清水潔『「南京事件」を調査せよ』は、NNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」という放送をもとにして書かれた本。
番組を製作するにあたり、虐殺された捕虜の写真はどこで撮られたのか、日記を書いた兵士が中国へ渡るのに神戸から乗った船が上海に着いた日時など、そうした細部を一つひとつ検証したとあります。
番組への意見は9割が肯定、否定は1割だったそうです。
産経新聞は「「虐殺」写真に裏付けなし 同士討ちの可能性は触れず 日テレ系番組「南京事件」検証」という記事で、番組を批判しています。
清水潔氏によると、否定派の論理は一点突破型です。
たとえば、
・被害者の人数30万人などあり得ない、と数字を否定する。
だから「虐殺は捏造だ」と主張するわけだが、30万人虐殺という数字を嘘だと言ってるだけで、虐殺そのものをなかったと証明したわけではない。
30万人という数字の否定にも論拠はない。
・南京市街には当時20万人しかいなかったから、30万人も虐殺できない。
南京事件は南京城内や中心部だけで起きたわけではない。
南京周辺の人口は100万人前後で、時期も6週間から数か月だった。
南京事件は、南京陥落の前後に南京周辺の広範囲の地域で起こった捕虜や民間人の虐殺、強姦、放火などを総称している。
ちなみに、「南京虐殺」「南京事件」など呼び名がいろいろありますが、清水潔氏によると、「南京事件」という場合、「大虐殺という程のひどいことはなかった」という意図と、「虐殺だけではない。強姦、放火、略奪など野蛮の限りを尽くしたのだから総合して〝事件〟と呼ぶべきである」という肯定の意味もあるとのことです。
・虐殺を伝える本や記事の中から何かのミスを見つけ出し、「だから全部嘘だ」になる。
何でもない写真が南京虐殺の写真として誤用されると、捏造したことになり、さらには「南京虐殺はなかった」となる。
・多くの従軍記者がいたのだから、虐殺や数多くの死体などがあれば記事になったはずだ。
当時は厳しい報道統制が敷かれており、検閲を受けなければならなかったので、日本では報道できなかった。
しかし、海外の新聞には南京での虐殺に関する記事が出ていた。
たとえば、「ニューヨーク・タイムズ」1937年12月18日に、「無差別に略奪し、女性を凌辱し、市民を殺戮し、中国人市民を家から立ち退かせ、戦争捕虜を大量処刑し、成年男子を強制連行した」とある。
・番組への批判として「あれは南京虐殺ではない。幕府山事件だ」というものがある。
事件を分断し否定することで、「南京事件はなかった」とする。
兵士の日記や証言によると、揚子江岸の捕虜虐殺は数か所で行われたらしい。
・幕府山事件について両角聯隊長は「あれは銃殺ではない。自衛発砲だった」と言っている。
山田支隊が捕虜にした15000人のうち、非戦闘員を釈放、収容所に入れたのは8000人。
収容所での火事のどさくさで半数が逃げ、司令部からは「皆殺セ」という命令が下るが、捕虜の解放を決意し、捕虜を解放するために、揚子江岸に連行したが、暴動を起こされたのでやむなく銃撃した。
このように両角聯隊長は説明しているそうです。
しかし、第66聯隊第一大隊の戦闘詳報には、聯隊長の命令として「旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スヘシ、其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ遂次銃殺シテハ如何」とあり、虐殺は軍の組織的命令だったことがわかります。
両角聯隊長の説明には疑問が残ります。
清水潔氏が初めて中国に行った時のこと、水の入ったペットボトルを手に席を廻っていた客室乗務員が隣に座っていた中国人男性に水を注いでたら、機体が揺れて、水が清水潔氏のズボンにこぼれた。
客室乗務員の女は男性客に面罵し、さらには男性が膝に載せていた毛布で清水潔氏のズボンを拭くと、「毛布で拭くな」と怒った。
清水潔氏は「どうしようもない国だ」と感じた。
清水潔氏は大学院で教えることがあるが、あるとき、授業のあとに教授や学生とレストランでランチを取った。
そしたら、ウエイトレスが中国からの女子留学生にコーヒーをこぼし、白いブラウスにかかった。
それなのに、ウエイトレスはテーブルだけを拭いたあと、何ごともなかったかのようにスマホを操作していた。
後日、その女子留学生にウエイトレスに対して腹は立たなかったかと聞くと、「あの人もわざとじゃないから、ミスをした本人も悔しいんですよ。私が怒ったら気持ちが重くなって落ち込むんじゃないでしょうか」と答えた。
どうしてそういうことに清水潔氏がこだわるかというと、清水氏の父はシベリアの抑留者だったが、「中国人ってやつは、どうしようもない」と言っていたからです。
私たちには「中国人は・・・」という先入観が正直なところあります。
南京事件や慰安婦問題を否定するのは、そういう差別偏見があるからではないかと思いました。
中国政府によって南京大虐殺の資料をユネスコの世界記憶遺産登録申請されたことに対し、原田義昭元文部科学副大臣は「南京大虐殺や慰安婦の存在自体を、我が国はいまや否定しようとしている時にもかかわらず、申請しようとするのは承服できない」と記者団に語った。
慰安婦問題とは日本軍による強制連行だと、私は思ってましたが、慰安婦の存在自体をも否定しようとする人もいるんですね。
「「虐殺」写真に裏付けなし 同士討ちの可能性は触れず 日テレ系番組「南京事件」検証」を書いた人は、一般人や捕虜への虐殺等はなかったと全否定しているのでしょうか、それとも虐殺はあったことは認めているのでしょうか。
すべては中国の嘘だと否定することは無理だと思います。
(追記)
南京事件については他にも書いています。
http://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%E7%AC%A0%E5%8E%9F%E5%8D%81%E4%B9%9D%E5%8F%B8%E3%80%8E%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E8%AB%96%E4%BA%89%E5%8F%B2%E3%80%8F
