T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1554話 [ 「下町ロケット・ゴースト」を読み終えて 18/18 ] 9/17・月曜(晴・曇)

2018-09-16 15:23:09 | 読書

下町ロケット・ゴースト

「あらすじ」

「最終章 青春の軌道」

6.(財前は、次にロケットビジネスの支援として農業の分野に向かう)

 快晴の種子島に、3月の風が吹いている。秒速3メートルの南風だ。

 最終作業が行われている射場では、準天頂衛星「ヤタガラス」を搭載した全長56メートルの大型ロケットが発射のときを待っている。

 佃の隣では、いつになく硬い面持ちの財前が、モニタ越しのロケットをじっと見つめている。

 藤間社長がぶち上げたスターダスト計画をプロジェクトリーダーとして支え、コントロールしてきた財前だが、遂にこの「ヤタガラス」七号機の打ち上げで現場を去ることが正式に決まっていた。

「メインエンジンスタート―――」

「リフトオフ! モノトーン」

 抑制された財前の声が聞こえた。

 財前の祈るような目がモニタに映し出されたロケットを追い続けていた。まるで、その雄姿を記憶のスクリーンに刻みつけるかのように。

 機体はみるみる小さくなっていき、すぐに視界から消えて見えなくなる。後には、煙が描く軌道が残るのみだ」

 ………。

「佃さん」

 財前が右手を差し出した。「お世話になりました」

「こちらこそ」

 握手を交わす。財前は、司令塔内にいる一人一人と言葉を交わし、肩を叩いて労(ねぎら)いの言葉をかけて回り始めた。

 ………。

 財前最後のスピーチも終わろうとしている。

「………。私は今回の打ち上げをもって任務を終了し、この現場を去ることになります。今度の行き先は、宇宙航空企画推進グループです。………。

これからの私は、このロケット打ち上げビジネスの価値を知ってもらうために、皆さまの側面支援に回ります。我々の生活にとって、ロケットがいかに重要で必要なものなのか。これはある種の布教活動であり、夢の続きを見るための地ならしのようなものです。今までの10数年、私は皆さんに支えてもらいました。これからの私は、逆にみなさんを支えるために全力を尽くしたい。そのために、私が第一弾としてぶち上げるのは農業です。私は―――危機にあるこの国の農業を救いたい」

「農業………」

 そんな呟きがあちこちで聞こえる。「なんで農業なんだ」。どの顔にもそんな疑問が浮かんでいるように見える。

 しかし、佃は腹の底から湧きあがってくるような武者震いを感じないでいられなかった。

 

7.(退職後、農業に邁進する殿村)

 辞表

 私こと、殿村直弘は、一身上の都合により、株式会社佃製作所を退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。

 大恩ある佃製作所を去るのは断腸の思いですが、退職後は実家の農業を担い、佃製作所で学んだことを無駄にすることなく邁進いたす所存です。

 長い間、本当にお世話になりました。

 

 それを置いて殿村が社長室を出て行った後、佃は机に置かれた辞表を幾度も、幾度も読み返した。

 ………。

 いつも佃の傍らにいて、支えてくれた男―――。

 その男がこの日、佃製作所を去る決断を下したのである。

「苦しかっただろうな、トノ。力になってやれなくて、申し訳ない」

 誰もいない社長室でひとり佃は涙し、頬を震わせた。

 

8.(島津はギアゴーストを退社し、佃の前からもお詫びして姿を消す)

「お時間をいただけないでしょうか」

 ギアゴーストの島津から、そんな電話が佃のもとにかかってきたのは、4月半ばのことであった。

 出迎えた佃に島津は控えめな笑みを浮かべ、「訴訟の折には、有難うございました」、そう深々と一礼した。

「いえいえ、お役に立ててよかったですよ」

 そう応じた佃に、いつか伊丹が礼に来たときの記憶が甦った。勝訴の後のことだ。そういえば、あのときは島津はおらず、伊丹ひとりで来た。そして裁判のこと以外具体的な話は何もせず、通り一遍の挨拶だけで引き上げて行ったのである。

 そういえば、そろそろヤマタニが次期トラクターの仕様を決め、ギアゴースト製トランスミッションの搭載を決める頃だ。佃の期待は、それを機にギアゴーストとの関係を深め、新なビジネスを切り拓くことにある、そのことを話しに来たのだろうか。

