期的な研究をされています。僕の講演にも一部内容を取り入れさせていただいています)のバックアップを受けました。
添削してただいたら、たくさんの赤が入ると同時に、僕が疲れて端折ったところの幾つかが英作してくれていて、自分で書いたものより何倍も凄いものができあがりました。読んでいて感動してしまった!自分の文章にではなくて、平賀さんの訂正部分、追加部分にです。
 
今朝はそれに伴うパワポを作っていました。1から作ったので時間がかかりましたが7時間ほどでなんとか完成。
緑さんに「長過ぎるので少し削っては」というアドバイスも受けたので、少しだけ削る作業もしました(笑)
あとは明日を待つだけになったのですが、この時間を逃してはと、「明日に向けて」を書いています。
 
今回のお招きは、2014年にポーランドの国際会議にいったときに出会ったドイツ人のFalkさんによるものです。
なんでもヨーロッパのあっちこっちから若者たちを中心にテントをもって人々が集まってくるという。そこで僕にも日本のことを語って欲しいという。
なんだかいいなと思って応じたのですが、チープな人々が集まってつくるキャンプなので渡航費が出せないという。
うーん。でも応じるしかないなと考え、みなさんにカンパを訴えて参加することにしました。
その後に講演会等でカンパをしていただきつつ、今回にいたっていますが、まだ少し足りていません。可能な方にお力添えいただけたらと思います。
 
今回の僕の役目は日本の状況を伝えることです。僕はそれを通じて、参加してくるみなさんと一緒に明るい展望を共有したいと思っています。
何より伝えたいのは、福島原発事故以降、日本の中でデモが本当にたくさん増えたこと、人々の活性化が産み出されていることです。
首相官邸前からはじまった金曜デモなど、多くの場でなんと250回を数えようとしています。
 
このことを写真入りで伝えたいなと思っていたら、なんと播磨の方たちが僕が出国する14日夕方に250回目を行うという。
関空に向かう電車の中で、播磨の菅野さんからアピール要請の電話が来たので、出国便搭乗ギリギリ前にアピールを行い、同時に写真が欲しいとお願いしました。
そうしたら「250回」というボードが真ん中にある素敵な写真が幾つか送られて来ました!これをさっそくパワポに取り込みました。
明日、ドイツのみなさんたち、ヨーロッパやトルコ、インドからもきているみなさんに、首相官邸前の写真などともにおみせします。
 
さらに僕は今回初めて海外で原子力災害対策への取組みについてお話しします。
篠山市の例とともに、この動きが各地で強まっていることも伝えて、この動きがデモにはなかなか出て来ない多くの人々、とくに保守サイドの方たちとの原発の危険性をおおらかに共有することに極めておおきな位置があることを話そうと思います。
ちなみにいま、篠山市で「原子力災害にたくましく備えよう」と題したハンドブックを作っていて、それがこの21日に出版されるのでそれも伝えます。
みなさんもこの日から篠山市のホームページで見ることができるようになる予定ですので、ぜひご覧下さい。
 
それらを話した上で、最後に東芝の崩壊についてお話しします。
これまで書いてきた通り、東芝の崩壊は原発路線をまっしぐらに走って来たが故に起こったものです。
原子力産業に未来がないことが東芝の崩壊で鮮明になったと言えます。
同時にだからこそ、原発輸出を経済成長路線の軸においていた安倍政治が崩れ出しているのです。
そんなときだからこそ、森友、加計問題での情報のリークが相次ぎ、官僚の反乱にすらいたっているのだと僕は思っています。
軸は原発路線の行き詰まりなのです。
 
ではだれがそれを作ったのかと言えば、私たち民衆なのです。
だから明日、僕は「ここに集っている私たちのような民衆が、原子力産業を追いつめているのだ」と高らかに宣言しようと思います。
緑さんが見事に書き足してくれた文章を朗々と読み上げて。
 
さて、どんな人が来るのだろうとワクワクして待っていたら、さきほど見覚えのあるドイツ人に出会いました。
「ケルブレイン博士ですか?」と尋ねたら「そうです」という!
ワオ!3年前、初めての原発問題での海外訪問の時に、ドイツでお会いし、ベラルーシまで一緒にいった高名な疫学の教授です。
偉い方なのだけれど、いつもニコニコしていて、周りの人へのさりげないサービスを欠かさない、すごく素敵な初老の男性です。
あのとき以来、とても尊敬してきた方なので、ケルブレイン博士に発言を聞いていただけると思うだけでなんだかとても嬉しくなってきました。
 
もちろん他の誰に対しても心を込めてお話しするつもりです。
そして国境を越えた民衆の力で、本当にここらで原子力産業にとどめをさして終らせていくこと、その可能性を大きく拓くことに貢献しようと思います。
明日の本場を頑張ります!
 
最後にカンパ先を記しておきます。
ぜひお力添えください。
 
振込先 郵貯ぎんこう なまえ モリタトシヤ 記号14490 番号22666151
他の金融機関からのお振り込みの場合は
店名 四四八(ヨンヨンハチ) 店番448 預金種目 普通預金
口座番号 2266615
 
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明日に向けて(1397)ヨウ素剤事前配布の推進等を求めて京都府北部などでお話ししてきます!

2017年07月07日 11時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です。(20170707 11:00)

京都府綾部市に向かうJR特急はしだて号の中で書いています。綾部では「いわんの里」さんで午後に講演します。その後、夜に舞鶴市、明日午後宮津市で講演し、夜に伊根町で懇親会に参加します。とくに舞鶴市ではヨウ素剤配布に焦点をあててお話しします。
高浜原発に近い京都北部の人々と、原発について、命について、未来について、じっくりと語り合ってきます。
 
その後、9日早朝に丹後半島を発って東京に向かい、DAYS JAPAN主催の「ヨウ素剤の自主配布相談会」に参加してこようと思っています。
その日のうちに京都市に戻り、翌日10日夜に元田中の市民環境研究所で、放射性廃棄物問題の学習会に出ます。
またまた熱い連続行動です。企画情報を貼付けます。可能な方、それぞれの場でぜひお会いしましょう!
 
*****
 
☆暮らしと子どもたちの未来☆
「本当はどうなの?教えて!守田敏也さん
~日本の憲法と世界の平和~」 

7月7日(金) 午後1時半〜3時半
綾部市上八田上ノ岡ノ下24 農家民泊 イワンの里
参加費 1000円

共謀罪、食の安全、北朝鮮、国民投票、憲法、教育…いろいろ気になる社会の動きについて、どんな初歩的な質問でも、守田さんに投げかけてください。小さなお子さん連れのお母さんも大歓迎です。帰りはきっと笑顔になれますよ。

***

「舞鶴でも出来る☆安定ヨウ素剤全戸配布!
~篠山市なの先例に学ぶ講演会~」

7月7日 (金) 午後7時~
舞鶴市総合文化会館 小ホール
入場無料
※ 活動支援のため、カンパのご協力をお願いいたします。

小さなお子様連れでも ご聴講いただけるスペースをご用意いたします。

原発事故発生時に環境中に広まる放射性ヨウ素を体内に取り込む前に、安定ヨウ素剤を服用すれば、内部被ばくによる甲状腺がんの予防に効果があります。篠山市や茨城県ひたちなか市などでは、全市民を対象とした安定ヨウ素剤の事前配布を行っています。福島第一原発事故の教訓から、事故の影響は、10キロ圏内でとどまることはなく30キロ圏内に入る舞鶴市全域に及ぶ危険性があります。実際の避難の際には、道路の寸断や交通渋滞などによって、ヨウ素剤の配布は非常に困難なことと考えられます。配布場所へ向かう間に被曝するリスクもあるでしょう。

