アブソリュート・エゴ・レビュー

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日本文学100年の名作第6巻1964-1973 ベトナム姐ちゃん

2018-09-10 21:05:36 | 
『日本文学100年の名作第6巻1964-1973 ベトナム姐ちゃん』 池内紀/松田哲夫/川本三郎・編集   ☆☆☆☆☆

 日本文学100年の名作シリーズ、今回は更に遡り、60年代から70年代の名作集『ベトナム姐ちゃん』である。まあこれまで4冊ぐらい読んできたが、やっぱりこのシリーズはレベルが高い。特濃ジュース並みの内容の濃さである。この調子だと全巻読破しなければおさまらなくなりそうだが、一気にいくのは大変なので時々思い出したように買い揃えていければいいと思っている。ただもしかしたら、古い年代になると飽きてくるかも知れない。

 さて、今回の収録作品は川端康成「片腕」、大江健三郎「空の怪物アグイー」、司馬遼太郎「倉敷の若旦那」、和田誠「おさる日記」、木山捷平「軽石」、野坂昭如「ベトナム姐ちゃん」、小松左京「くだんのはは」、舜臣「幻の百花双瞳」、池波正太郎「お千代」、古山高麗雄「蟻の自由」、安岡章太郎「球の行方」、野呂邦暢「鳥たちの河口」の全12篇。当然ながら、だんだんと懐かしい作家名が並ぶようになる。例によって各篇の印象をどんどんつなげて紹介する。

 まずは「片腕」。超有名作であり、当然既読。解説に「神品」とあるが、実は私はそこまでとは思っていない。いかにもな腕フェチの妄想譚で、洒落てるなあとは思うが、性的仄めかしがストレート過ぎる気がする。「空の怪物アグイー」はもう、ぐうの音も出ない大傑作。ユニークな発想、展開、曲者文体とすべてが強靭、かつアイロニーとユーモアと幻想の加減が美しい。それに初期大江短篇の暗く重い澱をあまり感じさせないのも私には好印象。司馬遼太郎「倉敷の若旦那」は例によって悠々たる筆運びの歴史小説だが、一人の男の生涯が空しさとも充実ともつかない感慨をもたらす。もはや職人芸。「おさる日記」はとぼけたショートショートだけれども、実に鮮やか。長過ぎず簡潔過ぎない見事なバランスで、ユーモラスで微笑ましく、かつ気持ち悪いという玄妙さ。「おさる日記」というタイトルも最高だ。

 うーむ今回も充実しとるなあ、一篇一篇の振れ幅もすごいし、と思いつつ読み進むと、次の「軽石」はいわば日常のあわいを拡大した私小説。何を言いたいのかよく分からないながらも、淡々と読ませる。これも一種の芸だと思う。野坂昭如の表題作「ベトナム姐ちゃん」は破格の饒舌体で、軍人相手のパンパンの悲哀を過激に描く。悲哀は最後には狂気に行き着く。騒々しく、猥雑な短篇。「くだんのはは」は前も読んだことがあるがやはり傑作。内田百閒の「くだん」は夢幻的だが、この小松左京バージョンは怪談的題材を終戦間近の日本の絶望感と重ね、さらにリアリスティックに肉付けしたものである。ずっしりくる。

 次の「幻の百花双瞳」は、中国の料理人の世界が舞台。主人公の人生が辿るエキセントリックな変遷を「百花双瞳」という幻の点心を核として描き、最後にミステリ的捻りまで加えた贅沢、かつ洗練された短篇である。面白過ぎる。池波正太郎「お千代」はまあ、ちょっとした猫怪談。軽量級で、なんでここに入ったのか不思議。古山高麗雄「蟻の自由」は若い兵隊の書簡体小説で、死んだ妹に宛てた手紙の体裁になっている。典型的な反戦小説で、一兵卒には「蟻の自由」しかないというのがテーマ。私的には苦手なジャンルだが、この一篇の力強さと深さ、そして真摯さには打たれざるを得ない。くしくもボリス・ヴィアンの反戦小説「白蟻」とは「蟻」つながりだ。

 安岡章太郎「球の行方」は少年時代の痛ましい回想で、巧いとは思うが、こういう子供時代のネガティヴな回想を読んでも愉しくないなあ。最後の「鳥たちの河口」は解説で「風景を描く小説」と紹介されているが、まったくそんな感じ。作者が好きだという河口の雰囲気と鳥への透明な愛情が、自分の煩わしい人生のあれこれと対置するように精密に、かつ清澄に描かれる。渺々たる余韻をたなびかせつつ、このアンソロジーは終わる。

 お見事としか言いようがない。傑作が目白押しだ。あえて今回の特色を挙げるならば、やっぱり時代のせいで戦争がテーマの短篇が目立つことだろう。表題作「ベトナム姐ちゃん」をはじめ「くだんのはは」「蟻の自由」などがそうで、しかもそれぞれが強烈な存在感をもつキー作品となっている。一方で、近年の『名作集』には目立った現代の歪んだストレス社会みたいなテーマは、ほとんど見られない。それもやっぱり時代の反映なのだろう。

 例によってフェイバリットを挙げると、「空の怪物アグイー」「おさる日記」「くだんのはは」「幻の百花双瞳」「蟻の自由」、次点が「倉敷の若旦那」「鳥たちの河口」となる。こうタイトルが並んだだけでも壮観だ。



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