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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

母のメモ書き

2015-12-24 17:56:55 | 日記
納骨の旅が終わってほっとしていると、常に母のことを考えている自分を発見しました。

料理をしていると、この味は母の好みだったと思い、ショッピングセンターに出かけると、母を車椅子に乗せて妹と買い物したことが思い出され、文章を書くと、書き上げたら母に読んでもらおう。何て言ってくれるかなと思って、読んでもらえないことに気づいたり……。
何をしても母と結びつけてしまいます。

もうすぐお正月だなあと思ったとき、去年までは実家に帰っていたのになぜ実家がなくなってしまったのかと思います。頭では分かっていても納得がいきません。

なぜそんなに母を慕うのか、自分でもわかりません。

母は江戸っ子気質で思ったことをズバズバ言う性格でした。ドジで失敗ばかりしているわたしを、「何やってんのよ!」と叱りつけることもありました。情けないことにわたしは50歳過ぎても、叱られて泣いていました。

母が召される一週間ぐらい前のこと、「苦しいから早く天国に連れて行ってとイエス様に頼んでいるのに連れて行ってくれない。イエス様はちゃんと来てくださるのかな」とつぶやいたことがありました。末期がんの痛みは出ませんでしたが、体のあちこちに水がたまって苦しかったようです。
ふと、本当に母はイエス様を信じて天国に行ったのだろうかと不安になりました。

そんなとき母のメモ帳が出てきました。
それは、東京の病院でバイパス手術を受けた後に書いたものでした。

手術直後はやはり相当辛かったようで、「助けてあなた。いたいよう、苦しいよう」書かれていました。『あなた』というのは、一瞬亡き父のことかと思いましたが、母は父のことを『あなた』とは呼んでいなかったことを思い出しました。

 
母は詩編23篇を暗記しており、そこに書かれている『あなた』が天地万物を造られた神様であることを知っていたのです。
前にも書きましたが、わたしには「ずっとイエス様に祈っていたの」と言い、「ほとんどイエス様を信じているけど、まだ洗礼は受けない。苦しい時の神頼みになるから」と付け加えたのでした。

そのときから母の心はイエス様に捕えられていたのです。疑いの気持ちを抱くほどに信じていたのです。
イエス様は確かに母を天国に連れて行ってくださったんだと思ったとたん、ほっと心が安らぎました。

これからは、天国で再会した時に、お母さんが天国に行ってからの出来事を話して聞かせるつもりで生きます。「何やってたのよ!」と叱られないように。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。(詩編23:4)



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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (melody)
2015-12-26 09:48:51
私も月日がたつにつれて、心に穴があいたように、いっそう母の事が想い出され寂しさを感じています。そんなときは、空に向かって話しかけています。母が笑顔で見守ってくれると思うと心強いです。文香さんのお母様も天国からいつも見守っ下さっていると思います。お互いに、前向きに神様に導かれながら歩んでいきましょう。
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melodyさんへ (文香)
2015-12-26 15:47:35
>空に向かって話しかける
いいことを教えていただきました。これからはわたしもそうします。ありがとう。

母のことを考えないようにしようとする必要はありませんね。

わたしも前向きに主に導かれながら歩みます。
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