「国民保護のウソ」の妄想




 渡名喜氏は「国民保護のウソ」で

 「日本の国防も北から南へシフトし、抑止から対処へ、静的防衛から動的防衛へと転換した。尖閣問題は住民の安全を目的としているものではなく、あくまでも領土問題なのである。福島の原発事故で我々が目にしたのは、国民保護の嘘である。災害時でさえ国民保護は無理であり、ましてや島嶼部で戦争が起きた場合、住民保証は絶望的だろう。そうなると国は住民保護をやめ、動員し、死を受容させるようになる。現在福島では住民に死を受容させている」と述べている。
 渡名喜氏は、尖閣問題は領土問題であるから住民の安全を目的としていないと書いているが、それはおかしい。日本の領土であれば領土にすんでいる日本国民の安全を守るのが国の責任である。尖閣諸島は日本の領土であるから日本の漁師を守る義務が国にある。だから、国は尖閣諸島の領海に中国の漁船や巡視船が侵入しないように努力している。

 渡名喜氏は、住民の安全と領土問題を切り離しているが、国は日本の領土内の日本国民の安全を守る努力をやっている。国は尖閣諸島を日本の領土であると主張するから、領海内に侵入した中国の漁師や巡視船を実力で排除するするのである。それは領土を守ると同時に住民を守ることになる。

 ただ、復帰前はアメリカ軍が尖閣諸島の領海は守り、中国漁船の侵入はなかったので、八重山の漁師は尖閣諸島了解で自由に漁をすることができたが、復帰後は自民党政府が尖閣諸島の領海を守る努力を怠り、それに乗じて中国の漁船が尖閣諸島の領海を占領して、八重山、宮古の漁船を追い出した。中国漁船が尖閣諸島の領海占領が続いていたが、中国漁船の巡視船への衝突事件をきっかけとして、国は中国漁船を尖閣諸島の領海から実力で排除した。

 しかし、まだ不穏な状況であるために、八重山の漁師はまだ尖閣諸島の領海で漁をすることができない。八重山の漁師は尖閣諸島の領海で自由に漁ができるように国に要求しているのが今の状況だ。

 渡名喜氏の「ましてや島嶼部で戦争が起きた場合、住民保証は絶望的だろう」と主張しているのは「軍隊は住民を守らない」という考えを根拠にしているからである。「軍隊は住民を守らない」は沖縄の革新寄りの知識人に定着した考えだ。

「軍隊は住民を守らない」という考えは沖縄戦の南部の戦争体験からきている。
沖縄戦では10万人近くの住民が戦火に巻き込まれて死亡したが、そのほとんどの住民は日本軍が集結した南部戦線で死亡した。日本軍がいたのに10万人近くの住民が死亡したのは日本軍が住民を守らなかった性であるからという考えから、「軍隊は住民を守らない」とある革新政党が主張した。それから、「軍隊は住民を守らない」という考えが広まっていった。
 しかし、南部戦線で死亡したのは住民だけではない。10万人近くの日本兵士も死亡している。南部に追い詰められた日本軍は圧倒的に戦力が勝るアメリカ軍に玉砕覚悟で勇猛に戦い散っていった。南部戦線で日本軍は壊滅し、10万人の兵士は戦死したのである。
殲滅する運命の軍隊が住民を守ることができるはずがない。「軍隊は住民を守らない」は南部戦線の日本軍の戦いを無視した理屈だ。
 殲滅された軍隊がどうして住民を守ることができるだろうか。「軍隊は住民を守らない」ではなく、「殲滅される運命の軍隊は住民を守ることはできない」である。沖縄の南部戦線において「軍隊は住民を守らない」という考えは間違っている。

 アメリカ軍の上陸する前に、沖縄の住民は南部に避難するか北部に非難するかで意見が二分し、南部に非難する住民と北部に非難する住民に分かれた。
 南部に非難する理由は、南部には日本軍がいるから日本軍がアメリカ軍を撃退するだろうから、南部は安全という考えからだった。住民にとって日本軍は強大な皇軍であり、アメリカ軍を撃退するものと信じていた。
 北部に非難する理由は、北部は山が多く隠れる場所が多いことであった。

日本軍が集結した南部は、鉄の暴風と呼ばれるほど艦砲射撃が激しく、住民も日本軍も多くの犠牲者をだした。
 地上戦でもアメリカ軍の戦力は圧倒的であり、アメリカ軍との戦闘で日本軍は10万人の戦死者を出し殲滅された。そして、日本軍が守ってくれると信じて南部に非難した10万人近くの住民も戦火に巻き込まれて死んだ。

「ましてや島嶼部で戦争が起きた場合、住民保証は絶望的だろう」と主張しているのは「軍隊は住民を守らない」という考えを根拠にしているが、その根拠は間違っている。だから「ましてや島嶼部で戦争が起きた場合、住民保証は絶望的だろう」という推理も間違っている。

 それに、「軍隊は住民を守らない」の考えが生まれたのは軍国主義国家時代の戦争であり、戦後の民主主義国家の戦争にダブラすことはできない。
尖閣諸島の領海から中国漁船を追い出したが、まだ、八重山の漁師が尖閣諸島の領海で漁をするのは、漁師の安全確保ができないという理由で禁止している。国は国民の身の安全を優先させている証拠である。

 渡名喜氏は「田母神俊雄も退職会見で日本が侵略国家だとしたら・・・・・」と述べているが、田母神俊雄は国から自衛隊の幹部として失格の烙印を押されて首になった人間である。彼の主張を批判するのはいいが、彼の主張を国は否定しているのであり、彼の主張を国の主張とするのは間違いだ。

 戦後の日本国家は天皇崇拝国家でないし、軍国主義国家でもない。右翼が政権を握っているわけでもない。ところが渡名喜氏は現在の日本の民主主義国家を天皇崇拝国家、軍国主義国家、右翼政権のように看做している。渡名喜氏の意見は現実離れした意見だ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

カーブきり・・・アート俳句 六百六十六~六百六十八句

六百六十六句





六百六十七句





六百六十八句




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )