健康診断書を週に何枚か書く。これが易しいようでそうでもない。まあ、さほど悩まず決まりごとに徹し、異常がないのは正常と事務的に書かれる医師も多いだろうが、実はまともに考え出すと正常と判定するのはなかなか難しい作業なのだ。
医者に成り立ての頃は健康診断書を書くのを結構負担に感じた。何か見落としてはいないだろうか?この人は正常範囲なのだろうか?としばしば逡巡したものだった。それは正常群を十分数診ていない経験不足と健康診断書に求められる正確さの程度範囲を知らなかったためだ。
今では何万にもの人間を診察してきたから、正常範囲というものが自然に把握出来ているし、診断書の求める内容も理解しているので、健康診断書を書くのにさほど苦労することはなくなった。それでも時々微妙だなと思うことがある。徴兵検査ではないから甲乙丙と格づける必要はないわけで、正常範囲ならそれでいいのだが、糖尿病になりそうだなとか、胃腸が弱そうだなとかと予感することがあるし、この人はちょいと癖がある性格のようだなと短い時間だが分かることもある。
世の中が受け入れる正常は意外に懐が深く、境界が曖昧で、幅広い。健康診断書はそれに準じているわけだ。