T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「密封ー奥右筆秘帳」を読み終えて!

2011-07-31 10:35:33 | 読書

 歯科医で時代小説作家の上田秀人の奥右筆秘帳シリーズの第一弾で、昨年、講談社文庫が企画した「ぜんぶ1位フェア」の中の一冊だ。

 「立花併右衛門は江戸城の書類決済にかかわる奥右筆組頭。権勢を誇った田沼意次の孫・意明の死亡届を見て、12年前の田沼意知刃傷事件に疑念をはさむ。その帰路、何者かの襲撃を受け、隣家の次男柊衛悟を警護につけるも、二人はすでに幕政の闇の渦中にあった。」(裏表紙より)

 解説者の文章によると、奥右筆は徳川家の公式文書一切を取り仕切り、将軍の公式日程、役人の任罷免記録、大名家の婚姻から断絶転封等、全ての文書を作成管理していたと書かれていた。

 奥右筆には、認可権はあったのか、老中や若年寄に替わっての立法行政の文書作成があったのか、この本では不明だったが、そのあたりに興味があった。

 そのような意味から、剣豪の闘い部分は略し、武家社会の抗争に力点を置いて、その要点を記述しておくことにした。

 この著者の本は始めてだったが、この著者は、事柄を途中まで著述して、後は読者の理解に任せるところがあり、自分には読みづらい思いがした。

第一章 過去の亡霊

 併右衛門の手元に田沼家相続願いの書付が出された。下調べの上、相続に異論は出まいと応諾付箋を付けて老中へと御殿坊主に渡した。

 元筆頭家老の意次の孫で大阪城代副役として赴任した意明が赴任直後に病死したための相続だ。可否の意見を付けるための必要な下調べも奥右筆の任務の一つである。併右衛門は天明4年に殿中で意明の父の意知が刺殺された事件の書付も調べた。加害者は旗本・佐野善左衛門で、切腹閉門となっているが、併右衛門は書付の薄さに驚いた。

 併右衛門は下城時、老中・太田備中守の留守居役田村一郎兵衛に会い、田村から、お祝いの使者として田沼家までと言ったことに、かっての若年寄の同役のよしみからといっても、どうして咎めを受けた家柄を気にするのかと、腑に落ちなかった。

 翌日、併右衛門は帰宅途中、黒覆面の男に、天明4年の一件には触れるなと脅かされた。脅しに乗るべきでないと判断し、隣家の次男で道場師範代と並ぶ力量を持つ衛悟に城からの帰路だけ警護を依頼することにした。

 同じころ、田村一郎兵衛と併右衛門を脅した黒覆面の侍が対峙していた。田村は刺殺だけはならぬと厳しく命じていた。

 衛悟が警護を依頼され10日ほどたった帰路、四人の覆面に襲われたが、二人が切られ直心影流の言葉を残し、後の二人は逃げた。

 衛悟は併右衛門に目付に届けるべきだと言うと、表沙汰にすると敵も死にもの狂いになるし、わが立花家にも傷がつき、組頭も首になると言う。

 衛悟は併右衛門宅で夕食の供応を受けながら、併右衛門から、戦国時代は佐野家が田沼家の主筋だったことを意次に知らしめるために、佐野は旗印と佐野神社の由来書を届け、そのうえで付け届けを重ねたが、反対に佐野家に横領されていたのだと世間に言いふらしていたのだという話を聞いた。

第二章 栄光の残滓

 田沼家相続は無事になって、意壱は17歳で藩主の座に就いた。彼も栄光を夢見ているようだ。

 併右衛門が仕舞う間際になって、寺社奉行内定の土井大炊頭から火急との書付が差し出された。孝恭院(10代将軍家治の世継で、吉宗の再来かといわれながら若死にした家基の院号)墓所の17回忌に伴う傷み修繕願いだった。

