澤田ふじ子の公事宿事件書留帳シリーズ最新の第20集で短編6話の時代小説(単行本)。
「蜩の夜」 (度が過ぎた賂、夜伽のための奉公人。)
京の屈指の呉服問屋・伊勢屋太郎左衛門はいつも一攫千金を狙う商人で、別邸に五人の若い女の奉公人もおいていて、料理人を一日借り切り、大藩の京留守居役など特別な客を招いて大きな商談を纏めていた。
村の樵の娘の鈴は、五年奉公で伊勢屋に来た。鈴は玲瓏とした美しさがあり京に出て一層人目を引く美人になって、頭もよく優しいので誰からも可愛がられた。
太郎左衛門は、貧農の鈴の父親にも金を出して魚荷宿を兼ねた茶屋を始めさせた。
鈴は四年目に別邸で務めることになったが、風呂焚きなど人前に出ない裏の仕事を言い付けられた。
庭周りの老下男の孫七は、お鈴さんだけは優しく労わってくれると褒めていた。
ある日、太郎左衛門は広島藩の御用を一手に引き受けたいので、特別の賂を用意し、京の留守居役を招待した。
鈴は、別邸内を宰領する老女から、白装束の着物を用意しているので着替えて、風呂場で留守居役の体を洗って差し上げなさいと言い付けられた。鈴の父親の面倒も見るし、鈴を別邸に入れて裏仕事だけをさせていたのはこのためだった。
留守居役から背中だけでなく無理に前もと要求された。鈴は側にあった剃刀で留守居役の顔を斬りつけて、孫七の案内で外へ逃げた。湯殿の外で待っていた目付役は、後を追っかけ、鈴を守る孫七を切り殺した。
そこに、菊太郎と源十郎と銕蔵が宗琳の隠居屋の帰りに来合わせた。
三人が中に入り、孫七の遺族と鈴に伊勢屋から各々三百両の弔慰金を出させ、留守居役からは、鈴への報復をしない誓約書を書かせた。
後日、留守居役は任を解かれて国元に戻ったが、その後は行方不明となった。
鈴は村に戻り所帯を持って、それ以後、孫七を供養し続けたとのことであった。
「世間の鎖」 (世間は不条理で厳しいもの)
14歳の定七と11歳のお里は、両親が乾し魚を盗んだことで、岩に縛られ海が荒れて溺死したので、若狭から二人で京に出てきた。
兄の渡り中間で生活していたが、仲間の喧嘩か、賭場の悶着かで殺され、お里は定七の友達だった同じ長屋の藤助と夫婦約束をしていて、出機(でばた)の仕事をして細々と暮らしていた。
しかし、兄が死んでから、留守の間に家探しをされた痕跡が数度あり、お里は怖がっていた。
今朝、井戸へ割れた西瓜が投げ込まれていたこともお里にとって不審な一つだった。長屋の人間が総出で半日近くかかって井戸浚いをした。それを見ていた菊太郎は、三月ほど前に殺された定七と何か関わりがあると感じた。
菊太郎は、奉行所の同心にお里の周りに小判の匂いがすると自分の考えを説明して、同心にお里からも話を聞いて定七の死の前後を改めて探索させた。
定七は、最初から泥棒を稼業とする石仏の五兵衛の手下になり、五兵衛に信頼され五兵衛が死んだときに500両近くの金を預かって藤助の家に隠してもらった。この大金の宛先は大雲寺寺主になっていた。
五兵衛は大雲寺で孤児として育ち、死亡する前は定七を入れて五人の手下がいた。
菊太郎は定七を殺した下手人を捕まえるためにお里の家に泊まり込んでいた三日目に、お里が出機で行き帰りに付けられていることを感じ、菊太郎に告げた。菊太郎たちは、夜中を待った。
案の定、下手人は手下四人で、床下を探し始めたところを捕えた。西瓜事件も井戸の中に金を隠してないかとの彼らの仕事だった。
源十郎は女房に、貧しかったり生まれに事情を持ったりしていると、世間はその身に目に見えぬ鎖を絡め容易に解いてくれぬものだ(人一倍まじめに働くことを要するものだ)。五兵衛も定七も不憫にもそんな鎖につながれたままの一生だったと言う。
「鴉浄土」 (浄土の鴉となった亡き妻と話す商いを熟知した元商人の隠居)
店は自分だけのものでなく、そこで働くものが食べていくための場だと言う商人に対する理念で、古手問屋・菱屋九郎右衛門は妻と一緒に働きに働き、京でも屈指の店にした。彼は酒も全く嗜まず、趣味といえば骨董収集であった。
その妻が死んで半年が過ぎ、九郎右衛門は隠居し、離れの隠居所で妻の介抱をしていた20歳の女中・お桂と住んでいた。
九郎右衛門は寂しさから、よく外出して殆ど妻の墓に行くのだが、そこで、妻が生まれ変わったと思えるようになった鴉に話しかけていた。また、生きる張り合いを失くしていき、自分の死期を間近に感じ、形見分けのために妻の遺品整理から始めた。
ある日、整理を済ませた小物箪笥の中の様子が変わっていたことを見つけた。
妻の遺品の整理をお桂も手伝いたいと言ったが、お桂の顔や言葉に妻を偲ぶ気持ちが見られなかったので、私は妻を偲びながら整理したいのだと断ると、お桂は怯んだ顔で退いた。そのことに九郎右衛門はなぜか不審なものを感じた。
隠居所に出入れする誰かが盗んだに違いないが、どうすればよいか、縁あって昔知合った宗琳との関係から鯉屋に行き相談した。
菊太郎は、お桂が縫物の稽古に出かける後をつけてみることにした。
お桂は、途中で、幼馴染で夫婦約束をしている桶屋職人の留吉と待合茶屋であって、いっときして出てきて別れた。菊太郎は留吉の後を追った。留吉は同じ近江の瀬田から出てきた若者仲間が待つ料理屋に入ろうとしたので、お桂との関係を聞いたら、お桂をそそのかし盗み出させて、主人から貰ってきた遺品だと嘘をついて、金を換えて皆に奢ってやっていたのだと話す。
九郎右衛門は仏のような人で店から縄付きを出したくないと思っているだろうし、惚れた男から頼まれた女は弱いものだとお桂を憎むこともないだろうから、二人で謝れば寛大に考えてくれるだろうと、菊太郎は言う。
一か月後、留吉が働く桶富の向かいに、九郎右衛門は生き甲斐を見つけたのかお桂を女中において宗琳の焼いた茶碗屋を開いた。(お桂のために、留吉を真面目にするためだろう)
菊太郎は、時々桶富の店に来て、向かいの店を見ながら留吉にしっかり働けよと呟いていた。
九郎右衛門が鴉に話しかけていたのを誰かが見ていて、鴉は何処に住んでいるのかと問うと、冥土と違いますかととぼけていたとのことだった。
(次に続く)