http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/7ccbac87d494d869c90e4428e49fb0fb
国際社会に責任があるのだから、日本はお金を出すだけじゃなく、人、つまり自衛隊を出さなければいけない、そうしないとアメリカから非難されると、政治家や評論家が言います。
しかし、伊勢崎賢治氏はそんなことをアメリカ軍を含めた多国籍軍の上層部から言われたことは一度もないと、『本当の戦争の話をしよう』で話しています。
多国籍軍としては、金だけの支援のほうがうれしいときもある。
それぞれの国が、それぞれの長所短所を補って、総合力として戦う。
国連平和維持活動に大きな部隊を出す国は3つのタイプしかない。
・外貨目当ての途上国
国連は、兵員を出した派遣国にお金を払う。
・何かその国に道義的に責任感のようなものがある国
たとえば、ルワンダにおける旧宗主国のベルギー。
・国が民主化をし、開かれた明るい国のイメージを国内外に示したい
インドネシアのように圧政の象徴のような国軍のイメージチェンジのため。
国連ミッションへの軍事要員・警察要員の派遣状況(2014年3月末)
1位 パキスタン 8257人
2位 バングラデシュ 7950人
3位 インド 7923人
4位 エチオピア 6622人
5位 ルワンダ 4786人
アメリカ、イギリス、フランスなどの先進国は国連平和維持活動にはほとんど兵を出さない。
途上国にとって国連平和維持活動は、貴重な外貨稼ぎなのでしょう。
自衛の権利として国連憲章に書かれているのは、個別的自衛権と集団的自衛権。
それとは別に国連的措置(集団安全保障)がある。
伊勢崎賢治氏は、火事と消防署のたとえで説明します。
・個別的自衛権の行使
家が火事になる。自分の家だから消火活動をする。
・集団的自衛権
隣家の家族が火事に気づいて、バケツリレーをしてくれる。このまま放っておいたら、自分の家にも延焼するかもしれない。ちょっと離れた家の人も、普段のつき合いがあるから、バケツリレーをしてくれるかもしれない。
・国連的措置
誰かが消防署に通報したので、消防車が到着する。
こういう説明をされると、日本も憲法9条を改正して日本の自衛隊も集団的自衛権を行使したり、国際社会の一員として国連の活動に参加すべきだと思ってしまいます。
しかし、火事と紛争・戦争とは違います。
たとえば、友達がとおりすがりの人にケンカをふっかけたとしたらどうでしょうか。
アメリカと同盟軍がイラクやリビアなどでしたことは、そういうことだと思います。
友達なら「そんなことはやめろ」ととめるのが普通でしょう。
とはいえ、外交だけでは事態が収束しないこともあります。
カンボジアのポルポト政権はベトナムの侵攻によって逃げました。
1994年、フツ系によって100日間で60万人から100万人が殺されたルワンダの虐殺は、ルワンダ愛国戦線の侵攻によって終結しました。
ルワンダで虐殺が行われているとき、国連平和維持軍は何もしなかった。
というか、平和維持軍には300人しかいおらず、国連に増員を訴えたが、武力介入を尻込みした国連は要請を却下した。
つまり、国連は見捨てたわけです。
では、どうすればよかったのか。
国連平和維持軍の最高司令官だったダレールさんは「保護する責任」という概念を提案しています。
内政不干渉が原則だが、ある国家が責任を負えない、もしくは負わないと判断されるときは、国連が責任を負い、その際には武力介入もありえる。
では、誰がそれを決めるのかということになります。
一般人が山刀で1人当たり1万人も殺したルワンダように、どんどんエスカレートするか、それとも小競り合いで終わるか、誰にもわかりません。
2011年、リビアに対して、「保護する責任」が実行された。
カダフィ政権の崩壊は目的ではなかったというが、結局はカダフィは殺され、政権は崩壊し、リビアは内戦状態になっている。
大国の恣意的な判断によって、介入するかどうかが決まるとしたら、新たな紛争を生じさせることになってしまいます。
伊勢崎賢治氏の「日本は平和ですか」という質問に、ある高校生がこのように答えています。
冷静だと思いました。
伊勢崎賢治氏はノルウェーの学者仲間から、日本みたいに海外進出をどんどんやっている経済大国が、戦争しないと宣言する憲法をもつこと自体、アジア近隣諸国に計りしれない安心感を与えてきた、なんて言われるそうです。
やはり日本は平和主義を大事にすべきだと思います。
伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』は、伊勢崎賢治氏が福島高校の2年生に5日間、話をしたものをまとめた本です。
戦争をなくすこと、止めることはほんと難しいと思いました。
ほお~と思ったことはたくさんありますが、テロについて。
1975年、インドネシアは、「共産主義者に侵略された東ティモールの人民から支援を要請された」と口実をでっちあげ、東ティモールに軍事侵攻し、1976年、併合した。
独立派は反撃し、ゲリラ戦が始まる。
国連総会ではインドネシアによる軍事侵略と占領を非難する決議がなされたが、アメリカ、ヨーロッパ諸国、オーストラリアなど西側陣営はインドネシアを支持した。
24年間の占領で、約24万人の東ティモール人が殺され、世界の人権団体は、住民に対するテロ行為だとしてインドネシア政府を非難した。
しかし、インドネシア政府の側から見れば、独立派ゲリラこそがテロリストになる。
1999年、インドネシアへの併合か、完全独立かの住民投票が実施され、8割の有権者が完全独立を支持した。
インドネシア併合派民兵は破壊と殺戮を行なったため、多国籍軍が併合派民兵を鎮圧した。
東ティモール独立前の2000年から2001年にかけて、伊勢崎賢治氏は西ティモールとの国境地域にあるコバリマの県知事に任命される。
ある日、ニュージーランド軍の小部隊が国境付近をパトロール中、併合派民兵グループの待ち伏せ攻撃を受け、1人のニュージーランド軍兵士が殺された。
いきりたったニュージーランド軍と伊勢崎賢治氏は10名ぐらいの併合派民兵を全員射殺した。
無人爆撃機による空爆で、多くの民間人が巻き添えになりますが、一説によると、テロリスト1人殺すのに、50~60人の何の罪もない民間人が犠牲になるといわれているそうです。
民間人にとって、空爆はテロそのものだと思います。