 併右衛門も寺院と大奥の関係はなるべく急ぐように心がけており、明日に回さずに花押を入れた。

 少し遅くなったが、併右衛門らが何事もなく門前まで帰ってきたとき、小柄な侍が立ち上がった。冥府防人と申すものだ、立花殿かと尋ねた。

 年明け三日の夜、閻魔大王が貴様に拝謁を許される。大王様の意に従えば栄華を極めるだろうが、逆らえば命がなくなると脅して立ち去る。

 それから半刻後、冥府は、御前のご慧眼恐懼いたしまする、しかし、配下に入れることは不要ではないのかと報告した。

 御前と言われた男は、お前は、儂の庇護なくば主殺しの罪人で殺されている身だぞと言い、奥右筆組頭を一人配下に置くのもよかろうと、側室に促されて奥に入った。

第三章 白刃の閂

 正月三日の夜、衛悟と共に冥府の案内で商家の寮に入り、頭巾を被って顔が見えない御前といわれる男の前に進み出た。御前からの余に忠誠を尽くせという要請に、併右衛門は旗本なので上様のみに忠義致しますと断ると、御前は冷静な声で去らせよと言う。

 年賀行事が終わった11代将軍家斉に、松平越中守が拝謁を申し出た。

 将軍家斉の父である一橋民部卿治済(吉宗の孫で一橋家二代目)が、かの一件に疑念を抱いたとおぼしき奥右筆組頭に誘いをかけたらしいと述べた。

 家斉は、父上が、これで幕政の全てを知ることになり、今まで以上にうるさく口出しされたらたまらないと、首を振った。

 「それが、どうやら断ったようです。」奥右筆組頭に庇護を与えますかと定信が問うと、家斉は余は表に出るわけにいかぬが、当座は傍観し、必要ならばその時は助けてやれと言う。

 家斉が信頼していた定信の老中を退任させざるを得なくさせたのも、父の一橋治済だった。治済が熱望していた大御所の尊号宣下を老中の定信が拒否したのだ。
 定信の罷免を要求され、家斉は庇いきれずに、ようやく将軍相談役という立場の溜り場詰めにした。

 併右衛門の娘・瑞紀ともども併右衛門は、衛悟の命に関わってきたことから江戸を離れてくれと言う。しかし、衛悟は世話になった隣家のこと、しかも今は雇われの身の家臣である、いま去れば、武士として生涯生ける屍となり後悔を背負うことになると断る。

第四章 禍福の縄

 家斉は中奥の庭に出て、先代から引き継いだ8代将軍吉宗が創設した御庭番(将軍家に絶対服従の諜報機関)の一人の源内に家基の死を調べよと命じた。

 冥府の再来におびえ、衛悟も立花家に泊まり込むようになり、昼間は道場で修練に身を入れた。そして、弟弟子から米倉藩士で直心影流の道場に通っていた二人の葬儀があったことを知らされた。

 衛悟の知らせで併右衛門は米倉家と田沼家の関係を調べた。同時期に両方の藩主が若年寄であったし、殿中で佐野善左衛門が抜刀したときに、佐野を取り押さえることなく逃げたので、10日ほどの拝謁停止を申し付けられたことがあった。

 御前は体を重ねていた忍びの女中に、あの奥右筆は幕閣の誰かに助けを求めたかと問うて、未だと答えると、禍根は早く摘んだほうが良い、もう一度米倉につつかせてみるかと言う。

第五章 権の妄執

 直心影流の侍が衛悟との道場での真剣勝負をしたいと申し出て衛悟に打ち負け死んだ。

 米倉藩では腕の立つ三人の藩士を失ったが、併右衛門に疑問を持たれたままで済ますわけにいかず、藩名を隠すために地回りを使って立花家を脅すことにした。

 同じ夜、田沼家江戸家老は、御前に目通りを求めて商家の寮に来た。しかし、御前に会うことができず、女中から、先に御前から命ぜられた、当主に出世欲を持たすが、満たされない気分にさすことが出来ていないと、追い返され、翌日、品川の遊郭で死んでいた。そのために、田沼意壱は覇気を失くし、猟官の熱意も失った。

