T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1572話 [ 「下町ロケット・ヤタガラス」の粗筋 6/? ] 10/30・火曜(曇・晴)

2018-10-28 15:38:36 | 読書

 下町ロケット・ヤタガラス

「あらすじ」

「第六章 無人農業ロボットをめぐる政治的思惑」

-1-(殿村家の圃場での無人ロボットのテスト走行)

 1台のトラクターが秋晴れの圃場を走っていた。

 風が吹いている。晩秋の清冽な冷気を確実に含んだ風だ。

 いま殿村家の圃場でテストしている無人農業ロボットは5台。農道脇の空き地に小さな管理棟を建て、そこに帝国重工と佃製作所のスタッフが常駐する体制ができあがっていた

「アルファー1」の実験走行を見守る島津の隣には、殿村と父・正弘の姿があった。

 正弘が、「無人トラクターに何故運転席があるのか」と尋ねる。島津が理由は二つある。ひとつは動かなくなった時に有人トラクターとしている動かすために、もうひとつはまだ法律上は無人走行は認められていないと答える。

 今度は、目の前を横切るトラクターを見て、島津が、「何か気づきませんか」と尋ねる。

 正弘が、「作業機の形が違う」と返事する。

「そう、あの作業機にはセンサーがついていて、土壌の質を調べてるんです」、と島津は告げて、「センサーで分析した内容がモバイル(携帯可能な小型のコンピュータ)に送られてきます。そして、どんな種類の米が合うとか、どこの土壌にどんな肥料を入れたらいいとか、土壌を細かく管理することができるのです。将来的には、無人農業ロボットが自動で肥料の量や濃度を変えて撒いたりできるようになるでしょう。このようにトラクターと作業機は切っても切れないもので、作業機にICTの付加価値をつけることで、無人農業ロボットの作業効率をさらに上げることができます」と説明する。

 殿村も正弘もただ唖然として聞き入るしかない。

 正弘は、「なんでも出来ちまうじゃないか」というと、島津は、「そんなことはないですよ。無人で動くロボットも刻々と情報を入れてくるICT技術も、使う人があってこそ初めて有意義なものになります。米作りのために本当に必要な手順や知識は、殿村さんの頭の中にあるんです。優れた米作りのノウハウを殿村さんがお持ちですから、それをあなたひとりのものにしていては、米作りの未来はありません」と告げる。

「オレの経験や知識をさらけ出せってことか、なるほど、農家ってのは口つてに頼ってきたところが多いからな、それをきっちり教科書にしろってか。やりがいはあるな」という。

 そのとき、島津は田んぼの中の一点に視点を向けていた。

 さっきまで動いていた「アルファ1」の1台が停止している。島津は管理棟の中へ慌てて駆け入った。

 

「結局、原因は何だったんだ」

 翌朝の技術開発部の打ち合わせで問うた佃に、

 島津は、「それがまだ解からないんです」と冴えない表情で答えた。

 野木教授に連絡して確認すると、突然エンストして止まるということは少なくとも過去2年間のテスト走行ではなかったことだと知り、島津は考え込んだままだ。

「原因はともかく何か問題があるらしいと分かったこと自体は悪くない。そのための走行テストだから」と佃は励ます。

 その2週間ほど後の夜、帰りが遅くなった佃が3階のフロアを覗くと、島津がひとりパソコンと向き合っていた。

「メシでも食いに行くか」と誘うと、「このまえのトラブルで思いついたことがあって」と余程集中しているのか、虚ろな生返事がある。

 パソコンにはトランスミッションの設計図の一部が映し出されていて、「おそらくこれがエンストの原因だったと思うんです」と設計図の一か所を指し示す。

 無段変速を可能にしたトランスミッションの部品のひとつ―――シャフトの回りに配置された複数のギアだ。

それで、新しい仕組みで、配置とギアの形状を工夫してみたんですけど―――ほかに可能性は思いつかないので、これで、テスト走行で問題が解決できたら、この新しい技術、特許申請したいんです」

 佃は、「特許申請については、神谷先生と相談して進めてくれないか」という

 島津はよしこレデイ嫌とパソコンの電源を落として机の上を片付けた。

「お待たせしました。どこへ行きます」、と佃に顔を見せる。

 

-2-(モニターからの改善要求などを話し合う「ダーウィン・プロジェクト」の連絡会議)

