沖縄平和主義は差別主義





「戦を刻む南洋の島」の掲載は昨日から始まり、今日は2回目である。
昨日の見出しは、「県人犠牲の実態不明 沖縄と二重写しの悲劇」であった。今日の見出しは「見えない民間人の悲劇」である。

フィリピンを旅行していたある若者のブログに、彼がフィリピンの田舎の旅をした時、村の酒座に参加したことがあったが、長老が「戦前、お前たち日本人がフィリピンでどのような残忍なことをしたか知っているな」と問い詰められたそうだ。予想もしていなかった詰問に彼は驚いたが、彼は日本軍による残虐行為を素直に謝ったそうだ。すると長老はにこりと笑い、「反省しているのなら歓迎だ」と言って、仲良く酒を飲んだということを掲載してあった。フィリピンにはまだ日本による植民地支配の傷跡が残っているということを気づかされたとブログは結んでいた。

沖縄の人たちの移民で、ブラジルに移民したケースと南方に移民したケースは内容が違う。ブラジル移民は相手国の許可を得、一民間人として移民生活をしている。だからゼロからの出発であり苦労の連続であった。
しかし、南方への移民は日本軍による原住民を武力制圧した地域への移民であり、帝国主義日本国家の植民地政策の一環であった。ブラジル移民者が土地を得るためには多くの苦労があったが、南方への移民者が土地を得るのは日本軍が植民地にした土地をあてがうので苦労はなかった。作物もさとうきびを国が指定し、製糖工場も建てられたので、懸命に畑仕事をすればよかった。

南方には日本軍が武力で原住民を支配し、国策として砂糖を生産するために多くの沖縄県民を移住させたのだ。南方の原住民を差別し、抵抗するものは有無を言わさず処刑したのが南方の歴史である。

沖縄の平和主義者は沖縄が日本やアメリカに差別されていると怒る。そして、本土の人たちが沖縄の差別を知ってくれないことを嘆く。

琉球新報に掲載している「戦を刻む南洋の島 2」の題名は「見えない民間人の悲劇」である。沖縄平和ネットワーク代表世話人である村上氏にとって、沖縄県民が移住した南方でその土地の原住民が差別され虐げられたことは全然関心がないようだ。彼にとって「民間人」とは沖縄県民だけであり、原住民は民間人ではない。つまり、原住民は沖縄県民とは異種のものであり、人間として存在するものではないのだ。

村上氏はサイパンが戦場となり、多くの沖縄県民が戦争に巻き込まれて死んだことの悲劇を問題にしているが、サイパンを日本の植民地にしなければサイパンが戦場になることはなかった。日本の植民地政策で他人の土地に銃剣で押し入り、原住民を蹴散らして、日本人が我が物顔で住んだ。移民した私たち沖縄の人間も南方を植民地支配した日本の一員であり、南方の原住民を差別しひどいことをしたのだ。

差別問題を真剣に考えるなら、沖縄の被害者側からだけの差別を問題にするだけではなく、沖縄の加害者側としての差別も考えるべきだ。

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TPP・八方美人学者は役立たず





小泉首相が構造改革をしようとした時、多くの学者に協力を求めたがほとんどの学者が腰を引いたらしい。日本の学者の理論は実行力のない机上の理論が多いということだ。

沖縄国際大学の富川学長は、「比較優位性のあるマンゴーなど外国と差別化できる品目と、国民の基礎的食料・甘味資源として必要なサトウキビやコメなど保護すべき品目は分けるべき」と農業の貿易自由化に反対するような意見を述べたかと思うと、「一方でアジアの成長を取り込むことは沖縄の発展に不可欠だ」と貿易自由化に賛成するようなことも匂わせる。そのあげく、「それを推進するのはTPPなのか、FTAなどの二国間協定なのか、手法はさておき」と肝心なTPP問題への追求をはぐらかし、「貿易拡大でGDPが増えれば、税収も増える」と当たり前のことを述べ、「必要なところに必要な予算を投下することが必要だ」とますます当たり前のことを述べて終わっている。

「まず政府は具体的な農政ビジョンを示すべきだ」と富川学長は話しているが、むしろ学者がビジョンを示すべきだ。学者は客観的な立場に立てるから思い切ったビジョンを示すことができる。専門的な視点から追求して厳しい意見をすることもできる。