 併右衛門は今後の身の安全を執政の誰に頼るか考えるため、田沼意知の刃傷の場にいた米倉丹後守、太田備中守、井伊兵部少輔の若年寄と大目付の松平忠卿の当時の記録を読みだした。

 太田と井伊が田沼の前を塞ぎ、田沼を切りつけた佐野を松平が後ろから取り押さえた。米倉だけが短期間の拝謁中止になったのは、厠に逃げ込んだとのことが解った。

 丹後守の子の米倉長門守は幕政に名を売るために、家基の年忌法要に出席したが、家斉から何の言葉もなかった、無駄であったと御前が知らせる。そして、奥右筆組頭を始末したら御側用人に取り立ててもらうように願い出てやると言う。

 御前は、太田備中守のところにも奥右筆組頭の始末の誘いをかけた。

第六章 墨の威力

 家斉の命による御庭番の調べで、家基の死のおおもとは、綱吉の養女として公家から来た竹姫の人倫にもとる行為(?)であることが分かった。家斉は大変な事柄なので定信に知らせただけで口止めした。そして、併右衛門がこの事実を知れば死を与えるために御庭番を付けることにした。

 併右衛門は典医記録簿などで後日、おぼろげに家斉の病態だけは知ることができた。

 立花家を殺気が取り囲んだ。衛悟は瑞紀と併右衛門を柊家に逃がした。

 米倉藩が差し向けた地回りは衛悟に殺され、次に老中太田からの黒覆面そして冥府が来て、冥府が黒覆面を刺して衛悟に向かったが、御庭番が来たので冥府は逃げた。

 御庭番から同行を命ぜられて、併右衛門と衛悟、瑞紀は定信の前に出る。

 定信は、併右衛門に儂を頼って今以上に幕政の秘密に携わるか、それとも江戸を出るかと尋ねた。併右衛門は御庭番がいることから、上様への忠義は定信に従うことだと確信した。

 8代将軍吉宗は紀州から信頼できる家臣を連れて江戸で将軍家に絶対服従の御庭番を務めさせた。そして、家康と同じく直系の子孫に将軍を譲りたいと考えた(三卿)。ために、早い時期から、御庭番の田沼意次を幕政の中心になるように布石した。

 吉宗の孫の10代将軍家治は御庭番を使って自分の嫡子・家基の死を調べさせた。御庭番でもあった意次は、家基が竹姫によって(?)性欲が盛んな男にされて、世継として将軍家の威信が保てないと判断し、甲賀者の冥府に命じて家基を殺させた(御庭番の身で、将軍の命なしに勝手に殺すことができたのか?)。

 家治は子を失くした辛さを意次に味らせるために、米倉、太田、佐野を遣って意知を刺殺した。父・意知の死に家治が関わっていることを知った意明は、その実情を探ろうして一橋治済の家臣に殺された。

 併右衛門は定信に一橋治済を除けようとしないのかと問うと、上様に親不孝はさせられない、この一件を上様も知った以上は一橋治済ももう手を出さないだろうと言う。

 定信が衛悟を我が家臣としてもよいと言うと、併右衛門は立花家の婿にするかは別にして、自分は役目がら表だって動けないことが多いので、裏で使いたいと言う。

 

コメント

さようなら アナログ!

2011-07-24 13:37:14 | 日記・エッセイ・コラム

Telebi202

                                                                                                                      

 アナログテレビとのお別れ。静かだ。何か淋しい。

 夫婦二人だけの生活なのに、我が家には今までテレビが居間、書斎、台所と3台あった。

 今日を期に2台として、台所のテレビは取り換えずに廃棄することにしていた。

 今日の昼御飯は、テレビも放映されず、夫婦の会話が急に増えるわけでもなく、静かなひと時といった感じに変化した。

 朝食は新聞を読んだり、新聞のニュースを夫婦の会話の種にしたりと今までと変わりがないだろう。しかし、今夜の夕食からは昼食と同じく静かな夕食になるのかな。

 できるだけ妻との会話を増やすことにしたいと思うが、急に自分を変えることができるだろうか。

コメント

「春秋の檻-獄医立花登の手控え(一)」を読み終えて!

