
7月に実家に帰ったとき、父が熱心にワープロで何か書いていました。書いていたのは「死亡連絡先リスト」でした。父は先が長くないことを知っていたのです。
「これを3部ずつコピーしてくれないか」と、わたしに言いました。
3部というのは、母と妹とわたしの手元に置いてほしいからだそうです。父とわたしはコピーをしに近くのスーパーに出かけました。
後日、ファイルに綴られた死亡連絡先を渡されました。ファイルの1ページ目には次のように書かれていました。
『父がこのような状態になってしまって、お母さん、お2人(妹とわたし)に連日ご心配かけて申し訳なく、感謝しています。お二人はこれからの人生がありますので、元気で頑張ってください。父は20代から何回となく死に直面して我ながらよくここまで生きてこられたなあと驚いています。
これもみなお母さんやお2人のおかげと思っています。人には寿命があり、父はいつ皆さんとお別れしてもいいと覚悟はしています。ただお母さんの今後がいちばん気がかりでなりません。どうか宜しくお願いします。』
そして、延命治療はしないでほしいと言いました。
9月末に父はかねてから予約をしていたホスピスに入院しました。父はチャプレンの先生の話にじっと耳を傾けていました。
3週間の入院であっという間に召されてしまいましたが、父がキリストを信じ天国に行ったのだと確信しました。
それでも、父とは地上ではもう会えないと思うと、ふっと寂しくなります。葬儀から1、2か月したころがいちばん寂しかったのですが、そのときちょうどドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいました。
慰めに満ちた文と出会ったので紹介させていただきます。
イリューシャという少年が病死して、悲しみの中にいる友人たちに向けてアリョーシャが埋葬のとき語った言葉です。
「過去において追憶をたくさん集めた者は、一生救われるのです。もしそういうものがひとつでも私たちの心に残っておれば、その思い出はいつか私たちを救うでしょう。」
「美しいひとつの追憶がわたしたちを大いなる悪から護(まも)ってくれるでしょう。」
父との美しい追憶は宝物のように輝いています。それを大切にしていきたいと思いました。 おわり
わたしたちを大いなる悪から守って下さるのは創造者である神さまです。あえて、「護(まも)る」という字が使われているのは、保護するという意味なのでしょう。神さまが外から守り、美しい追憶が心の内から護(まも)って下さるのだと解釈しました。
「カラマーゾフの兄弟」の冒頭に書かれている聖句は、
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。(ヨハネ12:24)です。父は、一粒の麦となって母や妹、姪、息子夫婦の心に種を植えてくれました。
写真は納骨堂の棚です。(扉を開けたところ)12の扉があって、召された月の扉に入れるようになっています。父の遺骨は真ん中の黒くて十字架のついたものです。他の骨壺に名前が入っていたので、それを消した写真を写してアップしたため画像が良くありません。
上下の緑は実際にはありません。