三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

民間療法と健康器具・食品のアヤシさ(4)

2023年03月06日 | 問題のある考え

絵門ゆう子さんがガンの宣告を受けたのが2000年10月、聖路加病院に行ったのが2002年12月、『がんと一緒にゆっくりと』を出版したのが2003年5月、死亡が2006年4月。

『がんと一緒にゆっくりと』を書いたころには冷静に振り返っているように思われます。
批判的なことを書いています。

民間療法で良くなっている人たちは、基本的に病院に行きたがらない人たちである。
本人は「治ったみたい」と思ってしまうし、周りもそのように言う。

そのような状態の患者は、療法を売ろうとする人たちにとって、大いに利用できる存在なのである。彼らの体験を出回らせるのだ。そして、良い結果が出たのは、その療法が素晴らしいからであり、患者が一生懸命信じて迷わず行ったからだと言い、その患者のことを「えらかった」と称え、患者はそう言われて喜ぶ。


そして、このように述懐します。

巷で良いと言われていることを全てやった挙げ句に全身に転移させ、甘く見ることの怖さを思い知った。


ところが、なぜか民間療法を否定しないのです。

私は、放り出された。しかしそれでも、民間療法の持つ可能性を否定したいとは思わない。なぜなら、がん患者にとってそれは大きな希望だからだ。


入院中には、入院直前に教わった西式健康法の一つである裸療法をしたそうです。
服を脱いだり着たりすることで、毛穴から毒素が出て皮膚呼吸を促進させ血行を良くし、免疫力を上げていくというもの。

ウィキペディアによると、西式健康法は、生野菜食を中心に摂取し、暖衣飽食を退け、断食、生食療法などをします。
毒素を排出して免疫力を高める健康法のようです。
これまたデトックスです。

民間療法は大した効果はないわけですから、希望ではなくて気休めにすぎないと思います。
散々な目に遭ったのに、まだこんなものを信じているのかとタメイキが出ます。

盲学校で鍼灸を教えていた人に東洋医学について話を聞いたことがありますが、がんやインフルエンザなどは東洋医学では治らないと言われてました。
どんな病気にも効く万能の薬や治療法はありません。
簡単に「治る」と断言する人は信用しないほうがいいようです。

絵門ゆう子さんは「占いや霊能力関係が大好きである」と書いています。
西洋医学を拒否したのは母親のガンや、出会った医師との関係がうまくいかなかったこともあるかもしれませんが、そもそも疑似科学のようなアヤシいものが好きなのでしょう。

絵門ゆう子さんが行なった民間療法と健康器具・食品は人の弱みにつけ込む悪質な詐欺だと思います。
糖尿病なのに代替療法の「先生」の言うがままにインシュリン投与をせずに死んだ人もいます。
医者ではない「先生」が医療行為をするのは法に触れています。
絵門ゆう子さんはMRI検査で骨転移が疑われた時、栄養が足りないからだとか、MRIで心臓が悪くなったんだと言われましたが、医者でもない人間がそんなことを言っていいものかと思います。

それなのに、絵門ゆう子さんはがん患者仲間に草の粉療法などを紹介しているのです。
これは、だまされてカルトに入信した人が、今度はだます側になって勧誘を行う、つまり被害者が加害者になって新たな被害者を生むのと同じ構図です。

絵門ゆう子さんが民間療法、健康器具・食品にはまったことは個人の自由だとは言えないように思います。
だからといって、無理矢理に手術を受けさせることはできません。
これまた難しい問題です。

もしも絵門ゆう子さんが最初の医者の言葉に従って手術と抗がん剤治療をしていればどうなっていただろうと思います。

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民間療法と健康器具・食品のアヤシさ(3)

2023年02月27日 | 問題のある考え

絵門ゆう子さんが草の粉療法をしているころ、気功の「先生」を紹介してもらった。
『がんと一緒にゆっくりと』によると、特殊な能力を元に、整体のような気功のような治療を行う。
「先生」は、がんは「8回でカタがつく」と言った。
そして、草の粉療法を絶賛した。

そのころ、あるクリニックを訪れた。
Oリングテストによって、その人に合う健康食品を勧める。
Οリングテストとは、親指と他の指でΟの字になるように輪を作り、患者は輪が開かないように力を入れ、テストをする人は両手で輪を開こうとする。
それによって、がんの状態やどの健康食品が合うかなどを判定する。
そのクリニックで、がん細胞が活動しなくなるというマイクロ波の治療を受けた。

言うまでもなく、Οリングテストは疑似科学ですし、マイクロ波の機械は医療器具として認められているものではありません。

がんの告知から9か月後、スポーツクラブで叫び声を上げるほどの痛みが首を走った。
そのクラブに詰めているカイロプラクティックの先生に紹介してもらい、3回治療を受けたが、痛みはひどくなった。
後日、聖路加病院に入院した時、首の3か所で骨が折れていることがわかったが、この治療によって折れた可能性が高い。

カイロプラクティックの先生からレントゲンを受けるように言われた。
MRIで調べると、医師はがんの骨転移である可能性が高いと言った。
しかし、絵門ゆう子さんは聞き入れなかった。

マイクロ波治療後のOリングテストで「もうがんの波動はなくなった」と言った医者に相談すると、「それは骨転移かもしれないよ」と言われた。
草の粉療法の先生は「首は転移なんかじゃありませんよ。栄養が不足してなっているんです」と言い、毎日チーズをたくさん食べ、卵を1日に少なくとも3個は食べるようにと言われ、無理して食べ続けた。
しかし、首の痛みはひどくなるばかりだった。

自分が信じようとしているやり方に対する苦言だけは聞きたくないのだ。だから、ただただ耐えた。


「人間は自分が信じたいことを喜んで信じるものだ」はカエサルの『ガリア戦記』にある言葉だそうです。
逆に言うと、自分が信じたくないことは耳に入りません。

気功の先生は「悪くなっているのは心臓だ。あなたが受けたMRIの検査のせいだ。MRIは強烈な磁気の波動だから、それを、あなたのような影響を受けやすい体質の人が受けると、心臓が変になるんですよ」と責めた。
さらに、「あなたがMRIを受けた邪気のために、私の体はね、あなたの治療をする度に具合が悪くなるんですよ」と言う。

私はね、自分の体のエネルギーを使って治療してるんですよ。体を張ってるんだ。このままじゃあなたの持ってくる邪気のために、私の体が使い物にならなくなってしまう。だいたいね、今は3万円なんていう値段でやっているけど、ちょっと前までは、入会金を250万円、一回の施術料は30万円いただいていたんですからね。3万円なんかで体をボロボロにされたんじゃ合わないんですよ!


