澤田ふじ子の京都を背景にした人情時代小説。短編6話の公事宿事件書留帳シリーズ第16弾。
人間は多かれ少なかれ自分勝手な行動や思考をするものだが、人生のそのいろんな面がテーマになっているようだ。
以下、そのあたりを中心に各編を纏めてみることにした。
「千本雨傘」-人を陥れても得たい恋ー
久し振りに銕蔵と菊太郎は酒を酌み交わし、その帰途、銕蔵が襲われ脇腹を刺された。菊太郎が取り押さえた下手人は先刻まで居合わせた料理屋の仲居・おきただった。菊太郎は、銕蔵とおきたを駕籠に載せて鯉屋まで連れ帰った。
銕蔵は傷みの中から、女を罪人扱いせず、鯉屋の客として接して事情を聴いてくれと言う。
おきたが夫婦約束をしていた小間物問屋の手代の右兵衛が、店の娘のお徳に悪戯を働いたとして隠岐島への十年の遠島になり、その申し渡しを銕蔵が行ったことを知ったので刺したのだと言う。しかし、右兵衛はそんな不埒なことはしてなく、お徳に同業の人との縁談が持ち込まれたが、好きな男がいたので、その縁談を断るための大芝居を打ったものだと思っていると言う。
銕蔵は同僚の代理で申し渡しを行ったもので、十分な調べをしておらず、冤罪の恐れがあると内偵した。
右兵衛が島送りになると、お徳は、にわかに元気になり、傘屋の平吉と一緒になった。また、右兵衛の両親に今まで数回その都度十両近い金を届けていたことが分かった。
菊太郎は、傘屋に出向き、お徳に、右兵衛と所帯を持つ予定にしていたおきたに土下座して必死に詫びることだと言うと、夫の平吉が私はどうすればよいかと尋ねるので、千本の雨傘をこしらえ雨の日に貧しい人々に只で渡すのだと諭した。
「千代の松酒」ー勝手気儘な老人ー
侘びた隠居家に枝振りの良い赤松が道に張り出していた。菊太郎はここを通るたびに松葉を摘み取って松葉酒を造っていた。
ある日、その赤松を年寄の素人風の植木屋が剪定していた。その後、松葉を剪定しすぎたのか、徐々に松が枯れていった。
菊太郎は酒と焼酎につけた二種類の松葉酒を入れた徳利を持って、枯れていく赤松の前を通ると、その家の隠居と遇った。
隠居は、素人の植木屋は孫との二人暮らしで弁済金も払ってもらえず、町役に話しても堪忍してくれと言われるだけなので公事屋にでも相談しようと思っていると言う。
菊太郎が提げていた松葉酒を隠居と飲んでいると、素人の植木屋が孫を連れて謝りに来た。隠居が、毎日のお前の詫びなんか聞きたくないと言うと、孫が、もっと切れもっと切れと下から指図していたのは御隠居なので責任は御隠居にもあると言う。
菊太郎は、隠居が公事の相談に来た時に両者が和解できる案を考えていた。
数日して、隠居が松葉酒が効いてここまで歩いてこれたと礼を言い、公事の件は止めたと言って去った。
「雪の橋」-一番悪い奴ー
正月明けの雪が舞う日、三条大橋の袂の腰掛者店の主と手伝い人は、橋の袂で寒風にさらされて一人で立ちすくんでいた女の子・おきぬを店に入れて、湯で霜焼の手を温めてやりぜんざいを振る舞った。
おきぬの話によると、近江から年季奉公を終えた筈の姉を尋ねて父と京都に出てきて、四日前に父が姉を尋ねて行ったきり帰って来ず、自分も宿から出された。
そこへ、大津から帰りの源十郎と喜六が立ち寄った。おきぬの件を知り、旅籠屋はおきぬが危険な状態になることも考えないのかと怒り、源十郎はこの子の父親を探してやるのも公事屋の仕事だと、鯉屋から絵師を呼んでおきぬの似顔絵を描いてもらい鯉屋で預かっているとの添書きを付けて橋の袂に貼って、一度鯉屋に連れ帰った。
おきぬから父親の名は安三、泊っていた宿の斜め前にお寺があり線香の煙がもうもうと上がっていたと言うことを聞いて、菊太郎たちはおきぬを連れて、その旅籠を探しに出て、蚕棚のようなところで雑魚寝していたとのことから旅籠を突き止めた。
菊太郎は、凍え死ぬとか誘拐されることを考えなかったのかと、おきぬを三条大橋に連れて行った手代の髷を刀で宙に飛ばし頭髪がぱらっと両肩に乱れ落ちた。