例えば、沖縄のさとうきび生産に将来性はあるのか。離島の農業に将来性はあるのか。さとうきびに代わる作物はあるのか。TPPを実施した時に沖縄の農業は生き残れるのか。生き残るにはどうすればいいのか。
離島は農業から他の産業への転換は可能なのか。
このような問題に客観的に追求すべきは学者である。学者だからこそ豊富に資料を集め、じっくりと分析し、より客観的な結論が出せる。

富川学長は大規模農業について一言も触れていない。現状の農業を固定したまま農業問題を考えていては沖縄の農業の将来図は描けない。富川学長は知識は豊富かも知れないが、沖縄の農業の将来への提言はなにもやっていない。


さとうきびの生産は年々減っている。それなのに保護して将来もずっと続けていいのか。私はさとうきびは将来はやめたほうがいいと思う。

政府や県は農業は大規模農業に転換を推進すると同時に、農業よりも二次産業と三次産業の発展に力を注いでほしい。
カラーコピー機の組み立て方法に屋台式組み立て法がある。屋台のように組み立て道具を回りに置き、独りでコピー機を組み立てるやり方だ。流れ作業よりも屋台式のほうが質量ともいい生産ができる。屋台式組み立てなら沖縄でもできる。アジアから部品を輸入して、沖縄で組み立てて輸出することが可能だ。電気自動車はガソリン車より部品が少ないから、沖縄で生産が可能である。観光をアピールするのに電気自動車は最適である。沖縄の全車を電気自動車にすることを経済戦略にし、電気自動車の生産を沖縄でやるのは実現可能だ。

政府は金型を沖縄でやることを決め、金型関連の会社が沖縄に工場をくるようになった。TPPは沖縄の第二次産業の発展を可能にする。

沖縄の学者はもっと沖縄の現実を見つめ、沖縄の発展につながる提言をしてほしい。
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琉球新報「ひずみの構造」批判 4





沖縄の島ぐるみ運動といえば祖国復帰運動である。「祖国に復帰すれば、核も基地もない豊かな生活ができる」というのが祖国復帰運動のうたい文句であり、祖国復帰運動は同時にアメリカ軍事基地撤去運動であった。軍用地料の値上げを主張するということはアメリカ軍基地を認めるということであり祖国復帰運動とは相容れない。軍用地料の値上げに動いたのは基地容認派の自民党系の組織であり、祖国復帰運動を主張する革新系の組織とは対立関係にあった。

このことから考えると、島洋子さんの説明では軍用地の値上げを主張する島ぐるみ運動と、祖国復帰運動との沖縄には二種類の島ぐるみ運動があったことになる。しかし、軍用地主たちが大規模な集会を持ち島ぐるみ運動をしていた記憶は私にはない。軍用地主は働きもしないのにお金が入ってくる。だから軍用地をもっていない人間から羨ましがられたりねたまれたりしていた。
祖国復帰運動をしている側からは、アメリカ軍に土地を貸すということは戦争に加担していると見られていたし、軍用地主が軍用地料の値上げ運動をしたら、戦争を認めたよくばり人間として非難されていたはずである。だから軍用地主が表だって運動できるはずがなかったし、運動はしなかった。
軍用地の値上げは、現在と同じように土地連の代表者が政府と政治交渉をしたのであって、島洋子さんのいうような島ぐるみ闘争はやっていない。

アメリカ軍による土地接収への反対運動、米兵による殺人、婦女暴行、交通事故などへの抗議運動や犯罪を犯した米兵がアメリカ軍事裁判で無罪なったことへの抗議運動が島ぐるみ闘争として展開されたのであり、祖国復帰運動とドッキングさせることによって大規模な運動と発展していった。そのような祖国復帰・反基地運動に対して、「米軍は商業に打撃となるオフ・リミッツをちらつかせ闘争の沈静化を図った」のであり、軍用地料値上げ運動に対して、オフ・リミッツをちらつかせたなんてあり得ないことだ。笑ってしまう。戦後のたった60年余の歴史であるのにこんなに事実とずれてしまうとは信じられない。

普天間基地の辺野古移設に地元である辺野古は賛成している。辺野古はヘリコプター基地関連の仕事や収入が生じて過疎化にストップができるからだ。しかし、辺野古に基地ができてもなんの収入もない他の地域は辺野古への普天間基地移設に反対している。
基地から恩恵を受ける地域は基地に賛成で、基地からなんの恩恵も受けない地域は基地に反対するというのが沖縄の基地に関する基本構図である。