草の粉療法は4か月で50万円くらい。
気功の施術は1回40分で3万円を数十回。
ということは、絵門ゆう子さんは気功に百万円ぐらい支払ったわけです。
1回30万円だと1千万円。

スピリチュアルや民間療法、健康器具など疑似科学では波動という言葉をよく見かけます。
すべての物質が出している未知のエネルギーという意味で使われているようです。
ウィキペディアの「波動 (オカルト)」によると、物理学での波動はwave(波)の訳語ですが、オカルトや代替医療における波動はVibrationの訳です。
「振動」と翻訳すべきところを「波動」や「エネルギー」と訳すことで、物理学の裏づけがあるように思わせているわけですが、科学的な根拠はありません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%8B%95_(%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88)
ちなみに、気功も波動だそうです。

気功の「先生」にそこまでボロクソに言われても、絵門ゆう子さんはなぜ通い続けたのでしょうか。

なぜ通い続けることになったのか。それは、施術の度に西洋医学を糾弾する言葉巧みな彼の話に感化されていったのと、症状が安定している時も「この施術の効果かもしれない。やめて急に悪くなったらどうしよう」と、やめることが怖くなっていたからでもある。


痛みに耐えきれず、2002年12月26日、聖路加病院に行く。
「がんなんて簡単ですよ。すぐに治りますよ」と安易に言った民間療法の「先生」たちと違い、聖路加病院の先生たちは決して「治る」という言葉は使わない。

しかし、絵門ゆう子さんは民間療法の「先生」たちの呪縛から解き放たれたわけではありません。
病院に行かず、玄米菜食、自然療法だけで乳がんを治そうとしている女性の考え。

がんには「私のところに来てくれてありがとう」って感謝すればいいの。私は最初からそうしてきた。がんは、心の持ち方とかいろいろその人の悪かった点を教えてくれるありがたいものなのよ。そういう声に耳を傾ければ、必ず治る。


聖路加病院に入院する前日、その女性は「病院になんて行って、水を肺から抜いたりいたらダメになるわよ。原点に戻って、きっちり玄米を炊く生活をしてやり直した方がいいと思う」と言った。
草の根療法の「先生」が玄米菜食を否定しても、絵門ゆう子さんは玄米菜食への愛着があったようです。

その女性の言葉はその後、何度も頭の中で反響した。
助言に従わないことに罪悪感を感じる。
肺の水を抜いた後も、心は揺れていた。
不安が頭をもたげ、「ほんとうにこれでよかったのか」と葛藤する。
針生検をしたが、針によってがんが刺激され悪化する、怖いものという思いがあった。
間違った知識や情報、極端な思い込みでがんじがらめになっていた。
一度刷りこまれた「怖い」という思いからすぐに解放されるものではない。
行きつ戻りつ考え方が変わっていく疑心暗鬼の状態に陥った。
これは一種の洗脳です。

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民間療法と健康器具・食品のアヤシさ(2)

2023年02月20日 | 問題のある考え

乳がんになった絵門ゆう子さんの民間療法と健康器具・食品体験記である『がんと一緒にゆっくりと』を読むと驚くことばかりです。

がんに良いというものに対して、湯水のごとく使うようになった。
買ったグッズの中で最も高価だったのは100万円の布団。
宇宙エネルギーを取り込むことができるという触れ込みだった。
宇宙エネルギーとは何か、それが布団を通してどう体に取り込まれるのかを勧めてくれた女性に質問した。
すると、「詳しいことは私も難しくてよく分からないの。だからセミナーに行ってみて」と誘われ、布団を販売している会社のセミナーに行った。
開発者の講演、体験者のスピーチ、ビデオ上映が行われた。
布団のパワーについての開発者の講演は、素人には分からない専門用語が多用され、結局「すごいものだ」としか分からなかった。

科学で証明しにくい話は、いつも私に対して妙に説得力を持ってしまう。(略)分からないぶん、いつまでも魅惑され続けてしまうのだ


がんを治すグッズには宇宙エネルギー、ピラミッドパワー、波動など、いろいろなパワーが使われる。
1.5mほどのステンレス・パイプ8本を組み合わせて作るピラミッドは15万円。
中に布団を敷いて北枕にして寝ると、寝ている間にそのパワーががんを治す。

座ると体に良い波動を出すという5百円玉くらいの大きさのメダルが頭の部分に埋め込まれている電動マッサージャーは、手で振るよりはるかに強力な波動を出す。
このマッサージャーをピラミッドの中心にぶらさげて、先端が乳がんの真上10cmのところにくるようにして、仰向けにして寝る波動療法。
波動のメダルが十数枚も縫い込まれているランチョン・マットくらいの大きさの波動マットは17万円。
寝る前に乳がんの上に置くだけで威力を発揮する。

びわの葉に含まれているアミグダリンという成分が染み込んでいるシルクの掛け布団は20万円。
寝ているうちに体の悪いものを出して治していく。

布団の下に敷く遠赤外線のマットは17万円。
ピラミッドパワーの温灸器は15万円。
寝ている時に乗せておけば、ビワ温灸の7倍の効果がある。

宇宙エネルギーを取り込める戸棚は普通の戸棚の十倍は超える値段。
この戸棚の中に入れた食べ物は体に良いものに変わる。

マイナスイオン清浄機は30万円。
普通の空気清浄機の数百倍のマイナスイオンが出る。

浄水器は浄水の方法がいろいろあり、次々と買い換えた。
他に、遠赤外線のサウナハウス、電気足湯器、黒田式光線機など。

健康食品は勧められる時、「副作用は全くない。良い食事を摂ることと同じ」という説明を受ける。
健康食品は天然の原材料で、化学物質が一切含まれていないので安全。
多く摂り過ぎた場合は尿から排出されてしまうので大丈夫。

しかし、飲んでみて結果を実感できなかったら、飲み方が足りないと言われる。
飲みすぎて肝臓が腫れるといった副作用が起きたこともある。
「それは好転反応なのだから、もっと続けていれば効果が出てくる」と言われた。
好転反応とは、症状がよいほうに変わる前に一時的に悪化することです。
それで、続けていればよくなると言われるわけです。

健康器具は一度買えばいいですが、健康食品はなくなれば買い続けないといけません。
健康食品は1か月分が10万円以上するものがざらにあった。
がん患者は「値段が高いから良い結果が出るかもしれない」という思考回路がある。

絵門ゆう子さんは乳がんの告知から9か月後の2001年5月、ある民間療法に出会いました。
これがなんともすさまじい。

天然の草(薬草)の粉をお湯で溶いたものをリンパ腺上に貼り付け、それを毎日取り替える。
草の粉療法の「先生」は初めての面談の時、「がんは簡単ですよ」と言った。

何日かすると草の粉を貼っているところに点々とニキビのようなものができてくる。
さらに続けると、ニキビのようなものから白い膿が出てくる。
膿が出る穴は日を追うごとに大きくなり、膿の量も増え、膿が全て出切ってがんは完治するというもの。

