アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Space Kid

2016-05-12 21:50:03 | 音楽
『Space Kid』 大野雄二   ☆☆☆☆

 最近私がわりとよく聴いている大野雄二のファースト・ソロ・アルバムをご紹介したい。1978年リリースとかなり古いアルバムだが、これがなかなか良い。大野雄二といえば「ルパン三世」の音楽で有名だが、私が彼のアルバムを聴いてみようと思ったのも最近放映されたルパン三世(ちなみにこの番組を見たことはない)のテーマ曲をたまたま聴いて、おや、かっこいいなと思ったのがきっかけである。昔からおなじみのあのメロディだが、しみじみ聴くとアレンジなどがかっこいい。調べてみるとこの人は昔から映画音楽やらTV番組の曲やらを色々と手掛けていて、非常に間口が広い職人肌のコンポーザー兼演奏者のようだ。この『スペース・キッド』発表と同年には、あの「24時間テレビ-愛は地球を救う」の音楽も手掛けている。

 そんな大野雄二が初めてソロ名義でリリースしたこのアルバムは、彼のキャリアと音楽への姿勢を的確に要約した楽曲集になっている。当時はやった「フュージョン」にジャンル分けされているが、ライナーノーツによれば、テクニック云々や音楽の様式ではなく、ジャズ、サンバ、ボサノヴァ、ポップス、ロックとさまざまな音楽のいいとこどりをして、リスナーに聴きやすい心地よい音楽を作り出すのが本物のフュージョン、みたいな本人のコメントがあるらしい。確かに、このアルバムにはそんな音楽がつまっている。

 つまり根っこにあるのはジャズだが、ポップスやソフトロックの要素もかなり入っていて、映画音楽的な要素もある。ボサノヴァやサンバも取り入れられているが、おそらく本格的なボサノヴァやラテン音楽のファンが聴くと「これは違う」となるだろう。たとえば日本にあるイタリア料理や中華料理のレストランが本場のレストランの味とは違うものを出しているように、大野雄二の音楽は本場の音楽とは違う、大野雄二自身のレシピなのである。が、そういう日本風に味つけを変えられたイタリアンやチャイニーズがそれはそれで美味しく、もしかしたら本場の味を凌駕することだってあるように、大野雄二の音楽も美味であると私は思う。

 料理を引き合いに出したが、彼の音楽が日本風にアレンジされた洋食を思わせる大きな理由の一つとして、彼の音楽の土台をなしているメロディ感覚がある。彼のメロディは日本的な湿ったメロディであり、ラテンをやってもジャズをやっても基本的に叙情的である。いわゆる「日本人好み」という奴だ。ドライではなくウェットであり、攻撃的であるより優しく、挑発するより調和志向。美しいメロディも、クールというより親しみやすい。

 そうしたメロディを中核にして組み立てられた彼の音楽は、まさに色んなジャンルの手法をミックスした中庸であり、そういう意味で昔ながらの「クロスオーヴァー」という呼称がふさわしい。ジャズ的な即興演奏もあるが、心地よさを超えて過剰になることはなく、映画音楽のような軽いストリングスや女性コーラスも入って優しいメロディを引き立てる。そういう彼の音楽はいい意味でBGM的であり、ムーディーで瀟洒だ。フュージョンといっても、バンド演奏のスリルで聴かせるカシオペアやプリズムとは違う。

 日本的な湿ったメロディや、日本人好みに調理されたところなどどことなく松岡直也に共通するものがあるが、私はセンチメンタルな松岡直也より、叙情的ながら根っこの部分はカラッと明るい大野雄二の方が好みである。ストリングスを多用するところや親しみやすいメロディ、色んな音楽性が混ざっているところなどはデイヴ・グルーシンを思わせる。このアルバムでも、美しいメロディをストリングスとホーンでしっとり聴かせる「Mayflower」「Melting Spot」「A Single Trace Of Love」、ポップでノリがいい「Solar Samba」、シャープなかっこいい演奏を聴かせる「Space Kid」など、バラエティに富んだ音楽性を聴かせてくれる。ソニア・ローザが歌う「Never More」も、ラテンと和風が溶け合って大野雄二らしい心地よい音だ。

 ジャズとポップスが混じり合った、クロスオーヴァーな心地よい音楽を聴いてみたいという人にお薦め。軽く聴き流す音楽と思われそうだが、何度聴いても不思議と飽きが来ないアルバムである。
 


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