沖縄の島ぐるみ運動は、祖国復帰、アメリカ軍事基地撤去のスローガンでもりあがったのであり、共産党、社会大衆、公務員、教員、マスコミが主流になって展開されてきた。それは今も同じである。

「中部から人材が輩出されないのは軍用地料がある故、ハングリー精神が失われた」というのは間違っている。中部は軍用地が密集しているために街として発達しにくい。それに比べて那覇は軍用地がすくないだけでなく、県庁、那覇港、那覇空港と経済が発展する条件が揃っている。
環境の違いであって軍用地料は関係ない。そもそも多くの人間は軍用地料をもらっていないのであり、軍用地料をもらっている人間の割合は低いのだ。

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TPP・農業構造の転換が必要




離島の農業問題はむつかしい。解決策は簡単には見つからないだろう。しかし、製糖工場の閉鎖は続いている。離島のさとうきび栽培は確実にじり貧になり、消滅危機に直面するのは時間の問題だ。

沖縄の農業の大型化をやることによって、離党の農業の構造転換を図ることが必要だ。たとえば本島で農業を経営する会社が離島の農業も経営し、離島に若い農業従事者を派遣するとか、会社が離島でつくる野菜を指定して買い取りをするとかすれば離島の農業も生き残るだろう。

問題は、小規模農業を維持し農業従事者の高齢化を進めるか、大規模農業に転換するかである。自民党は大規模農業を支援し、大規模農業に補助金を与えていたが、民主党が一律に農家への補助金をやるようになったので、補助金目当てに小規模農業が増えてきているという。このままだと、補助金は増えるが農業は衰退するという不条理な日本農業になっていくだろう。

TPPをやらない限り日本農業の構造転換はできない。
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琉球新報「ひずみの構造」批判 3




戦前の沖縄経済の中心は農業だったことは沖縄は第一次産業の時代であり産業が発達していなかったことを示している。沖縄では軽工業さえなく、着物は各家庭で機織りを使って芭蕉布をつくっていた。
農業人口が73%であることは農業が栄えていたということではない。第二次産業が発達していないということだ。産業が発達していな沖縄の人々は農業をするしかなかったし、貧しい生活を送っていたのだ。
農業で生活するには広い土地が必要である。しかし、沖縄の土地は狭い。だから親の土地を引き継ぐのは長男に限られ、次男、三男は農業を引き継ぐことができなかった。だから、農業をやりたい次男、三男を中心に沖縄の人々はブラジルや南方に移民した。
戦前は農業人口が73%であったことは沖縄の貧しさを現しているのであり、戦前の農業中心の沖縄経済では沖縄の人口の限界は50~60万人という統計もある。
島洋子さんは戦前の農業人口が73%であり、小規模農業であったことを述べているが、このような農業が沖縄の人々の貧困の原因であることは無視している。

それに、なぜアメリカ軍が「銃剣とブルドーザー」で強引に基地を建設したか、その理由を追及していない。
朝鮮戦争・ウィキペディア
犠牲 [編集]
板門店ソウルの支配者が二転三転する激しい戦闘の結果、韓国軍は約20万人、アメリカ軍は約14万人、国連軍全体では36万人が死傷した。毛沢東の息子の一人毛岸英も戦死した[29]。

アメリカ国防総省によれば、アメリカ軍は戦死者3万3686人、戦闘以外での死者は2830人、戦闘中行方不明は8176人にのぼる。西側の推定によれば中国人民志願軍は10万から150万人(多くの推計では約40万人)、人民解放軍は21万4000から52万人(多くの推計では50万人の死者)をそれぞれ出している。また約24万5000から41万5000人にのぼる韓国側一般市民の犠牲が明らかにされ、戦争中の市民の犠牲は150万から300万(多くの推計では約200万)と見積もられている。

朝鮮戦争では市民の犠牲者が150万人から300万人も出たのだ。沖縄戦で県民が10万人も犠牲を出した悲劇を体験したのなら朝鮮戦争がこんなに多くの犠牲者を出していることに目を背けることはできない。
朝鮮戦争は社会主義と資本主義の対立から起こった戦争である。
アメリカが社会主義の拡大を防ぐために日本、沖縄の軍事基地を強化したのは当然の流れである。