こうしたことからも、舞鶴市はもとより、丹波から若狭にいたるまで、安定ヨウ素剤の事前配布を行うことが、避難計画の最低条件の一つだと思うのです。

篠山市で安定ヨウ素剤の事前配布実現を推進された、篠山市原子力災害対策検討委員会のおひとり、フリージャーナリストの守田敏也さんに、事前配布の実際と、課題解決、防災の備えなどについて、伺いたいと思います。

***
 
原発ゼロをめざす宮津・与謝ネットワーク総会と講演

〜再稼働した高浜原発を前に、何をしたらよいの?〜
原発からの命の守り方
2017年7月8日
みやづ歴史の館 第会議室

1あいさつ 13:30
2ゼロネット活動報告 13:35
3活動交流 13:50
休憩 14:00
4講演「原発からの命の守り方」14:15

連絡先 与謝地方教育文化センター内 0772-22-0321

***

「ヨウ素剤の自主配布相談会」のお知らせ (医師、事前配布を望む各地の運動や個人、弁護士、賛同人ら対象)

DAYS 救援アクション ( 東京都世田谷区松原 1-37-19-402、世話人:広河隆一)は 2017 年 5 月 22 日、関 係各省庁、各電力会社、原発立地自治体及び周辺の自治体に宛てて、【ヨウ素剤の事前配布の要望書】を提出しました。
あれから 1 か月以上がたちましたが、状況は良い方に進展していません。 原発再稼働は進み、いよいよ原発事故というものが過去にも未来にも「無いこと」にされていきそうです。 私たちは要望書で、なぜ事前配布が必要かを書きました。現在、5 キロ圏のみならず、30 キロ圏内にも事前配布するようにという自治体と住民の動きが活発化しています。一日も早くそれが実現されることを望みます。 福島原発事故の時の私たちの失敗の一つは、政府や自治体や「専門家」を信じ、期待をしてしまった事でした。 私たちは要望書に、ヨウ素剤の配布圏を、原発から 5 キロ圏や 30 キロ圏でとどめてはならないことも書きました。チェルノブイリ原発事故や福島第一原発事故の教訓により、原発からはるかに遠い所でも、甲状腺 がんが多発していることが明らかになっているからです。要望書の最後には、次のように書きました。

「ヨウ素剤の配布が政府や自治体の手で実施されるまでの間に、次の原発事故が起こらないとは限りません。 海外で実施されているような「人道的配布措置」、あるいは「緊急避難的措置」として、自分たちの手で自分や周りの人の健康を守るために、ヨウ素剤の自主的な配布を実施したいと考えます」

この趣旨に賛同する人々の増加により、私たちはいよいよ自主配布の実践に取り掛かることにしました。 これを進めるための会合を以下の通りおこないます。今回は医師や自主配布を望む各地の運動や個人、弁護士、呼びかけ人による中規模な会(100人)とします。お早目のお申し込みをお願いします。 

日時:2017 年 7 月 9 日(日)14 時半〜 17 時 会場:DAYS赤坂見附貸し会議室 4A

東京メトロ「赤坂見附駅」徒歩 1 分、「永田町駅」徒歩 8 分

説明会内容:事前配布の準備状況、サプリメントの説明、 ヨウ素剤(医薬品)の説明(分量、服用の時期、副作用、使用期限) 実施を検討している各地からの話(鹿児島、大分、千葉ほか) 

医師の話、弁護士の話、住民の話 事前配布説明会の流れ、説明書や会場配布チラシについて 在日外国人、旅行者対策について

ヨウ素剤の次に取り掛かることー避難
緊急時ホームページについて など。
参加予定者:崎山比早子、広瀬隆、武藤類子、藍原寛子、青山浩一(医師)、鈴木利廣(弁護士)、広河隆一ほか 

申し込み:daysaction@daysjapan.net 電話 : 03-5376-7898 FAX: 03-3322-0353

主催;DAYS 救援アクション(世話人代表 広河隆一)

***

福島第一原発事故で放出された放射能にさらされ、除染作業などによって集められた膨大な放射性「汚染土」。これを8000Bq/kgのものなら公共事業で再利用してしまえというあまりにひどい政策が進められつつあります。私たちは、この問題についての学習研究会を立ち上げ継続してきました。
第9回研究会は、前回に引き続いて放射能汚染防止法制定の動きについて考察します。6月25日にこの内容で岡山市で企画があり守田敏也さんが参加してきたのでその報告もしていただきます。テキストとして今回も『制定しよう 放射能汚染防止法』(山本行雄著 星雲社)を使います。それぞれの方がお持ちになる必要はありません。主要部分をレジュメ化してご紹介します。
なお今回は河野益近さんも参加され、「放射能汚染防止法」制定運動について思うところを述べていただきます。いろいろと質問にも答えていただきましょう。

7月10日(月) 午後7時~9時
場所 市民環境研究所(京都市左京区田中里ノ前21石川ビル305)
主催 NPO法人・市民環境研究所
呼びかけ 石田紀郎(市民環境研究所代表理事)
     守田敏也(フリーライター・市民環境研究所研究員)
参加費 若干のカンパをお願いしています。
連絡先 090‐5015‐5862(守田)

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明日に向けて(1396)九州北部豪雨を考えるーいまこそ自衛隊を災害救助隊に改編すべきだ!

2017年07月06日 16時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です(20170706 16:00)

昨日5日より九州北部を豪雨が襲っています。すでにたくさんの方が被災され、あるいは亡くなられています。胸が痛むばかりです。
とくに激しく降っているのは福岡県と大分県で一時は「大雨特別警報」が発令されていました。さきほど14時10分には解除され、大雨のピークは過ぎたとされていますが、まだ「大雨警報」は継続中です。
またこれまで降った雨だけでも洪水や土砂崩れを引き起こすに十分な量であり、7日も大雨が続くと見られていることから、これらの地域ではなお十分な警戒や早めの避難が必要です。
「特別警報」では「ただちに命を守る行動」をとるべきことが訴えられていましたが、いまも警戒を解くことはできません。どうか危険地帯におられる多くの方に、安全対策を十分にとり、早めの避難を行うなどしてこの危機をやり過ごしていただきたいです。
 
同時にこうした「想定外」の自然災害が私たちに災害対策のあり方を抜本的に変えるべきことを強く示唆しているということもここで強調しておきたいです。
今回、福岡県朝倉市では気象庁の観測点で24時間雨量が541.5ミリだったそうです。1976年の観測開始以来最大です。県が設置した雨量計はもっと凄い値を記録していてなんと9時間に700ミリを越える雨量が観測されたそうです。想像を絶する値です。
福岡県の1981年から2010年までの年間降水量は平均で1612.3ミリ。年間で最も雨の多い7月でも平均277.9ミリでしたから、昨日、朝倉市では年間平均降水量の約43%が、わずか9時間で降ってしまったことになります。
大変、恐ろしい。これまでのあらゆる対策が容易に突破されてしまう雨量だからです。70センチメートルもの水の塊が襲ってきたのです。
 
しかしこうした「想定外」の自然災害は何も今回初めて起こったわけではありません。昨年4月に熊本県益城町で起こった地震は震度7が2日のうちに連続しました。これまた観測史上初めてのことでした。
また昨年は台風が初めて東北地方に上陸したし、北海道にもやはり初めて一シーズンに3個が上陸しました。他にもここ数年「観測史上初」のことがオンパレードです。
世界に目を移してみても、この6月22日にアメリカのカリフォルニア州で摂氏52.8度の熱波が記録されています。同じ時期ヨーロッパ各地でも熱波が記録され、トルコでは7月3日に地中海沿いのアンタルヤで45.4度が記録されました。
原因は十分に分かりませんが、明らかに地球的規模で気候のあり方が急変し、これまでの「想定」が通用しなくなっているのです。
 
日本の場合、とくに水害被害が激しく出ていますが、事態はとても深刻です。なぜなら日本は世界の中でも群を抜いて水害に弱い国になってしまっているからです。
講演でよくもよく指摘することですが、スイスの保険会社(スイスリー)がまとめた全世界660都市の危険度ランキングで、なんと東京・横浜がワースト1位、大阪・神戸が4位、名古屋が6位に入ってしまっています。

これらは「洪水、嵐、高潮、地震、津波」のリスクから算出したもので、原発のリスクは入っていません。スイスリーは世界の人々の「ワースト10の都市には移住すべきではない」と勧告すらしています。

これには今後30年に7割の確率で、50年だったら9割の確率で来ると言われる南海トラフ地震のリスクなども入っています。

またこのことを踏まえて元東京都職員の土木専門家、土屋信行さんが次のように述べています。

「日本を攻撃するのに、軍隊も核兵器も必要ない。無人機が一機、大潮の満潮時にゼロメートル地帯の堤防を一カ所破壊すれば、日本は機能を失う」(東京新聞2014年9月7日)

そもそも日本の近代の河川対策は洪水封じ込め型で、とにかく堤防をかさ上げすることの繰り返してきたので、実は利根川や淀川が有史以来、最大の水量をたたえてしまっているのです。だからこそ満潮時に堤防が大決壊すれば大都市が機能を失ってしまうのです。

にも関わらず政府は積極的な対応に踏み込んではいないし、野党の側からもこれを積極的に選挙の争点にしようとしているところはありません。国をあげて災害に甘い状態が現出してしまっています。端的に言って、国防がないがしろにされています。

私たちはだからこそここ数年、豪雨が降るたびに犠牲者は多くの被害を出していると捉えるべきではないでしょうか。自然の猛威ばかりでなく、事前の対策が悪いから被害を抑えきれていないのではないでしょうか。

では何をどうすべきなのか。僕は対策の柱として自衛隊の災害救助隊への改編を急ぐべきだと思います。

理由は簡単。実際に自衛隊は災害救助ばかりを担っているからです。しかし自衛隊のままで今後の災害の拡大に備えるのにはあまりに不十分です。

そもそも自衛隊は戦闘組織です。「敵」を殺すための組織であって、命を助けるために特化していません。その象徴が迷彩服です。敵に見えないことが重要なのです。しかし救助隊は要救助者に見えなくてはいけないのです。ここからしてまったく違う。

災害現場の映像をご覧になってください。消防関係の救助隊はほとんどがオレンジ色の服を着ています。目立ちやすいようにです。ところが自衛隊は迷彩服で、山岳や森林をバックにすると見事に見えなくなってしまう。

この格好で災害救助を続けるのはばかばかしい。効率が悪すぎるのです。誰がこのことを一番感じているかというと他ならぬ自衛官のみなさんだと思います。災害の現場で直感するはずです。これまでだってそれが生死を分けていることもあるはずです。

また戦車やジェット戦闘機があっても災害救助には何の役にもたちません。イージス艦があっても、台風一つ、撃ち落とせるわけでもないのです。

だとしたらこれらの予算を削り、その分、災害対策車両などを増やせばいいのです。その方が稼働率だって断然、あがるはずです。だって自然災害が次々と襲ってきているのですから。

さらに言えば日本の技術は優秀ですから、まだ世界に一台もないような新型の消防車や救急車を開発して積極的に使用すればいいのです。そうなれば世界に売って利益を得ることだってできます。世界が災害に喘いでいるからです。

しかも軍事技術が敵に知られないために秘密主義となり、その点からも自由な売買などできないことに対して、災害対策車両は、人の命を救うスキルの塊なのですからどんどん公開していけばいい。それで世界でおおらかに開発競争だってしたら良いのです。

いや何も車両を売るだけでなく、再編された災害救助隊をこそ、必要に応じて世界に派遣したら良いのです。そうすれば「あんなに良い国を襲うわけにはいかないだろう」と思ってもらえます。それこそが安全保障の要です。

いわゆる「テロ」と一方的に言われている武装襲撃事件などが起こる可能性だって大きく抑えられるでしょう。

お隣の国、中国の各地への進出に神経を尖らせている人々がいますが、そうであるならば中国で災害が起こった時に大々的に助けに行ってあげれば良いではないですか。それでこそ中国の姿勢に影響を与えることだってできます。徳を持ってです。

いやそんなことをしなくても、いまだって中国の庶民は私たち日本に住まうものたちのことをとてもよく思ってくれていることをぜひ知っていただきたいです。「爆買い」現象などはその象徴です。

あれは「日本の人々は誠実で真面目だから、けして消費者を裏切るようなものは作らない」というとてもおおきな信頼(過度の美化や美しき誤解も含んでいる)のなせる技です。

自衛隊を災害救助隊にどんどん変えて、災害対策を抜本的に強化すれば、自然災害の多発に対して私たちが命を守れる可能性をどんどんあげることができるし、さらにそれを必要に応じて派遣することで多くの国にこの国を「徳」のある国と受け止めてもらえる。

いやそれどころか、世界史の中で初めて他国の災害救助も考えた部隊を創出した国として歴史に残るかもしれない。未来世代にそんな名誉を贈りたいものです。

リアリティから考えても、理想から考えても、この道を歩むことが僕は最も合理的であり、妥当だと思います。

もちろんすぐにはそうならないので、民衆自身がもっと能動的に災害対策に取り組むこと、国や行政に対応をお任せする姿勢をあらため、あらゆる災害を想定して、対策をほどこし、避難訓練などを行っていきましょう。

そのためのノウハウの基軸にあることこそ、「正常性バイアス」「集団同調性バイアス」「パニック過大評価バイアス」などの災害を前にした心理的罠にはまらない心構えを作ることであり、そのためにも事前のシミュレーションを重ねるべきことを訴え続けていますが、同時にぜひみなさんに「自衛隊を災害救助隊に変えよう」という声をあげていただきたいです。繰り返しますがこれが最も合理性のある道だからです。

そうすると「それは理想主義だ。現実を見ていない」などという声が必ず出てくると思いますが、実はこの声を発している最大の母体こそ軍需産業だということを知っておきましょう。

武器を作り、売りさばき、定期的に使ってもらうことで生業を立てているこの産業界こそが、常に「武器をなくせというのは理想だ」「空論だ」「非現実的なロマン話だ」などと言い続けているのです。それやそうでしょう。そうでないと滅亡するのですから。

しかし反対に武器をもって平和が作れているのでしょうか?作れるはずなどない。そうしたら武器がいらなくなってしまい、弾があまって仕方がなくなってしまうからです。軍需産業は定期的に戦争がないと困るのです。

だから戦争は、武器製造者こそが武器とともに作り出しているものでもあることを私たちはしっかりと認識しておく必要があります。

そもそも、元東京との職員の方が言うように、もはやこの国を軍事で守ろうとするのも無理です。海岸線にたくさんの原発を作ってしまったし、石油コンビナートなどもたくさんあるからです。