「Sein」vol.4に古市憲寿氏のこんな話が載っています。
今日語られる戦争のイメージは、現在世界中で起こっている戦争ではなく、太平洋戦争などの国と国との総力戦だと思われている。
しかし、21世紀は戦争で命を落としている人の数は少ないし、戦争の起こる数も減っている。
つまり、戦争のあり方が変わってきている。
実際に世界で起こっている戦争は、内戦や局地的なテロ行為が主流になっている。
安保法制で、政府は国を守るためだと言っているが、本当の意味で国を守ることになっているか。
4月に首相官邸にドローンが落ちたが、10日間以上、誰も気づかなかった。
これからの危機は、どこかの国が大挙して攻めてくるような危機ではなく、爆弾を仕掛けたドローンを東京ドームとかに落とすテロだとか、そういうものだと思う。
なるほどと思いました。
核軍備の縮小・撤廃に向けた国連作業部会で、国連総会に対し核兵器禁止条約の2017年の交渉開始を求めた報告の採択に日本は棄権しました。
アメリカの核の傘が日本を守ってくれているからということでしょう。
でも、そんな時代ではないわけです。
自分の国を自分で守らない日本は世界からバカにされているという人がいます。
しかし伊勢崎賢治氏によると、日本のイメージは決して悪いものではないそうです。
中東全体では、アメリカは嫌われているのに対し、中立と思われている日本のイメージはダントツにいい。
アフガニスタンを国益追求の道具にしないし、そのために武力を使わない日本の立ち位置が認められている。
日本国内がテロの被害にあっていないというのは、テロリストから、まだ、それほど敵に思われていないということでもある。
どうも、僕たちは、アメリカと一緒に行動しているが、アメリカに対する不信感を共有できる同胞と見られているみたい。
でも、これからアメリカと一緒になって軍事行動をするようになったらどうなるのか、いささか心配です。
いささか古くなってしまいましたが、先月行われた参議院選挙前の高知新聞(7月5日)の記事です。
■争点が見事に隠れる■
今選挙注目の「3分の2」とは? 今回の参議院選挙は、憲法改正に前向きな勢力が「3分の2」の議席を確保できるか否かが一大焦点となっている。結果いかんでは戦後政治、人々の暮らしの大きな転換となる。が、この「3分の2」の意味や存在、有権者はどの程度知っているのだろうか。高知新聞記者が2~4日に高知市内で100人に聞くと、全く知らない人は5分の4に当たる83人、知る人17人という結果が出た。(略)
「今回の参院選は『3分の2』という数字が注目されています。さて何のことでしょうか?」
記者がこの質問を携えて街を歩いた。
返った答えのほとんどが「?」。「知らない」「さっぱり」「見当もつかない」の声が続いた。
「合区のこと?」(21歳男性)、「えっ憲法改正のことって? そんな大事なことは新聞が大見出しで書かなきゃだめでしょ。全然知らなかった」(74歳男性)の声も。
「3分の2」の争点や意味を、ほぼ分かっていたのは17人。(略)
「自民党の憲法改正草案を読んだことがありますか?」
読んだことがあると答えた人は10人。「家族は協力し合わねばならないとの条文があった気がする」(44歳女性)、「新聞で読んだ。すごい量が多くて、何となく読んだくらい」(56歳男性)。新聞や自民党が配布した冊子で読んだ人のほか、テレビニュースで概要を聞いた人も含めたが、内容を熟読した人はいなかった。(略)
毎日新聞(7月13日)です。
(略)毎日新聞が投票日の10日に全国の有権者150人に聞いたアンケートでも6割近くに当たる83人が、このキーワード(3分の2のこと)を知らなかった。「それって雇用関係の数字じゃない?」と答えた人もいたという(略)
「3分の2」がどういう意味か知らない人がそんなにいるとは驚きです。
こちらは京都新聞の記事(7月11日)です。
参院選の投開票結果を受け、京都新聞社は11日、憲法改正をテーマに京滋の有権者100人に緊急アンケートを実施した。改憲勢力が改憲発議に必要な3分の2以上の議席を占めたことについて、評価する声は22人にとどまった。憲法改正の国会発議についても「急ぐべきではない」が半数近くを占め、慎重な姿勢が浮かび上がった。
与党の圧勝を評価した22人の中でも改憲の内容については意見が分かれた。自民党が憲法改正草案に明記した「国防軍の保持」について、「賛成」は10人だったのに対し、「反対」は5人で、「どちらとも言えない」も7人いた。同草案の「家族は、互いに助け合わなければならない」とする規定は「賛成」(10人)と「どちらとも言えない」(11人)に分かれ、反対は1人だった。
一方で、自民の改憲草案に「目を通したことがない」が75%で、改憲勢力3分の2を「よかった」と評価する人では、さらに目を通していない割合が高かった。(略)
憲法を改正すべきだと考える人でも、どこをどう変えるか、それは人それぞれのはずで、自民党の憲法改正草案に100%賛成という人は少ないと思います。
草案のここは賛成だが、ここは反対とか、そういうものでしょう。
憲法が改正されるかもしれないのに、それを知らないで投票する。
あるいは、改正されたらどうなるかを考えずに、とにかく改憲すべきだと考える。
これでは、イギリスのEU離脱に賛成票を投じた人と変わりません。
イギリスのEU離脱決定から数時間後、イギリスでグーグルで検索数が多かったのは、「EU離脱の意味は?」、2番目が「EUって何?」だそうです。
坂野正明「TUP速報999号 英国のEU離脱キャンペーンに見る市民の政治誘導と参院選」(7月98日)からの無断引用です。
3分の2の意味を知らずに自民党やおおさか維新に投票した人は、国民投票のあとに後悔したEU離脱派を笑えません。
坂野正明氏によると、EU残留を説く知識人が理詰めで主張したのに対し、EU離脱キャンペーンの多くは単純なスローガンを繰り返したそうです。
有名なのが次の3つ。
・英国をふたたび偉大な国にしよう
・国を取り戻したい。
こうした感情に訴える単純なスローガンは受けます。
しかし、どうとでも受け取れるし、具体的に何を、どうするのかはわかりません。
そのあたりも都合がいい。