「米軍政下にあった沖縄では海外移民続いた」というのはおかしい。ブラジル移民は戦前に盛んに行われたことである。ブラジル移民が盛んに行われた原因は沖縄の土地は狭くて農家が貧困だったからであり、米軍政下でなくてもブラジル移民は行われていただろう。
「沖縄本島中南部の多くの優良農地が米軍に基地として強制接収され」たとする島洋子さんの見解には疑問だ。私は1970年代半ば頃から南部のほうに住んでいたが、島洋子さんのいうような風景は見受けられなかった。南部は広大な土地にさとうきび畑が広がり、米軍基地は見当たらなかった。南部の米軍基地のほとんどは自衛隊基地になっているが、自衛隊機地を見つけるのが難しいくらい基地の敷地は小さい。そのことから推理すると、南部の優良農地のほとんどは強制接収はされていないはずだ。

この土地の強制接収の問題を扱うとき、必ずといっていいほど伊佐浜の強制接収のことが扱われるが、むしろ伊佐浜の強制接収は特殊なほうではなかっただろうか。読谷では、渡久地と楚辺はアジア最大の通信基地を建設するためにごと強制的に移された。移す場所は米軍が荒地をブルドーザーで整地した。
社会主義圏と資本主義圏の対立によって朝鮮戦争が起こり数百万人の犠牲者が出たのだから、私は社会主義圏の拡大を防ぐために、渡久地と楚辺を移動させて通信基地を建設したことに反対はしない。
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琉球新報「ひずみの構造」批判 2


沖縄のアメリカ軍による土地の接収を問題にする時、アメリカ軍が土地を接収した原因については追求しないのが普通である。政治家、知識人、そしてマスコミの全てがそうである。だから、ほとんどの県民はアメリカが沖縄の土地を接収した原因を知るには自分で調べなければならない。

島洋子氏が書いている「ひずみの構造」も例外ではなく、アメリカ軍の「銃剣とブルドーザー」よる強引な土地接収については書いているが、なぜアメリカ軍は強引な土地接収をしたかについては書いていない。

アメリカは終戦当時は沖縄に軍事基地を築く積もりはなかったはずである。アメリカが一番恐れたのは日本が再び軍国主義国家になることであり、その対策してアメリカは平和憲法を作り、議会制民主主義国家にする努力をした。
ところがアメリカが予想していなかったことが突如として起こった。朝鮮戦争である。1950年に突然北朝鮮が国連で決めた南北朝鮮の国境線である38度線を破って成立したばかりの大韓民国に侵攻したのだ。そして、朝鮮半島の95%を制圧した。
予想もしていなかった北朝鮮の侵略に驚いたアメリカは大韓民国をまもるために25万人の兵士を投入した。最初は苦戦をしていたが攻勢に転じて逆に北朝鮮を追い込み、朝鮮戦争は1953年7月27日に休戦した。
1949年には中国共産党によって中華人民共和国が建国されていたし、戦後は資本主義国と社会主義国の対立が高まっていって、朝鮮戦争が起こり、アジア大陸の多くは社会主義国家に変貌した。
アメリカが沖縄に軍事基地をつくった原因は社会主義国家の拡大を防ぐためだった。注目すべきは軍隊を使って勢力拡大を図ったのは社会主義国家であり、アメリカは国連で決めた国境線を守ろうしたことである。
もしアメリカ軍が日本・沖縄に駐留していなかったら沖縄は中国に侵略されていただろう。そして、日本軍が中国で行った残虐行為の影響で悲惨な目にあっていた可能性が高い。

沖縄のアメリカ軍駐留を問題にするなら、中国、北朝鮮等の社会主義国家について追求しなければ意味がないし、共産主義、社会主義、民主主義について真剣に考えなければならない。そして、共産主義思想を支持するか、それとも民主主義思想を支持するか自分自身の態度を明確にする必要もある。沖縄の反基地運動は共産党や社会大衆党などの反資本主義・反米主義を主流に発展したきた。だから表面的な反戦平和主義運動と同じではない。

