アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

2017-06-05 21:15:24 | 映画
『穴』 市川崑監督   ☆☆☆

 日本版DVDで鑑賞。1957年のモノクロ映画。市川崑監督は三島由紀夫や伊丹十三、トリュフォーなど心酔者が多い日本映画の巨匠だが、『鍵』のような実験的映画を撮ったり『犬神家の一族』のようなエンタメを撮ったり『細雪』のような文芸作品を撮ったりと、いやに作風が幅広く、そのせいでどんな監督なのか今一つ私の中でイメージが定まらない。個人的には『鍵』と『女経』中の一篇「物を高く売りつける女」は大好きだが、『犬神家の一族』はまあまあな出来のエンタメという程度で、なぜ岩井俊二監督が「自分の映画作りの教科書」とまで言うのか分からない。これと『鍵』を撮った監督が同じだとは、そうと言われなければまったく気づかないだろう。自分の作家性を強く出したり引っ込めたりが比較的簡単にできる監督さんなんだろうか。

 まあそんなわけで、私はあまり市川崑作品には詳しくないのだけれども、世間的には「モダニズム」が市川崑監督作品のキーワードの一つらしい。この『穴』など、1957年という時代を考えればそうした市川モダニズムの分かりやすい一例ではないかと思う。非常に軽やかな、おふざけ色の濃いコメディで、日本映画の体質的な特徴であるところのじっとり湿った抒情性が微塵もない、まさにカラッと乾いたエンタメ作品だ。騒々しいジャズが全篇に流れ、セリフは多く異常に早口。現代の観客ですらそう感じるのだから、当時は信じられない早口だったのではないだろうか。

 主演はあの大女優・京マチ子だが、コメディ演技に徹している。コスプレまでこなす悪ノリぶりで、登場時はボサボサ頭の女記者、次にカツラとどぎついメークで色っぽいグラマー、次に方言丸出しの百姓女、とどんどん変わっていく。それにしてもグラマー女を演じる時は胸元を大きく開けた服だが、なんだかムチムチしてとっても肉感的なグラマーさんである。これまで和服が多く洋装を見ることがあまりないので気づかなかったが、やはりナイスバディな女優さんだった。今の時代はもうちょっと細い女性の方がはやりなのだろうが、こういう女性の魅力も否定しがたい。

 そういう京マチ子を取り囲む男たちが、山村聰、船越英二らの銀行員チーム、菅原謙二、石井竜一らの警察・探偵チームなどだが、山村聰、船越英二のうさんくささが最高である。冒頭から、この二人が部下の一人を「なぜ今日金を盗まなかったんですか、絶好のチャンスだったのに」と責めるところから幕を開ける。どうやらこの三人は銀行の金を盗もうとしているらしいのだが、わざとらしいセリフ回し、意図的にステレオタイプなキャラ設定などがテンポの速さとあいまって、軽やかなキッチュさを醸し出している。あちこちで流れ出すジャズがそれに拍車をかける。これがつまり、モダニズムの香りなのかも知れない。

 ストーリー展開もめまぐるしく、ゴチャゴチャと込み入っている。やってもいない汚職を記事にされた刑事が雑誌社に怒鳴り込みに行くと、記事を書いたのはヒロインの北長子(京マチ子)で、クビになったため自殺を思案中。しかし、一か月間失踪してそのルポルタージュを書くというアイデアを女友達から吹き込まれ、零細出版社に売り込みに行き、50万円の賞金を懸けて失踪することになる。それを聞きつけた銀行員三人組は、彼女の身代わりをでっち上げて彼女に銀行強盗の罪を着せることを思いつき…、と話はどんどん絡まり、転がっていく。やがて殺人が起き、北長子が容疑者となり、汚職記事を書かれた刑事がそれを追うことになる。

 とにかくテンポが速くてめまぐるしい。ミステリとして話が面白いかというとまあまあレベルで、じっくりプロットを練ったというよりも早いテンポでストーリーを転がし、そのスピード感で観客を翻弄することを目指しているかのよう。個人的には、ちょっとゴチャゴチャし過ぎである。最後一件落着してから、あれはこうだったこれはこうだったと慌ただしく説明が詰め込まれるのも美しくない。

 結局のところ、この騒々しく軽やかでキッチュなセンスに惹かれるかどうかがすべて、という映画である。こういう映画は、観る側より作る側の方が楽しそうだ。

 ちなみに、特に面白かった場面は銀行員三人組が仲間の女(北長子の替え玉)に詰め寄る場面。女が「いい給料もらってこんないいマンションに住んで、まだ金が欲しいの?」みたいなことを何気なく言うと、全員の顔色が変わり、女にじわじわ詰め寄りながら思いのたけをぶちまける。たとえば船越英二はとりつかれたような顔になって「あなたはサラリーマンがどんなものか知らないでしょう。ぼくは金さえあれば明日にでも銀行を辞めます」と吐き出すように言うのだが、サラリーマンの鬱屈をコミカルに表現した秀逸なギャグだった。



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