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」と唱えていて、しかし戦後の日本はアメリカ追随で一貫しており、安倍首相も同じ路線のはずなのに、何を脱却するつもりかと思ってましたが、「戦後レジームからの脱却」とはアメリカの「押しつけ憲法」を廃止して「自主憲法」を制定するということだと、最近納得しました。
もっとも、その自主憲法と称するものもアメリカの意向に沿うものとなることは容易に予想されます。
山田優、石井勇人『亡国の密約 TPPはなぜ歪められたのか』という本を、新潮社のHPではこのように紹介しています。
毎日新聞の書評(7月17日)によると、
こうした密約が、TPPではさらに拡大してアメリカ代表が大丈夫かと事務方に聞くほど、甘利代表(当時)は譲歩したらしい。
とあります
伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう』は、福島高校の生徒への講義をまとめた者です。
アメリカの特殊部隊がパキスタンでビンラディンを暗殺した。
パキスタン国民は主権侵害だと怒り、反米感情は高まった。
歌舞伎町でビンラディンが殺害され、日本政府が「知らなかった」と言ったとして、日本人はどうするだろうか、と伊勢崎賢治氏は問います。
日本政府は主権が侵害されたとアメリカに抗議するか、国民は怒るか。
「へえ-」で終わるのではないか。
そして伊勢崎賢治氏は、2004年、沖縄でアメリカ軍のヘリコプターが沖縄国際大学に墜落したときの話をします。
日本の消防車も警察も現場に近づくことはできなかった。
アメリカ軍が日本の私有地にバリケードを作って封鎖し、日本人を誰も立ち入らせなかったのである。
こうしたアメリカの言いなりという体制こそ脱却してほしいものです。
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』は、加藤陽子東大教授が栄光学園の中高生に5日間講義したものです。
知らんかったと思ったことをいくつかご紹介します。
政治システムの機能不全とは、たとえば現在の選挙制度から来る桎梏。
小選挙区制下では、投票に熱意を持ち、かつ人口的に多数を占める高齢者世代は確実な票をはじきだしてくれるので、為政者は絶対に無視できないが、投票に行かない子育て世代や若者の声が政治に反映されにくい。
そのために、義務教育期間のすべての子供に対する健康保険への援助や、母子家庭への生活保護加算は優先されるべき制度だが、こちらには予算がまわらない。
「人民の、人民による、人民のための政治」で有名なリンカーンのゲティスバーグでの演説は、南北戦争の最中である1863年に行われた。
戦意昂揚のためと北部の連邦政府の正当性をリンカーンは訴えた。
演説の中にこんな文章があるそうです。
これは国のために死んでくれる人を再生産する靖国の論理と同じだと思いました。
リンカーンの演説は、戦死者への追悼であるとともに、国を再統合し、国家目標、国家の正当性を新たに掲げるためにされた。
日本国憲法も同じ構造である。
憲法は、国家を成り立たせる基本的な秩序や考え方を明らかにしたものといえる。
たとえば、ファシズムに対する戦争、国家存亡のための戦争、戦争をなくすための戦争など。
ルソーによると、戦争の最終的な目的は、相手国の土地を奪ったりといった次元のものではない。
相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(広い意味での憲法)に変容を迫るものこそが戦争だ。
第二次世界大戦で敗北したドイツや日本の憲法=基本的な社会秩序は、英米流の議会制民主主義に書きかえられた。
ここまでが序論です。
日清戦争、日露戦争について。
日清戦争は帝国主義戦争の代理戦争だというところでは不可避だったそうです。
日本―イギリス
清―ロシア
日露戦争も代理戦争だった。
日本―イギリス・アメリカ
ロシア―ドイツ・フランス
日露戦争は満州の門戸開放よりも、朝鮮半島(韓半島)をめぐる争いで、ロシアのほうが戦争には積極的だった。
1897年、朝鮮は大朝鮮国だった国号を大韓帝国に変え、朝鮮半島も韓半島と改めたそうで、これからは韓半島という言葉を使うべきでしょうか。
第一次世界大戦について。
第一次世界大戦が終わり、パリ講和会議で戦勝国が熱中していたのは、ドイツからいかに効率的に賠償金を奪えるかだった。
戦争中、イギリスは42億ドル、フランスは68億ドル、イタリアは29億ドルも、アメリカから借金をしていたので、ドイツの賠償金によって借りた金を返さなければならない。
経済学者のケインズは、アメリカに対して英仏が負っている戦債の支払い条件を緩和するよう求めたが、アメリカは英仏からの戦債返済を主張した。
満州事変について。
満州事変の2か月前に、東京帝国大学の学生に意識調査をした。
「満蒙のための武力行使は正当か」という質問に88%が「正当だ」と答えた。
「直ちに武力行使すべき」と答えたのは52%。
「いいえ」と答えたのは12%。
満州事変の後にも意識調査が行われているが、前と後では調査結果があまり変わっていない。
満蒙問題について武力行使に賛成だったのは、日本の主権を脅かされた、あるいは社会を成り立たせている基本原理に対する挑戦だと考える雰囲気が広がっていたことを意味していた。
大多数が「はい」と答えたからといって、正しいとは限らないという例になります。
日中戦争について。
日中戦争については、日本人はこの戦いを「戦争」と思っていなかった。
中支那派遣軍司令部は、日中戦争は戦争ではなく「報償」だ、相手国が不法行為をしたので、不法行為をやめさせるために実力行使をしたと発言している。
なぜ国際連盟を脱退したかというと、強硬に見せておいて、相手が妥協してくるのを待ち、脱退せずにうまくやろうとしたが、熱河侵攻計画によって日本は新しい戦争を起こしたと国際連盟から認定されてしまいそうになり、除名や経済制裁を受けるよりは、先に脱退したほうがいいということになった。
満州に移民した人数が一番多いのは長野県で3万3741人、そのうち約1万5000人が死んでいます。
飯田市歴史研究所編『満州移民』からこういった事実が紹介されています。
1932年ごろから試験的な移民が始まっていたが、国の宣伝は間違いで、厳寒の生活は日本人に向いていないという実情が知られると、移民に応募する人は減ってしまった。
そこで国や県は、村ぐるみで満州に移民すれば助成金を出すことになった。
