アブソリュート・エゴ・レビュー

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あなたと私の合言葉 さようなら、今日は

2018-04-30 22:01:59 | 映画
『あなたと私の合言葉 さようなら、今日は』 市川崑監督   ☆☆☆☆☆

 Amazonで取り寄せた日本版DVDで鑑賞。1959年の作品である。若尾文子、京マチ子、野添ひとみと女優陣は『婚期』と同じだが、監督は吉村公三郎ではなく市川崑。船越英二が出ているのも『婚期』と同じだし、若尾文子といつもコンビを組んでいる川口浩もやっぱり出ている。というわけで俳優陣は既視感バリバリなのだが、ここで効いているのが珍しい佐分利信の登場。若尾文子と野添ひとみの父親役だが、いつもの「日本一偉い」と称される(というか私が勝手に称している)威厳は控えめで、いきなり会社を辞めて酔っ払って帰宅して船乗りになると言ったり、娘の縁談を持ってきておきながら当日出かけようとすると邪魔したり、妙にお茶目でトボけた父親像を演じている。実にイイ。茶目っ気がありつつもやはり父親らしいどっしり感がちゃんとあって、この映画の重しになっている。

 映像は『鍵』『ぼんち』で見られるような市川崑監督独特の陰影が深い質感で、これもファンには嬉しいところ。それから序盤の若尾文子の電話での会話などあからさまに奇妙な棒読み口調で、あれは意図されたものだと思うが、やはり市川崑監督の実験精神のなせるわざか?

 さて、物語は実によくできた、瀟洒かつモダンな、辛口のアイロニーがピりっと効いた恋愛コメディである。おまけにそのおかしさの中に、タイトルの「さようなら、今日は」が示す通り、移ろいゆく人間関係の別れと出会い、人生というものへの無常観、そして一抹の哀しみまでもが込められている。深読みしようと思えばいくらでも深読みできる懐の広さがあって、そのスケール感は「名作」と呼んでもおかしくないぐらいだ。

 物語は三人の女性と三人の男性が入り乱れつつ進む。女性陣は東京の自動車会社OLの和子(若尾文子)、その妹でスチュワーデスの通子(野添ひとみ)、そして和子の大学時代からの友人で大阪で料亭を経営する梅子(京マチ子)。和子は東京に出てきた梅子に、なりゆきで結婚話がまとまりつつある婚約者・半次郎(菅原謙二)に会って、婚約を断って欲しいと頼む。結婚するなんて愚の骨頂、という考えの梅子は「よっしゃ、まかしとき!」と半次郎に会ってそれを伝えるが、コロッと考えが変わって自分が半次郎と結婚したいと思うようになる。

 それを聞いて、梅子と一緒に料亭を経営する義兄の虎雄(船越英二)は青ざめる。血のつながっていない梅子とは自分が結婚するつもりだったからだ。が、猪突猛進の梅子は半次郎に嫌がられても気にせず彼を追いかける。一方、半次郎はもう一度和子と会って自分の思いを打ち合ける。必ずしも彼が嫌いではない和子も複雑な心境だ。さらに、通子(野添ひとみ)は近所のクリーニング店の配達係で夜間大学に通うてっちゃん(川口浩)を好きなのだが、彼は和子にぞっこん。が、和子から通子と結婚して欲しいと頼まれ、愕然とする。こうして、3対3の恋と求婚のロンドはくんづほぐれつの乱戦模様を呈していくのだった…。

 DVDのジャケット写真では若尾文子と川口浩がカップルのようだが、そうではない。話の中心となるのは若尾文子と菅原謙二のカップルである。この二人は実はお互いに好きなのだけれども、煮え切らない状況にある。そこに、若尾文子には川口浩、菅原謙二には京マチ子が横からちょっかいかけてくる。更に川口浩には野添ひとみ、京マチ子には船越英二という片思いに悩む第三者がいる、という図式である。

 とにかく、ドライで軽快な笑いと、とぼけた茶目っ気が素晴らしい。特に笑ったのが、男嫌いで結婚に反対していたくせにコロッと態度が変わる京マチ子。図々しく人の婚約に口を出しておきながら、好きになった半次郎の会社に何かと口実をつけて会いに行く。しまいには「あの人が来ても取りつがないで」と居留守を使われてしまうが、それでも平気で押しかけ「ほな、これから二人で食事でもどないだす?」と悪びれることなく誘いをかける。ここまであっけらかんとしていると逆に可愛い、と思うのは私だけだろうか。あれだけ嫌がっていた半次郎が結局押し切られて梅子と結婚してしまうのにも笑ったが、案外人生ってそんなものかも知れない。悩むより、とにかく動いた方が勝ちなのだ。

 半次郎が好きになったと突然言い出す京マチ子もおかしいが、それを聞いて「そんな殺生な」と騒ぎ出す船越英二にも爆笑。義兄のくせに自分が結婚するつもりでいて、京マチ子もそのつもりに違いないと思っていたというのである。そして酒場に行き、菅原謙二、川口浩とたまたま一緒になって三人で(互いに関係者だと知らずに)悩みを話し合うあたりの展開は、もう絶好調である。楽しくてしかたがない。

 いきなり会社を辞めてきて、失業保険をもらいながら呑気に暮らし、娘の結婚を心配しているといいながら若尾文子が見合いに出かけるのを邪魔する佐分利信も最高。おまけに、終盤若尾文子と二人で語り合うシーンではビシッと締める。やはり名優である、この味はそうそう出せるもんじゃない。偉い人を重厚に演じるのもいいが、こういう軽妙な役ももっと演じて欲しかったなあ。

 最後、若尾文子はひとりアメリカへ旅立つが、眼鏡をかけて毅然と空を見上げる表情がなんとも言えず美しい。この映画の、愉しくてお茶目でほろ苦くてドライ、そしてちょっとだけ切ない、というあまりにも贅沢な味わいにふさわしい、心に残るラストシーンである。



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