しかもこの国の政府は実は心の底から北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を信頼していたからこそ、福井県にあんなにたくさん原発を建ててしまったのだとしか思えません。ある意味でかの国に甘えきっているのがこの国の歴代の指導者たちなのです。

もちろん僕自身もかの国が原発を襲うことなど考えているとはまったく思いません。その意味でこの国の歴代の指導者たちのこの信頼が間違っていたとも思えません。

ただだったらもはや軍事力ではこの国を守れないことのリアリティにたつべきなのです。信頼と徳をもってしかこの国は守れない。だからこそそれを大きく促進させるために、自衛隊の災害救助隊への改編を急げば良いのです。

もちろん隊員たちは人殺しの訓練を受けて来ているわけですから、そのマインドコントロールを解く必要があるでしょう。

しかしアメリカ軍と比較するならば、いまの自衛隊は教官も含めて、人を殺したことのない人々で運営されている組織です。世界でもっとも軍隊から遠い軍隊です。なので軍隊から災害救助隊への転換の道も他国に比べて大きく広がっていると思います。

だからこそ、自然災害の猛威を前に、私たちはこの国に、災害対策をもっと充実させることを訴えて行かなくてはならないし、そのおおきな柱として災害救助隊の創出を訴えて行きましょう。

*****

これらの点も含めて「原発からの命の守り方」について7日午後7時から舞鶴市で、8日午後1時半から宮津市でお話しします。舞鶴ではとくにヨウ素剤について詳しくお話しします。

ぜひお越し下さい。

 「舞鶴でも出来る☆安定ヨウ素剤全戸配布!

~篠山市なの先例に学ぶ講演会~」

7月7日 (金) 午後7時~
舞鶴市総合文化会館 小ホール
入場無料

***

「原発からの命の守り方」

7月8日(土)午後1時半〜

みやず歴史の館 大会議室

主催 原発ゼロをめざす宮津・与謝ネットワーク

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明日に向けて(1395)浜岡原発に南海トラフ地震が襲ったら何が起こりうるか(牧之原市、静岡市でお話します)

2017年07月01日 11時00分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です。(20170701 11:00) 

いま1日の午前11時、新幹線の中からです。静岡県牧之原市に向かっています。午後1時半から牧之原市さざんかで、2日午後1時より静岡市労政会館でお話しします。
ここ数日、静岡のこと、牧之原市のこと、浜岡原発のこと、そして南海トラフ地震のことの分析に明け暮れてきましたが、講演を前にした記事の最後に、浜岡原発に南海トラフ地震が襲った時に何が起こりうるかを考えてみたいと思います。
 
現在、浜岡原発はまる6年停止しています。そこに南海トラフ地震が襲った場合、どんなことが起こりうるのでしょうか。
実は明日の静岡市での講演に向けて「事前質問」が来ていて答えを作成中でもあるので、それをご紹介しながらこの考察を進めたいと思います。質問は以下のごとしです。
「稼働中の原発事故と停止中の原発事故では、被害の規模が違うと思います。停止中の場合稼働中に比べ、放射性物質放出開始時間と放出量は何分の1程と思われますか?」

答えは「もちろん稼働中の方が圧倒的に危険です」です。「しかし事故がどこまで進展するか予測がつかないので放出量比較等はできません」と付け加えねばです。
稼働中の場合、一番恐ろしいのは原子炉の緊急停止、スクラムに失敗することです。
南海トラフ地震で恐ろしいのは何より地震動。この点は東南海トラフでの動きだけでなく、それと連動して起こりうる余効変動も怖い。前回の記事に書いた1945年の三河地震などがそうです。
このとき土地が1.5メートルも隆起している。こんなことが浜岡原発の直下で起こったらと思うと身体が寒くなります。しかも原子炉が動いていたら最悪です。

制御棒が入らずに停めることができなかったら原発は暴走し、それこそ大爆発を起こしてしまうかもしれない。
その場合の被害は想像を絶します。福島原発事故の比ではありません。もっと膨大な量の放射能が飛び出すのです。周辺でものすごい量の急性死が起こるでしょうし、現場に近づくのもままならず、広範な地域が立ち入り禁止区になって放棄せざるを得なくなるでしょう。地震が発生しうる場に原発など建ててはいけないのはこのためです。
最も「中央構造線」の直近にある伊方原発3号機や、この断層の延長線上に立地している川内原発1、2号機がいまも動いているのですが‥。

さて停止中の原発では何が起こりうるでしょうか。一番怖いのは燃料プールが破損し、そこから放射能が漏れだすことです。
これには二つのパターンが考えられます。まずは冷却機能を失うことで燃料が溶け出してしまうことです。
核燃料は制御棒が入ると核分裂連鎖反応が停まります。核分裂はウランやプルトニウムに中性子が当たることで始まり、それらが分裂するときに新たな中性子が飛び出し、次のウランやプルトニウムにあたることで連鎖していきます。制御棒はその中性子を吸収することで連鎖反応を停めるのです。
 
核分裂反応に伴う発熱も大幅にダウンしますが、その先に「崩壊熱」が出続けます。核燃料の中には核分裂でできた無数の放射能が封印されています。ヨウ素やセシウム、ストロンチウムなどなどです。
これらは放射線を出して違う物質に変わっていきます。これを「崩壊」というのですが、その時にも熱を出すのです。
核燃料をプールに沈めているのはこの熱をとるとともに、とにかく凄い放射線が出てくるのでそれを封印するためでもあります。水は放射線を遮るもっとも優れた素材でもあるからです。
反対に言えば、使用済み核燃料はだからかなり長い間、水から出すことができないのです。熱量も放射線値も高すぎるからです。危険を承知で原子炉という防壁の外にあるプールに何年も沈めておかなくてはならない。原発の大きな弱点の一つです。

このため燃料プールの水は循環させて冷却を続けているのですが、怖いのは地震などによって冷却システムがダウンしたり、配管破断やプールそのものの損傷によって水が抜けてしまうことです。
冷却ができなくなった場合は徐々に水が減って行きます。それで燃料棒が水面から出てしまうと周辺にすごい放射線を発することになり人が近づけなくなってしまう。そのまま水がなくなるとやがて燃料は崩壊熱で溶け出します。
こうなると最悪です。炉内で起こったメルトダウンではまだしも圧力容器があり、そのまわりに格納容器があります。格納容器は放射能を閉じ込める最後の「砦」です。
もっとも福島原発事故ではその最後の「砦」も壊れてしまったわけですが、だからといって格納容器が全面崩壊したわけではありません。

ところが燃料プールの場合、いったん燃料が溶け出したらもう何も封じ込める機能はないのです。たちまち周辺に人が近づけなくなり、あとはなるがままにまかせるしかなくなります。
そうなると例えば隣の号機の燃料プールなどにも手当ができなくなり、その原発サイト全体が危機に陥り、崩壊し、膨大な放射能を出すのを停められなくなります。最悪の事態です。
この場合の危険度は核燃料が運転からどれぐらい経っているかにもよります。原子炉から取り出した直後は崩壊熱も高いのですが、半減期の短い核種がどんどん違う物質に変わって行くので時間とともに放射能の量も減り、熱量も下がるからです。
例えば放射性ヨウ素131は半減期が8日ですから80日目には約1000分の1に減ります。さらに80日経つと100万分の1にまで減ります。これとともに崩壊熱も小さくなりますから、こうした点からは燃料プールは時間が経てば経つだけ、安全度が高まると言えます。