沢岻さんはインドシナ戦線に参戦している。沖縄の人の多くは南方に出兵しているようだが、日本軍は南方を武力で制圧し、土地を奪い植民地にした。植民地には多くの沖縄の人間が移住して農業をやった。沖縄人も含めた日本は南方ではなんの罪もない人々を殺し土地を取り上げたのだ。沢岻さんはアメリカ軍に土地を奪われたことに「立ち直れないほどの衝撃」を受けても、南方で武力で現地人から土地を奪ったことの反省は全然ない。沢岻さんだけでなく、沖縄の知識人、政治家、マスコミは沖縄の人々が南方に移住したのは日本軍が武力で植民地した場所であったことや、沖縄出身の兵士の多くが南方の植民地化に参加したことを無視している。サイパンなどの南方への慰霊団の口から南方を植民地にしたことを現地の人々に謝るのを聞いたことがない。残念なことである。

島洋子氏は「人々の生産基盤であった土地は軍用地のみを生み出す場に変質し」と書いて、沖縄の畑のほとんどがアメリカ軍基地になったような印象を持たせているが、果たしてそうだろうか。読谷の軍用地のほとんどが黙認耕作地となり、さとうきびやさつまいもを育てるには大きな影響はなかった。沖縄で一番大きい平地で畑作に適している那覇以南の土地は軍用地に接収されることもなく農業に影響を与えていない。
そもそも沖縄は島国であり灌漑施設は貧弱で、土は農業に適さない赤土である。だから沖縄ではやせた畑でも育つさつまいもの栽培が主流であったし、灌漑施設がなくても育つ暴風にも強いさとうきびが換金作物として栽培されたのだ。沖縄では伊佐浜のように恵まれた畑はすくないのであり、沖縄の畑が伊佐浜と同じであると考えるのは間違いだ。

島洋子氏は、「沖縄の土地が軍用地料のみを生み出す場にし、戦後の沖縄の経済構造を変えていく」という発想で沖縄経済を考えているのならとんでもない間違いをする。

沖縄の人口密度は東京都なみである。沖縄のような赤土の島国が大都会東京と同じ人口密度の高いところは世界のどこにもない。もし、沖縄の生産が農業を主流にしているならば沖縄の人口は現在の半分以下であるだろう。つまり半分の人間は餓死するということだ。

なぜ。沖縄の人口密度は東京なみに高いのか。それはアメリカ軍基地経済と密接に関係している。

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主張の裏にはJAの利益優先がある





私の父は昔気質の農民だった。鍬と鎌だけで数千坪の畑にさとうきびを植え、山奥には田んぼもやっていた。豚とやぎを飼い、早朝から陽が沈むまで働き続けた。あんなに父は働いたのに私の家は貧乏だった。アメリカ軍基地や会社や商店などで仕事をしている親の家庭は普通の生活を送っていたのに、なぜ農民の親を持つ私の家は貧乏なのか。中学から高校生の頃には私悩み、農家の貧乏の原因はどこにあるのかを真剣に考えた。そして、父のような鍬と鎌だけの農業では駄目で、農家が普通の生活をするには機械を使った大規模農業をやるか、ビニールハウスを利用した値段の高いを野菜をつくる方法しかないと私は結論した。
私の父のように鍬と鎌だけでの農業は現代社会には通用しない。さとうきび栽培でまともな生活をするには最低五、六千坪は必要であるだろう。いや、もっと必要かもしれない。
現在の法律では遺産相続は兄弟が分配するから、一人の所有する農地は小さくなっていくようになっている。これでは農業を専業とするのはますます困難であり、農業が衰退していくのははっきりしている。

私の父のような貧しい専業農家や会社勤めをしながら小遣い稼ぎとして農業をしている兼業農家が多い沖縄で、農家をお客にして儲けたのが農協だ。

JA沖縄中央会長小那覇安優氏の意見は小規模農家をお客にして儲けるJA体質まるだしの意見である。
小那覇氏のいう農家とは小規模農家のことであり、大規模農家や企業経営の農業は対象としていない。そして、特に注目してほしいのはJAは直接農業する気が全然ないことである。いわゆる農業のリスクを取らないのを前提にしてJAは経営しているのだ。

農業を大規模化して経費を下げ、販売網を拡大して利益をあげるようにすれば、農家が受け取る交付金は減少させることができる。地域産業の維持は重要であるが、農業だけが産業ではないし小規模農業にこだわればむしろ地域の過疎化は進むだけである。観光業、民宿や加工業などの開発を進め、小規模でも採算の取れる野菜を開発しなければ地域の農業は消滅するしかない。