草の粉を貼るだけでなく、薬草のジュースや粉、野草茶などを飲まないと成果は出ない。
個人差はあるが、指示されたとおりにすると、だいたい4か月で結果が出る。

悪いものを出していくためには、タンパク質をどんどん摂取して新しい筋肉を作っていかなければならないという考えのため、動物性の食品をたくさん食べるように指示される。
つまり、これも毒素を出すというデトックスです。

玄米菜食は徹底的に否定する。
絵門ゆう子さんは断食、玄米菜食をしていたのに、それを否定されてもおかしいとは思わなかったようです。
つまり、考え方が違っていても、民間療法なら何でも信じるわけです。

膿が出るために、あちこちに開いた穴は大きいもので直径1.5cmになり、とにかく痛かった。
痛みが強いのを治っていく手応えのように思う。
草の粉療法を始めてから4か月、「もう、がんは心配ありませんよ。完治してます」と言われた。
しかし、胸のしこりは残っていた。

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民間療法と健康器具・食品のアヤシさ(1)

2023年02月12日 | 問題のある考え

親が自分の信念を通すために子供を死なせる自由はありません。
では、自分が死ぬかもしれない選択をする自由はあるのでしょうか。
たとえば、ガンになり、手術や化学療法で治る可能性があるのに、民間療法を選び、まわりが反対しても考えを変えないがいます。
家族は無理にでも手術をさせるべきか、本人にまかせるべきか。

左巻健男『陰謀論とニセ科学』は、ガンになって民間療法や健康食品にはまった人として、スティーブ・ジョブズと絵門ゆう子さんを紹介しています。

スティーブ・ジョブズは膵臓ガンが見つかり、転移する前に手術すれば生存確率が上がると診断されたが、手術を拒否した。
ニンジンと果物のジュースを大量にとる絶対菜食主義に、鍼やハーブ薬、サメ軟膏、コーヒー浣腸などを併用し、心霊治療なども取り入れた。
スティーブ・ジョブズが実践したゲルソン療法は、1930年代にマックス・ゲルソンが提唱したガンなどが治る食事療法である。
果物、野菜、子牛の生の肝臓を混ぜた自然食(液体)を摂り、毎日コーヒー浣腸をして有害な胎毒をデトックスする。

がん情報サイトにゲルソン療法について書かれています。

・この治療法の理論は、体内から毒素を除去して免疫系の働きを高め、体の細胞内の過剰な塩分をカリウムに置き換えることで、病気を治癒するというものです。
・ゲルソン療法の臨床研究はほとんど発表されていません。
・どのタイプの浣腸であっても何度も注入すると有害となる可能性があります。
・米国食品医薬品局は、がんやその他の疾患の治療法としてゲルソン療法を承認していません。
・がん患者さんは従うべき適切な食事法について、医療提供者と相談するべきです。

https://cancerinfo.tri-kobe.org/summary/detail_view?pdqID=CDR0000453628&lang=ja

民間療法や健康食品・器具は「デトックス」「免疫力を高める」という言葉をよく使います。
デトックスとは体内の毒素を排出することです。
汗の成分には有毒物質も含まれていますが、その量はわずかなものです。

ヨーロッパの医療は近代まで瀉血、吸角、下剤、ヒルによる吸引など、毒を排出するというデトックスでした。
もっとも、逆に体力を奪うだけで、病気を治す効果はありませんでした。

デトックスのための健康食品・器具が販売されていますが、毒素とは何か、どうして排出できるのかなど説明はされません。
効果のないものが多く、有害なものもあるそうです。

免疫力を高めるという惹句もあやしい。
ある健康食品が免疫力を高めると謳っていても、そのことが論文で報告されているといったことはまずありません。
免疫力を高めるとされているものが配合されているという程度です。

絵門ゆう子『がんと一緒にゆっくりと』を読み、民間療法の信奉者はカルトの信者と似ていると思いました。

2000年10月25日、乳がんのⅡ期からⅢ期だと告知を受ける。
医者から、乳房を残す温存手術はすでに無理、手術と抗がん剤による治療を提示された。
しかし、手術と抗がん剤による治療は拒否し、その病院には二度と行かなかった。

西洋医学を拒否したのは、母親のがん死が理由である。
子宮がんだった母親は抗がん剤を打った時から急変、亡くなった。
母親の「病院にさえ行かなければこんなことにならなかったのにって思えてならないのよ」という言葉が残り、それ以来、西洋医学を怖がるようになった。

以前、取材した信頼する医者に相談すると、西洋医学の治療を勧められ、「乳がんは治せるがんなんや! なんで治療しようとしないんや!」と諭された。
しかし、その言葉に従わず、「自然療法、民間療法、健康食品、そして東洋医学の治療に賭けてみる」という旨の礼状を出した。

西洋医学の通常治療だけは受けない。がんなんて自分が作ったものだから自分で治してみせる。

周りが何を言っても聞く耳を持たず、そのくせ「がんが治せる」という怪しい話にはすぐ飛びついた。

首が痛くなったことや、肺や心臓がおかしくなったことと乳がんとを結びつけず、「その痛みはがんとは関係ない」「そうしているうちにある日突然治る」と言い切ってくれた民間療法の「先生」たちの言葉を信じ、首の痛みが自然に消える日が必ず来ると、自然療法を続けた。

代替療法を行なっている病院を初めて訪れると、院長は「がんについては、私ほど良く知っている人間はいませんから」と言った。
ところが、持参した検査データは見ようとしない。

どういう治療をするのか尋ねると、「温熱療法とか、がんを取り出してアルコールに漬けて、もう一度体に戻す治療です」と答えた。
温熱療法は、がんは高熱に弱いため、「42度以上発熱する病気になる菌」を患者の体に植えつけて感染させ、患者がその高熱に三日間耐え、乗り越えるとがんが消滅する。

アルコール漬け治療は、がん細胞を外科的手術で取り出してそれをアルコールに浸した後、もう一度同じ体内に戻す手術をするというもの。
その療法の臨床データや、高熱で衰弱しないかなど質問をすると、「どうせ治療を受けるのは、末期の人だからね」という返事だった。

断食の治療院の指導者は当初、「手術も抗がん剤もしない」という考え方に応援してくれたが、断食を終えて腫瘍マーカーが少し悪くなったことを知ると、知り合いの医者を紹介すると言い出した。

断食の次に、がんやその他の難病を抱えた生徒が通う玄米菜食の料理教室に行く。
食事は植物から命をもらうことだと捉え、心の持ち方まで指導される。

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宗教コミューン

2021年05月21日 | 問題のある考え

ゲイ・タリーズは『汝の隣人の妻』(1981年)で、「ニューヨーク・タイムズ」の記事を紹介しています。
それによると、1970年には大小さまざまな共同体がほぼ2000あると推定されていた。
場所もさまざまで、農場、都市の商業ビル、山間部、砂漠、貧民街など。
それらの施設には、ヒッピーの園芸家、瞑想的な神秘論者、生態学の伝道者、引退したロック・ミュージシャン、平和活動家、ウィルヘルム・ライヒやアブラハム・マズローの信奉者などが集まった。