それでは浜岡の今はどうなのかというと、運転停止から6年間経っていますから熱量もかなり下がっています。残念ながら具体的な数値を示す資料を見つけられなくて紹介できませんが、この点では冷却系統がダウンしてもすぐにプールが干上がるわけではないと言えます。
この点で大地震や大津波に襲われてトラブルが発生したとしても、すぐに核燃料が溶け出す事態にはいたらず、対処のための一定の時間的余裕があるとは思います。この点で長く停めて来た分だけ、安全マージンを増やせていることを私たちは確認すべきです。ただしその対処を東南海が地震と津波で激しいダメージを受けている中でなさなければならない可能性があるわけですが。
これに対して川内や伊方や高浜では、せっかく長く停めて安全マージンを増やしていたのに、炉内で再びどんどん放射能を作り初めており、危険性を日々、拡大させていることもみておく必要があります。

さて燃料プールにはもう一つの脅威があります。「再臨界」の恐れ、核分裂反応が始まってしまう恐れです。いまの浜岡の場合、より脅威なのはこちらではないかと僕には思えます。
燃料プールには燃料棒を納めるラックが沈められています。その中に一体ずつ使用済み燃料体を組込んでいくのですが、これには慎重を要します。
なぜかというと使用済み核燃料の中には、核分裂していない「燃え残り」と言われるウラン235と、ウラン238に中性子があたって生成されたプルトニウム239が含まれています。どちらも核分裂性物質です。
これを取り出すことを「再処理」と言います。もともとプルトニウム型原爆を作るために開発されたシステムですが、ともあれこうして取り出したプルトニウム239を再度、燃料として使うことが目指されて来たわけです。

この際、重要なのは核分裂性物質のやっかいな特性です。端的に言って、ある程度の量が集まると、自発的に核分裂反応が始まってしまうのです。これがとても怖い。
燃料プールの中にはこのためにラックが設けられていて、核燃料同士がプールの中で接触しないようにしているわけですが、恐ろしいのは大地震などで燃料プールが揺さぶられ、ラックが壊れて変形を被り、核燃料が接近してしまうことです。
大津波を引き起こしうる大地震や、1.5メートルもの土地の隆起を伴った三河地震のような直下型の地震に原発が襲われ、燃料プールが大きな打撃を受けた時に、この恐ろしいシナリオが動きだしてしまう可能性があります。
その場合にどんな状態になるのか、正直なところ僕には想像できません。燃料プールの打撃の受け方、ラックの壊れ方とうとうによって何通りもの事故の進展の仕方があると思いますが、ともあれどれもとても恐ろしい。臨界爆発にいたる場合ももちろんあるでしょう。

しかもこの燃料プールの被災による再臨界を恐れなければならない根拠がもう一つあります。
「リラッキング」です。プールの中をつめつめにしてしまっているのです。以下に資料を示します。

政策選択肢の重要課題 使用済燃料管理について―国内動向ー
2012年2月23日 原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会 内閣府 原子力政策担当室

この中の4ページに出てくる日本中の原発の燃料プールの容量をみてみると、総体で69%が埋まっていると書かれていますが、実はこの数字は嘘なのです。
もともとはもう100%にいたってしまっているはずだった。燃料プールはどんどん余裕がなくなりつつあったのです。
理由は燃料プールから取り出してもっていくはずの場だった六ヶ所村の再処理工場がいつまでたっても完成しないからです。
それで全国の原発が困りはててしまった。運転した後に使用済み核燃料を入れるプールの容量がつきてしまうともう運転ができなくなるからです。
それで思いついたのがラックを狭めに作り直してプールの容量を増やすことなのでした。これが「リラッキング」の正体です。(6ページ参照)

しかし先にも述べたようにもともと使用済み核燃料には核分裂性物質が含まれているので、近づけると再臨界の危険性が高まるのです。
燃料プールの中のラックは、当然にもこのことを考慮した間隔を確保して設計されました。しかし容量がなくなることが確実になったので狭めてしまった。
要するに運転継続のために安全マージンを削ったのです。しかも再臨界をさせないためのマージンをです。あまりに恐ろしい。

浜岡原発はどうかというとこの時点で燃料プールの66%が埋まっているとされていますが、これまた嘘です。
5ページをみると1〜3号炉の燃料プールでリラッキングがなされています。4号炉はラックが増設されている。プールを大きくしたわけではないのに。
さらに1〜3号炉と4号炉、1〜4号炉と5号炉で共用化がなされています。
つまり浜岡原発の燃料プールも核燃料をつめつめにして容量を増やしているのです。その分、再臨界をふせぐマージンが削られています。
これが恐ろしさの根拠です。もともとの設計思想を無視し、より危険な状態での運転が強行されてきたのです。その結果、いま、プールに核燃料がより接近した形でひしめいています。

これは全国の原発に共通することがらです。燃料プールからの運び先が完成しないのなら、その時点で運転を中止すべきだったのに、安全マージンを削って運転してきてしまった。
日本の原子力政策がこのような発想で進められて来たこと自身に大きな危険性がありますし、とにかく全国の燃料プールから核燃料を降ろすことが必要ですが、繰り返し指摘するように浜岡原発は、ものすごい高い確率でやってくるとされている南海トラフ地震に襲われうる位置に立地しているのですから、とにかく早く核燃料を安全な状態に移す必要があります。そのためには再稼働をさせないのはもちろん、早く廃炉にし、安全化を図らねばなりません。

今日の午後、僕は先進的に再稼働反対の旗を掲げて来た牧之原市のみなさんにこのことを訴えようと思うのです。

連載終わり

*****
 
原子力防災学習会
原発から50キロの兵庫県篠山市はどのように問題意識を共有していったのか?
 
講師 守田敏也氏
7月1日(土) 13:30〜15:00
会場 牧之原市さざんか
入場 無料・申し込み不要
15:15より懇親会を行います。参加費500円
 
主催:浜岡原発を考える牧之原市民の会
連絡:柴本08052957196 山崎0548522187
後援:牧之原市
 
*****
 
『原発からの命の守り方』 
~福島の教訓から学び、明日の暮らしにつなげる一歩へ~ 
守田敏也さん講演会 

日時:7月2日(日)13:00~16:00 
場所:静岡市労政会館(3 F )ロッキーセンター 
講師:守田敏也さん
参加費:当日1,000円 前売り800円 学生500円 
チケットは下記賛同団体まで、賛同団体はFBページに随時追加していきます。
キッズスペースあり(要予約) 
連絡先 :09092479731 (山田) 09039546563 (小笠原) 

主催:静岡市「守田敏也講演会」実行委員会 
賛同団体:保険医協会・自治労連・静岡YWCA・311を忘れない in 静岡・原発なくす会静岡・再稼働反対アクション@静岡・広域避難を考える県東部実行委員会 

FBページ 静岡市『守田敏也講演会』実行委員会 
https://www.facebook.com/morita.toshiya.kouenkai.shizuoka/
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明日に向けて(1394)浜岡原発は再稼働させないだけでなく廃炉にして早く安全化すべきだ!(牧之原市、静岡市でお話しします)

2017年06月30日 23時30分00秒 | 明日に向けて(130...