「不具合?」 伊丹は眉を顰めた。

 堀田が挙げてきた報告は、宮城県えびの市のモニター農家からのものであった

 ギアゴーストのみ―チングルームで行われている打ち合わせだ。

ダーウィン・プロジェクト」は、月に一度、主要メンバーの会社で連絡会議を開き、様々な施策を練ると同時に、モニターからの改善要求などを話し合うことになっている。

「無人運転中に、理由もなく動かなくなったということです。プログラムをリセットしたら元に戻ったと」

「何か心当たりは」と氷室に聞くと、「通信障害でしょ」、と間髪を入れず返事が返ってきた。

「根拠のないことをいわないでくれるか」

 会議用テーブルを囲んでいるキーシンの戸川が噛みついた。通信関係は自動走行制御システムを提供しているキーシンの担当だ。

「他に同じような報告はあったか」、と問うた伊丹に、「動かくなった報告は何件かありましたが、すべて使い方の問題でマシンが原因するものはありません。こちらで説明した後は正常に動いています」

「トランスミッションに問題がある可能性は」

 重田に問われ、氷室が苛立ちをあらわにした。

「ないですよ。それよりエンジンを疑ったらどうなんです。ベトナム工場でしたっけ?」

 重田が目に怒りを浮かべたのを見て、伊丹が割って入った。

「明確なトラブルとして報告されたのはこの1件だけだ。もう少し様子を見よう」

 重田も、「一応ウチも設計その他を見直してみるが、みなさんも夫々同様に確認してくれよ。念のためだ」と纏め、隣に座っている北堀に発言を促した。

「朗報がある」、と用意した資料をメンバーたちに配布して、

「内々の情報だが、『ダーウィン・プロジェクト』が首相の肝いりのICT農業推進プログラムに内定したらしい。これで政府のお墨付きってわけで、認定されれば助成金も降りる。正式は明日あたり重田のところに来るだろう」、とあと詳細に言及した。

「これで帝国重工に差をつけることができるぞ」、と重田が声を弾ませる。

「実は帝国重工の無人農業ロボットもこれに選ばれた。しかし、これで帝国重工と比較される機会が出てくるってことさ。『ダーウィン』がいかに優れているかアピールするチャンスだと思た方がいい」、北堀が前向きの発言をする。

 

 数日後、同業会社から聞いた「島津が佃製作所へ入社した」ことを堀田から伊丹に告げると、伊丹は、「佃製作所に………?」、ぼそりと呟いて、視線は力なく泳いでいた。

 社長室を出た堀田は、かすかな不安を感じた。「ダーウィン」の躍進は華々しいが、すべてにおいて成功しているわけでない、寧ろ気がつかないところで、ほころびや矛盾が顔を出しているのでないかと思った。

 

-3-(「アルファ1」もICT農業推進プログラムの一環として認定される。沖田からハッパ)

 財前から、「昨日、連絡があって、無人農業ロボット事業をICT農業推進プログラムの一環として認定されることになりました」、と佃に知らせが入った。

 祝福した佃だが、それは「ダーウィン」もと尋ねる。

 そうだと答えて、財前は続けた。「ついては、開発状況の視察ができないかと早速問い合わせがありました」

「それでしたら、圃場での無人走行実験をご覧いただけたらいかがですか」

 一応提案してみますと言っていた財前から再び連絡があったのは3日後であった。

なんでも、札幌に近い北見沢市が行政を挙げてICT農業を支援しているらしく、その取り組み自体がICT農業推進プログラムに認定されたらしいんですが、そこで、無人農業ロボットの実演を「ダーウィン」と共に実演してくれないかとの話だ」

 思わぬ経緯から、「ダーウィン」との再対決が決まったのであった。

 

「浜畑首相の肝いりのプログラムに選ばれたそうじゃないか。どう決着をつけるつもりだ、的場君」

 六本木にある、会長の沖田お気に入りの高級イタリアンである。

「『ダーウィン』には必ず勝ちますのでご安心ください」

 答えた的場に、「そんなことを聞いてるんじゃないよ、君」苛立ち紛れに叱責が飛んだ。「いまだに製造部をはずしたままとはどういうことなんだと言っているのだ」

 申し訳ありませんと、的場は詫びの言葉を口にして、

「一時的に外部に発注しておりますが、しばらくお待ちください。現在、製造部内で、小型エンジンとトランスミッションの開発を急いでおります」

「それともう一つ、君はいつまで『ダーウィン・プロジェクト』をのさばらしておくつもりかね。週刊誌ネタになったのは君だけでなく、世間で悪者扱いにされているのは帝国重工も同じなんだぞ。あの重田や君に所払いになった伊丹とやらに我が帝国重工が舐められるなど、言語道断だ。『ダーウィン』など叩き潰せ。いいな」