助成金をもらわなければ経営が苦しい村が積極的に満州分村移民に応募させられ、結果的に引揚げの過程で多くの犠牲者を出した。
助成金で言うことを聞かせる政府のやり方は今も昔も変わらないということです。
見識のあった指導者もいて、大下条村の佐々木村長は、助成金で村人の生命に関わる問題を安易に扱おうとする国や県のやり方を批判し、分村移民に反対した。
賢明な開拓団長に率いられた千代村では、元の土地所有者である中国農民と良好な関係を築いており、敗戦になると中国農民の代表と話をつけ、開拓団の農場や建物を譲り、安全な地点までの護衛を依頼して、最も低い死亡率で日本に引揚げた。
第二次世界大戦について。
ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は1.2%だが、日本軍の捕虜になったアメリカ兵の死亡率は37.3%。
『大脱走』と『戦場にかける橋』での捕虜の扱いの違いは作り話ではないわけです。
日本は捕虜に対してだけでなく、国民にも同じ扱いをしています。
ドイツは1945年3月までのエネルギー消費量は1933年の1~2割増だった。
それに対し、戦時中の日本は国民の食糧を最も軽視した国の一つで、敗戦間近の国民の摂取カロリーは1933年時点の6割だった。
なぜかというと、工場の熟練労働者には徴兵猶予があったのに、農民には猶予がほとんどなく、肥料の使い方や害虫の防ぎ方など農業生産を支えるノウハウを持つ農学校出の人たちも全部兵隊にしてしまったので、技術も知識もない人たちによって農業が担われたから、1944年、45年と農業生産は落ちた。
スターリンが知識人や軍人たちを大量粛清したために生産力が落ちたり、ドイツの侵攻を許したのと似てます。
しかし、このような本を読み一時的に溜飲を下げても、結局のところ、「あの戦争はなんだったのか」式の本に手を伸ばし続けることになりそうです。なぜそうなるかといえば、一つには、そのような本では戦争の実態を抉る「問い」が適切に設定されていないからであり、二つには、そのような本では史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです。これでは、過去の戦争を理解しえたという本当の充足感やカタルシスが結局のところ得られないので、同じような本を何度も何度も読むことになるのです。このような時間とお金の無駄遣いは若い人々にはふさわしくありません。
新聞の広告を見ると、日本礼讃本が目につきます。
同じような本を何度も読むから、よく売れているということでしょうか。
「響かせあおう 死刑廃止の声2015」での杉浦正健元法相の講演録が「フォーラム90ニュース」に載っていたのですが、見当たらず焦っていたら、Youtubeに講演がアップされていました。
法務大臣になって真剣に死刑について考えるようになった。
国会議員を辞め、弁護士会の死刑廃止検討委員会に入り、5年間勉強してだんだん進化し、今は死刑廃止についての確信犯になった。
そういったことを話し、そして『あの戦争は何だったのか』という本を出したと杉浦正健氏が言っています。
読んでみると、戦前の農村は江戸時代と変わらない生活だったという実体験による指摘にはへえと思いましたし、死刑に関しては賛成ですが、全体としては自民党の国会議員だなというのが感想。
昭和9年生まれ、軍国少年だった杉浦正健氏は、玉音放送を聞き、負けるはずがないと教え込まれていた戦争になぜ負けたのか、そしてこの戦いは何だったのかという疑問を感じた。
日本の歴史、伝統から考えると、日本は負ける戦争はしなかった。
徳川家康、乃木希典、東郷平八郎がそうで、明治の初期までは無謀で愚かな選択はなかった。
敗戦が確実となった、少なくとも終戦一年前の時期に、なぜ終戦の決断ができなかったのか。
軍部は、敗戦に至るまで、本土決戦を呼号し、竹槍で上陸軍を迎え撃つと、その訓練を国民に強いていた。
まずこのようなことが書かれていますが、勝てる戦争ならしてもいいのかと思うし、貞明皇太后(昭和天皇の母)は本土決戦のつもりだったし、昭和天皇は米軍に一撃を加えて終戦工作を有利にしようと考えていました。
先月見た吉村公三郎『わが生涯のかがやける日』(昭和23年)に、軍閥が戦争を始めた、人民は被害者だといったセリフがあり、すべての戦争責任を軍部にあるとしていますが、それは単純すぎるように思います。
驚いたのが、靖国問題の解決のためにA級戦犯らの祭神を分祀するという考えです。
では、問題は分祀をどう実現するか。
特別措置法の制定でそれが可能となるようにすべきではないか。
靖国神社がA級戦犯を合祀していることが「国の安全や平和を脅かし国益を著しく害する」のではなく、一宗教法人に公式参拝したがる政治家こそ国益を害しています。
法的措置を執ってまでしてA級戦犯を分祀させ、天皇や首相の靖国神社への参拝ができるようにすべきだというのは暴論だと思います。
法的措置によって靖国神社の祭神を変えさせることは宗教弾圧だと言ってもいいでしょう。
集団的自衛権の憲法解釈の変更についての意見もそうです。
反対意見の多くは、日本が「あの戦争」へ向かった道を再び歩むようになるのではないかとの懸念があるが、その心配はない。
戦争をしないためには、アジア各国との善隣友好関係を強化すればいい。
そして、自衛隊の最高司令官は首相であり、自衛権の発動は国会の同意が必須の条件となっており、戦前のように軍部の独断で動かせない。
杉浦正健氏の意見はピントがずれているように思います。
反対派は、集団的自衛権を認めたら日本はアジアの諸国を侵略すると考えていると、杉浦正健氏は思っているのでしょうか。
憲法を恣意的に解釈すれば憲法が形骸化するということに、杉浦正健氏は触れません。
杉浦正健氏は、自民党の憲法改正プロジェクトチームの座長をつとめ、自民党草案を作ったと語っていますが、憲法は国家権力を制限することで、国民の権利を守るものだというふうに認識していないという気がします。
そういう人が中心となって作られたわけですから、草案の内容は推して知るべし、です。
それにしても、杉浦正健氏は第二次世界大戦について、
と書き、「死刑」は「人権」問題だとして、
と指摘しています。
まっとうな考えの持ち主のようにも思うし、死刑問題以外については考えが合わないし。
