ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

手枷

2020年05月11日 | ノンジャンル
最近耳につくのが、医療従事者や、生活に不可欠な
食料品販売店の従事者、いわゆる感染リスクの高い
環境下で仕事をされている方々に対する感謝の
押し売りである。

同じ匂いがするのが、東北大震災の折に言葉だけが
蔓延した「絆」である。

現実に被災した人々にとっては、これほど辛い
状況はなかったのではないか。
「絆」という言葉に、励まされるというより、
被災した上になお、重いものを背負わねばならない
抑鬱感が強かったであろう。

「絆」とは、本来、ほだしであり、いわば
手枷足枷である。
人に寄り添うのではなく、人を縛り上げる
という事だ。

感謝というものは、するもの、されるもので、
させるものではない。

感謝しているなら、感染しない事である。
買い物も、必要なものを、ひとりで短時間で
済ませ、マスク着用の上で、従業員と話さない
事である。

感謝するというのは、するがある以上、その人の
行動である。
つまり、その人の行動が、感謝となっているか
どうかなのである。

私が、そうした仕事に従事しているとして、
美談として取り上げられているような感謝など
要らないし、その上、絆などと言われては、
たまったものではない。

精一杯頑張っているところに、感謝しているから
もっと頑張れと言われているようなものである。

そう言う、お前がもっと頑張れよという
事なのである。