 沖田にいわれなくなくても、的場は当然その積りでだった。だが、余計なことをいえば火に油を注ぐことになる。

 

-4-(えびの市のそれより悪い不具合のモニターのメールが新潟の農家から届く)

 ギアゴーストの堀田は、誰もいないオフィスでひとりモニタに映し出された設計図を睨み付けていた。

 午後10時過ぎに、「メール来ていただろう。モニターから」と言って、小室が帰ってきた。

「ダーウィン」のモニターから日々寄せられる情報の取り纏めを担当しているのは、ギアゴーストだ。

 堀田が責任者として管理するメールホルダーに送られてくるメールはダイダロスヤキシーンといった関係者と共有され、重要なものは連絡会議での議題となって対策が練られる。

 そのメールの送付者は新潟の米農家で、この日、運行中「ダーウィン」が突然停止し、エンジンもストップ。再起動をかけたがそのまま動かなくなったというものである。

 いま自席のパソコンを立ち上げた氷室は、気難しい顔でモニタを睨み付けている。

「やっぱりこれ、エンジン化トランスミッションの構造的な欠陥なんじゃないですか。もう一度設計を精査したほうがいいと思います。げんいんがわからないんですよ、氷室さん。もしウチのトランスミッションに欠陥があったらどうするんです」

「もし欠陥があったとしても、それは私の責任じゃないだろ」

「たしかに、これは島津さんが設計したものです。でも欠陥を指摘されたら、困るのはウチなんですよ」

「欠陥があればだろ」

 プライドの高い氷室の強気は、内に秘めたられた危機感の裏返しではないか―――。堀田はふとそんなことを思った。

「そのとき小室さんだけじゃない、私にとっても責任問題ですよ。前任の島津さんが設計したものを氷室は認め、引き継いだんですから、設計は完璧でも何があるかもしれない。もう一度精査すべきです。氷室さんだって、何かおかしいと思ったから戻ってきたんじゃないんですか」

「ただ気になったから戻ってきただけだ。このまえ、不具合が報告されていたからな」

 宮崎のえびの市の農家で起きた一件だ。

「今回の不具合はこの前のよりもさらに悪いですよ。エンジンの再起動ができなかったって言うんですから。通信システムや自動走行制御ばかりが原因だとは断定しにくい」

 すぐに返事がなく氷室はパソコンに向かっている。

「明日、問題のトラクターの修理に向かおうと思います。一緒に行きませんか、氷室さん」

「遠慮するよ、私は、とトランスミッションに問題があると証明されてから十分だ。それはそうと、堀田―――」

 氷室が鋭い一瞥をくれた。「この件、くれぐれも口外しないよう、その農家に言い含めておけ。分かったな」

 

-5-(ICT農業推進グラムの視察は大がかりのトラクターのデモ走行に)

「ICT農業推進プログラムの視察の件、事前に知らされていたものよりも大がかりなものになりそうです」

 電話で告げた財前の口調からはは緊張感が伝わってきた。

 大がかりというと、どんなと佃が訊ねる。

「首相だけでなく、佐野知己や望月章吾といった農林族で鳴らした大物も同道するようです。当然マスコミも注目するはずです。これは我々にとってチャンスです」

 財前は続ける。「ここで内容のあるデモ走行を行えば、かなりのプロモーションになる。もしかすると、これが製品化前の最大のチャンスかもしれません」

 

「おもしろいじゃないか」

 北見沢市の視察の話に、ダイダロスの重田が願ったり叶ったりの笑みを浮かべたのは、連絡会議の場であった。

「アグリジャパン」の再現だと、視察時のイメージを膨らませて嬉々としている北堀は、大成功を見越してドキュメンタリー用の記録映像まで撮影している念の入れようだ。

「ちょっと外してもらっていいかな」

 この会議の模様を撮影しているカメラマンに向かって言ったのは、ギアゴーストの伊丹だった。

「先日の新潟のモニター農家から報告のあった不具合の件、ウチの社員が現地に行って故障の状況を調べて来た。その報告を聞いてくれ」

 伊丹の発言を継いだのはギアゴーストの堀田である。

「ダイダロスの柳本さん、それにキーシンの竹内部長、そして私の三人で現地に向かい、当該車両を見て来ました。その場でエンジンルームを開けて調べてみたんですが原因が特定できず、トラクターの現物を一旦こちらに戻してもらうことにしました」