辺見庸『1937(イクミナ)』を開いてまず思ったのが、普通は漢字を使うだろう言葉が平仮名で書かれており、こりゃなんだということ。
「いぜん」「えんそう」「かんげい」「かくだい」「かんたん」「かんねん」「きんべん」「くべつ」「けいけん」「けいせき」「けっか」「げんてい」「けんお」「げんみつ」「こんなん」「こんぽん」「さいきん」「しっぱい」「じゅうよう」「しんけん」「ぜったい」「そくざ」「たんじょう」「どうよう」「ばしょ」「はんめん」「ひつよう」「びみょう」「ふくざつ」「へんこう」「まんえん」「もんだい」「りよう」「りんかく」「れんぞく」など。
「種」「全」「事」「特」「自」「純」「実」「関」「独」「現」「明」「出」「理」「時」といった漢字は使いたくないのかもしれない。
平仮名ばかりの文章は読みづらい。
「それらをときとして、さもじんじょうであるかのようにみせているいまとはなにか」
「いまはおりふりかんがえこむ」
「どういつのひとびとだったのだ」
「わたしはかくべつのかんしんをいだいてきた」
漢字と平仮名が妙に混じっていることもあります。
「被害者がわ」「払しょく」「成功り」「反対がいねん」「自己じしん」「過去・げんざい・未来」「不問にふする」「盲ろうあ」(聾唖が差別語だとしたら盲も)
「問いそれじたいのむげんの重みにせいじつに堪える答えがほんとうにないのだろうか」
ルビなしで難しい漢字も使われています。
「論攷」「忖度」
「悖理を恬(てん)として恥じない。そのようなきほんてき道理をあたまから無視する」
ルビのついている漢字。
「喋々(ちょうちょう)」「凝(こご)り」「経糸(たていと)」「緯糸(よこいと)」「偏頗(へんぱ)」
「推問(すいもん)」「奄々(えんえん)」はATOKでは変換できない。
カタカナのルビ。
「細部(ディテール)」「実時間(リアルタイム)」「供宴(サバト)「乱痴気(おーじー)」(乱痴気は借字)
言葉にこだわりがあることがわかります。
「そびきだす」という言葉がたびたび使われていて、どういう意味か分からないので調べると、「誘(そび)き出す だましてさそいだす」とあり、諫早や天草では「引きずり出す」という意味です。
漢語は漢字で書いたほうが読みやすいと再確認しました。
文句ばかりつけていますが、辺見庸氏の指摘はもっともだと思います。
1937年は盧溝橋事件が起き、南京虐殺のあった年です。
盧溝橋事件から敗戦時まで中国大陸にいた日本兵は最小でも230万人近くで、中国側死者数は低めに見積もっても1500万人。
日本兵1人あたり6人の中国人を殺している計算になる。
私の伯父やゼミの先生は、と考えました。
日本人は中国で何をしたのか、堀田善衛『時間』、武田泰淳『汝の母を!』、芥川龍之介『桃太郎』などの小説を引用しながら論が進められます。
『汝の母を!』は、放火の容疑者である母と息子を性交させ、そのあげくに焼き殺すという話です。
作者の武田泰淳は1937年に召集され、輜重補充兵として中支に派遣されているので、実体験だろうと辺見庸氏は推測しています。
小津安二郎も1937年に応召し、中国を転戦しています。
中国の戦地から帰還直後の談話。
小津安二郎がこんな人だったのかとガッカリしました。
南京でだけ虐殺があったわけではないということです。
中国で戦った父親について辺見庸氏はこのように書いています。
南京虐殺や慰安婦の強制連行はなかったと否定する気持ちの中には、「知らずにすますべき」という意識があるように思います。
デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』は、イラクから帰ってきた兵士たち(自殺した兵士もいる)とその妻たち(夫が戦死した妻もいる)のドキュメンタリーです。
兵士たちが日常にすんなり戻れないことや、精神的なダメージを抱えて苦悩していることを知ったデイヴィッド・フィンケルは、兵士本人、妻子や身内、ペンタゴンの上層部や医療関係者からも聞き取りをおこなった。
200万人のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣され、帰還兵の20%から30%(約50万人)が心身外傷後ストレス障害(PTSD)や外傷性脳損傷(TBI 外部から強烈な衝撃を与えられた脳が頭蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引き起こす)を負っている。
彼らは爆弾の破裂による後遺症と、敵兵を殺したことによる精神的打撃によって自尊心を失い、悪夢を見、怒りを抑えきれず、眠れず、薬物やアルコールに依存し、鬱病を発症し、自傷行為に走り、ついには自殺を考えるようになる。
そうなったのは自分のせいだ、自分が弱くてもろいからだと思っている。
彼らは弱い人間だと思われたくないし、嫌われたくないので、家族にも戦場での体験や現在の苦悩を打ち明けられない。
毎年、240人以上の帰還兵が自殺しており、自殺未遂はその10倍と言われている。
アダム・シューマンは3度目のイラク派遣で心が壊れてしまう。
アダムだけでなく、同じ大隊にいた兵士たちは、どこか壊れて帰ってきた。
「気が滅入ってどうしようもない。歯が抜け落ちる夢を見る」
「家でくつろいでいると、イラク人が襲撃してくる。そういうふうに現れる。不気味な夢だよ」
「妻が言うには、ぼくは毎晩寝ているときに悲鳴をあげているそうだ」
自殺する兵士を調べると、戦闘に参加していた兵士もいれば、そうでない兵士もいるし、PTSDと診断された兵士もいれば、そうでない兵士もいる。
精神衛生の治療を一度も受けていなかった兵士はいるが、半数は治療を受けていた。
20代後半で陸軍に入る者は、自殺に至る確率が20代前半もしくは10代で入る者の3倍だし、繰り返し派兵された兵士は自殺しやすい。
クリント・イーストウッド『アメリカン・スナイパー』の主人公は、30歳で志願し、イラク戦争に4度従軍し、海軍を除隊してから戦争の記憶に苦しみ、社会に馴染めない毎日をすごしていました。
アダムたちはこういう感じなのかと思いました。
『帰還兵はなぜ自殺するのか』は、帰還兵の自殺という問題をとおして、貧困、依存症、家庭内暴力、虐待など、アメリカの病理を描いているともいえます。
アダムの妻サスキアは、精神衛生事務所でケースマネージャーとして、最低に位置する貧困層にいる、悲惨極まりない女性たちを担当する。