2011-07-21 16:05:05 | 読書

藤澤周平の全四冊シリーズの初めのものだ。

「江戸小伝馬町の牢獄に勤める青年医師・立花登。居候先の叔父の家で口うるさい叔母と傲慢な娘ちえにこき使われている登は、島送りの船を待つ囚人からの頼みに耳を貸したことから思わぬ危機に陥った。

起倒流柔術の妙技と鮮やかな推理で、獄舎に持ち込まれる様々な事件を説く。」(裏表紙より)

 いろんな人間・囚人を描いているが、性格等はあっさりと描かれていて、推理ものか人情ものか、何か物足りなさを感じた。私の読みこなす力が不足するためかもしれないが。

 そのため以下にあらすじだけを簡記することにした。

雨上がり

 起倒流の鴨井道場の三羽烏といわれる登と新谷弥助の二人が道場を後にした。

 登は、今夜は叔父に替わって務めている小伝馬町の牢医の泊りの日だ。

 同僚と牢をひと回りして夜食をとった後、病人が出たとの連絡に、同心の平塚と牢に出向いた。

 掟を破って、牢の中まで入って腹を撫でると、俺は勝蔵というが、伊四郎という奴から十両受け取り、おみつという女に渡してくれと言う。

 同心たちには仮病を隠し、伊四郎のもとに出かけた。

 十両を受け取り、伊四郎たち四人に囲まれが、登の敵ではなかった。

 おみつの家に行くと、なんと、伊四郎の家にいた女だった。しかし、勝蔵に頼まれた十両は渡さなければなるまいと証文を書かした。

 おみつは内緒にしてくれ、ほんとに勝蔵と所帯を持つつもりだったのだと言う。登は流人船を見送るおみつを見たようでもあった。

 三宅島に行く流人船を見送る登は、おみつの証文を大事に懐の奥深くしまった勝蔵の姿が思い出された。

善人長屋

 牢廻りの途中で吉兵衛という囚人から自分は無実だ、嵌められたのだとしつこく言われた。嘘だったら善人長屋に行って聞いてくれと言う。

 同心の平塚から止められたが、気になって調査を始めた。

 鱒蔵という追剥に会い匕首で鱒蔵を殺したことが吉兵衛の罪なんだ。しかし、吉兵衛は匕首を持ってなかったといい、匕首は吉兵衛のものだと証言したのが同じ長屋住んでいる源六と仲間の与五郎で、しかも源六達は、一人で暮らしている目が見えない吉兵衛の娘のおみよの面倒をみているのだ。

 登はどうしても不信を払拭できず、岡っ引に調べてもらったら、善人長屋も全くの嘘で大方の者が脛に傷を持ったものであった。

 しかも、吉兵衛も源六達の仲間で、おみよの本当の親の弥太の四人で12年前に強盗に入った。その後、4年前に源六と与五郎の二人は路上で鱒蔵の親の金を盗んで死なせた。その鱒蔵に見つかったので、仲間割れした吉兵衛を罠にかけて鱒蔵を殺させたのだ。

 12年前の強盗で得た金を預かった弥太は別件で島送りなった。その後、弥太は島で病死したが、源六達は何も知らず、おみよを手許に置いて弥太の金を狙っていたのだ。

返り花

 小沼庄五郎という微禄の御家人が二月前に入牢しているが、昨夜、妻女からの届け物の毒入り餅菓子を食べて腹痛を起こした。同僚の牢医が秘薬を与え、大事に至らず腹痛で済ませた。

 同僚と登は、このことを役所に届ければ、小沼家の取り潰しも考えられるので、役所には内緒にして、岡っ引の手を借りて調べることにした。

 届け物は小沼の上司からのもので、妻女は昔の知り合いの寺侍に相談した。寺侍は、代償として小沼の妻女の体をものにし、届け物を持ってきた小沼の上司の松波に裏があると目をつけて強請りだした。しかし、寺侍は、反対に松波に殺された。

