アブソリュート・エゴ・レビュー

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日本で一番悪い奴ら

2018-10-28 14:56:06 | 映画
『日本で一番悪い奴ら』 白石和彌監督   ☆☆☆☆

 日系レンタルビデオのDVDで鑑賞。主演、綾野剛。『怒り』に続いて綾野剛出演作を観たわけだが、もうまったく正反対といってキャラである。繊細で内気なゲイの青年と、チンピラヤクザまがいの悪徳刑事。この人はイケメン的に騒がれている役者さんのようだが、相当幅が広い演技者であることは間違いない。しかも、この映画ではかなりの汚れ役だ。文字通り体当たり演技だが、言ってみれば出ている俳優女優みんな体当たり演技と言ってよく、その熱気がムンムン立ち込めている。

 135分とかなり長丁場の映画で、ボリューム感たっぷりだ。題材は、日本の警察史上最大の不祥事といわれる「稲葉事件」。事件の舞台は北海道警察。要するに警察官が実績を上げるために違法捜査をし、おまけに覚せい剤売買をし、密輸をし、しまいには自分も覚せい剤常用者になって逮捕され服役したというあきれた事件だが、ポイントはこれを道警ぐるみでやっていたということ。ひとり悪徳刑事がいたという話ではないのだ。これを、主役の諸星刑事(綾野剛)が道警に入った新米の時点から、だんだんススキノの顔になり、ヤクザとつるむようになり、道警の「エース」と呼ばれながら覚せい剤販売に手を染め、やがて破滅していくまでを描く。

 いわば犯罪実録もの。内容はヘヴィーだが、全体の語りのトーンはブラックなコメディ調である。新米刑事時代の諸星のドジっぷりなど、結構笑える。序盤でやり手の先輩刑事を演じるピエール瀧もはまり役で、キャバクラでキャバ嬢の乳を揉みながら「本当に犯罪を予防したいなら産婦人科医になって赤ん坊を全部殺すしかねえぞ」とうそぶく場面など、えらい迫力だ。この先輩刑事にエス(ヤクザの中にいる警察のスパイ)を作れと言われ、諸星は忠実に実行するのだが、やがて諸星の顔が売れてきた頃、この先輩刑事は少女淫行で逮捕されてしまう。

 諸星が銃やヤクの摘発をする時いちいち点数表を開いてチェックするなんてディテールも面白く、あんまり他の警察ものや悪徳刑事ものにはなかった部分だと思う。こういうところは、伊丹十三の『マルサの女』シリーズに似たアイロニーを感じる。実態はこんなだよ、という身もふたもない感じを漂わせている。

 それにしても、銃を摘発したいからといって警察がヤクザから銃を買うというのがまたブラックで笑える。諸星の上司も「それもありだね」とか「次はニ十丁ぐらいなんとかならない?」とか言ってくる。そのうちロシアから直接買おうという話になる。つかこうへいか筒井康隆みたいだ。このあたりもいい加減黒い笑いが充満しているが、しまいにはつるんでいるエスたちと「金ないっすよ、道警出してくれませんか」「あるわけねーだろ」「じゃ、シャブさばきますか。金になりますよ」というわけでシャブを売り始める。もうヤクザと一緒である。

 そしてハイライトが、税関もグルになってシャブ130キロの密輸を見逃すエピソード。拳銃200丁摘発のため、と言ってヤクザと取引するのだが、シャブ130キロといえば末端価格で40億円分らしい。これも本当にあった話らしいからあきれる。ここでも道警と税関の会議で「このシャブはどこに流れるの?」「関東です」「関東なら、まあいいか」なんてやりとりがある。黒々と笑える。

 これはもう、前回紹介したコンサルタント本でいうところの数値目標が組織をおかしくする、もっともグロテスクな一事例と言っていいだろう。完全に警察の使命とやってることが相反しているのだが、諸星は私利私欲のためという自覚はなく、あくまで銃摘発のため、道警のためだと思ってやっているのだ。たとえばヤクを見逃すことについて道警の次長が反対すると、「次長、銃摘発とヤクとどっちが大切なんスか!」とキレたりする。いや、すごいね、ホントに。

 ちなみにこの太った次長には常識人的な感覚があって、諸星や課長の話し合いにいつも「ちょっとちょっとちょっと」と目を丸くして口を挟む、というコメディリリーフ的存在だ。いい味出してる。

 そしてまた、悪いことをやりながら道警で「エース」と呼ばれ、あぶく銭を手にし、何人もの女を情婦にする栄華の日々はやがて過ぎ、諸星はだんだん凋落していく。子分にも見放される。この人生の盛衰、光と影のコントラストもまた、この映画に奥行きを与えている。

 まあよくも悪くも、パワフルで猥雑な映画である。ちょっと長過ぎる気もするが、十分面白い。脂身がたっぷりのったステーキみたいな味だ。ただ綾野剛はどうみてもチンピラヤクザなので、彼のイケメンぶりを堪能したい女性ファン向きではないかも知れません。
 
 


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