脳梗塞や脳出血で亡くならず生き延びると後には大なり小なり後遺症が残る。殆ど正常に回復される方から寝たきりになって仕舞われる方まで色々だが、多いのは片麻痺で杖歩行程度に回復される方だ。片麻痺と共に様々な言語障害や知的障害が残ることが多い。その中に感情失禁と呼ばれるものがある。これは何か言おうとすると面白くもないのに笑ってしまったり、悲しくもないのに泣いてしまったりする感情の抑制が外れた病態で、患者さんが意図的にそうしてしているわけではない。
Kさんは四年前脳梗塞で倒れられ左の片麻痺が残った。何とか杖でトイレまで行ける状態でリハビリ病院から帰られた。言語障害が残り、ゆっくりした簡単な会話は可能だが、普通の速度では話せない。それに感情失禁があり、奥さんの問いかけに上手く答えられず噴き出してしまうことがしばしばあり、病気のせいだと知らない奥さんは当初、「何よ、親切にしているのに。この人は直ぐ笑って」。と不快そうにしておられた。これは病気のせいですよ、泣くよりいいじゃないですかと説明してあげてから、ご主人が笑っても気にされることはなくなった。
月に一回往診していたのだが、どうも小さい脳梗塞が再発したらしく、半年ほど前から、自力歩行が大変になり、食事も咽やすくなり、少しずつ痩せてこられた。どうもこのままじゃ寝たきりになりそうだと心配している。
そうこうするうち、二、三カ月前から何か言おうとすると直ぐ泣いてしまうようになられた。「Kさん、こんにちわ」。と挨拶すると返事が泣き声になってしまいよく聞き取れない。感情失禁が笑いから泣きに変わったのだ。それが患者さんの病態に合っているので、痩せて小さくなってきたKさんが一生懸命返事をしようとして泣いてしまうのを見ていると、こちらまで悲しくなってしまう。なんだか本当に悲しんでいるようだ。
はいはいと返事に握手を返すと泣き顔で頷いてくれる。
脳梗塞で倒れたご主人の傘寿の祝い ゲゲゲの下女から来た手紙に添えられた句。金は有っても老々介護は大変だ。ご自身下女・女中と思っているらしい。
返し
『傘寿祝ぐ 心夫をば 思へども 身の綻びの 充て布のなし』
さんじゅほぐ こころつまをば おもへども みのほころびの あてぬののなし
貴女も決して お若くは無い。ご自愛されたし。
でも本当に泣かれるより、
笑っていられた方が良いですね。