アブソリュート・エゴ・レビュー

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狼は天使の匂い

2014-10-23 23:05:49 | 映画
『狼は天使の匂い』 ルネ・クレマン監督   ☆☆☆☆

 『さらば友よ』『サムライ』のフレンチ・ノワールつながりで『狼は天使の匂い』をDVDで鑑賞。これは以前途中で眠ってしまったため今回再チャレンジである。主演はジャン・ルイ・トランティニャン。トランティニャンはトリコロール三部作の『ルージュ』『アムール』に出ているとても好きな役者さんで、若い頃の出演作を見たいと思って買ったのがこのDVDだった。

 今回ようやく通して観ることができたこの『狼は天使の匂い』、ノワールというにはずいぶんと抒情的で、繊細な映画である。寓話的でもあり、幻想的とすら言える。それをよく表しているのが冒頭と結末の本編とは関係ない子供たちの映像で、出会って、遊んで、別れていく子供たちの姿が、この映画全体の隠喩となっている。それから、主人公トニー(ジャン・ルイ・トランティニャン)がジプシーの子供たちを飛行機事故で死なせた罪を背負っていること、そのためにまるで超自然的な存在であるかのようなジプシー達に追われていること、どこか牧歌的で御伽噺めいた犯罪者たちの隠れ家の佇まい、何度か現れるチェシャ猫のモチーフなど、冷徹なリアリズムよりも抒情的な寓話性が基調のトーンとなっている。

 チェシャ猫のモチーフについていえば、原題が「ウサギは野を駆ける」であり、冒頭にルイス・キャロルの引用があることからも、本作が『不思議の国のアリス』を意識していることは明らかだ。だからこの、どことなく現実から遊離したような感覚も当然といえるのだけれども、ただしストーリーはファンタジーではなくノワールでリアルな犯罪物語の体裁であるために、その両方がミックスされた不思議な感触の映画になっている。

 大雑把にストーリーを説明すると、ジプシーに追われるトニーはある殺人現場に居合わせたことで拉致され、犯罪者の男女数人が隠れ住む小島の家に連れて行かれる。彼らは大きな誘拐を計画していた。トニーもその計画に参加することになり、しばらくの奇妙に牧歌的な共同生活のあと、計画を実行する。しかし計画は徐々に狂い始め、一味は一人また一人と死んでいく……。「滅びの美学」を感じさせる物語である。音楽も印象的で、哀愁を帯びた口笛のメロディが耳に残る。この音楽と、犯罪者たちの奇妙な友情をフィーチャーしたストーリーは、どことなく最初期の『ルパン三世』の雰囲気に通じるものがあると思うのは私だけだろうか。「魔術師と呼ばれた男」とか「さらば愛しき魔女」とか、あのあたりである。

 それから、これもやはり『さらば友よ』や『サムライ』と同じように、ストーリーの起伏で観客をワクワクさせる映画ではない。特に前半はスローペースだし、サスペンスものだと思って観ない方がいい。トニーが隠れ家に連れて行かれて殺されそうにはなるものの、結局喧嘩したり、昔話をしたり、タバコ積みゲームをしたり、死んだ仲間を埋葬したりとウダウダしているだけだ。ただ心理描写という意味では、一味のボスであるチャーリー(ロバート・ライアン)とトニーが心を通わせるようになる過程や、トニーと一味の中の女性二人との絡みなどが描かれ、後半の哀愁を醸し出す重要な布石となっている。女性二人はセクシーお姉さん系シュガー(レア・マッセリ)と美少女系ペッパー(ティサ・ファロー)と対照的な二人だが、最終的に二人から愛されてしまうトニーはもうけ役だ。

 当初の目的だった「若い頃のトランティニャン」については、結論から言うと歳を取ってからの彼の方が渋くて好きである。この映画の頃も悪くはないが、ちょっと爬虫類的な感じがなくもない。あの唇と、鋭い目と、薄めの頭髪のせいかもしれない。ロバート・ライアンが背が高いので、並ぶと見劣りするということもある。大人の女シュガーは分かるが、あれで美少女ペッパーまで(しかも兄を殺されたという事情がありながら)メロメロになってしまうのはどうも納得できない。が、注目すべきは声の良さ。昔から思っていることだが、実は声と喋り方は男の魅力を大きく左右する要素である。もしかするとルックス以上に重要かも知れない。女性のみなさん、そうは思いませんか?

 全体的には、ストーリーの面白さではなく雰囲気で魅せる、詩的で哀しいフィルム・ノワールといったところだ。客観的というより個人的な好みを投影して☆四つ。万人が認める名作とは呼べないかも知れないが、ハマると病みつきになるマニアックな個性があるフィルムだと思う。



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