 しかし、島津の厳しい表情などから見てどうやら、あまりいい話ではなさそうだな―――そう思った佃に、

「今日は、佃さんにご報告とお詫びがあって参りました」

 そう島津は切り出した。「昨日、ギアゴーストは、ダイダロスと資本提携を結びました。お互いに資本を持ち合い、今後両社は企画、製造、そして営業活動において協力していく旨の契約を締結いたしました」

「なんですって?」あまりのことに佃は動揺し、返す言葉を失った。

 ようやく佃は口を開いた。「伊丹さんからは何も聞いていませんし、ウチは、御社の窮地に社員一丸となって協力を惜しみませんでした。一緒にやっていけると思ったからです」

「皆さんのお気持ちは重々、承知しています」

 島津は悔しそうに唇を噛んだ。「本当に申し訳ありません」

 掛けていたソファから立ち上がるや、深々とと腰を折る。

「どうしてそんなことになったのか、教えていただきませんか」

 島津は頬を固くしたまま、しばし沈黙する。そして、

「伊丹は過去のしがらみから抜け出すことはできませんでした」

 意を決したように経緯を口にし始めた。

 帝国重工時代から今に至るまでの、長い話だ。それと同時に、伊丹と島津というふたりの、前途洋々たる若者たちの青春、その挑戦と挫折の物語でもあった。

「伊丹がダイダロスの重田と組んで何をしようとしているのか、私にはわかりません。ですが、これだけは言えます。私たちが作ったギアゴーストという会社には夢がありました。いままでになく斬新で、快適で、そして乗って楽しいトランスミッションを作ることです。私には車に乗って、家族で出かけたときの楽しい思い出があります。クルマ好きの父がハンドルを握り、私が助手席に乗って母と弟たちが後ろの座席に乗っているんです。その記憶は私にとってかけがえのない財産です。私たちの作るトランスミッションは、人々の夢を乗せて走るためのものであり、そのものづくり本質は、世の中への貢献以外の何物でもありません。ましてや復讐のためでも、過去のしがらみによるものでもない。ギアゴーストは、そんなもののために設立したわけではないんです」

 苦悩に満ちた表情で、島津は訴えた。「ですが、私たちの気持はいつの間にか離れ離れになっていました。伊丹には伊丹の道があるのでしよう。でも、その未知を私は一緒に歩むことはできません」

 そういうと島津はまっすぐに顔を向けた。「本日、私はギアゴーストを退社いたしました。短い間でしたが、大変お世話になりました」

 天才と呼ばれたひとりのエンジニアは、そうして佃の前からその姿を消して行った。

 佃は暮れかかった坂道を遠ざかるその姿を眺めている。

 

      「おわり」

 

 「下町ロケット・ゴースト」は、エンジンメーカーの佃製作所がトランスミッションメーカーも目指して戦った2年間にわたる企業小説だと思うが、今秋発売予定の「下町ロケット・ヤタガラス(佃製作所VS.ダイダロス&ギアゴーストの戦い、完全決着!!)」の「上巻」にもあたるものだと思っている。

 そんなことから、「下町ロケット・ヤタガラス」をよく理解するために、「下町ロケット・ゴースト」の「あらまし」を数日後に纏めてブログにアップしたいと予定である。

 

 

 

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1553話 [ 「下町ロケット・ゴースト」を読み終えて 17/? ] 9/16・日曜(曇・晴)

2018-09-16 12:34:33 | 読書

下町ロケット・ゴースト

「あらすじ」

「最終章 青春の軌道」

4.(勝訴後のギアゴーストと佃製作所)

「特許無効」の勝訴判決が言い渡されたのは、10月最初の金曜日の午後のことだった。

 第一口頭弁論期日での強烈な先制パンチから原告側の主張は論理的にも道義的にも崩壊し、何ら反論の余地もないまま僅かな半年ほどで下された判決であった。判決に先立ち、一昨日には、ギアゴーストから開発情報を流出させた末長孝明、それを指示した中川京一のふたりが不正競争防止法違反の疑いで逮捕されている。

 その夕方、佃製作所の会議室ではささやかな祝勝会が開かれた。

 その席ではいろいろなことが話題になっていた。

 唐木田「もしウチがこの訴訟を引き受ける代わりに株を譲ってもらっていれば、ギアゴーストがタダ同然で手に入ったのに」

 佃「そんなふうに買収しても、騙したみたいで気分が悪いだけだ」

 殿村「社長、儲かるかどうかという以前に、人として正しいかどうかという基準で経営判断されたんです。それは素晴らしいことだと思います」

 唐木田「ギアゴーストの伊丹社長から連絡があって、改めて明日、お礼にいらっしゃるそうです」

 江原「ただ、ちょっとひっかかることを戸倉社長から聞きました」

    (戸倉製作所→佃製作所が親密に取引している会社)

