アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

祭の夜

2016-04-25 20:46:03 | 
『祭の夜』 パヴェーゼ   ☆☆☆☆

 イタリアの詩人・小説家パヴェーゼの短篇集を読了。以前、池澤夏樹編集の『短篇コレクション II』に収録されていた「自殺」が印象に残っていたぐらいで、まとまった量を読んだのは初めてである。

 訳者あとがきによれば、パヴェーゼは政治的な理由で流刑になり、その後帰郷して恋人が他の男と婚約したことを知った。流刑と裏切り。この経験が彼の人間性と創作に影響を及ぼさないわけはなく、その作品世界は憂鬱で、灰色だ。人生というものに宿命的につきまとう苛烈さが彼の作品に流れる通底音である。本書の最初のいくつか短編を読むだけでも、その厭世的な世界観は明らかだ。

 その一方で、物語のプロット=筋を作り出す作者としては、基本的に抒情的な資質の持ち主であるように思う。作品にもよるが、筋の運びや文章表現にロマンの香りがある。恋愛を扱った短篇が多いのも、(たとえそれが悲劇的な展開を宿命づけられているとしても)パヴェーゼ文学のロマンティックな傾向を示すものだ。このロマンの香りとメランコリックで厭世的な世界観が結びつくことによって、彼が創り出す物語は悲しみと苦しみを捏ね上げて作った彫像のような、荘重な悲劇性をまとうことになる。この悲劇的な、暗い抒情がパヴェーゼの作品世界の魅力である。それは決して単なる厭世的世界観の垂れ流しではない。

 そのもっとも分かりやすい証拠は、この凝りに凝ったレトリックだろう。トリッキーな比喩やイメージの飛躍が駆使された非常に技巧的な文体で、パヴェーゼを読む快感のかなりの部分はこの文体を噛みしめ、味わうことにあるという気がする。そこには、言葉で世界を変容させようという芸術家の強い意志がある。

 本書に収められた十篇の短篇も様々だが、冒頭の「流刑地」「新婚旅行」そして『短篇コレクション II』にも採られた「自殺」など、恋愛がからむような、つまり多少ロマンティックなプロットの短篇の方が個人的には魅力を感じる。これらの作品では顕著な暗さとペシミズムがロマンティシズムと結合し、独特の暗い詩情を生み出しているように思えるからだ。一方で、プロットそのものが厭世的な「友だち」や「ならず者」は、作者の厭世観がナマで出過ぎていていまひとつである。まあこれは、私の好みと思っていただければ良い。

 この重たさ、暗さが時代を感じさせるところもなきにしもあらずだが、悲劇的なプロットと詩的な文体が結びついた時の、ロダンの彫刻を思わせるような厳しい美しさはやはり侮れない。メランコリック文学好きにお薦めしたい。



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