アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

狼の紋章

2018-04-27 22:37:09 | 
『狼の紋章』 平井和正   ☆☆☆★

 長らく入手困難だった平井和正のウルフガイ・シリーズがめでたく復刊された。ということでつい懐かしくなって購入し、二日間で読了。私も十代の頃ハマったクチなのである。とにかく、これでもかという強烈なバイオレンスとエロと残酷が当時の私には衝撃で、トラウマになりかけた。そういう意味では、この小説にはあの伝説的マンガ『デビルマン』に通じるものがあって、特に主人公の犬神明がとことん切り刻まれる残酷描写は凄絶という他はない。

 が、そんな強烈なバイオレンス描写はなぜか癖になるもので、私も御多分にもれずハマり、『狼の紋章』『狼の怨歌』と立て続けに読んだ後は『人狼地獄』『リオの狼男』『ウルフガイ 若き狼の肖像』などの<アダルト・ウルフガイ・シリーズ>にも手を出し、人間離れした身体能力を持つ狼男・犬神明の活躍に胸を熱くしたものである。が、そのうちSFアクション小説というものに飽きて読まなくなり、いつしか文庫本もほとんど手放してしまった。

 そんなわけで、今回懐かしさのあまり購入した『狼の紋章』、読んだのは多分三十年ぶりぐらいじゃなかろうか。特に本書は私が平井和正に初めて出会った小説でもある。そんな「青春の一冊」を今の目で読み返してみると、エロもバイオレンスもかつてほど過激とは思えず、むしろアクションものとしてはオーソドックスな印象である。おまけに、もともと本書は少年マンガのノヴェライズだったという事情だからか、ストーリーは素朴なまでに典型的な学園ヒーローものだ。虚無的な一匹狼の主人公、何かといえば主人公に絡んでくる非行少年グループ(が、主人公は無抵抗)、少年に惹かれる美人教師。やがて非行少年グループの悪行はエスカレートし、美人教師が人質に取られ、無抵抗だった主人公がついに立ち上がる。

 いやーベタである。途中、美人教師がオートバイに乗った不良二人にレイプされそうになったところを、人狼と化した少年が圧倒的戦闘能力で助けるなんて場面まである。最近じゃ、ほとんどギャグマンガのネタにしかならないレベルのベタさだ。登場人物の名前が犬神明(主人公)、青鹿晶子(ヒロイン)、羽黒獰(悪役)と、キャラ・イメージそのまんまの字面なのも昭和の劇画っぽい。たとえば星飛雄馬、花形満、佐門豊作とか、ああいうセンスだ。

 まあそんなわけで、色々と古臭さはまぬがれないし、もしこれをこのまま映像化したらとてつもなく時代がかったアクションものになってしまうだろうが、この小説には結構まだ読ませる力がある。それはひとえに、平井和正の過剰なまでの熱い思いがこもった文章によるものである。小説はストーリーだけではない、というのがこの本を読めば良く分かる。小説世界のムード、トーン、世界観、まあなんと呼んでもいいが、本書のそれはバイオレンス描写における陰惨で血みどろな残酷性、狼を自然の精霊として賛美する神秘幻想性、そしてそれとセットになった人間嫌悪、が三位一体となって形作っている。これらによって本書は陰鬱な厭世的ムードがいっぱいに立ち込める中、自然の精霊に憧れるようなピュアなロマン性と神秘性をところどころで垣間見させる。それが、ストーリーテリングとは違うところにある本書の魅力だろう。

 ところで先に書いた通りもともと本書は少年マンガで、色々とベタな部分はそれが原因と思われるが、いくらなんでも、この登場人物たちが中学生というのはあまりにも無理がある。せめて高校生ぐらいじゃないと、説得力ゼロだ。また、この小説は映画化されているが、非行少年グループのリーダー、羽黒獰をあの松田優作が演じているそうだ。しかも、これがデビュー映画だというから侮れない。10代のうちから殺し屋になるためにストイックに身体を鍛錬し、おとなのヤクザもビビらせるという羽黒に松田優作は合っているような気がするが、観ていないのでなんとも言えない。一応DVDも出ているようだが、ちょっと金を出して入手するのは勇気がいる。

 あともう一つ、本書に登場するルポライターの神明は<アダルト・ウルフガイ・シリーズ>の主人公、犬神明である。彼の登場シーンには<アダルト・ウルフガイ・シリーズ>の陽気なムードが多少漂うが、とはいっても神明は純然たる脇役であり、ほとんど活躍の場はない。彼が活躍するのは、続篇の『狼の怨歌』の方である。



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