アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Rush In Rio

2019-01-09 21:58:19 | 音楽
『Rush In Rio』 Rush   ☆☆☆☆★

 久しぶりに大好きなラッシュについて書きたい。これはラッシュが『Vapor Trails』の発表後に行ったツアーから、ブラジルのリオで行われたライヴを収録したものである。ちなみに同じタイトルで映像版も出ているが、これはCD版のレビューと思っていただきたい。もちろん映像版も所有しているけれども、iPodに取り込んで聴き倒せるので私はCDの方を重宝している。

 さて、これは三枚組の大作で、ラッシュのライヴ・アルバムとしては五枚目にあたる。なんでもこれ以前にラッシュはブラジルでコンサートをやったことがないらしく、初めて生のラッシュを目前にしたブラジルのファンの熱狂ぶりには凄まじいものがある。国民性もあるのだろうが、インストゥルメンタルの『YYZ』や『La Villa Strangiato』ですら、演奏に合わせて大声でメロディを合唱してしまう興奮ぶりだ。

 そして、このライヴ盤の特徴は、まさにその観客の熱狂ぶりと音の臨場感にある。観客の歓声や合唱の声がかなり大きく入っていることに加えて、ミキシングもかなり特徴的だ。音にブーストしたような歪みがあり、ちょっとブートレグを思わせる生々しさで、臨場感はあるけれどもきれいなサウンドとは言い難い。

 そんなわけで私は最初、発売当時「これまでのライヴ盤中ベスト」と好評だったこの『Rush In Rio』が嫌いだった。「なんだこの音の悪さは」と思って、えらく失望したのを覚えている。アルバム『Vapor Trails』の曲もあまり好きではないこともあって、最初に一度聴いただけでCDラックの奥にしまいこみ、その後長いこと、通して聴くことなんてことはなかった。

 が、歳月を経てiTunesでプレイリストを作って聴くようになると、当然私はラッシュのライヴ・トラック集を作るわけで、このアルバムからも数曲だけ採ったが、プレイリストを繰り返し聴いているうちにだんだんと、この特徴ある音も悪くないと思うようになった。というか、他のライヴ・アルバムのきれいだけれどもあまり変わり映えしない音に比べて、この特徴的な、異様な臨場感に溢れたサウンドに魅力を感じるようになった。他にない迫力があるのである。

 最初に私がプレイリストに入れたトラックは確か「Red Sector A」だったと思うが、ラッシュ・ファンはご存知の通り、これは全篇シンセサイザーとシーケンサーで埋め尽くされた、ゲディがベースギターをまったく弾かない曲である。『Show of Hands』や『Grace Under Pressure Tour』でも生演奏が聴けるが、はっきりいって演奏の起伏という点では平坦で、あまり面白くない。ところが、この『Rush In Rio』ではギターの音がソリッドで分厚く、やたらと迫力がある。とにかく生々しい。

 そうなってからあらためて他の曲も聴いてみると、おや、「The Tree」もこのバージョンはゴツゴツしていて重厚だな、と思ったり、「The Big Money」も中盤以降の盛り上がりがすごいな、と思ったりするようになった。とにかく音のひとつひとつに重量感があり、同時にきわめてソリッドだ。特にギターの音のひずみ方が良い。私の大好きな『Exit...Stage Left』のスペーシーで広がりのある、きれいなギターの音とは正反対といっていいが、そこがまた良いのだ。だからラッシュとしては比較的アレンジが平坦な「Red Sector A」や「Bravado」みたいな曲で、特に迫力が増す感じがする。

 「The Path」も良い。これは『Presto』に入っているミディアム・テンポの穏やかな曲で、スタジオ・バージョンだと音に隙間が多くて薄い感じがするが、このライヴ盤だとベースもギターもやたら音がゴツくて存在感があるため、まったく薄く感じない。えらくカッコイイ。定番の「The Spirit of Radio」もすっかり聴き慣れた曲だが、このバージョンでは一味違っていて面白い。

 そういう意味では「Roll the Bones」もそうで、これもシーケンサーが入りまくってラップまで入った「らしくない曲」であり、私としては特にどうってことない曲なのだが、このライヴではギターやベースのソリッド感が倍増することでカッコよくなっている。そういう意味では、他のライヴ音源ではさほど映えない、いわゆる「ラッシュらしさ」をあまり感じさせない曲が、このライヴ盤では独特のミキシングで生々しい迫力を付与されることでラッシュらしくなり、面白くなっている。これはそういう愉しみ方もできるアルバムだ。もちろん、他でも迫力ある「Free Will」や「2112」は更なるド迫力でえらいことになっている。

 観客の歓声がやたら大きく、しかも演奏中でもお構いなしに音にかぶさって来るのもイヤだったが、それも気にならなくなった。そもそもブートレグではなくオフィシャル盤なので、演奏の音がかき消されるなんてことはなく、ちゃんと聴こえる。たとえば、長尺曲「Natural Science」はどのライヴ盤で聴いても盛り上がる曲だが、このアルバムで聴くこの曲はひときわゴツイ。後半になるとインスト部分でも観客が大声を出して歌っていて、コードチェンジについていけず微妙に音程がずれる部分があるが、聴き慣れるとそれすらも怒涛のような会場の盛り上がりを感じさせて悪くない。

 まあそんなわけで、ラッシュの最初のライヴ盤としてはちょっとどうかと思うが、色々聴いた後ではかなり面白みのあるライヴ音源だ。その他の特色としては、当然『Vapor Trails』ツアーなので「One Little Victory」「Ghost Rider」「Secret Touch」とこのアルバムからの曲が披露されていること(特に「Ghost Rider」はレア)、その他のレア曲として「New World Man」「La Villa Strangiato」「By-Tor And The Snow Dog」「Between Sun & Moon」が演奏されていること、などが挙げられる。

 それともう一つ、この後ラッシュは『Snakes & Arrows Live』『Time Machine tour』『Clockwork Angels Tour』『R40 Live』とツアーごとにライヴ盤を出すようになるが、さすがにだんだんゲディのヴォーカルの衰えが目立ってくる。しかしこの『Rush In Rio』ではまだまだ健在で、安定感のあるハイトーンを聴かせてくれる。それもこのディスクの魅力のひとつだろう。



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