 大丈夫なんだろうなと北堀が眉を顰めたが、応える者はいない。

「明日、弊社にトラクターが運び込まれるので、担当各社でそれぞれ精査をお願いします」

 重田と戸川のふたりから聞き取れない返事があってその件は了承される。

 

-6-(自動走行制御プログラムのバクによる「ダーウィン」のトランスミッションに変形が見つかる)

 新潟から届いたトラクターのエンジンルームから、すでにエンジンはダイダロスの担当者へ引き渡され、それより早く通信系システム一式はキーシンの社員が取りに来た。

「氷室さん、分解しますよ」

 堀田の声がけで、気乗りしない顔で氷室が席を立ってくる。

 ゆっくりとパーツをはずし、とり出した形状を一つ一つ確認しながら作業台の上に並べていく。

 柏田から、小さく驚きの声が上がったのは間もなくのことであった。

 いま、ひとつの部品が慎重に取り外された。遊星ギアと呼ばれるパーツの関連部分だ。トランスミッションのギアシフトをつかさどる重要パーツのひとつである。よく見ると、不自然に変形しているのがわかる。

 さらに、柏田によって変則シフト側の異常が指摘されるに至り、もはや不具合の原因がトランスミッションであることは確定的な状況に思われた。

「こんなになればそりゃ動かなくなりますよ」

 柏田は愕然として表情を歪めた。「だけど、何でこんなことに」

「何かと干渉しあってるんじゃないか」堀田がいい、「どう思います?」と氷室に問うた。だが、返事がない。

 ちょうど外出から戻った伊丹が、事情を聞いて顔色を変えた。「氷室君、わからないのか」

「これだけでは、ちょっと」氷室は虚ろな声を出す。

 そのときキーシンの戸川から伊丹に電話があった。

 通話を終えた伊丹の表情は青ざめていた。

「プログラムにバグがあったらしい」と伊丹が告げた。

 自動走行制御プログラムの欠陥だという。「変則を指示するコマンドが暴走する可能性があったそうだ」

「暴走?」柏田が問うた。

クルマで言えば、意味も無くローからセカンドに入るような指示を、1分間に何10回とトランスミッションに出していた可能性があるらしい」と告げた。

 

    「第七章 視察ゲーム」に続く

 

 

 

 

 

 

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1571話 「 秋快晴の日の満月 」 10/26・金曜(晴)

2018-10-26 10:38:43 | 日記・エッセイ・コラム

                                                                        

 昨日は雲が全くない素晴らしい快晴だった。

 夜も雲は全くない、しかも満月。

 ただ写真は全くダメ。

 満月だと知らずにいて、7時少し前にニュースで知る。

 カメラの準備をと思ったが、ドラフトのほうが優先。

 普通の状態でガシャッ !!

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1570話 [ 「下町ロケット・ヤタガラス」の粗筋 5/? ] 10/25・木曜(晴)

2018-10-24 16:37:08 | 読書

下町ロケット・ヤタガラス

「あらすじ」

「第五章 禍福スパイラル」

-1-(鬼怒川流域にも台風が来るだろうとラジオが伝える)

 収穫を間近に控えた稲穂を、湿り気を帯びた風が揺らしていく

 ラジオから台風が関東地方に軸足をのばし始めていると報じていた。

 殿村は自宅倉庫にトラクターを入れた。父親は天井に括りつけられた"上げ舟"のロープを解き始める。

 鬼怒川の流域に広がるこの辺りは、河川の氾濫に苦しめられてきた歴史がある。

 読んで名の如く怒った鬼のように暴れ、猛威を振るった川は、時として百姓たちの血に滲むような努力をあざ笑うかのように田畑を水没させ、家を流し、水田に土砂を流し込んできた。

 ゆえに、この辺りの古い農家は、倉を水の浸かりにくい高台に建てる一方、船大工に作らせた舟を納屋や倉庫の屋根に上げ、万が一に備えているのである。

 父は倉庫を見回し、比較的高価な機械類を引っ張り出すと、倉庫から倉へと運んでいく。

 殿村もトラクターと田植機、コンバインは倉庫内に並べ、変わりに奥に積まれていた土嚢を運んできて入口に並べる。

 