ゲイ・タリーズは、1848年にジョン・ハンフリー・ノイズが創始したオナイダ・コミュニティについても詳しく書いています。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/a7e3f976af581505a58a186b1252b33d

『心憑かれて』に載っているマーガレット・ミラーへのインタビュー(「ミステリー・シーン」1989年5・6月号)に、宗教コロニーについて語られています。

わたしはもう長いことああいった宗教集団というものに興味をひかれてきたの。南カリフォルニアにはそれこそごまんとあるわ。わたしの友人の中には子供を連れて、そういった集団のひとつに参加した人たちもいるわ――なにもかも彼らにさしだしてね。中の一人はスタンダード石油のあと取り息子と結婚して、それこそ贅沢ざんまいな生活を送っていたのよ。(略)
それまでの贅沢に囲まれた生活を捨てて、そんなふうに筆舌に尽くしがたい場所に飛びこむなんて。おまけにまだ彼女はそこにいるのよ。私の別の若い友人は、「ブラザーフッド・オブ・ザ・サンズ」という宗教集団に加入したわ。そこではいっさいの私的所有を認めないの。びた一文の報酬もなく一日じゅうこき使われるうえに、生殖以外のセックスが一切禁止されてるんですって。一体どうやってそれを区別するのかしらね。そのドンという名のわたしの友人は結婚して、奥さんも同じ集団に入信させ、子供が二人できたの。でもついに彼の目が覚めるときがきて、そこを出ることにしたのね。でも教団の方では子供たちや妻を引き渡そうとしなかったわ。奥さんもまた教団を出ようとしなかった。


人民寺院やマンソン・ファミリーが有名ですが、知られていない反社会的なコミューン(共同体)も少なくないようです。

ゲイ・タリーズは、ジョン・ウィリアムソンが主宰するサンドストーンのフリーセックス、ヌーディスト共同体に滞在し、何人もの人にインタビューをしています。
ジョン・ウィリアムソンたちは職を捨てたり、本業を怠ったりして、汗を流してサンドストーンを建設する。

妻のジュディスがジョン・ウィリアムソンの虜になったジョン・ブラロはこのように考えます。

ウィリアムソンがみんなを支配する権力とは、いったい何だろうか、と頭を悩ませた。そして、それはウィリアムソン夫妻の英知やダイナミックな行動力よりも、むしろ彼らがそういう人びとの人生を特徴づける、はてしない空虚につけ入る能力の方に関係があるのだ、と結論するにいたった。
ほとんどの連中は生まれながらにして追随者であり、道案内をもとめる放浪者である。したがって理論家や神学者、独裁者や麻薬の売人、あるいは、口あたりのよい治療や解決策を約束するハリウッド界隈のヒンズー教の呪術師、そういう輩にいともかんたんにだまされる従順な門弟なのだ、とブラロは思う。カリフォルニアの根なし草のような、すこぶるファッショナブルな風土は、新しい思想や流行に対する抵抗力がとりわけ弱い。だから、もしここに決断と行動力に富んだ目先のきく人間がいて、ほかの人間の理想や空想を巧みに自分の野望と一致させることができれば、そして、曖昧でとらえどころがない態度をいつまでも崩さないでいれば、その男は遅かれ早かれ応分の弟子を惹きつけることができるだろう。ウィリアムソンはその種の人間だ、とブラロは断定した。罪やあやまちを度外視して快楽を祝福する哲学を信奉する呪術師だ。彼は自分の信奉者を〝変革者〟と呼んでおだてている。ちょうど彼らがウィリアムソンのセックス理論の先駆的実践者に変えられたように、彼らにほかの人びとを変える力をあたえようとしているのだ。

このように洞察したブラロですが、なぜかジョン・ウィリアムソンに心から謝罪して受け入れてもらいます。
ここまで客観的に考えることができているのに、どうしてサンドストーンに戻ったのか不思議です。

日本ではどうでしょうか。
小田誠「妙な空き家」(「連続無窮」25号)にはいささか驚きました。

山形県の県境付近の、高齢者ばかりの新潟県の村に住む親類が、家や土地を売り払い村を出て、別の土地で仲間たちと共同生活を送っていることを菩提寺の住職から聞く。
住職の話だと、キリスト教原理主義を掲げ、大学で信者を勧誘したり、霊感商法で名指しされている、韓国に本部を置く宗教団体が関係している。

高齢者が友人知人との関係を絶ち、家や土地を放り出して教会という名の共同生活拠点に住み込む。
家族に脱会を強制された信者が自宅に火を放ったこともある。

なぜ過疎の村で老人ばかりを入信させるのか。
家や土地があるので、金に替えさせる。
ある市内の共同生活場にいるのは70代、80代がほとんど。
以前は学生や主婦を主眼にしていたが、今は高齢の信者が身近な高齢者をターゲットにする。
老老勧誘で、場所も介護施設や病院、村役場の催しなどである。
月日の流れとともに信者は高齢化し、中には寝たきりと思われる信者もいる。
この付近では信者の数は増え続けている。
山形、福島でも同様のことが多い。

かつての勢いを無くすなかで、今度は身近な場所と人に目を付けてそこで静かに勢力を維持しようとしている。しかし勧誘する側、される側ともに体力も衰え維持できなくなっている。家を飛び出し共同生活をするが、衣食住を自身で満足にできなかったり重い持病があったりで、資金を稼ぐこともままならない事もある。家や土地も家族から売却を阻止されると、結局は資金が枯渇し立ち行かなくなる。(略)
弱った者同士があつまり、そこで最後の一滴まで搾り取ろうとしている象徴がこの村の荒れた家々だ。


貧困ビジネスならぬ高齢者ビジネスです。
これも一種の宗教コミューンでしょう。
オウム真理教は地域との軋轢を起こして知られるようになりました。
こうした目立たない集団はあちこちにあるのかもしれません。

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臨終の悪相と堕地獄(2)

2021年05月10日 | 問題のある考え

臨終の悪相と堕地獄について、『今昔物語集』「僧蓮円修不軽行救死母苦語」に書かれています。
蓮円という僧の母は邪見が深く、因果の道理をわきまえなかった。いよいよ死ぬ時に悪相を現し、はっきり悪道に堕ちると思われる状態で死んだ。蓮円は歎き悲しみ、何とかして母の後世を弔おうと思い、常不軽菩薩の行を修し、法華八講を行った。蓮円は夢の中で地獄の鬼に「私の母がいるでしょうか」と問うと。鬼は「いるぞ」と答えた。母に会うと、母は「私は罪報が重く、地獄に堕ちて言いようのない苦を受けている。しかし、あなたが私のために長年不軽の行を修し、法華経を講じてくれたので、地獄の苦から免れて、忉利天に生れることになった」と言った。すると夢から覚めた。(馬淵和夫訳参照)
https://yatanavi.org/text/k_konjaku/k_konjaku19-28
これは『法華経』による滅罪譚です。

