
昨日は土浦の花火大会でした。全国花火競技会で、2時間半の間に2万発近くの花火が打ち上げられ、全国の花火師が競いました。

土浦の花火大会は1925年に始まり、今年は77回目です。
花火大会の日は、大勢の人が集まってきます(去年は80万人の人出だったったそうです)他県から観光バスでやってくる人たちもいて、周辺の道路はごったがえします。

幸いなことにわたしの住むマンションは打ち上げ場の近くにあるので家にいながら花火見物ができます。

息子は仕事で来れませんでしたが、ヒックンとママが来てくれました。わたしは、花火よりヒックンを見ていたほうが幸せですが……
ヒックンは音にまずびっくりして少し怖がっていましたが、泣きもせずママに抱かれてバルコニーで花火見物しました。

いちばん上の写真は宇宙のように見えます。
8月にNHKの「地球ドラマチック 惑星への旅」という番組が放映されました。太陽系の惑星に移住はできるか?ということで水星~海王星ひとつひとつの星の環境を紹介していましたが、どの惑星も人間が住めるような環境ではありませんでした。
人や動物が生きるのに地球環境がどれだけ整えられているかと考えると驚きます。偶然とはとても思えません。火星では強い放射線が注ぐので人が住めませんが、地球には磁場があり、それで守られていると聞いて、イザヤ書40章22節の言葉「主は地をおおう天蓋の上に住まわれる」を思い出しました。
天蓋(てんがい)というのは地上を守り覆うふたのようなものです。神様はみ手を広げてわたしたちの住む地球をあらゆる危険や禍から守っておられること。その神様はいなごのようにちっぽけなわたしたちひとりひとりを愛し、大切に思って下さること。そして、人の中でも最も弱く小さなわたしの祈りにも耳を傾け、必要な物を備え、最善をなしてくださることを思って胸が熱くなりました。
花火から宇宙を連想し、宇宙を造られた神様に思いをはせました。
間違って過ちを犯した者にでも、のがれの地を用意してくださるあわれみに感動しました。
一方で、初めから殺意があって殺した場合、祭壇から連れ出してまで殺されなければならない、という厳しい神様なんですね。
海の公園では、夏の終わりに金沢区の花火大会が行われます。
最近は家にいて、音だけを聞いています。
火薬は戦争で使わず、こういう所で使えばいいんだよなと、話している人がいましたが、私も同感でした。
神様が天地を創造されたころの地球と今とでは、ずいぶん違うのでしょうね。自分勝手な人間が環境を壊してしまった結果が色々なところにあらわれてきていますね。
神様は慈しみと厳しさの両方を備えておられるお方ですね。
『のがれの町』は神様の慈しみがあらわされているように思えます。
一方、義なる神様は厳しいお方ですが、わたしたちはキリストの十字架によっていつくしみの中に入れられたのですから、感謝ですね。
わたしも祈ります。
嫁さんとお孫さんもゆったり、うっとりご覧になれて素敵な時間を過ごされたのですね。
JCPの例会と日にちが重なってしまったため、例会に行けなかったのが残念でした。花火の日は電車も混んで大変ですので外出できませんでした。