 小沼を毒殺しようとした松波は司直の手に渡された。そして、小沼には何も知らされずに釈放された。

落葉降る

 歩けないほど酔っぱらったちえを連れて帰る途中、平助に出会った。ところが翌日、平助は牢の中にいた。平助は手癖が悪く、若い時は牢の中と娑婆を半々に暮らすほどだった。

 登が平助に罪状を聞くと、昨夜、先生と別れた後、前を行く若者が財布を落としたので、拾って猫ばばしたのだが、何か嵌められたように思うと言う。

 そして、家に残っている娘・おしんによろしく伝えてくれと言った。

 おしんは飾り職人の清吉と夫婦約束をしていた。しかし、その清吉が親方の娘の婿の話が進んでいて、清吉は、まず、平助を嵌めて囚人にさせ、次は清吉の仲間におしんを襲わせ体を奪った上で、昔の女に清吉と別れるように話をした。

 登は同心から、おしんが清吉を刺して入牢したこと、しかし、清吉は命を失くしていないので罪は軽いだろうとも聞いた。

 娑婆に出る平助から、今度は、娘をよろしくと言われた。

牢破り

 登は叔母からちえの行状について説教をしてくれと言われ、昔付き合っていた芳次郎に聞いたら、今付き合っている男は新助というものだと分かった。

 登は小伝馬町に向かう途中で、若者二人から、牢に入っている金蔵というものに鋸を渡してくれ、約束ができないとちえの命が危ないと脅される。

 その日からちえは帰ってこないし、牢番の中に金蔵と繋がっている者を見つけるためにもと、同心の平塚らに許しを得て、見張りも厳重にして、鋸を渡した。

 岡っ引の探索の結果、数年前に、金蔵らは数人で押し込みに入ったが見つからずにいたところ、最近、金蔵だけが別件で捕まった。

 そのため、押し込みの件の白状をされないように、新助を仲間に入れておしんを質にとり牢破りを企てたのだ。

 全員を逮捕するため、道場の仲間の新谷の力も借りて、金蔵の牢破りの前にすべてを解決した。

(「女牢」「風の道」は記述するほどでもなかったので省略した。)

 

 

 

コメント

「刺客-用心棒日月抄」を読み終えて!

2011-07-18 15:09:01 | 読書

 藤澤周平の用心棒シリーズ第三弾。お家乗っ取りを策謀する黒幕のもとから、五人の刺客が江戸に放たれた。家中屋敷の奥まで忍び込んで、藩士の非違を探る陰の集団「嗅足組」を抹殺するためにである。

 身を挺して危難を救ってくれた女頭領佐知の命が危ないと知った青江又八郎は三度、脱藩、用心棒稼業を続けながら敵と対決するが……。

 好漢又八郎の壮絶な闘いと、佐知との交情を描く代表作。(裏表紙より)

 用心棒稼業を横糸に、嗅足組を守る闘いを縦糸に纏められているが、両者が質量ともに同じ程度であり、二冊の本を読んだ感があったが、それが反面マイナスになり、あまり勧められる小説ではなかった。

 とりあえず、又八郎と佐知による刺客との闘いの粗筋だけを記述することにした。

陰の頭領

 藩主毒殺の陰謀があったことを証拠立てる書類を握って、元家老の大富丹後の一族静馬が江戸に逃れたのは昨年の春。

 又八郎は間宮中老の密命を受け江戸に向かい、静馬を屠って半年ぶりに帰ってきた。

 又八郎は間宮中老から前藩主の異母兄、今の藩主の伯父にあたる寿庵保方が大富派の策謀の黒幕だったことを知らされた。

 ある日、又八郎は元筆頭家老の谷口権七郎から呼び出された。

 藩に嗅足組というものがあることを知っておるなと言われ、又八郎はうなずいた。

 江戸と郷国を行き来する間に、一度は傷を負わされ、二度目は静馬の探索に手を借り、嗅足の女達を指示している佐知から命を救われたことがあった。

 嗅足は元来は陰葦といって藩主の陰の旗本だった。戦がなくなって、党派に偏らず藩主を守る陰の監察の組として藩の中に残された。

 寿庵が、その嗅足組を抹殺して自分の意のままになる新しい陰の組を作ろうとしている。そのため、江戸にいる嗅足の女に五人の討手を放った。そこで権七郎は又八郎に刺客の殺傷を命じた。

