アブソリュート・エゴ・レビュー

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101/2章で書かれた世界の歴史

2012-05-11 16:44:40 | 
『10 1/2章で書かれた世界の歴史』 ジュリアン・バーンズ   ☆☆☆★

 以前斜め読みですませていたが、今回腰をすえて再読。部分的には面白いものの、やはり全体の印象は薄い。本書はかなり評価の高い小説のようだが、個人的にはまあまあレベルである。クレバーな小説である反面、頭でっかちな感じがする。同じ作家の小説なら、私は『フロベールの鸚鵡』の方が好きだ。

 あとがきで訳者が書いている通り、バーンズはきわめて知的な作家であり、本書はきわめて「知的」な小説には違いない。それはきわめて技巧的という意味と、きわめて博識(つまり豊富な知識な裏づけがある)という両方の意味においてそうであり、これに関して異存はない。おまけに、「知的」といっても難解な能書きだらけで面白くないということもなく、これも訳者があとがきで書いている通り、物語のリーダビリティは高い。読ませるストーリーだ。バーンズの職人芸は十二分に発揮されているといっていいだろう。

 全体は小品の連続で構成されていて、それぞれの小品はたとえばノアの箱舟神話のパロディ、テロリストが乗り込んできた船の状況と顛末を描いた短編、船の難破を題材にしたジェリコーの絵画についての分析、などで構成されている。しかしただ「世界史」のパロディ作品を連ねただけではなく、どの話も箱舟神話のバリエーションになっていて、章を横断して精緻な伏線が張られ、かつ細部に同じモチーフの繰り返しが用いられる(たとえば箱舟に乗り込む動物は二匹ずつであり、観光船の乗客はみな夫婦ものばかり)など、巧緻に組み立てられていることが伺われる。

 しかし結果的に知的であること、巧緻であることが売り物になってしまってはまずいんじゃないか。テクニックで聴衆を圧倒しようとするギタリストのようだ。バーンズはきわめて知的に図面を引き、それに沿って思考実験を展開する(面白いプロットという甘味料つきで)が、かっちりした図面によってコントロールが効き過ぎた実験は「巧み」だろうけれども、意外とつまらない。作者の意図しないものまでも取り込んでいくような開かれたものがない。またバーンズの考察はアイロニーたっぷりだが、そこにはたとえばミラン・クンデラのように「問いかけ」の繰り返しで何かを発見していくというような揺らぎがない。バーンズは自分の思索の結果を読者に教えさとす、まるで講義を行う大学教授か、評論家のように。

 さらに言うと、バーンズの考察そのものも意外と面白くない。たとえばジェリコー絵画の製作過程を解釈する部分で、なぜ描かれている人々がみんな筋肉もりもりで健康そうなのか、という面白い設問がある。興味津々で読み進めると、バーンズの回答は、みすぼらしいと「みじめさ」が分かりやす過ぎるから、というものだ。これに限らず、本書中のバーンズの考察を読むと大体「芸術は直裁を避ける」という技巧論と「歴史は物語でありフィクションである」というテーゼに集約される。間違っちゃいないが、一般論過ぎて面白くない。

 と否定的なことばかり書いたが、私も本書が知的興味に溢れ、巧緻な仕掛けが施されたウェルメイドな小説であることは認める。ただし、傑作とまでは呼べない。傑作というにはこの知性、ちょっと屈託がなさ過ぎやしないだろうか。
 


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