-2-(役員待遇で迎えられた島津は立派なリーダーシップを発揮する)

「すごい雨だな」

 アキが窓辺まで見に行き、「道が川みたいになっている」、というので近くにいた軽部や立花も立って行って見下ろした。「よく降るなあ」と感心したように軽部がいう。

 そんな中、自席のパソコンに向かい、周囲の会話など全く耳に入らないかのように集中している島津であった。舌を巻く集中力だ。

 佃製作所の正社員として役員待遇で迎え入れられた島津は、トランスミッション開発チームを率いる責任者としての立場を与えられていた。

 かつて島津が勤めたギアゴーストは企画設計に特化し、すべての製造をアウトソーイング、つまり外注していた。だが、島津がそれに満足していたわけではない。自ら製造に携わり、細部まで目を通す。それこそ、島津が長年希求してきたものづくりの理想だったのである。いまようやく、島津はそれを手に入れたのだ。

「カルちゃん、ここの設計、変更できないかな」

 その島津がいい、どれどれとばかり軽部が覗き込む、それに立花とアキたちも加わり、島津の意見を聞き、議論しながら設計を見直していく。

 島津が来てからのこのひと月余りで、指摘と改善点はすでに百を超えた。細かなものから、構造の根幹に関わるものまで様々で、佃製作所のトランスミッションの性能と信頼性は一気に底上げされ、しかもまだその途上にある。

 この土砂降りの中、営業から帰った江原が情報を持ち帰った。

「全国の農家に呼びかけて『ダーウィン』のモニターを募集し始めたって。全部で30台。これから製造して来年からモニター期間をスタートさせるらしい」と開発チームら知らせた。

 立花が、「ウチも早くしないと」と焦りを滲ませ、チームのひとりの上原が、「あくまでモニターなんだから、ウチでも出来るんじゃないか」という。

 それまで背中で聞いていた島津がくるりと椅子を回していった。

「まだ早いよ。テストも十分できてないトラクターを農家の人たちに使わせるつもり? このトランスミッションに決定的に欠けているのは、テスト走行の総時間だよ。農家の現場は、北海道農業大学の実験農場とは違う。まずはどこかの田んぼとかで徹底的に使って、改善すべき点をすべて洗い出す。モニターに出すとしたらその後だよ。中途半端なものを出したら終わるよ」

 有無を言わせぬ剣幕で島津はいう。

 シマさんがいう通りだなと軽部がいったとき、佃が技術開発部に現れ、「大雨洪水警報が出ているぞ。今日は残業中止だ。電車が止まる前に帰宅してくれ」という。

 

-3-(鬼怒川の氾濫)

 翌朝のことである。

「鬼怒川が氾濫したんだって」と、母と利菜が心配そうにテレビを見ていた。

 佃は「こりゃ、酷いな」と言って殿村に電話したが、繋がらない。

 会社に行くと、「社長、この映像、トノさんの家の近くみたいなんです。固定電話もモバイルも通じません」と、津野が心配そうにテレビと佃の間で視線を往復させる。

「午前中一杯は降り続くだろうって、さっき言ってました」との江原からの通報に、佃は、「無事でいてくれよ、トノ」と祈りながらテレビから目を離すことができなかった。

 

-4-(殿村の家は無事だったが、圃場は全面水没していた)

 鬼怒川が氾濫危険水位に達したとの情報が入ったのは、前夜、午後9時過ぎのことであった。

 殿村の住む地域にも避難指示が出され、年老いた両親とともに向かったのは、避難場所に指定されている高台の小学校だ。

 ………。

 翌朝、殿村が見たのは、あたり一面の水であった。

 午後になってようやく雨が小降りになり、クルマでいけるところまで行き、そこから20分ぐらいは歩いただろうか。

 自宅の屋根を遠望し、建物は何とか無事だったかと安堵したのも束の間、両側に広がる惨憺たる光景に絶望し、気づいた時には涙を流している自分がいた。

 見渡す限りの圃場が水没し、稲穂が水面下に沈んでいる。

 

-5-(佃たちは社用車で救援物資を運ぶ)

 殿村との連絡がついたのは今朝方のことであった。

 佃は若い営業部員と共に水や食料などの救援物資、段ボール五箱を社用車に積んで現地に向かった。

 