無住『沙石集』「妄執に依りて魔道に落つる人の事」にも臨終の悪相が書かれています。
高野の遁世聖たちが臨終を迎える時は、仲間が寄り合って評定するが、一通りのことで往生する人はいない。ある時、端座合掌し、念仏を称えて息を引き取った僧がいた。「これこそ間違いない往生人だ」と評定したが、恵心房の上人は「本当に来迎にあずかり、往生する者は日ごろ悪しからん面をしていても、心地よき気色になるはずなのに、眉すぢかひて物すさまじげなる面をしている。魔道に入ったに違いない」と申された。一両年の後に、その僧は人に託して魔道に落たことを語られた。
http://yatanavi.org/text/shaseki/ko_shaseki09b-08

もっとも、臨終の相がよくても、往生したかどうかはわかりません。
高野山に隠居した道心者(菩提を求めて修行をしている人)として評判が高かった某は「最後の時には心を澄ませて念仏を唱え、そのまま息を引き取りたい」と念願していた。その願いのとおりに念仏して息を引き取った。一、二年して仲間の僧が物狂いし、某とそっくりな声で話し出した。僧たちは「臨終がめでたかったので往生されたと安堵していたのに、どうしたわけでしょうか」と問うと、「長年願っていたことなので十念は唱えたが、妄念が残って往生をしそこなった。近ごろの政治が濁っていることが気にかかり、「自分がその官職にあり、取り仕切っていたらこれほどのことはないだろう」と考え、人に知られない妄執が忘れ難く、魔道に入ってしまった」と語った。(小島孝之訳参照)

無相は臨終の悪相よりも妄念、妄執を問題にします。

仏法は真実の道心ありてこそ、生死を離れ悟りを開くことなれ。いかに学し行ずれども、名利・執着の心ありて、まことの菩提心なければ、魔道を出でず。


名利を求めることが悪道に堕ちる因となるということならわかりますが、家族や弟子の悲嘆も往生の障りとされます。
たとえば『沙石集』「妻、臨終の障りになる事」です。
山法師が病気になった。道心があり、念仏などもしていたから、これで最後と思い、端座合掌して西に向かって念仏を唱えた。妻は「私を捨ててどこへ行かれるのですか。ああ悲しい」と言って、僧の頸に抱きついて引き倒した。僧は「ああ情けない。心静かに臨終させてくれ」と言って、起き上がって念仏すると、妻はまた何度も何度も引き倒した。僧は声を張り上げて念仏を唱えはしたが、妻に引き倒されて組み摑まれてこと切れた。
https://yatanavi.org/text/shaseki/ko_shaseki04b-05

これは笑い話でしょうが、無住は続けてこのように書いています。

妻子並み居て、悲しみ、泣き慕ふを見ては、下根の機、いかでか障りとならざらん。(臨終の時に、妻子が悲しみ泣いて慕う気持ちを見せたら、資質の劣った者には臨終の障害となる)


鴨長明『発心集』「真浄房、暫く天狗になる事」です。
鳥羽の僧正の弟子に真浄房という僧がいた。鳥羽の僧正が病になり、見舞いに行った真浄房は「来世に必ずお会いしてお仕えしましょう」と申し上げた。それからほどなく僧正は亡くなられた。みんなは真浄房が後世者なので必ず往生すると思っていたが、物狂わしい病で亡くなった。真浄房の母が言うには、「真浄房がやって来た。私の臨終の様子を皆が納得できないように思っておられるので、その説明を申そう。私は名誉や利益を捨て、来世に向けての修行をしていたので、迷いの世界に留まる身ではなかったのを、師の僧正が今生の別れをなさった時、「来世で必ずまためぐり会ってお仕えします」と申し上げたことが誓文になり、僧正が「あのように言ったではないか」と解放してくださらないので、魔道に引き入れられた。僧正を仏のごとくに頼りにしていたばかりに、つまらないことを申して思いがけぬところにいる」と、天狗になったことを告げた。そして、この苦しみを抜け出せるよう、後世を弔ってほしいと頼んだ。そこで供養すると、老母が「悟りの境地に到りました。今から不浄の身を清めて極楽に参ります」と言った。これを聞いた人は「修行の徳を積んだ人でも、死後に出会おうというような誓いを立てるべきではない」と語った。(浅見和彦訳参照)

たとい行徳高き人なりとも、必ずこれに値遇せんという誓いをば起すまじけり。(たとえ修行を積んだ人でも、必ずまた会おうという誓いを起こすべきではない)

https://yatanavi.org/text/hosshinju/h_hosshinju2-08
天狗は仏道修行を妨げる魔王の使いです。

親鸞の手紙に「この身はいまはとしきわまりてそうらえば、さだめてさきだちて往生しそうらわんずれば、浄土にてかならずかならずまちまいらせそうろうべし」などと、浄土での再会を約していますが、こういう気持ちも妄念となるようです。

無住は「まことの道に入る時は、法執とて、仏法を愛するまでも、道の障りなり」と、仏法に対する執着も問題にしています。

無住は以下のように追善供養を勧めます。
子供や弟子は父母・師長の臨終が悪いのをありのままに言うのが気の毒に思い、多くはいいように言うものだ。無意味なことである。悪ければありのままに言って、自分がねんごろに弔い、よその人までも憐れみ弔うことこそが、亡魂の助かる因縁どもなる。

親鸞は『教行信証』に元照『阿弥陀経義疏』の

念仏法門は愚痴・豪賎を簡ばず、久近・善悪を論ぜず。ただ決誓猛信を取れば、臨終悪相なれども十念に往生す。

という文章を引用しています。
臨終の悪相と浄土往生は無関係だと元照や親鸞は考えていたのです。

無住は法然の浄土教理解を認めていないそうですが、往生がこれほど困難だとしたら、称名念仏によって往生すると説く法然の教えが人々に受け入れられたのもわかります。

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臨終の悪相と堕地獄(1)

2021年05月03日 | 問題のある考え

淺井昭衞(冨士大石寺顕正会会長)『日蓮大聖人の仏法』の宣伝チラシが郵便受けに入っていました。
こんなことが書かれています。

死後の未来のことなどわからぬ、という人もあろう。しかし仏法は空理・空論ではない。すべて証拠を以て論ずる。
その証拠とは臨終の相である。
臨終は一生の総決算であると同時に、臨終の相に、その人が死後の未来に受けるべき果報が現われる。だから臨終は人生の最大事なのである。(略)
では、地獄に堕ちる相、あるいは成仏の相とはどのようなものかといえば(略)
地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなるうえ、硬く、重くなり、恐ろしい形相となる。
一方、成仏する者は、臨終ののち色が白くなり、軽く、柔らかく、かつ何とも柔和な相となるのである。