「島で数人の農家だけに農地を集約すれば、人口再生力のある人口構成が失われ、地域社会が崩壊する。」と小那覇氏は主張するが数人の農家で採算が取れるのなら、数人の農家でやるのがいい。採算の取れない小規模農業をしているから畑を放棄して地域から出て行く人が増え、地域の過疎化が進んでいるのだ。
小規模農業主義が地域を支えているというのは間違いであり、面積が小さい日本でありながら放棄地が増えているのが現状であり、その原因は小規模農業であるからだ。大規模農業であるなら、少なくても畑だけは放棄されなかっただろう。私も畑地を所有しているが放棄している。

小那覇氏は輸出国が輸出を止めたら困ると主張するが、それは安い輸入野菜がなくなるということであり、輸入野菜がなくなれば国内で生産した高い野菜が売れるようになる。すると国内での野菜つくりが盛んになるから日本の農業は発達する。輸入野菜がストップするということは国民の食料がなくなるということではなく国内の農業が盛んになるということである。
小那覇氏はなんの予告もなく突然輸入がストップするような印象を与えているが、そんなことはありえない。現在の情報化時代では国々の政情は分かるし、どの国が輸出をストップする可能性があるかどうかも前もって把握できる。だから前もって対応することができる。中国の野菜が農薬濃度が高い理由で突然中国からの野菜の輸入をストップしたのは数年前のことだ。その時、野菜は高騰はしたがパニックなるよう野菜不足はなかった。

日本の農業問題は他国の野菜より日本の野菜が高いことである。もし、他国の野菜と同じ値段なら日本の農業もどんどん生産することができる。穀物市場で日本が"買い負けするということは穀物の値段が高くなるということであり、日本の農家にとって歓迎するべきことである。
小那覇氏の主張する不安は的外れの不安である。

小規模農業を前提とした小那覇氏の主張は、小規模農家が多ければ多いほど儲けるJA側の主張である。TPPとは関係なく、日本の小規模農業主義は農業の停滞を生み出し、畑の放棄地を増やしている。

大規模農業と企業参加の農業に転換しないと、TPPとは関係なく日本の農業は高齢化が進み衰退していく。政府は農業の政策転換を早くするべきだ。JAには直接農業をさせるべきである。そうすればJAのほうが大規模農業の推進者の第一人者になるだろう。
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TPPは不況を克服しWTO活性化する





中国政府は過剰なインフレに悩まされている。銀行の利子を上げたりしてインフレ対策をしているがうまくいっていない。ところが日本はデフレ危機が続きね、インフレにしようと日本銀行は0金利にして対処しているが効果がない。日本の国民所得は下がり、物価は落ちている。中国と日本はインフレとデフレという反対の経済状態で悩んでいる。

政府や経済専門家は日本経済がデフレスパイラルに陥る危機をずっと以前から忠告している。しかし、デフレスバイルには陥らなかったし、不況は続いているが決定的な経済危機には陥っていない。

私は日本のデフレや不況はアジアと日本の人件費の格差にあるのではないかと思う。中国の給料は日本の給料の約十分の一である。これでは中国の製品が安いのは当然であるし、アジアからの輸入品が安いのは当然だ。だから、日本のデフレはアジアと日本の極端な人件費の格差が原因しているのであり、日本のデフレを解決するにはアジアと日本の人件費が接近すること以外にはないかと思う。

アジアの人件費はあがりつつあるし、日本の人件費は下がっている。日本の人件費が下がるというのは考えられないこどであるが、事実は下がっているのだ。これは政治の力も及ばない強力な経済法則がもたらしていると私は思っている。

関税をなくしてしまうと、生産物はみな平等に扱われるようになり、経済の法則に任されることになる。最初はパニックになると思うが、将来はアジア全体で質の悪いものは安く、質のいいものは高いという共通性が出てくる。中国産だから安いとか、日本製だから高いという国家間の差別はなくなる。そして、人件費の差も縮まっていくだろう。

TPPはアジアの国家間のボーダーを低くし、経済共同体を形成してアジア全体の人々が豊かになっていくのを可能にする。
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普天間基地問題の本批判


普天間基地に関係する本がまた出た。去年も何冊もでたが、本のほとんどが似たり寄ったりの内容だ。
このような類の本は、沖縄が日本唯一の地上戦になった悲劇の島であることを強調し、日本がアメリカを急襲して太平洋戦争を始めたことが沖縄の地上戦の原因となったことは書かない。