レイプされた人、性的虐待を受けてきた人、多重人格の人、重度の精神病の人たちの話を聞き、買い物や病院に連れていくなど、日々の暮らしのサポートをする。
イラクで戦ったのは、大半が貧困家庭出身の若い志願兵で、父親たちも戦争に行っている。
アダムの祖父は第二次世界大戦を体験して酒びたりになり、朝鮮戦争やベトナム戦争でも戦い、25年間家族を虐待した。
アダムは、幼い頃にベビーシッターの少年に性的いたずらを受けた。
6歳の時、父親がいきなり殴りはじめ、9歳の時、父親が出ていき、母親は金がなく、家からの立ち退きを迫られ、親類の家に転がりこんだり、車の中で生活したりした。
夫がイラクで戦死したアマンダの父はベトナム帰りのPTSDで、酒飲みの父親は母親と5回離婚し、5回結婚している。
兄は14歳の時に家出し、車の事故で死んだ。
サシャの父も祖父も両親の兄弟のほとんども軍人か州兵で、サシャが最初に結婚した男は怒りっぽくて乱暴なイラク帰りの兵士だった。
そして、イラクから帰ってからフラッシュバックを起こし、酒を飲んでは大騒ぎし、薬を過剰摂取して自殺を試みたニックと結婚した。
復員軍人の回復施設の所長フレッド・ガスマンの父親は、第二次世界大戦から戻ってきてから、フレッドをベルトで打ちすえるようになった。
次期陸軍医総監の父親は第二次世界大戦で戦い、朝鮮とベトナムでも戦った。
彼女は「わたしは父が眠りながら悲鳴をあげるのを毎日聞いています。ですから、ええ、軍医総監として精神衛生を含む問題に特別な関心を寄せています」と言う。
第二次世界大戦では、帰還した兵士はさほどの問題もなく社会に溶け込めたと思っていましたが、罪悪感に苦しみ、重度のトラウマを負っていた兵士は少なくなかったわけです。
辺見庸『1937(イクミナ)』にも、辺見庸氏の父は復員してから、妻や子供をよく殴っていたとあります。
母親は「あのひとはすっかり変わってかえってきた」と、『帰還兵はなぜ自殺するのか』に出てくる妻たちと同じことを言ったそうです。
イラクに派遣された自衛隊員も、イラクから帰還後に28人が自殺し、PTSDによる睡眠障害、ストレス障害に苦しむ隊員は1割から3割にのぼるとされるそうです。
非戦闘地帯にいてもこの状態です。
安保法案によって戦争のできる国になった日本でも、心が壊れて戦場から帰ってくる兵士が増えることは間違いありません。
日本国際ボランティアセンター(JVC)会報誌「トライアル・アンド・エラー」2015秋号に、白川徹「NGOだからこそ非戦の声をあげ続ける」という記事がありました。
安保法制可決の動きに危機感を抱いた有志のNGOがNGO非戦ネットを結成した。
NGOは紛争地で活動することが少なくなく、「軍を送らない」日本の姿勢は尊敬と信頼を受けている。
欧米のNGOが活動できない地域でも日本のNGOはきめ細やかに活動できる。
安保法制では、紛争地で活動する日本のNGOが危険にさらされたとき、自衛隊が救出するという「駆け付け警護」が大きな争点となったが、NGO非戦ネットは反対声明を出している。
なぜなら、武装勢力と自衛隊が交戦する事態となれば、NGOの中立性までが疑われ、犠牲を生み出す懸念があるからである。
たとえば、アフガニスタンで運営する診療所の中立性を疑われれば、地元職員が危険にさらされ、事業停止もあり得る。
そうなると、地元住民は医療を受けられなくなる。
駆け付け警護は現実性を欠いている。
JVCには「紛争地における緊急時マニュアル」があり、日本人職員の拉致誘拐も想定されている。
その重要要素は、いかに軍を介入させないかで、軍や警察の介入は職員に危険性が及ぶ。
地元長老など地元組織を通じた対話がもっとも効果的な手段だ。
この文章を読み、安保法案についての中村哲医師の意見を思い出しました。
中村哲医師「支援活動ストップも」
「紛争相手に軍事同盟と見なされ、日本や海外の日本人がテロの標的になる可能性が高まる」
アフガニスタンで支援活動をするNGO「ペシャワール会」(福岡市)現地代表で医師の中村哲さん(69)は、安保法案で自衛隊が戦闘中の他国軍に対し、可能になる「後方支援」を挙げ、そう指摘した。
同会は1980年代から医療支援を始め、2000年に水利事業に乗り出した。干ばつで清潔な水が不足し、感染症が急増したためで、約1600カ所の井戸を掘った。
03年からは用水路も建設。3千ヘクタール以上の農地をよみがえらせ、約16万人の帰農を支援したという。
中村さんが懸念するのは後方支援だけではない。法案が成立すれば、海外のNGOが武装集団に襲われた際に助けに向かう「駆けつけ警護」も可能になる。だが、中村さんは「かえって危険が増す」とみる。(略)(朝日新聞2015年9月15日)
信頼を得ることによって、問題が生じたときには武力ではなく対話を重ねることで解決への道を探ることができる。
こうした努力の積み重ねによって信頼関係が生まれる。
ところが、武力行使によって信頼を失うかもしれない、ということです。
長老による調停ということですが、ソマリランドの内戦が終結したのは長老たちの話し合いによると、高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』で説明されていますし、武力での解決よりも効果的かもしれません。
もう一つ、「トライアル・アンド・エラー」2015秋号で、ほほ~と思ったのは、「いまさら聞けないQ&A」の「イラクでは「宗派対立」がよく取り沙汰されますが、昔はどうだったのですか?」という質問への、イラク事業担当の池田未樹氏の答えです。
以前は、イラクでも冠婚葬祭の時に「自分の家の宗派は何だったっけ」という程度の人たちがたいへん多かったらしい。
イスラム教徒の女性は、高校生のころはキリスト教徒の友達と一緒に登校し、教会へも行ったことがある、と語っている。
民族や宗派が違っても人々は問題なく暮らしていた。
ところが現在は、JVCの活動地であるキルクーク市では、学校がアラブ、クルド、トルクメン、アッシリアと民族別に分かれており、異なる民族の子どもたちは、互いに出会うことさえ難しく、また宗派が違えば交流する機会もない。
チトー死後のユーゴスラビア、あるいは中東のいわゆる民主化後、民族や宗教の違っても当たり前のつき合いをしていた人たちが憎しみ合い、争うようになりました。