 権七郎が、命の恩人の佐知の父親であることを知った又八郎は、嗅足組の陰の頭領である権七郎の命に従うことにした。身籠の妻と祖母を残し、早々に出立した。

再会

 又八郎は、江戸に着き、以前から用心棒の世話をしてくれていた口入屋の相模屋吉蔵を訪ねた。

 吉蔵に、早速に江戸屋敷の佐知への連絡を依頼して、いつものように町医の平田の家で落ち合った。

 佐知の父親からの命令を伝えた。佐知は、青江様がお出でになるとは夢にも思いませんでした、このようにまたお目にかかることができて嬉しいと、俯いて顔を赤らめた。

 又八郎が住んでいる裏店に、はるという嗅足の女が行方不明になったとの連絡があった。

番場町別宅

 美代という配下が、はるの居場所を突き止めた。廃人同然のはるを助け出し、途中で敵につけられたが、刺客の一人の土橋甚助を殺傷し、はるを町医の平田宅へ連れて行った。

 又八郎が裏店に帰ると、泥棒に入られていて根こそぎ持って行かれていた。

 刺客たちの探索によるものかも解らないが、当面の金子もないので、相模屋から用心棒の口を世話してもらった。

 その用心棒の仕事の知らせのために相模屋に立ち寄ろうとする道で、鳥追い姿で待っていた佐知に会い、討手の居場所が分かったので、今夜、平田の家で会いたいとの連絡を受けた。

襲撃

 雑木林の一軒家の手前で、佐知が口笛を吹くと7人の嗅足が集まった。一軒家には江戸家老の側近と討手の筒井、中田、成瀬と探索の男一人の五人がいた。

 乱闘になり、又八郎は中田と立ち会い息の根を止めた。闘いの中、筒井と成瀬は遁れた。当方も一人が死に三人が手傷を負って平田の家に連れ込んだ。

梅雨の音

 子供が佐知の連絡を持ってきた。手傷を負って子供の家で寝ているとのことだ。

 筒井たちの罠かと用心もしたが、特に感じられなかったので、子供について行くと、探索中に相手にやられ、見ず知らずの結城屋に助けられたとのことだ。

 何回目かの見舞いで、又八郎は佐知と褥を共にした。数日して、治療代を持って結城屋の前まで行くと、佐知に手傷を負わせたとおもられる杉野が家の前をうろついていた。

 又八郎は人がいないところまで誘い出して闘い、傷を負いながらも杉野を討ち果たした。

隠れ蓑

(省略)

薄暮の決闘

 最後の討手となった筒井から果たし合いの申し込みがあった。

 青江様お見事。終わったね佐知殿。二人は自然に抱き合い、できれば江戸の妻になりたいという。

 又八郎は、又明日の夜ゆっくり会おうかというと、佐知はどこへでも参りますと言う。

(妻子ある又八郎との、このあたりの文章は想像してほしい。)

黒幕の死

(寿庵による藩主毒殺計画の失敗、寿庵の死も省略)

                                            

記述し終わって、用心棒を主体に纏めたほうが面白かったかもとも思った。 

 

コメント

気象庁からの「高温注意情報」!

2011-07-14 13:40:53 | 日記・エッセイ・コラム

Sola202

                                                                                                                   

 今日から熱中症の注意喚起を目的に、気象庁から前日の午後から当日の午前中までに、前日は地方単位で、当日は府県単位で何時ごろ気温が35度を超えるだろうとの情報を発表するようになった。

 歴史始まって初めての気象情報。「高温注意情報」。

 猛暑日と言うぐらいだから、ぜひ注意してくれと強調するために、どうだろ、「超高気温情報」あるいは「超高温注意情報」では。

熱中症は部屋の中にいてもかかるので注意してくださいと、今もテレビで放送している。

コメント