守田です。(20170630 23:30)

 
明日より静岡県に行ってきます。1日牧之原市、2日静岡市でお話しします。お近くの方、ぜひお越し下さい。
さてその静岡県では6月25日に知事選の投開票が行われ、現職の川勝平太氏が三選を果たしましたが、27日にその新知事が浜岡原発再稼働について「今後四年間に中電から同意を求められても同意しない」との意向を明らかにしました。
何はともあれ浜岡原発再稼働反対を表明された知事の姿勢に拍手を送りたいと思います。中日新聞の記事を示しておきます。
 
川勝知事 浜岡再稼働の不同意明言
中日新聞 2017年6月28日
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20170628/CK2017062802000100.html
 
しかしただ再稼働させないだけでは足りません。廃炉を決定するとともに危険な燃料プールから核燃料を降ろしてより安全な管理に移行することを進める必要があります。
これは全国の原発で言えることですが、とくに浜岡原発の廃炉化と安全化を急ぐべき理由は、ここが南海トラフ地震の被災予想地域に位置しているからです。とてつもない危険性があります。
 
静岡の両市でもぜひお話ししたいですが、私たちは迫り来る南海トラフ地震の恐ろしさをきちんと把握し、備えておかなければなりません。
この地震はいつかやってくることが確実視されている地震です。それもマグニチュード8クラスの地震が起きる確率が、今後30年以内で60~70%、10年以内だと20%程度、20年以内で40~50%。 50年以内だと90%程度以上と予測されています。
ともあれ「何時かは壊滅的なことが起こる」と考えて、何重にも構えておく必要があるのです。そのための重要な一歩が、浜岡原発をできるだけ安全な状態にしておくことです。再稼働など論外。それより燃料プールの核燃料を早く安全な状態にしなければ。

「明日に向けて」では(1381)で、岩波新書『南海トラフ地震』の書評の形で少しだけこの災害に触れましたが、今回はもう少し浜岡原発との関係でこの地震のことを見ておきたいと思います。
南海トラフ地震の恐ろしさは一つに震源域が極めて長いことがあります。静岡県沖の駿河湾から四国沖、九州の近くまで続いている。これがいっぺんに動くと太平洋沿岸部が何百キロにもわたって被災してしまう可能性があります。
この際、東日本大震災との顕著な差があります。地震の起こりうる「トラフ」がより沿岸に近いところにあるため、一度、大地震が起こると、東日本大震災よりはるかに早く津波が押し寄せてくるのです。
最短が予測される駿河湾では3分とも言われています。四国の徳島沿岸部で20数分です。このため地震が起こってからの逃げ出す余裕がはるかに少ない。
 
社会的にも大きな差異があります。被災予測地域が長く、人口密集地帯が多いため、きわめて被災者が多くなってしまうことです。
被災した側と助ける側の人口比でみてみると、東日本大震災では、被災者980万人を残りの1億1700万人が助ける関係になりました。割合で言うと1対12でした。
これに対して南海トラフ地震の想定被災者は3500万人。これをまだ傷の癒えていない東北の人々も含めた9200万人が助けなければならないのです。2対5の割合です。大変なことです。

どうしても火事も発生するでしょうし、土砂災害も併発するでしょう。あの東日本大震災のときとて、各地に陸の孤島が現出し、なかなか助けが届かない地域があったわけで、南海トラフ地震はこれを大きく上回る可能性があります。
より長期の停電も起こるでしょうし、物資の停滞や遅配も起こるでしょう。各被災地は、当面は助けが来ないことを覚悟し、自力で命を長らえなければならないでしょう。
そんな時に浜岡原発が致命的な被災をして危機に陥ってしまったらどうなるでしょうか?当然にも福島原発事故のときよりも圧倒的に少ない人員と機材で対応しなければならなくなるでしょう。事故の悪化を防げる可能性も圧倒的に少ないのです。
しかもそれで大量の放射能が飛び出してきてしまった場合、人々の逃げる力もかなり弱まっているでしょう。だからそんなリスク、今のうちに「とっとと」なくしてしまう以外ないのです!これは国防上の第一要件です。

単純な道理ですが、南海トラフ地震は避けることができません。私たちはまだまだ自然の猛威に対して大変非力です。しかし原発は廃炉にしてしまうことができるのです。
燃料棒の処理はやっかいでなかなか完全な安全化はできませんが、しかし原発サイトの燃料プールにいれてあるよりはよりましな管理の仕方はありえます。

いやそれだけではない。南海トラフ地震に対して、備えを厚くすることは他にも幾らでもできます。中でも重要なのは自衛隊の災害救助隊への改編を急ぐことです!
イージス艦なんかいらない!ジェット戦闘機もいらない!戦車もミサイルも長距離砲もいりません。そんなもの、災害に対して何の役にも立ちやしない。
そうではなくて、隊員に命の守り方、助け方、救い方の教え、救助訓練を繰り返し、その上で災害対策に特化した特殊車両を増やし、現代科学技術の粋を尽くしていざというときに備えるのです。

いや東日本大震災でだって、熊本地震でだって、すでに「いざ」という時は何度も来ているのです。あのときに自衛隊が災害救助隊に再編されていたら、もっとたくさんの人を救えたでしょう。
何も自衛隊でなくたっていい。国や地方行政の予算をもっと災害対策に振っていれば、それでもより多くの人が助けられたでしょう。もっともっとやっておくべきことはあったはずです。
それを考えた時に、本当にいまは東京オリンピックなんてやっている場合ではないのです。それよりももっと真剣に災害対策を進めないといけない。
そもそも福島の現場だってまだ事故収束していないのです。膨大な被災者がこの国をさまよっているのです。なにより被曝防護をもっとしっかりと進めなくてはいけない。

私たちは福島原発事故の教訓からも、自然災害の猛威の中からも、このことにこそ覚醒しなくてはいけません。
地球的規模の気候変動すらある中で、自然災害にも人工災害にも対処し、備え続けるためにこそ、最大の資源を投入しなくてはなりません。それがなくて「国防」など成り立ちようがありません。

さてその南海トラフ地震について、私たちは和歌山県最南端の潮岬を「分水嶺」にしばしば二つに分かれて襲来したことを知っておく必要があります。
この地震は記録の残る西暦684年の白鳳地震以降、およそ100〜200年おきに大きな揺れが繰り返されて来ましたが、その場合、東と西が同時に動く場合もあれば、1日から2年ぐらいの間で双方が動く場合もあり、さらにどちらかだけにとどまったこともあります。
しかも地殻の大きな変動が起こるため、揺り戻す形での地殻変動である余効変動という動きもあり、このときは直下型の大きな地震が起こっています。

近年では江戸時代末期、1854年12月23日に安政東海地震が起こり、翌日24日に安政南海地震が起こっています。それぞれ潮岬の東と西が1日おいて動いたのです。
さらに太平洋戦争末期の1944年12月7日に昭和東海地震が起こり、それから2年経った1946年12月21日に昭和南海地震が起きています。
この昭和の東南海地震の間の1945年1月13日に余効変動としての三河地震が起きています。このとき現在の蒲郡市にある宗徳寺では本堂の隣にあったお堂に続く裏山が1.5メートルも隆起してしまいました。今も本堂とお堂の高低差をみることができます。
これらから学んでおくべきことは、南海トラフ地震はいっぺんに破局的に動くこともあれば、東と西に分かれ、その間に直下型の地震も伴って襲ってくることもありうることです。

これら幾つかのパターンを予測し、例えば片方が動いたら、もう片方は少なくとも数年間はあらかじめ避難できる人は避難しておくとか、危険なものはなんでも停止しておくとか、危ないものの蓄積をしないとか、さまざまな対処が考えられます。
最低でも片方が動いたならば、その近くに自衛隊を災害救助隊に改編して駐屯させておくとよいでしょう。その間に余効変動がありうることにも十分な警戒をしつつです。
とにかくこの時期は、被災しうる人口をできるだけ少なくしておくこと、反対に助けられる側の人口をできるだけ多くし、助けるための手段を増やしておくことが必要です。

これらを考えるならば、つまり南海トラフ地震による被災の巨大さ、被災人口の多さを考えるならば、とにかく早く浜岡原発はなくしてしまわなくてはいけない。
そもそも原発をなくしてすら、昭和の南海トラフ地震と比較したときに、石油コンビナートを始め、一度、壊れたら大災害に発展する現代構築物が無数にあります。
私たちはこれらの点も含めて、「浜岡原発を再稼働させないのは当たり前。早く廃炉にして安全化させよう」と声を上げていく必要があります。

続く

*****
 
原子力防災学習会
原発から50キロの兵庫県篠山市はどのように問題意識を共有していったのか?
 