どうしてなのか不思議に思います。
池田未樹氏はこのようにまとめていますが、このことは少年非行にも通じると思います。
というのが、少年院に入っている少年の7割が虐待を受けたことがあります。
親の暴力やネグレクト、あるいは親が刑務所に入っている、アルコールや薬物の依存症といった環境にある子供に対し、少年法の改悪といった厳罰という力で抑えつけても反発するだけです。
まともな家庭、生きていくうえでモデルになる人を知らないのですから。
ここでも対話が重要な鍵になると思います。
小熊英二『日本という国』は、明治維新以降の日本の歩みを敗戦の前と後とで分けていますが、戦後はさらに冷戦終結で大きく変わっています。
韓国、台湾などのアジアの独裁政権が倒れて民主化が行われ、ソ連が崩壊して冷戦が終わった1990年代以降、日本のあり方は変化をせまられた。
1990年代になってから戦後補償問題が浮上したのはそれなりの必然性があった。
アジア各地の政権が日本に遠慮する必要がなくなり、独裁政権に押さえつけられていた戦争被害者の声が表に出て、日本政府に補償をもとめる訴訟が相次いだのである。
日本政府はアジアの民間からの補償要求には「国家間では解決済み」と主張するが、シベリア抑留問題では「国民個人からの請求権まで放棄したのではない」と、矛盾した表明をしている。
日本の保守政治家が「日本の誇りをとりもどす」といいながらやっていることは、あまり賢明とはいえない。
「中国や韓国の抗議に屈するな」とかいって、靖国神社に参拝する。
歴史教科書を書きなおして、アジアに「侵略」していないと言いはる。
「アメリカから押しつけられた憲法をやめて自主憲法をつくろう」という名目で、第九条を改正して「自衛軍」を海外派遣できるようにしようと主張する。
まず靖国問題だが、1972年の日中共同声明で中国は賠償請求をとりやめたが、中国民衆の不満が大きかった。
これに対して中国政府は、日本の軍国主義者が悪かったのであって、民衆は被害者だ、軍国主義者は東京裁判で裁かれたのだから、日本の民衆と仲良くしなければいけない、という建て前で、民衆の不満を押さえようとした。
ところが、A級戦犯を合祀した靖国神社に首相や大臣が参拝に行くと、「悪かったのは軍国主義者で、民衆は被害者だ」という中国共産党の建て前がぶちこわしになる。
だから、中国政府としては靖国参拝に抗議せざるをえない。
憲法を改正して軍隊を持つことだが、1999年、アメリカの世論調査で、アメリカ軍が日本に駐留している目的を尋ねたところ、「日本の軍事大国化防止」と答えた人が49%、「日本の防衛」と答えた人は12%だった。
アメリカ政府も「安保条約で在日米軍がいるのは日本を軍事大国にさせないため」と、アジアの国に言ってきた。
憲法9条を変えたら、アメリカの世論からも反発されるだろう。
靖国神社公式参拝や9条の改正などをすれば、アジア諸国との関係は冷えこむ。
そうなれば、冷えこんだアジア諸国とのあいだを取りもってもらうために、日本はますますアメリカに頼るしかない。
冷戦終結後に表れたもう一つの変化は、アメリカの自衛隊を海外に派遣しろという対日軍事要求が強まったこと。
アメリカ軍は1995年までに国内の大型基地を約100か所ほど閉鎖し、ドイツや韓国でもアメリカ軍の撤退が決まったが、在日米軍とその基地はほとんど減っていない。
なぜかというと、在日米軍の基地は駐留経費の約7割(米軍基地の日本人従業員の労務費、基地の光熱費、施設整備費など)を日本が負担しているので、アメリカ国内に基地をおくより、日本に軍隊を駐留させるほうが安上がりだからである。
2003年は日本駐留の米兵一人あたり年間約12万ドルで、駐留米軍が一番多いドイツでも駐留米兵一人あたり年間約1万ドル、韓国は約2万ドル。
1997年の新ガイドラインの特徴は、周辺事態に対処するものとされている。
世界のどこであろうと、「日本の平和と安全に重要な影響を与える」と判断された事態が起きれば、日米の軍事力が協力することになるから、事実上、アメリカがとる軍事行動はすべて周辺事態になる。
アメリカが戦争をするときには、必ず同盟軍と連合を組んで一緒に闘うというかたちをとるので、ベトナム戦争における韓国軍みたいに、自衛隊がアメリカ軍の補助軍として戦闘に参加することになる。
戦争するにはお金がかかる。
イラク侵攻後の戦争作戦では約2510億ドル、さらに一か月ごとに約60億ドルもアメリカ政府は支出しており、経済学者の試算だと、イラク戦費は最大230兆円。
自衛隊がアメリカ軍といっしょに世界各地で戦闘するようなことになったら、戦死者が出なかったとしても、日本の財政はどうなるだろうか。
アメリカとの関係さえよくしておけば、アジア諸国との関係はなんとかなるというやり方が、これからも通用するのかと、小熊英二氏は疑問を呈しています。
以下、私の感想です。
冷戦終結でアメリカの要求は変わったけど、基本的に戦後の日本はアメリカの言いなりで、集団的自衛権、安保法制もこの流れにあります。
10月18日、安倍首相は現職首相として初めてアメリカ軍空母に乗艦したことを、保守ブログでは喝采してますが、アメリカにどこまでもついて行きます、という表明のように私は思います。
安保法制に賛成する人は、中国が尖閣諸島に攻めてきたらどうするのか、と言います
が、アメリカが日本のために動いてくれる保証はありませんし、南沙諸島で中国とアメリカが衝突すれば、自衛隊は知らん顔はできません。
沖縄の小学生が米兵に強姦され、加害者の3人が日本側に引き渡されなかったとき、米軍基地への抗議行動をするような日本の保守や右翼はほとんど見当たらなかったと知人のインド人に話したら驚いていたと、小熊英二氏は書いています。
どうして保守や右翼までもアメリカべったりなのか不思議です。
もう一つ不思議に思うのが、保守ブログの中には、皇太子夫妻、さらには天皇皇后までも非難したり、からかって笑いものにしているものがあります。
右翼は主張が異なっていても、「天皇万歳」で一つにまとまると鈴木邦男氏が書いていますが、ネトウヨの皇室批判をどう考えたらいいのでしょうか。
護憲発言が気に入らないのかもしれませんが、でもなぜか秋篠宮夫妻には好意的なんですね。
山折哲雄氏や八木秀次氏のように、忠臣づらして秋篠宮が後継者となるべきだと主張する人たちはお家騒動を起こそうとしているんでしょうか。