宮本輝『春の夢』にも、臨終の恐ろしい形相が書かれてあります。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/s/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E8%BC%9D

「地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなるうえ、硬く、重くなり、恐ろしい形相となる」ということの典拠は何かと調べたら日蓮でした。

「妙法尼御前御返事」
大論に云く「臨終の時色黒き者は地獄に堕つ」等云云、守護経に云く「地獄に堕つるに十五の相・餓鬼に八種の相・畜生に五種の相」等云云、天台大師の摩訶止観に云く「身の黒色は地獄の陰に譬う」等云云、(略)先臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、一代聖教の論師・人師の書釈あらあらかんがへあつめて此を明鏡として、一切の諸人の死する時と並に臨終の後とに引き向えてみ候へばすこしもくもりなし(『大智度論』に「臨終のとき色の黒い者は地獄に堕ちる」とあり、『守護国界主陀羅尼経』には「地獄に堕ちる臨終の相に十五種の相があり、餓鬼に生ずるのに八種の相があり、畜生に生ずるのに五種の相がある」とあり、天台大師の『摩訶止観』には「身が黒色なのは地獄の闇に譬える」とある。(略)
まず臨終のことを習って、後に他のことを習おうと思い、釈尊一代の聖教と論師や人師の書や釈を考え集め、これを明鏡として、一切の人の死ぬ時と臨終の後とを引き合わせてみたところ、少しも曇りがない)

https://nichirengs.exblog.jp/23976368/

「日蓮大聖人と私」というサイトにある説明を要約します。
「臨終の時色黒き者は地獄に堕つ」の文は『大智度論』には見当たらず、出典ははっきりしない。
『摩訶止観』に「『正法念』に云わく「画師の手の五彩を画き出すが如し。黒・青・赤・黄・白・白白なり。画手は心に譬え、黒色は地獄の陰を譬え、青色は鬼を譬え、赤は畜を譬え、黄は修羅を譬え、白は人を譬え、白白は天を譬う」と」と、六道の境界を黒・青・赤・黄・白・白白でたとえている。
http://aoshiro634.blog.fc2.com/blog-entry-150.html?sp

『守護国界主陀羅尼経』は雑密経典です。
Toyoda.tvというサイトに「地獄に堕つるに十五の相」が書かれてあります。
阿闍世王が釈尊に「悪衆生は死後、地獄に堕ちると知ることができるのでしょうか。また、死後に餓鬼界や畜生界に堕ちる、あるいは人界や天界の衆生として生ずることをどうして知ることができるのでしょうか」と質問し、釈尊は臨終の相について説く。

大王よ、いずれをかまさに地獄に生ずべき十五種相と為すと名づくや。
一は自の夫妻男女眷属を惡眼もて瞻視す。
二はその両手を挙げて虚空を捫摹(悶絶のこと)す。
三は善知識の教えに隨順せず。
四は悲號啼泣嗚咽(悲しみ、大声をあげ、さけび、むせび、泣くこと)して流涙す。
五は大小便、利を知らず覚えず。
六は閉目して開かず。
七は常に頭面を覆う。
八は臥して飮噉(噉=喰らう)す。
九は身口臭穢。
十は脚膝戰掉。
十一は鼻梁欹側(欹=い そばだてる。そば立つ)
十二は眼[目*閏]動。
十三は両目變赤。
十四は面仆臥。
十五は踡身(身が縮こまる)して左脇を地につけて臥せる。
大王よ、まさに知るべし。もし臨終に十五相具する衆生、此の如く阿鼻地獄に生ずと。

餓鬼、畜生、人、天におもむく相は略しますが、黒色の相はいずれも出てきません。
http://toyoda.tv/ajaseo.jukihon.10.htm

経や論には「地獄に堕ちる者は、死してのち遺体が黒くなる」ということは説かれていないように思われます。

現在は納棺を専門とする人が死に化粧をしてくれるので、亡くなった人は生きているような穏やかな表情をしています。
しかし、昔は痛み止めがあまりなかったので、苦痛にさいなまれ、苦悶の表情で亡くなることは珍しくなかったと思います。
また、病気によっては身体が黒ずむこともあったでしょう。
今でも寝たきりの人、紙おむつの人は少なくありません。

そもそも、死んでからどこに行くか、いかに日蓮であってもわかるはずがありません。
臨終の相で死後の行く先が決まると決めつけるのはいかがなものかと思います。

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植松聖「人を幸せに生きるための7項目」

2021年03月01日 | 問題のある考え

「FORUM90」vol.174に、死刑囚表現展2020のことが載っています。
神奈川新聞に「植松死刑囚が作品出展」という記事がネット掲載され、マスコミの取材が殺到、1985人が来場し、369人がアンケートに記載したそうです。
https://www.news-postseven.com/archives/20201107_1610493.html?DETAIL

植松聖死刑囚は「人を幸せに生きるための7項目」を出展しています。

死刑囚の表現展様
大変御世話になっております。この度は、より多くの人間が幸せに生きるための7項目を提案致します。僭越ながら、御高覧頂けましたら幸いです。
安楽死
意思疎通がとれない人間を安楽死させます。また移動、食事、排泄が困難になり、他者に負担がかかる場合は尊厳死することを認めます。
大麻
大麻は嗜好品として使用・栽培することを認めます。楽しい草で「薬」と読みます。約250種類の疾患に効果があり、簡潔には、楽しい心で超回復させます。
カジノ
カジノ産業に取り組むため、小口の借金を禁止します。支払い能力を超えると理性を保つことができません。その現金は幻影で、実際にはありません。
軍隊
軍隊を設立し、男性は18歳から30歳までに1年間訓練することを義務づけます。「鉄は熱いうちに打て」それと同様に人間も、まだ精神が柔軟なうちに、厳しく試練を与えられないといけません。
SEX
婚約者以外と性行為をするなら避妊することを義務づけます。性欲は間違った快感を覚えてしまうと、相手を深く傷つける犯罪になります。
一、避妊をする 二、清潔にする 三、相手を慈しむ
美容
美は善行を産み出すため、整形手術は保険を適用します。しかし、整形しても子どもは遺伝子を受け継ぐので、交際前に報告します。
環境
深刻な環境破壊による地球温暖化を防ぐため、遺体を肥料にする森林再生計画に賛同します。人糞を肥料にしなければ農作物は育ちませんし、遺体を肥料にしなければ森林破壊は止まりません。
長文を拝読頂き誠に有難うございました。
乱文乱筆ご容赦下さい。お身体を何卒ご自愛願います。
二〇二〇令和二年七月十九日 植松聖

