崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

夕張メロン

2014年07月05日 05時14分51秒 | エッセイ
ある弟子から夕張メロンが送られてきて食卓が豊か、格調高くなった。室内菜園も始めていてミントで皿を飾ることもできた。数年前炭鉱地調査の時夕張に行ったことがある。私はその時その場所にいても夕張メロンが有名であるということは知らなかった。運転してくれた上水流君が夕張はメロンで有名であるといい、それを聞いた瞬間、私は車を止め、一行はメロンを唇がはれるほど食べた。その思い出は一行に強く残っているようである。その時の発言者からの贈り物ある。今他の二人の弟子からそれぞれ著書の新刊書が送られてきている。一つは中国の金在国著『日本留学の時に書いた金在国の日本文化体験日記』(韓国語)であり、もう一つは佐渡龍己氏のテロに関する本である。金氏は中国の有名な作家であり、日本滞在の数年間を娘と対話する形で日本の社会や文化を語っているものである。日本の読者へ翻訳出版ができればと思っている。佐渡氏は中近東での体験に基づいて書いた『人は戦場で何を考えるか:テロリズム戦闘日誌』である。今から読みたい。
 最近私の行動の多くは弟子との関係から始まっている。昨日も広島大学時代の弟子と関連して話が長かった。弟子たちからの相談が多くなり、内心うれしく思いながら、弟子たちに負けないように私からもより積極的に新しく弟子を作るために講義に熱を上げている。もうすぐ広島大学大学院国際協力研究科に集中講義にいく。日にちが迫ってきており、私も楽しみにしているが学生たちからも楽しみに待っていると準備状況も含めてメールが往来している。私の「弟子」という言葉には読者らは抵抗を感ずるかもしれない。それは私が彼らに勝手に使う言葉であり失礼かも知れない。つまりそれが学生への偏愛、学閥主義と言われるかもしれない。しかし私は愛情、関心がなければ良い教育はできないと思っている。それは私の教育のエネルギーである。それに冷徹な客観主義を持ち込もうとしているのである。(写真は絵はがき)