アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

クリスティーン

2014-10-25 21:40:34 | 
『クリスティーン(上・下)』 スティーヴン・キング   ☆☆☆★

 キングの『クリスティーン』を再読。『クージョ』『ペット・セマタリー』に挟まれて1983年に発表された作品。油の乗り切った時期、全盛期に書かれたもので筆力は確かに充実しているけれども、キング作品の中でA級とまではいえない出来だ。

 これまで『呪われた町』で吸血鬼、『シャイニング』で幽霊ホテル、『デッド・ゾーン』『ファイアスターター』で超能力などを扱ってきたキングは、今回の題材として「呪われた自動車」を取り上げた。そして物語の舞台をデビュー作『キャリー』以来のティーンエイジャーの世界に設定し、学園モノのテイストを盛り込み、も一つおまけにロックンロールを付け加えた。ティーンエイジャー、車、ロックンロールの三題噺。いかにもアメリカンな作風のキングがいかにもアメリカンな題材三つを取り上げたわけだが、こういうのはうまく行きそうで意外とダメな場合が多い。これもそうで、「いかにも」過ぎて深みが出なかったというか、微妙な味が出ず平坦になってしまっている。やはり、多少は異質なものが混入しないと化学反応が起きにくいのかも知れない。

 主要な登場人物は、高校でいじめられているみそっかすのアーニー、スポーツマンで人気者のデニス、美少女リーの三人。デニスはアーニーの幼なじみにして親友で、いじめられっ子のアーニーを何かと助けてやっている。アーニーはある時売りに出されている58年型プリマス・フューリーを見かけ、デニスにはポンコツ車としか思えないこの車に一目惚れし、250ドルで購入する。アーニーは「クリスティーン」という名前のこの車を自分で整備しようとするが、この時から奇怪なことが起き始める。まずアーニーの変貌。ニキビがなくなり、男らしくなり、癇癪持ちになり、下品な言葉遣いになる。それからクリスティーンの整備が、あちこちのパーツがバラバラに脈略なく新品に置き換わっていくという奇怪な方法で進められる。まるでクリスティーン自身が細胞分裂して、再生しつつあるかのように。不安になったデニスが車の持ち主について調べると、クリスティーンの忌まわしい過去が明らかになる……。

 やがて転校生として美少女リーが現れ、アーニーとつきあい始める。しかしアーニーの更なる変貌についていけず別れ、次にデニスと親しくなり、と青春恋愛もの王道の三角関係へと展開していく。アメリカの学園青春映画の匂いが強烈に漂い、その点では『キャリー』とかなり通じるものがある。主人公がみそっかすでいじめられっ子というのも似ているし、クラスメイトがなんとか助けようとするがどんどん悪化するところも、またいじめっ子たちが超常現象によって復讐されるのも似ている。みそっかすだった主人公が一時「魅力的に変化する」ところも同じ。そういう意味で、『クリスティーン』は『キャリー』の変奏曲といえるかも知れない。

 ただし本書で暴走するのは超能力ではなく、クリスティーンという自動車である。呪われた車が人を轢き殺して回るという、まさに直球勝負のアイデア。人をひけば車も損壊するが、壊れても自然と直ってまたピカピカになる。ほとんど子供だましのアイデアだが、これを粘り強く書き込むことで読ませてしまうのはさすが全盛期のキングだ。ストーリーテリングもさほど巧妙ではなく、むしろ力業だが、やはり「ため」と「発散」のタイミングが恐ろしくうまい。クリスティーンがいきなり人を殺し始めるわけではなく、だんだんと再生していく、アーニーの様子が変わる、過去の事件が判明する、という不気味な「ため」の期間がある。ここをじっくりと描き、読者をじらしつつ期待感を高めていく。そしていざ事件が起きると、読者のフラストレーションを一気に解放するような劇的かつ爽快な「発散」を用意してくる。じらし過ぎてせっかく盛り上げた期待をブスブスとくすぶらせつつ潰してしまう、『20世紀少年』のようなヘタは打たない。拙速過ぎず、フラストレーションを溜め過ぎない、絶妙なじらしテクである。

 いざ人が死に始めてからも、刑事のジャンキンズが疑念を持つ、修理工場のダーネルが疑念を持つ、など自然な流れでスリルを盛り上げていく。ここで力を発揮するのが、厚みをもって人間を描き出すキング独特の描写力だ。人間が書割や記号でなく、リアリティと厚みを持っている。たとえば修理工場の主で、違法な裏商売も手がけるダーネル。決して善人とはいえない男だが、アーニーに昔の自分を重ね合わせるところや、自分の才覚だけを頼りに生きる無頼さなど、どこか人間くささを感じさせる。デニスの父親もそうで、マジメな会計士で、ごく普通のいい父親なのだが、ただ「いい父親」という記号ではなくキャラクターとしての体臭がある。人間としての生々しさがある。キングはこういうところがずば抜けてうまく、結構ばかばかしい話にしっかり肉付けして説得力を持たせてしまうのである。

 A級とはいえないと書いたが、中盤クリスティーンが動き回り始めてからは結構面白い。修理工場に忍び込んでクリスティーンをぼろぼろに壊した不良どもに、再生したクリスティーンが復讐して回るあたりは痛快だ。あれは誰だって快哉を叫ぶだろう。それから終盤になるとアーニーはすっかり亡霊に体を乗っ取られ、変貌してしまい、『呪われた町』『シャイニング』『トミーノッカーズ』などど同様、愛するものが変わってゆく悲しみが主題として浮上してくる。物語の半分はデニスが語り手なので、デニスの幼なじみであり親友であるアーニーに対する愛情が切々と謳い上げられる。やはりキングはここに行き着くんだな。 

 最初に読むキング本ではないだろうが、キング中毒者の期待には充分にこたえてくれる、初期の佳作である。



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