驚いたのが、アンケートの感想に植松聖死刑囚を賛美するものがあること。

私は、植松聖死刑囚の作品を目当てとして今回の展示会に足を運ばせていただきました。確かに彼がやった事は殺人という犯罪です。しかし、彼の主張である「意思疎通がとれない人を安楽死させる」という提案を完全に否定することはできません。様々な考えがあることは承知していますが、日本は外国に比べ、このような制度が確立されていません。そのため、植松死刑囚は自ら「ダークヒーロー」となり革命を起こしたかったのではないでしょうか? 政府の皆さんには、植松を死刑にするだけでなく、「生命のあり方」を今一度考え直していただきたいと思っております。(10代)

既存の倫理観にとらわれ、メディアの偏向報道により、その考えの深さを知られていない、植松聖さんの言葉を拝見することができ、よい経験となりました。これからも、このような立場の人々の表現・言葉を見せていただける機会があると嬉しいです。(20代)

(略)植松聖さん、たくさんの人を殺してしまったけれど、この7項目をよんでもおかしいとは思わないし、共感できる所ばかりです。革命家の方なんだと感じます。アートを通じて命ある限り表現して欲しいと思います。(30代)


月刊『創』編集部編『開けられたパンドラの箱』に載っている「より多くの人間が幸せに生きる為の7項目の秩序」では説明文はこのようになっています。

1.安楽死
仮に、貴殿が大きな事故にあい会話、移動、食事もできず糞を垂れ流す身体になります。元気な頃の貴殿はどうするべきだと考えますか?
私は自殺スイッチを押すべきだと考えております。他人に迷惑をかけて不幸にするのであれば、やむを得ない選択です。同意がなくては安楽死できないのでは困ります。
死の決断を家族に委ねることは、大きな心理的負担になることが想像できます。心失者になれば自分で判断できませんので、全ての人間が死を認めなくてはなりません。
逆に、金はいくらでも支払うので、何があっても延命して欲しい場合に同意書にサインをするようにします。
覚悟をもつことで、より有意義に人生を過ごせるはずです。
2.大麻
(略)
大麻を認めると生産性が落ちると誤解もありますが、生産性が落ちる理由は〝気温〟です。脳は電気信号で働き、電気信号は冷却された方が鋭く発信され、熱による歪みは信号を遅らせてしまいます。「大麻」と「麻薬・覚せい剤」の違いを、より明確にするべきだと考えております。
3.カジノ
(略)
4.軍隊
(略)
5.SEX
性欲は、食欲と睡眠欲に並ぶ生命の三大欲求ですが、性欲だけは間違った快感を覚えてしまえば、それは相手を深く傷つける犯罪になります。
ただ、改めて何を教えるべきか私も分からないことが多々あるのですが、
一、絶対に避妊をする。
二。身なりを清潔にする。
三、陰部を舐め続ける。(性行為前に10~30分)
この三項目を男子学生の皆様にお伝え致します。
6.美容
ブサイクであることは、美しい人間には想像もつかない程の不幸です。それだけで心ない揶揄や嘲笑の的となる存在です。
美しければ笑顔で向えられますし、自然と表情が明るくなり、すぐに友人ができます。「毛嫌いする」というように、目から下の毛は邪悪であり、ブサイクはできる限り改善すべき病気です。
しかし、整形しても子どもは本来の遺伝子を受け継ぎますので、交際前に改善の有無を報告します。
美は人生最大の欲求で、美を求めることは正義と考えております。
7.環境
(略)
アフリカ大陸では人糞を肥料にする知識が根づいていない為に農作物が元気に育ちません。そして、人類は遺体を肥料にする知識が根づいていない為に農作物が元気に育ちません。そして、人類は遺体を肥料にする知識が根づいていない為に森林破壊を止めることができません。
人間を自然のサイクルに戻す必要がございます。


真面目なのかふざけているのかわからない提案です。
これを読んで、「この7項目をよんでもおかしいとは思わないし、共感できる所ばかりです」と言う人がいることが信じられません。
安楽死についてですが、本人や家族の同意なしに命を奪うことを認めていたらどうなるか、想像できないのでしょうか。

もちろん、否定している感想もあります。

インターネット上で植松死刑囚の思想に共感をよせる人々が増えていることに危惧を感じる。まるでナチズムのカリカチュアだ。(20代)
(略)人が人の命の必要性を裁いてしまうことは、それこそ植松死刑囚と同じようなものの考え方だと思います。もっと一人ひとりが死刑制度の是非について考えていくにはどうしたら良いか、考え続けたいです。(20代)


佐高信『日本は誰のものか』に「自分はどこかおかしいのではないかと考えている人間はまだ大丈夫。危ないのは、自分はおかしくないと思っている人間だ」とあります。
そのとおりだと思います。

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進化論と恐竜

2021年01月31日 | 問題のある考え

月刊「幸福の科学」(2019年12月号)が郵便受けに入ってました。
「500種以上の宇宙人が地球に飛来!!」
「先進各国は宇宙人から技術協力を受けている!!」
などといった衝撃の事実がさらりと書かれています。

大川隆法さんは東日本大震災後、いち早く原発の必要性を主張。
福島第一原発の廃炉の方法を宇宙人に教えてもらえばいいのに。

宇宙人について大川隆法『信仰の法』にこんな説明があります。
イエスがエホバ、ムハンマドがアッラーと呼び、ユダヤ教徒がエローヒムと呼んだ存在は同じ人であり、そうした存在がエル・カンターレという名で地上に生まれて来た。
エル・カンターレの分身が釈尊、ヘルメス、オフェリアス、トスたち。

エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たる。
一回目の下生は、三億年以上前のことで、その時はアルファという名で呼ばれていた。
この時は、他の惑星から第一弾の集団が飛来し、新しい地球人をつくろうとしているころだった。
最初に来ていたのはマゼラン星雲のゼータ星(ベータ星ともいわれる)の人たちで、地球で創られた魂たちと混在して住んでいた。

二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前で、この時の名前はエローヒムで、一般的にはこれを簡略化してエルという名で呼ばれている。
アルファが生まれたのはアフリカに近い地域だと思われるが、エローヒムとして生まれたのは、中近東にかなり近いあたりだと思われる。

私が「人類創造」を志したのは、今からもう、三億年も四億年も前のことになります。
現在の科学では認められていませんが、みなさんの先祖は、三億年以上の昔、あの恐竜が地球を徘徊していたときに、この地上に生まれたのです。
ある者は霊体として存在していましたが、最初に、そのうちの数百人を実体化させて、この世に肉体を持つ存在として送り込みました。