 佃「なにかあるのか」

 江原「伊丹さんが以前、帝国重工でかなり下請けイジメをしていて、伊丹さんから無理なコストダウンを命じられた挙げ句、取引を打ち切られた倒産した会社があるとか。それが社内で問題になり、辞めざるを得ないような状況になったという話でした」

 津野「そんなのを助けちまったのか、オレたちは」

 殿村「どんな理由で帝国重工を辞めたにせよ、いまはウチにとって重要な取引先です。それでいいじゃないですか」

 佃「大切なのは過去じゃない。これからどんな取引ができるかじゃないか」

 共栄していくギアゴーストと佃製作所。一緒に戦った二社にとって、今回のことは名実ともにパートナーとして共存共栄していく貴重な一歩になる―――はずであった。

 

5.(ギアゴーストの行く末?)

 ギアゴーストの祝勝会が開かれ、二次会になった。

 仕事の片付けが残っていた島津は、二次会の終わり近く、会社に戻ってきた。

 しばらくすると、そこへふらりと伊丹が現われた。

「シマちゃんと話したいことがあってさ」、と近くの椅子を引っ張ってきて坐った。

「訴訟になる前、中川弁護士のところへオレと末長さんで最後の交渉に行ったことがあったのを覚えているよな。交渉は決裂したが、事務所を出たあと、オレひとりになった時に、ウチを買収したい会社があるって、中川さんとこの青山さんが追っかけてきて言われた」

 初めて聞く話に島津は声が出ず、黙ったまま、伊丹に先に促す。

「ダイダロスという会社だった。シマちゃんも知っているると思うけど、社長があのーーー重田登志行だった。重田工業のあの重田だ」

 島津も驚きの顔を見せた。重田工業の倒産に伊丹が関わった話は、帝国重工では有名な事件であった。

重田さんから聞いたんだけど、あのときオレを機械事業部から外したのは照井課長でなく、あの的場俊一だったんだよ。あいつがオレを裏切り、オレを切ったんだ。オレはあいつにいいように利用され、捨て駒にされたんだよ」

 静かな怒りに貫かれ、伊丹は虚空を睨み付けている。

「もういいんじゃん。昔の話でしょ。なんで今そんな話するの」

「これからいよいよ始まるからだよ」

 伊丹の表情に、一転、煮えたぎるほどの怨念が宿っているのを見て島津は息を呑んだ。

「きっちり片を付けてやる」 呟くように、伊丹は言った。

「ねえ、ちょっと待ってよ。片を付けるって、どうするつもり?」

「重田さんと一緒にやる。ダイダロスの資本を受け入れ、業務も提携するんだ」

「ちょっと何言ってんの」

 島津はあわてて言った。「佃製作所を裏切るつもり? あんなに私たちのために親身になってくれたんだよ。その思いを踏みにじって、競合する会社と手を組むって言うの?」

 その剣幕にまったく動ずることなく、伊丹は平然としている。

「佃製作所よりダイダロスのほうが将来性は上だ。ウチはダイダロスと組むべきだ。そして的場に復讐する」

「あんた本気?」

 島津は気色ばみ、語気を荒げた。「佃製作所の技術は優れてる。ダイダロスのことは私も知っているけど、ただの組み立て屋。どっちとつきあうべきかは、考えるまでもない」

「ダイダロスは急速に力をつけてる。すぐに技術も佃製作所に追いつくだろう。そのエンジンとウチのトランスミッション。この組み合わせがあれば、無視できない存在になれるはずだ」

「それで何? 目立つ存在になって的場を見返そうとでも考えてるわけ?」

 伊丹に島津は呼びかけた。「目を覚まして、伊丹くん」

「オレは冷静だ、いつだって。たしかに佃製作所には世話になった。だけど、それはそれ。これはこれだ。今後、どっちと組んだ方が社業に寄与するか、少し考えればシマちゃんにだってわかるさ。もう決めたことだ」

「何ひとりで決めてんの」

 島津は声を荒げた。「私、共同経営者でしょ。その意見を無視するの?」

 ふっと伊丹の肩が揺れた。笑ったのだ。そして、

「いやならいいよ。シマちゃんはもう—――必要ない」

 島津は凍り付き、すっと言葉を呑んだまま、ただ伊丹を見つめることしかできなくなった。

   「最終章の6」に続く

 

 

 

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