アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フリアとシナリオライター

2012-05-14 10:49:38 | 
『フリアとシナリオライター』 マリオ・バルガス=リョサ   ☆☆☆

 再読。なかなか楽しい小説だが、リョサの作品としてはAクラスではない。特に最近の『チボの狂宴』『悪い娘の悪戯』と比べると、正直言ってかなり落ちる。

 小説の柱は二つあり、一つは主人公「ぼく」とフリア叔母さんの恋愛。もう一つは「ぼく」と同じラジオ局で働く奇矯なシナリオライター、ペドロ・カマーチョが創り出す数々のラジオ・ドラマである。というわけでタイトルも「フリアとシナリオライター」。大変分かりやすい。

 「ぼく」とフリア叔母さんとの恋愛話はリョサ自身の自伝的ストーリーで、ほぼノンフィクションらしい。「ぼく」は18歳、フリア叔母さんは32歳。恋愛話らしい甘酸っぱさも多少あり、微笑ましいが、それほど大した話じゃない。話の起伏も親戚みんなに反対される程度だ。本書は全体にコミカルなタッチなのでロマンティシズムで勝負するには物足りず、コメディとしてもさほどの爆発力はない。「ぼく」とフリア叔母さんがこっそり結婚しようとしてなかなか結婚できないあたりが不条理コメディとしてまあまあ読ませる程度だ。「自伝的」といわれる作品に私が警戒感を持つのはこういうこともあり、いかな練達の作家でも自伝的エピソードとなると距離感を誤ってしまうことが多い。自分が思うほど大した話じゃないよ、って奴だ。

 もう一つのシナリオライター篇は、実際にペドロ・カマーチョの創作が(本当はラジオドラマの脚本だけれども)小説の形で呈示される。これは一貫した話ではなく、章ごとに全部ばらばら、別の話である。一つ一つが完結した短編でもなく続きものの一部なので、要するに中途半端なところで切れる。断片的な未完の物語集である。特に最初の方は、話が盛り上がったところで「さあ、この二人はこの後どうなるのだろうか?」などと思わせぶりを言って終わってしまう。二度と続きは出てこない。

 さすがリョサ、話は全部面白い。妹の結婚式で兄が酔いつぶれておかしくなったと思ったらこの二人近親相姦で、しかも妹は妊娠していてそれを叔父が発見するとか。警官のリトゥーマが罪のない黒人の射殺を命令されて葛藤するとか。しかし途中で切られてはどうにもならない、これはじらしプレイである。私にはそういう趣味はない。

 さて、ペドロ・カマーチョは一日24時間書きまくっているという超人的作家だがやがておかしくなり、話が混乱してくる。死んだ人間が生き返ったり、Aという話の登場人物がBという話の中に出てきたりする。という混乱ぶりが後半のシナリオライター篇の目玉だが、これもハチャメチャ度は低く、唖然とするほどの混乱には至らない。まあ話の最後で登場人物が全部死んだりしてシュールではあるが、この手の話なら筒井康隆の方が全然上である。もともとリョサはシチュエーション・コメディを得意とする作家で、シュールやドタバタではない。

 ところであとがきにあったが、リョサはどこかでメロドラマ的な筋立てが好きだと告白しているらしい。非常に良く分かる。そのメロドラマ志向があっての優れたストーリーテリング能力だと思うが、本書でペドロ・カマーチョが書く物語の数々はどれもメロドラマティックで、リョサはこれを書くことで欲求不満を解消したかったのかも知れない。彼が章の終わりで、「さて、彼らを待ち受ける運命やいかに!?」と口上を述べる時のうれしそうなこと。

 というわけで、総括するとラブストーリーではリョサのストーリーテリングの冴えが発揮されず、ラジオドラマの物語集は小手先のテクニック披露に終わってしまった。もちろんそれなりに面白くは読めるが、リョサの実力はこんなもんじゃないだろう。



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