ちなみに、恐竜は中生代(約2億5217万年前から約6600万年前)に生息していました。

3億年以上も前から人類が存在したと説く大川隆法さんは進化論を否定します。

多くの人たちは、「アメーバが人類の先祖であり、そこから進化して人間になった」と考えています。
そういう人たちに対して、私は、「では、それを証明してごらんなさい」と言いたいのです。しかし、それを証明できた人などいません。
アメーバから人間になっていく途中のものが、もし生きて存在しているのなら、連れてきて順番に並べてみてください。「これがアメーバで、ここからがナメクジで、ここからがカタツムリで・・・」というように、人間まで進化する過程を見せていただきたいのです。その過程には、「途中のもの」、「変化中のもの」があったはずです。それは、今でも存在していなければいけないでしょう。ところが、今、存在している生き物は、〝すべて完成されたもの〟ばかりです。すでに完成した「種」しか存在していないのです。

わかりにくい文章ですが、すべての生物はある時に創造されたのであり、絶滅した生物はいないということでしょうか。
もしもそうなら、3億年以上前に恐竜が存在したと話していることと矛盾しているように思います。

あるいは、「人間の進化の過程について、アメーバまで遡るのは行きすぎだ」と言う人がいるかもしれません。では、「あなたがたの先祖はネズミである」と言われたらどうでしょうか。それを「はい、そうです」と、もし百パーセント近い人が信じるならば、そういう世の中は狂っていると思ったほうがよいでしょう。

ダーウィンが『種の起源』を発表すると、猿が人間になるのかという批判がありましたが、それと同じ批判です。
ひょっとしたら冗談なのかもしれませんが。

それともう一つ、ええっと思ったこと。

また、イスラム教国よ。
あなたがたは一神教を名乗っているが、神の声が聞こえるのか。
聞きたいのなら、私の言葉を聞きなさい。


あとがきにも。

これが現代の「聖書」にして「コーラン」である。
キリスト教、イスラム教の後に続く、地球規模の世界宗教の教えの核心である。
いずれ、あなた方は、「神の名」を呼ばなくてはならなくなるであろう。
その神の名を教えるのが本書の使命である。

イスラム教徒が気を悪くするのではと心配になります。

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新型コロナウイルスと宗教

2021年01月20日 | 問題のある考え

昨年のことですが、淺井昭衞『日蓮大聖人の仏法』という本のチラシが我が家の郵便受けに入ってました。
こんなことが書かれています。

今日の世界的な異常気象をはじめ、国内外の悲惨な事件や事故など、混沌とした状況を見る時、その惨憺たる有り様は、まさに目を覆うばかりであります。心ある者ならば、これを嘆かざる者は一人としておりません。(中略)こうした惨状を根本から救済するためには、まず、その混迷の原因が奈辺にあるかを知り、その根本原因をさぐり、そこから真の解決を計っていくことが必要であります。
既に大聖人は『立正安国論』において、世の中の不幸と混乱と苦悩の原因は、すべて邪義邪宗の謗法の害毒にあると仰せられています。

新型コロナウイルスの大流行も「邪義邪宗の謗法の害毒」なのでしょうか。

大川隆法『信仰の法』は、昨年、幸福の科学の信者から送られてきた本です。
手紙が添えられていました。

この度、幸福の科学 大川隆法先生のお話を知って頂きたく、経典を送らせていただくこと、お許しください。
仏様、神様への信仰心が、ウイルスなどの病原体に対して免疫力を高め、病から護られる事をお聞きになられていると思います。
今こそ、信仰の力、宗教の力が大切な時だと感じるものの一人であります。
また、世界で起こっている宗教を背景とした戦争についても、私たちがどのように取り組んでいったらよいか。どのように和平に導いていこうとしてるか、御一読いただけたらと、願っております。(略)

『信仰の法』は2018年1月1日発行ですから、新型コロナウイルスの感染が広がる前です。

付箋がついていて、そこにはこんなことが書かれていました。

信ずる者の場合、病が治っていきます。
あなたがたが、どのような人生観を持ち、
どのような自己イメージを持つかによって、
あなたがた自身の肉体の設計は変わります。

あなたがたの血液のなかにある赤血球や白血球、リンパ球、
こうしたものもまた、
強い霊的な生命力を帯びて、日々、活動しています。
そういうものが、「あなたがたが、どのような思いを発信するか」
ということによって変わっていくのです。

体のなかにあるウイルスその他、
悪しき物質と戦って、それを駆逐し始めます。
体のなかにできているガン細胞や、その他の不適切な組織は、
この「思い」によって、どんどんつくりかえられ、
廃棄処分にされていきます。淘汰されていくのです。


大川隆法さんはこんなことも説いています。

かつて、私は、
「もし、われを信ずる者、百人あらば、
その町に、壊滅的天変地異は起きまい」
という話をしたことがありますが、
その言葉どおりのことが、東日本大震災の際に、
東北のある地域で起きたことも『不滅の法』に書いてあります。
その地域には、
幸福の科学の信者が百三十人いたため、
そこだけ津波が避けて通ったのです。(略)
こうした奇跡はあくまでも方便ではありますが、
あなたがたに、「神秘の力とは何であるか」ということを教えるために、
起こしていることなのです。

「思い」は新型コロナウイルスの感染を防いでいるのでしょうか。

ものみの塔聖書冊子協会のパンフ「目ざめよ!」2018No.1も郵便受けに入っていました。
幸せ、愛、許しなどについて書いてあり、最後の「希望を持つ」で、神様の約束には次のようなものが含まれているとあります。
「悪が終わり、平和が永遠に続く」
「戦争がなくなる」
「病気、苦しみ、死がなくなる」
「豊かな食料がある」
そして「世界政府であるキリストの王国が義の支配を行なう」です。

イエスは、平和と一致のうちに永遠に生きる方法を教えました。また、将来の事柄を予告しました。その中には、この世の終わりが近づいていることを示すサインの含まれています。(略)
イエスが語ったこの世の「終結のしるし」には、世界的な戦争、食糧危機、流行病や大地震が含まれています。

エホバの証人にとって、戦争や飢餓、大災害は「神様の王国の支配がもたらす静けさが近づいていることの証拠」だそうです。
新型コロナウイルスの世界的な流行によって多くの人が死亡し、経済が停滞して困窮する人が増えるなどの事態は、エホバの証人にとって「明るい未来が実現」する「良い知らせ」であり、「希望」なのかもしれません。

他の教団はどうなのだろうかとネットで調べたら、セブンズデー・アドベンチストのHPにこんな論説がありました。

コロナウイルスは終末のしるしでしょうか。そうであるとも、そうでないとも言えます。終末のしるしと聞いて人々が連想することと、聖書の教えの間には、違いがあるからです(略)。疫病が終末の世界を極限まで苦しめるのです。したがって今のところ、コロナウイルスが終末のしるしであるとは言えません。(『アドベンチスト・レビュー』2020年3月26日号に掲載された)

http://u0u0.net/PR5v
「今のところは」ということは、状況次第では終末のしるしになるかもしれません。
私にとってはトランプ大統領のほうが終末のしるしのように感じます。

新型コロナウイルスの流行をどう受け止めるかによって、その教団の考えや立場がわかるように思いました。

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