講師 守田敏也氏
7月1日(土) 13:30〜15:00
会場 牧之原市さざんか
入場 無料・申し込み不要
15:15より懇親会を行います。参加費500円
 
主催:浜岡原発を考える牧之原市民の会
連絡:柴本08052957196 山崎0548522187
後援:牧之原市
 
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『原発からの命の守り方』 
~福島の教訓から学び、明日の暮らしにつなげる一歩へ~ 
守田敏也さん講演会 

日時:7月2日(日)13:00~16:00 
場所:静岡市労政会館(3 F )ロッキーセンター 
講師:守田敏也さん
参加費:当日1,000円 前売り800円 学生500円 
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明日に向けて(1393)牧之原市に安定ヨウ素剤事前配布の全市化を実現して欲しい!(牧之原市、静岡市でお話しします)

2017年06月29日 11時00分00秒 | 明日に向けて(130...
守田です。(20170329 11:00)
 
前回の続きです。牧之原市が市民向けに出したパンフレットを再度、ご紹介します。
 
「これからのエネルギーについて考えよう」
牧之原市 政策恊働部企画課
 
全体として説得力のある素晴しい内容になっており、幾つも大切な論点があるのですが、僕がこの中ではっとしたのは、牧之原市が各原発から30キロ、50キロ圏の人口を示し、この点では浜岡原発周辺人口が最も多いことを訴えていることです。
幾つかの原発を選んでの記述ですが、先ほどのPAZの人口だけでは見えてなかった、危険性にさらされたより広範な地域の人口が見えてくるので貴重です。以下、列挙します。(同パンフレット14ページ)
泊=30キロ8万人・50キロ24万人、柏崎刈羽=30キロ44万人・50キロ113万人、福島第一=30キロ15万人・50キロ58万人、東海第二=30キロ93万人・50キロ149万人
浜岡=30キロ74万人・50キロ214万人、大飯=30キロ14万人・50キロ45万人、玄海=30キロ25万人・50キロ139万人
 
この指摘はなかなか鋭い!5キロ圏だと約8万人とダントツの人口を抱える東海第二原発でも、30キロ圏では93万人といまだトップですが(浜岡は74万人)、50キロ圏となると149万人で、この点では浜岡原発の方が214万人と大幅に多くなるのです。
福島原発事故後に長い間、全村避難を続けて来た福島県飯舘村が、福島原発から30キロから47キロに位置していることを考えても、これはとても重要な指摘です。ひとたび事故が起こるとより多くの人々が被ばくしうるのが浜岡原発なのです。
もちろん事故の被害は50キロですら軽々と越えてしまう可能性があります。福島原発事故とて本来、政府が避難指示をだすべきところに出さなかっただけで、もっと広域の避難が必要だったし、今も必要なのですから。
 
一方で同パンフレットでは、牧之原市が「電源立地地域対策交付金」を受けて来たことも丁寧に明らかにしています。
それによると交付対象は御前崎市(旧浜岡町・旧御前崎町)、牧之原市(旧相良町)、掛川市(旧大東町)、菊川市(旧小笠町)で、1〜5号機での総額はなんと381億3451万6千円。
牧之原市はその17.8%の67億7220万3千円を受け取っています。それで保健センター、給食センター、温泉会館、コンサートホールなどが建てられ、道路整備や上水道配水管布設も行われて来たことが記されています。(同12ページ)
 
これらも記した上で、しかし「東北地方太平洋地震は想定外の地震津波というけれど‥欧米では、地震の発生する地域には原発を造らないのが原則です」ときちんと主張されています。(同13ページ)
また使用済み燃料問題についても解説した上で、後半で「これからのエネルギー」について考えることを市民に問いかけており、代替エネルギーの可能性なども指摘しています。
その上で「あなたは、福島原発事故後のエネルギーを、浜岡原子力発電所の今後をどう考えますか?」という問いかけでパンフレットを結んでいます。対話的な姿勢が光ります。
 
牧之原市はその後もこうした姿勢を維持。2016年9月からは浜岡原発に関する対話的なワークショップも設定し、4回にわたって開催しました。
これを発表した同年6月の市議会定例会で西原市長は次のように述べています。
「再稼働に関する議論が電力会社や住民を含めてなされることを期待している。賛否両方の意見を出し合う場にしたい」。以下、静岡新聞の記事を示しておきます。
 

浜岡原発巡り「対話」を 牧之原市、ワークショップ開催へ

静岡新聞 2016年6月17日
 
ワークショップは「牧之原市のくらしとエネルギーを考える」意見交換会と命名され、終了後にホームページで内容が紹介されました。以下、報告ページを示しておきます。
http://www.city.makinohara.shizuoka.jp/bg/shisei/ent/8942.html
 
同時に牧之原市は昨年9月15日に静岡県に対して、安定ヨウ素剤の事前配布を5キロ圏内にとどめず、同31キロ圏内の「緊急防護措置区域(UPZ)」にまで広げることを求めた要望書を提出しました。
要望書では「緊急避難時、UPZ圏内の住民に安定ヨウ素剤の迅速かつ効果的な配布は困難と予測される」として市内全域への配布を求めるとともに、「より簡易な方法」での配布を可能にすることも求めました。以下、静岡新聞の記事を示します。
 

ヨウ素剤「31キロ圏も事前配布を」 牧之原市、静岡県に要望

静岡新聞 2016年9月15日

牧之原市はこれらを進めながら、2016年10月から11月にかけて5キロ圏内での安定ヨウ素剤事前配布を実現しましたが、対象13600人に対して69.7%の配布率であったことを後に発表しています。
浜岡原発が建っている御前崎市で、ほぼ同時期の配布で60.8%、牧之原市はこれを大きく上回る実績を残しました。これらもまた牧之原市の一貫した対話重視の姿勢の中で実現されたことだと思われます。
牧之原市はその後も市民の意識調査等を実施。2017年5月25日の市議会常任委員会合同協議会の席上で、浜岡原発の今後を尋ねる市民アンケートで「停止しておいた方が良い」に51.6%の賛意が得られたことを発表しています。
「浜岡原発の安全性が確認できれば稼働した方が良い」は21.0%、「どちらとも言えない」は17.9%、「分からない」が5.7%だったそうです。
 
以上、牧之原市の取組を見てきましたが、一方で危険な浜岡原発再稼働に反対する姿勢を鮮明にしつつ、しかし一方で市民に対話的姿勢を示しつつ、市民とともに歩む姿勢はとても素晴しいと思いました。
同時にこうした対話的姿勢は、それを引き出して来たであろう市民の存在も大きく感じさせてくれました。行政の側だけが優れているのではなく、市民の側からも行政を育てて来たアプローチがあったのではないかと思えます。
牧之原の市民のみなさん、市役所のみなさん、市議会議員さん、市長さんの先進的な取組に拍手を送りたいと思います。
 