-6-(山崎と島津が殿村のことだと、社長室にある提案を持ってきた)

 経理の迫田たちが募金箱を持って社内を回る。

 佃は躊躇いつつも、「トノ、ウチに戻って来ないか」と電話で聞いてみる。

 しかし、殿村は頑なな返事で佃の誘いを固辞した。

 それから数日が経った日のこと、山崎と島津が、佃のところへ殿村のことで相談したいといってきた。

 

-7-(殿村は農林業組合の吉井から原状回復資金等の融資を断られる)

 その後のある日、殿村が農林業組合の吉井のところへ田んぼの原状回復費と運転資金として500万円の融資をお願いに行った。

 しかし、融資の条件が揃っている殿村に対して、かつての因縁がある吉井は融資の条件として、オリジナルブランド「殿村の米」の販売を中止することを要求する。

 殿村は、「考えさせて下さい」と言って、組合を後にして他の金融機関を当たるつもりで歩いていると、稲本に呼び止められた。

「お前んとこは全滅か」

 深刻な殿村とは違い、稲本はどこか他人事のような口調だ。

「ああ、お前んとこはどうだ」

「ウチは大丈夫だったよ。法人に加わっているメンバーの田んぼも大した被害がなくて済んだ」

 少し間を置いて、稲本は続ける。「いやあ、お前が法人に加入していたら、お前んとこの稲が全滅していたのなら大赤字になるところだった。しかし助かったよ」、と稲本は高笑いともに背を向けて去った。

 着信メロディが鳴ったのはそのときだった。

トノ、話があるんだ。聞いてくれないか」

 聞こえてきたのは佃の声であった。

 

-8-(財前達の要請で、殿村の父親は自宅圃場を実験農場として貸すことを了承する)

 父親の殿村正弘を前に、「すいません、大勢で押しかけまして」、と佃は頭を下げて一通の提案書を差し出した。

 殿村家の奥座敷である。

 床の間を背に殿村と正弘、その向かいには佃をはじめ山崎と島津、帝国重工の財前、さらには北海道農業大学の野木も顔を揃えている。

 財前が口を聞き、弊社では新規事業として無人農業ロボットの開発に取り組んでいて、現在、製品化の前段階まできておりまして、今後、実際の圃場や畑で耐久性、安全性や走行性能、作業機の正確性などを確認したいと考えております。従来、野木先生のところの北海道農業大学の実験農場、それに岡山の契約農場などを使っていて、効率が悪く、もっと近場でそうした場所を確保したいと思っていたことを説明し、「どうか、お宅の圃場をこのテストのために貸していただけないでしょうか」という。

 正弘からの返事はない。

「オヤジ、いいんじゃないか。もう農閑期でもあるし」、と説得しようとする殿村に、「何するつもりか知らんが、田んぼは運動場じゃないんだ。トラクターで踏み荒らされたら、叶わねえ」と正弘が反対意見を述べる。

「たしかに、走行実験では圃場を走ることになりますが、そのあとの米作りに影響が出ないよう細心の注意を払うつもりです」

 頷いた殿村が聞いた。

「社長、どの位の期間を考えればいいんでしょうか。農閑期だけだとうれしいんですが」

「少々言いにくいんだが」佃は膝を詰めた。「今年から来年一杯、貸してもらえないだろうか。全部とはいわない。三分の一でもいい。なんとか検討していただけませんか」

 後半は父の正弘に向けた言葉だったが、正弘にとって、田んぼは命の次に、いや命と同じぐらい大切なものだ。それを実験やテストのために貸せといわれて簡単に首を縦に振るはずもない。

「いま日本の米作りは様々な問題に直面しています」そう切り出した佃が、「就労年齢の高齢化で離農する人が多く、そう遠からぬ将来、米作りは危機的な情器用に直面するでしょう。この無人農業ロボットは、夜でも働き、誤差数センチで耕耘し、均し、田植えをし、収穫まで可能にします。そのロボットに私たちが挑戦するのは金儲けのためだけではありません。日本の農業の力になりたいという大きな目標のためです。私も野木も帝国重工さんも思いは同じです。野木教授の試算によると、このロボットを導入することで農家の効率化は格段に向上し、年収を大きく引き上げることができるそうです。農業に興味があるが、経済的な理由で踏み切れないでいる若者たちにとっても願ってもない朗報です」、と日本の農業に未来をもたらすことになると力説する。

