アブソリュート・エゴ・レビュー

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Fish Out of Water

2014-10-27 21:11:04 | 音楽
『Fish Out of Water』 Chris Squire   ☆☆☆★

 イエスのベーシスト、クリス・スクワイアのソロ。1975年発表。クリスはイエス以外にも色んなユニットでアルバムを出しているが、純然たるソロ名義は今のところこれだけだ。全曲自身の作曲、演奏もヴォーカルとベースをすべて自身が担当。サウンドはバンドだけでなくオーケストレーションが入っていて、また10分を越える曲が2曲あり、シンフォニック・ロックの体裁になっている。

 本作の聴き所はまずなんといっても、クリス独特のベース・プレイを堪能できる点だろう。イエスの全盛期を支えた、あのゴリゴリいうベースの音がたっぷり聴ける。長尺曲では当然ながらインスト・パートも長く、充実していて、ここではベースが主役とばかりに思う存分弾きまくっている。ドラムではビル・ブラッフォードが参加しており、全編にわたってクリスとビルのリズム・セクションが聴けるのもイエス・ファンにとっては嬉しいところだ。

 加えて、クリスのヴォーカルも聴き所の一つ。イエスではジョン・アンダーソンのバッキングに徹しているクリスだが、ジョンに似て異なるその声質はかなり個性的で、そのクリスの珍しいリード・ヴォーカルが聴けるのはなかなか面白い。ただ、バッキング・ヴォーカリストとしては上手いクリスも、リード・ヴォーカリストとしては決して上手くはない。イエスからジョンが脱退した時期、クリスのヴォーカルでやっていこうという案が出てボツになったらしいが、やっぱりそれは無理だろう、という感じである。

 クリスのコンポーザーとしての才能も興味深い。イエスでももちろん多くの曲を書いているクリスだが、メロディックなジョン、端正なスティーヴと違い、クリスの書くメロディには独特のアクがある。ストレートとか明快とかではなく、どこかうねり、曲がりくねったところ、一筋縄ではいかない陰影がある。本作では当然ながらそういうクリスの持ち味が前面に出ており、「Hold Out Your Hand」や「You By My Side」のような短い曲ではなかなかのメロディ・メーカーだなと思わされる反面、長尺曲「Silently Falling」をはじめとする後半三曲ではそういうアクが強く出ていて、またオーケストラも入ったシンフォニック・ロック仕立てになっていることもあり、重たく、冗長なところがある。特に最後の「Safe (Canon Song)」はオーケストレーション主体の曲で14分以上あり、個人的にはかなり冗長だなと思う。

 こうしたクリスの個性については、黒田史朗・著『イエス』の中に「本アルバム『フィッシュ・アウト・オブ・ウォーター』は、イエス・サウンドに脈々と血統のように流れていた基本的な音楽性が、クリスの才能にあったことを教えてくれる作品集だ」「イエス・メロディの原点はクリスにあり、たとえばスティーヴが主題旋律を作ってくると、クリスの個性を注入してアレンジされている、と感じさせる」などの記述があり、かなり持ち上げてあるが、ある意味当たっていると思う。メロディやリフはコンポーザーであるジョンやハウのペンになるものだが、そこにクリスの持ち味がスパイスのようにミックスされることによって「イエスっぽく」なる。イエス・サウンドのあの複雑性、入り組んだ重層性、聴き方によっては冗長ともとれる細部のバロック的な肥大化は、実はクリスの個性による部分が大きいのではないか。

 このようにベーシストとして、ヴォーカリストとして、またコンポーザーとしてのクリスの個性が全開になったこのソロ作は、よくも悪くもイエスにおけるクリス・スクワイアの存在感を凝縮したアルバムになっており、やはりイエス・ファンのためのアルバムだという印象が強い。ヴォーカリスト、コンポーザーとしてはまあまあレベルなので、イエスに関心がない人には大してアピールしないだろう。逆にイエスにおけるクリスのベース・プレイに心酔するファンにとっては、結構聴きごたえのあるアルバムだ。



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