さてその牧之原市に呼んでいただけるのは何とも光栄なのですが、僕としてはやはり「とっとと逃げる」ことを基軸として、原子力災害対策をより前に進めていただきたいと思います。
同時に牧之原市がここまで来ているのであれば、ぜひとも5キロ圏だけでなく、ヨウ素剤事前配布を全市へと広げていただきたいと思います。これらを講演で呼びかけます。
いまのところ同市がそこまで踏み込んでいないのは「UPZの町が足並みを揃えた方が良い」との判断からのようですが、しかしすでに川内、伊方、高浜と再稼働が強行されており、足並みを揃えるための時間的余裕がないのも事実です。
いまはできるところからどんどん安定ヨウ素剤の事前配布を拡大していき、その中で「原発とは何か、原発事故とは何か、原発から命を守るために何が必要なのか」という議論を、全国的に拡大していくことが問われています。
ぜひ牧之原市のみなさんにそうした議論の先鞭をつけていただきたいと思いますし、僕自身も喜んで一緒に担いたいと思います。
 
牧之原市での1日、熱くなりそうです!みなさま、ぜひご参加ください。
翌日、静岡市でも熱気を引き継ぎますので、そちらにもぜひご参加を!
 
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原子力防災学習会
原発から50キロの兵庫県篠山市はどのように問題意識を共有していったのか?
 
講師 守田敏也氏
7月1日(土) 13:30〜15:00
会場 牧之原市さざんか
入場 無料・申し込み不要
15:15より懇親会を行います。参加費500円
 
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後援:牧之原市
 
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日時:7月2日(日)13:00~16:00 
場所:静岡市労政会館(3 F )ロッキーセンター 
講師:守田敏也さん
参加費:当日1,000円 前売り800円 学生500円 
チケットは下記賛同団体まで、賛同団体はFBページに随時追加していきます。
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明日に向けて(1392)浜岡原発再稼働に反対して(7月1日牧之原市でお話しします)

2017年06月28日 23時30分00秒 | 明日に向けて(130...
守田です。(20170628 23:30)
 
7月1日に静岡県牧之原市、2日に静岡市でお話しすることになりました。
このため牧之原市のことをいろいろと調べていましたが、同市がこれまでとても先進的に原発再稼働反対の旗を掲げて、さまざまに奮闘して来たことが分かり、胸を打たれました。
訪問を前にしてこの点をまとめたいと思います。
 
牧之原市は浜岡原発が立地している御前崎市の東隣にある町です。御前崎岬から東側、焼津市や静岡市に向かう海岸線を形成しています。
浜岡原発のそばにもたくさんの人が住んでいて、5キロ圏内の人口は14061人です。(2014年4月1日現在)
ちなみに御前崎市の5キロ圏内人口は34273人。合計で48334人が浜岡原発から5キロ圏内に生活していることになります。非常に多いです。
 
日本の原発で直近に最もたくさん人が住んでいるのは茨城県の東海第二原発です。
立地している東海村の約37000人の他、日立市、ひたちなか市、那珂市など約8万人が暮らしています。
浜岡原発周囲はこれに次ぐ人口を抱えていることになります。さらにこれに次ぐのは柏崎刈羽原発でここは5キロ圏内に25073人(2014年度資料より)が住んでいます。
 
ちなみに稼働中の原発から5キロ圏内の人口を見てみると以下のごとしです。
川内原発は薩摩川内市に4902人が住んでおり(2014年4月1日現在)、伊方原発は伊方町に5496人が住んでおり(2015年4月1日現在)、高浜原発は高浜町8165人、舞鶴市641人、合計8806人(2014年4月1日現在)が住んでいます。
これらもとても多い。事故時に最も危険な地帯にこれだけの方が住まわれていることに胸が痛みますが、比較してみると東海第二原発と浜岡原発が突出していることが分かります。
 
しかも浜岡原発はかなりの確率ですぐにもやってくると言われている東海地震や南海トラフ地震の震源域に建っておりその点からもとても恐ろしい。
このため2011年5月6日に時の民主党の管政権が運転停止を中部電力に要請。9日に同電力が受け入れ表明をして14日に運転中だった4号機と5号機が止められました。政府の要請で運転を止めた今のところ唯一の原発です。
 
その浜岡原発には5基の原発があり、6基目が計画されていました。このうち1号機と2号機は2009年1月30日に運転終了し、廃炉が決定されています。
3号機は2010年11月29日より定期検査中で、福島原発事故後もそのまま止められています。4、5号機は上述のように2011年5月14日より停まっています。すでに6年が経過しています。
浜岡原発はすべて沸騰水型。廃炉になった1、2号機はマーク1型、3、4号機はマークⅠ改型、5号機は改良型沸騰水型(ABWR)で、いずれも原子炉を東芝が、タービンを日立製作所が作成しました。
 
端的に言って、ほとんど福島第一原発と同じように作られて来ていますから、他の原発にも増して、福島事故の検証が終るまでは再稼働すべきでないのは言うまでもないことです。
同時に検証がまだまだ長くかかることを考えれば、それが終った時にはあまりにも長く停めすぎたことになるためもはや動かすのは無理でしょう。いやそもそも現時点でも6年以上停まっていますから、もはや動かすのはそれだけでも危険です。
日本中のすべての原発を再稼働させるべきではありませんが、東海地震、南海トラフ地震の可能性も考えて、絶対に稼働させてはいけないのが浜岡原発であることは間違いありません。
 
さてこの原発に対して、5キロ圏内に約14000人が住む牧之原市は、福島原発事故後にこうした浜岡原発の危険性にはっきりと目覚め、市長と議会が一体となって再稼働反対を唱えて来ています。
まず2011年9月26日に牧之原市議会が浜岡原発に対して「確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り、永久停止にすべきである」とする議決案を可決しました。
このとき西原茂樹市長が議場で「市民の安心・安全のため、永久停止は譲れないと強調したい」と発言されています。西原市長はいま(2017年6月末)でも現職にあります。

浜岡原発「永久停止」を決議 静岡・牧之原市議会
朝日新聞2011年9月27日
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201109260134.html
 
この牧之原市の姿勢はすぐに周辺自治体にも波及しました。
同じく9月に菊川市議会が浜岡原発再稼働を認めないように求める意見賞を可決。12月に吉田町議会が浜岡原発の廃炉を求める決議を可決。
掛川市議会も浜岡原発の安心安全が満たされない限り再稼働をしないとする意見書を可決。これらにより浜岡が動かせないことが決定付けられました。
 
僕が牧之原市が「すごい」と思ったのは、こうした決議の採択と市長の支持表明、周りの自治体での決議などに終らせず、なぜ浜岡原発再稼働に市長と市議会が反対したのか、市民に説明するかなりしっかりしたパンフレットを作りあげたことです。
製作年月日が記されていないのですが、記載されているデータなどをみるとおそらくは2012年末か2013年年初ぐらいに出されたのだと思います。
以下にアドレスを示します。見応えがあるのでぜひご覧になってください。
 
「これからのエネルギーについて考えよう」
牧之原市 政策恊働部企画課
http://www.city.makinohara.shizuoka.jp/bg/shisei/upload/これからのエネルギーについて考えよう.pdf
 
続く
 
*****
 
原子力防災学習会
原発から50キロの兵庫県篠山市はどのように問題意識を共有していったのか?
 
講師 守田敏也氏
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会場 牧之原市さざんか
入場 無料・申し込み不要
15:15より懇親会を行います。参加費500円
 
主催:浜岡原発を考える牧之原市民の会
連絡:柴本08052957196 山崎0548522187
後援:牧之原市
 
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