旅籠屋から姉が奉公していた法衣商・伊勢屋を知り、調べたら、主人が博打と女好きで、遊郭を遣っていたやくざの親分・政五郎に店を乗っ取られていた。
姉はまだ伊勢屋で上増しの年季奉公をしており、父親は姉の年季を減らすために遊郭で男衆として働いていた。
法衣屋となると町奉行所の介入が出来難いので、菊太郎は町奉行所に内緒で政五郎を斬り伏せる荒仕事に出て、片づけた。
「地獄駕籠」ー自分勝手な女隠居ー
北野天満宮の門前にお菰の老婆がいた。
茶店から菊太郎が見ていると、ある時間が来ると、若いならず者風の男が来て、老婆の前の欠けた茶碗の中から施された金を持っていくのだ。また、茶店の親爺に聞くと、夕方になると老婆は駕籠に乗せられて帰るとのことだった。
菊太郎は、金を集めているならず者を挑発するため、一朱、二朱、三朱と次々に金額を高めた金を時間をおいて老婆の前の茶碗に入れた。
予想通り、ならず者が菊太郎にいちゃもんを付けてきた。菊太郎は適当に怪我をさせてお菰の老婆やならず者が逃げ込む場所を就きとめ、元締めを調べた。
逃げ込んだ屋敷の主は、駕籠屋・夷屋の女隠居で元締めでもあった。
女隠居は、悪びれずに、お救い小屋の真似をしているだけだと言いながら、施しを受けた金は全て取り上げ、屋敷の中の別棟の大部屋にお菰たちを雑魚寝させ、お菰が外へ出られなくなると困るので薬は与えるが、食べ物は常に雑穀の雑炊で風呂も入れずに寝泊りをさせるだけだった。
奉行所の裁許が下りて、女隠居は20日間の物乞いが命ぜられた。
「商売の神さま」-悪賢い親心ー
扇問屋・菊屋の主人・松兵衛は、奉公人から独立して扇の担ぎ売り、そして店を持ち、問屋へと店を大きくした。
世間では、松兵衛を商売の神さまと称えていた。
松兵衛は骨董の趣味があり、柊屋から色々と買っていた。中には後醍醐天皇が使った箸などもあった。お店さんは、女遊びよりましだと大目に見ていた。しかし、店を任されている息子の幸兵衛は、一点ごとの値段が少し高額ではないかとも思い、また、骨董を収納するために別に蔵を建てたりと、少し度を越しているので、意見しても埒が明かないと幸兵衛は鯉屋に相談に来た。
源十郎たちは商売の神さまと言われるほどの人が高買いするはずはないし、盗品と知りながら安く手に入れるわけでもないしと不審に思った。
菊太郎は、父親が骨董を少し買っていたことを思い出し、柊屋とのつながりのある表具店を偶々、父親も懇意にしていたので、その表具店で菊屋の内情を調べてみた。
なんと松兵衛は、昔、店の若い女子衆に手をつけ双子を産ませていた。そして、柊屋の実子として育ててもらい、一人はすでに嫁に出していた。松兵衛はその双子のために、骨董は殆ど柊屋で買い、相場に上乗せした高額で買っていたのだ。
「奇妙な僧形」-人生の命題となる金銭ー
下駄商の源七は花見の途中、禅僧にお布施を差し出したところ、托鉢をしているわけでないのでと断られた。
源七は何度も何故にと問いかけると、禅僧は迷惑な表情で背を向けて急ぎ足で歩き出した。源七は偽坊主、糞坊主と叫んで後を追った。
同心にどうしたのだと止められた禅僧は、最初は静かに対応していたが、いきなり同心を突き飛ばして脱兎の勢いで東へ駈け出した。
そのことを知った菊太郎は、偽坊主なら偽物であることを隠すために、むしろお布施を断るわけはないしと調べたら、確かに禅寺の修行僧だったが、同心を突き飛ばした後、師家の僧から厳しく咎められるだろうと寺から消えて願人坊主になっていた。
菊太郎が、お布施を断った理由を聞くと、拙僧の家は質屋を営み、父親は貧しい者からでも一文の銭さえ容赦なく取り立てる吝嗇な人間で、家業も嫌で僧になったが、お布施は断れないことは知っているので、これからもお布施とは関係なく願主からの願い事を真面目に行えばよい願人坊主を続けると言う。