戦後に中国で社会主義革命が起こり、社会主義国家となった北朝鮮はなんの予告もしないで韓国に進撃して朝鮮半島の95%を征服した。それに対してアメリカ軍は25万人を投入して北朝鮮の韓国を支配を防いだ。中国はチベットを武力支配し、台湾をも支配しようとしたが、台湾はアメリカがバックアップして中国の武力支配を防いだ。このことははっきりした歴史的事実である。しかし、普天間基地を問題にする本はそのことを書かない。
アメリカが沖縄に軍事基地を作ったのは中国を中心とする社会主義国家の拡大を防ぐ目的があったのであり、もし、中国、北朝鮮、北ベトナムなどの社会主義国が武力による勢力拡大の欲望がなく、他国へ侵略する可能性がゼロであったなら、アメリカが沖縄で軍事基地を築くことはなかった。

それなのに、中国や北朝鮮の存在と沖縄のアメリカ軍駐留の関係は全然書かないで、沖縄は「米軍に占領されて勝手に基地の島に作り変えられ」てしまったと、まるで沖縄を基地にすることがアメリカの直接の目的であるように普天間基地問題を題材にし本は書くのだ。知識人であるなら、朝鮮戦争は北朝鮮が侵略して始まったこと、ベトナム戦争は北ベトナムが南ベトナムに侵略して始まったことを知っていて当然である。アメリカは北朝鮮や北ベトナムの侵略を食い止めようとしたのであり、南ベトナムや韓国を植民地にしようとする意志は全然なかった。アメリカが沖縄に軍事基地をつくったのは社会主義国家の拡大を防ぐのが目的であったのだ。

沖縄の基地問題はアジアにおける社会主義と資本主義の対立、共産主義と民主主義の対立の問題として考えるべきであり、沖縄のアメリカ軍基地を問題にするのなら、社会主義を選択するか民主主義を選択するかを自分に問わなければならない。

もし、アメリカ軍がアジアにいなかったら、韓国は北朝鮮に支配されていた。日本は北海道はソ連に支配され、本州から沖縄、台湾は中国に支配されていた。まさかそんなことはあり得ないと思う人は甘い。中国人民解放軍は人民を開放するという名目でウイグル地区などのアジア内陸部の地域を武力で制圧し、仏教国である広大なチベットをも武力で制圧している歴史的事実があるのだ。
このような歴史的事実をみればアメリカ軍が駐留していなければ日本・沖縄が中国に占領されていたと容易に想像できる。

CIAの援助がなければ岸は首相になれなかったというのだろうか。確かにCIAは保守勢力が政権を握るように暗躍していた。しかし、日本は議会制民主主義国家であり、CIAの思うとおりにできたわけではない。CIAの援助で岸信介が首相となったと決め付けるのは日本の議会制民主主義と国民を愚弄している。

宇沢氏が「岸信介は、『日本をアメリカの植民地化することに狂奔した』」と書いたことを手厳しいと江上教授は評価しているが、宇沢氏は、アメリカが日本に軍事基地をつくっている原因はアジアの社会主義国家の存在にあるのに、そのことを全然考えていない。宇沢氏はアメリカは日本に軍事基地をおいて日本を支配するのを目的にしていると考えているがそれは大いなる誤解である。そもそもなぜアメリカが日本を植民地する必要があったのか。日本はアメリカの植民地にされて搾取されたのではなく、アメリカと貿易をして経済が発展し、小さな島国であるにもかかわらず世界第二位の経済大国になったのだ。
世界第二位の経済大国になった日本がアメリカの植民地であるなんて笑わせる。
「岸信介は、『日本をアメリカの植民地化することに狂奔した』」は宇沢氏の視野の狭さ、被害妄想が如実に現れている文章である。

アメリカほど現実主義の国はない。ソ連が崩壊し自由主義経済国家に変貌しつつあることや、中国が市場経済を導入して経済発展しているという現実とアメリカは常にリアルタイムで対応している。アメリカにはとっくの昔に冷戦思考はない。「アメとムチ」という理屈は沖縄の知識人が勝手に作り出した的外れの理屈であり、アメリカや日本政府の基地政策を「アメとムチ」論で判断することがおかしい。

