アブソリュート・エゴ・レビュー

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未来派野郎

2015-08-04 21:30:27 | 音楽
『未来派野郎』 坂本龍一   ☆☆☆☆☆

 坂本龍一が『音楽図鑑』『エスペラント』の後に発表したアルバムである。『エスペラント』は頼まれて作ったダンス音楽だったので、純然たるソロ作品としては『音楽図鑑』に続くものと考えていいだろう。

 坂本龍一のアルバムをすべて聴いたわけじゃないが、聴いた中では『音楽図鑑』と『未来派野郎』の二枚が一番気に入っている。この頃の坂本龍一の硬質な音と、前衛性とポップセンスがバランスよく溶け合った楽曲がたまらなく好きだ。教授のアルバムの中でもこの二枚の人気が特に高いようなので、みんなそう思っているのだろう。もはやYMOの頃のピコピコ・サウンドではなく、音の一つ一つがメタリックな艶で光り輝くオブジェのようだ。この後教授はエスニック路線に行ったり映画音楽を作ったり、ピアノとストリングスで癒し系に走ったりポップへ回帰したりするが、個人的には癒し系やエスニック路線は少々情緒過多、かつ重たく感じてしまう。もともと坂本龍一にはヨーロッパ的な憂愁というか、悲劇的な重たい感性があって、それが彼を映画音楽家として成功させた要因だと思うが、下手をすると曲に閉塞感や退廃性をもたらしてしまう。しかし『音楽図鑑』と『未来派野郎』では、そうした部分が冷たいオブジェ性によってストイックに抑制されている。

 アルバム全体の印象としては、『音楽図鑑』が静なら『未来派野郎』は動である。躍動感とエネルギーに満ちている。内省的で、緻密なタペストリーのように作り込まれた『音楽図鑑』と比較すると、『未来派野郎』ではむしろシンプルかつ大胆なアイデアと力強さが目立っている。サンプリングの多用も特徴で、ドラムとパーカッションはおそらく全部打ち込みである。最初このアルバムを聴いた時はこの打ち込み色の強さに一番抵抗を感じたが、「機械が奏でる音楽」がアルバムのモチーフであることに気づいた後は、逆に面白いと感じるようになった。

 一曲目の「Broadway Boogie Woogie」から躍動感いっぱいだ。強力なビートと映画のサウンドトラックのようなSE、けたたましいサックスとシンセイザイザー。途中で入るギターソロも荒々しく、ロック的だ。英語のヴォーカル入りである。ちなみにこのアルバムにはヴォーカル・パートも多いがすべてゲスト・ヴォーカリストを起用しており、坂本龍一自身は歌っていない。

 さて、次の「黄土高原」ではメタリックな音が優しい旋律を奏で、途中にあでやかな女性コーラスが入る。コーラスは吉田美奈子の多重録音によるものだ。後半になるにつれてビートが強くなり、弾けるようなエレクトリック・ピアノのソロが入る。爽快感に溢れた、本当に心地よい曲だ。ベストアルバムには必ず収録される曲である。「Ballet Mechanique」も「黄土高原」と並んでベストアルバムの常連で、カメラのシャッター音のサンプリングが使われている。英語のヴォーカルが入るが、私はこれを最初坂本龍一が自分で歌っているものと信じて疑わなかった。声質が似ているし、最後には日本語の歌詞も出てくる。この曲では妙に歌がうまいな、と思っていたら実は別人だった。もしかして、わざと自分の声に似ているヴォーカリストを起用したのだろうか。この曲も後半はビートが激しくなり、ロックっぽいギターソロが入る。

 「G.T. II」は「Broadway Boogie Woogie」に似た感じのアップテンポの曲で、ヴォーカルとヴォコーダーっぽいヴォイスと色んなSEが入る。途中のギターは完全にハードロックだ。うって変わって静かな「Milan, 1909」は、坂本龍一らしいメランコリックなシンセサイザーと、鼓の音の効果音や機械処理されたヴォイスの組み合わせが「ブレードランナー」的なSF映画をイメージさせる。「Variety Show」はほぼリズムとSEだけで出来上がっている曲である。

 「大航海 Verso lo schermo」も強烈なビートがメインだけれども、その上に唐突に展開する吉田美奈子のヴォーカル・パートが美しい。まるでオペラの旋律のようで、とても優雅だ。このように、前衛的なノイズ音楽から古典的な西洋音楽まで自在に引き出して組み合わせることが出来るのが、坂本龍一の強みだろう。次の「Water Is Life」はコラージュ音楽だが、得体の知れない巨大生物が脈動するような、不気味な圧迫感がある。そして、もともとアルバムの最終曲だった「Parolibre」は美しいメロディの静かな曲。主旋律はシンセサイザーと女性ヴォーカルで奏でられるが、これも女性ヴォーカル部分はオペラのような情感を漂わせる。CDにはこの後ボーナス曲としてシングルカットされた「G.T.」が入っていて、これは「G.T. II」のバージョン違いだが、曲のイメージはほとんど変わらない。

 まだ若い、才気あふれる音楽家だった坂本龍一の情熱と冒険がいっぱいに詰まった名盤だ。『音楽図鑑』と並んで必聴である。



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