三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

辺見庸『1937(イクミナ)』

2016年02月02日 | 戦争

辺見庸『1937(イクミナ)』を開いてまず思ったのが、普通は漢字を使うだろう言葉が平仮名で書かれており、こりゃなんだということ。
「いぜん」「えんそう」「かんげい」「かくだい」「かんたん」「かんねん」「きんべん」「くべつ」「けいけん」「けいせき」「けっか」「げんてい」「けんお」「げんみつ」「こんなん」「こんぽん」「さいきん」「しっぱい」「じゅうよう」「しんけん」「ぜったい」「そくざ」「たんじょう」「どうよう」「ばしょ」「はんめん」「ひつよう」「びみょう」「ふくざつ」「へんこう」「まんえん」「もんだい」「りよう」「りんかく」「れんぞく」など。
「種」「全」「事」「特」「自」「純」「実」「関」「独」「現」「明」「出」「理」「時」といった漢字は使いたくないのかもしれない。

平仮名ばかりの文章は読みづらい。
「それらをときとして、さもじんじょうであるかのようにみせているいまとはなにか」
「いまはおりふりかんがえこむ」
「どういつのひとびとだったのだ」
「わたしはかくべつのかんしんをいだいてきた」

漢字と平仮名が妙に混じっていることもあります。
「被害者がわ」「払しょく」「成功り」「反対がいねん」「自己じしん」「過去・げんざい・未来」「不問にふする」「盲ろうあ」(聾唖が差別語だとしたら盲も)
「問いそれじたいのむげんの重みにせいじつに堪える答えがほんとうにないのだろうか」

ルビなしで難しい漢字も使われています。
「論攷」「忖度」
「悖理を恬(てん)として恥じない。そのようなきほんてき道理をあたまから無視する」

ルビのついている漢字。
「喋々(ちょうちょう)」「凝(こご)り」「経糸(たていと)」「緯糸(よこいと)」「偏頗(へんぱ)」
「推問(すいもん)」「奄々(えんえん)」はATOKでは変換できない。
カタカナのルビ。
「細部(ディテール)」「実時間(リアルタイム)」「供宴(サバト)「乱痴気(おーじー)」(乱痴気は借字)
言葉にこだわりがあることがわかります。

「そびきだす」という言葉がたびたび使われていて、どういう意味か分からないので調べると、「誘(そび)き出す だましてさそいだす」とあり、諫早や天草では「引きずり出す」という意味です。

漢語は漢字で書いたほうが読みやすいと再確認しました。

文句ばかりつけていますが、辺見庸氏の指摘はもっともだと思います。
1937年は盧溝橋事件が起き、南京虐殺のあった年です。

盧溝橋事件から敗戦時まで中国大陸にいた日本兵は最小でも230万人近くで、中国側死者数は低めに見積もっても1500万人。
日本兵1人あたり6人の中国人を殺している計算になる。
私の伯父やゼミの先生は、と考えました。

日本人は中国で何をしたのか、堀田善衛『時間』、武田泰淳『汝の母を!』、芥川龍之介『桃太郎』などの小説を引用しながら論が進められます。
『汝の母を!』は、放火の容疑者である母と息子を性交させ、そのあげくに焼き殺すという話です。
作者の武田泰淳は1937年に召集され、輜重補充兵として中支に派遣されているので、実体験だろうと辺見庸氏は推測しています。

小津安二郎も1937年に応召し、中国を転戦しています。
中国の戦地から帰還直後の談話。

かうした支那兵を見てゐると、少しも人間と思へなくなつて来る。どこへ行つてもゐる虫のやうだ。人間に価値を認めなくなつて、たゞ、小癪に反抗する敵―いや、物位に見え、いくら射撃しても、平気になる。(田中眞澄『小津安二郎周游』

小津安二郎がこんな人だったのかとガッカリしました。
南京でだけ虐殺があったわけではないということです。

中国で戦った父親について辺見庸氏はこのように書いています。

「皇軍」兵士だった父の中国での行状は、じつはわたしにとって、真に「知らずにすませられなかったもの」ではなく、すくなくとも父の生前は「知らずにすますことのできるもの」に、いや、さらにすすんで、「知らずにすますべきもの」にまでなっていたのではないか。

南京虐殺や慰安婦の強制連行はなかったと否定する気持ちの中には、「知らずにすますべき」という意識があるように思います。

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