基地として土地を借りたら借地料を払うのは当然であり、軍事基地ができたら現地の人間を雇うのも当然だ。基地をつくることはムチであり、借地料を払ったり、雇用したりするのがアメという理屈はおかしい。基地ができたら経済的に潤うことをアメとムチ論で非難するのは理論的に間違っている。

沖縄のアメリカ軍基地を問題にするなら、社会主義国家である中国、北朝鮮の存在と関連づけて問題にするべきだ。

オバマ大統領は中国の胡錦濤主席に北朝鮮に核開発をやめるように圧力をかけるように要請した。そして、もし中国が北朝鮮に圧力をかけないのなら、東シナ海でアメリカの軍事力を増強させると言った。アメリカは北朝鮮の核開発や軍備増強を抑える努力をしている。他方、中国との経済交流を高めることにも積極的である。経済交流が高まれば高まるほど戦争の危機はうすれる。アジアの平和に一番貢献しているのはアメリカである。

このようなアメリカの動きを評価することもしないで、沖縄に駐留しているアメリカ軍事基地の存在だけを問題にして、やれ冷戦思考であるとかやれアメとムチであるなどとアメリカや日本政府を非難しているのは古くて頑固な考えである。
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TPP反対論への批判




山下氏は農業に従事している側からTPPに反対している。山下氏は20年前の「農業たたき」に反論して、20前に比べて、農家の総所得と生産者米価が半分になり、時給は200円以下になったがサラリーマンの税金は安くなったか、暮らしはよくなったかと述べているが、米は実質的に自由化していない。現在の状況は米の自由化を拒否し、減反政策をしてきた結果である。山下氏の主張する農業のシステムが現状をつくっているのであり、山下氏の反論は反論になっていない。

山下氏は、日本の一次産業のGDP比と米国のGDP比が大して変わらないのに米国は第一次産業が他の産業を犠牲していないのだから、日本の農業が他の産業を犠牲にしているという理屈は虚構の論理であると述べているが、アメリカは第一次産業の自由化を推進しているの国であり、アメリカの農家はTPPを歓迎し、日本にTPPを促している。日本とアメリカのGDP比が大して差はないことを根拠にしてTPPを否定するというのは筋が通らない理屈だ。アメリカを例に出すならTPP推進に賛成するべきではないのか。

TPPは日本の農業を大規模農業や企業農業に変革するということであり、山下氏の注視する➀➁➂は関係ないことだ。
大型店舗は商品が豊富であり、安くて市民生活に大きく貢献している。商店街がシャッター通りになり、仕事を失ったと、山下氏はまるで小売り業に従事する人間が減ったような印象を与えているが、大型店舗は売り場担当から、経理、営業、開発等々と多くの人間を雇用している。商店街は夫婦でやっている商店が多く、大型店舗のほうが雇用関係でもいい結果をうみだしている。
大型店舗は分業化が進み、店員から営業、開発とそれぞれの専門家がお客が満足するように頑張っている。商店街よりサービスがいいから大型店舗の客は多いのだ。


TPPとセットの農業の強化策は、山下氏のいう通り農産物の輸出と農業への企業参入である。しかし、それは日本の低所得者は中国の安い米を食えということではない。農業の大型化、農業への企業参入は日本の米生産が増加し、品質も向上することであり、日本の米がもっと安く買え、しかもおいしくなるということだ。
農業を企業家すれば米の品質改良はもっと早くなる。

山下氏は「この世から年寄りがいなくなるということはない」というが、まさに年寄りが農業をやり、若者の農業への参加がないことが大問題なのだ。年寄りの農業は生産力は落ち、小規模だから値段は高くなる。それが外国からの農産物輸入増加の原因のひとつでもある。
大規模農場、企業参加があれば生産力は高まり、値段は安くなる。むしろ農産物の自給率は高まる。


農業の専門的な知識もなく、大いなる情熱もないサラリーマンが定年退職をして親の畑を引き継ぐという山下流の農業こそが日本の農業を駄目にしている。親から子に継いでいく小規模農業ではなく、情熱があり、農業につい専門的な知識がある若者がどんどん農業をやるシステムをつくるべきだ。それには大規模農業、企業経営の農業を増やし、若者をサラリーマン並みの給料て雇用できるようにしなければならない。


山下氏の主張は日本の農業を衰退させていく農業理論である。
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