 佃の話に耳を傾けてていた正弘は、「私も同じことを考えていました、佃さん。日本の農業のためにウチの田んぼが役に立つなら、こんなうれしいことはない。私からお願いします。どうか、日本の米作りを、農業を救ってください」と深々と頭を下げたのであった

 

      「第六章 無人農業ロボットをめぐる政治的思惑」に続く

 

 

 

 

 

 

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1569話 [ 「下町ロケット・ヤタガラス」の粗筋 4/? ] 10/23・火曜(曇)

2018-10-21 15:07:49 | 読書

下町ロケット・ヤタガラス

「あらすじ」

「第四章 プライドと空き缶」

-1-(佃チームは野木研究室の実験用としてトランスミッションの開発に勤める)

 佃製作所にとって、この1年(昨年5月、トランスミッション等が帝国重工の内製化に変更されてから)が意味するものは「お祭り」である。

 新たな何かを生み出すときに必要なのは非日常的な力であり、それは祝祭の熱狂に浮かれる民衆のパワーと相似形である。

 その間、佃製作所の軽部や立花、アキたちにとって、トランスミッションは、いわば信仰の対象にも等しい偶像であった。信仰に終わりがないように、技術にも終点はない。

 いま佃は、北海道農業大学の実験農場に立ち、「はじめよう」、トランシーバーを通じて指示を出すと、薫風(初夏の風)に乗ったエンジン音が微かに聞こえてきた

 格納庫から出てきたトラクターの車体はヤマタニ製。佃製作所の小型エンジン「ステラ」と独自開発トランスミッションを載せ替え、さらに野木の自動走行制御システムと連結したトラクターは、プログラム通りに農道を進み畑での耕耘作業を終えると、再び農道を通って格納庫へと戻っていった。およそ1時間の行程である。

 エンジンの音が消えるとともに、佃の背後で拍手が起きた。軽部や立花、アキたち、トランスミッションの開発チームだ。

「これで100回連続、ノンストップですね」とアキがいうと、

「そんなの当たり前なんだよ。1千回だろうと、1万回だろうと、止まっちゃいけないんだ」

 まさに軽部の言うとおりだ。

 さらに、いくつかの問題点がその場で話し合われ、再調整のために全員が格納庫に消えて行く。

「素晴らしいチームだね」と野木が称賛した。

帝国重工もこれぐらい頑張ってくれるといいんだが。彼らは方向性が間違っている

 野木が語った開発の内幕は、佃にとって軽い衝撃をもたらすものであった。

 

-2-(帝国重工の無人農業ロボット開発の間違った方向)

 その日、所用で帝国重工に寄った佃は、用事を済ませると宇宙航空企画推進グループに財前を訪ねた。

 野木が方向性を間違っているといったことを思い出し、「何が起きているんです」と尋ねた。

 財前は渋い表情で、「製造部が種々検討するうちに、大型化してきているんです」

 果たしてそれの何が問題なのかーーー。

佃さんもご存知のように、トラクターの売れ筋は小型から中型のものです。大型トラクターとなると北海道などで展開する一部の大農家にニーズが偏ってしまいます。これでは日本の農業を救おうという所期の目的から外れたものになってしまう

「なんでそんなことになってしまったんです」

問題は二つあります。まず一番大きな問題は、弊社の製造部の意向です。結局、彼らは得意とする技術で勝負しようとしたために企画意図から逸脱し、大型化が既定路線になってしまいました」

 おそらく、それは財前の想定内だったのではないかと佃は推測した。だからこそ当初から佃製作所に外注しようとしていたに違いない。

それともう一つの問題は、『ダーウィン』です。『ダーウィン』が狙っているのは小型から中型のトラクターです。つまり、的場が考えたのは市場での棲み分けなんです」

「競合したくないと」

「社内ではそう説明していますが、実際には対抗していくだけの小型エンジンとトランスミッション開発に時間と費用がかかり過ぎるというのが本音でしょう」

 呆れた佃は、「それでいいんですか、財前さん。的場さんは間違っていますよ。誰もそのことがいえないのですか」という。

「いったところで、耳を貸すような人ではないんです。あの人は」

「だったら、このまま野木を裏切る形で事業を進めるつもりですか。それではあんまりだ。これを見て下さい」

 佃はタブレット端末を出すと、そこに財前に見せるための映像を映し出した。

 これはと、やがて顔をあげた財前に、

ウチで開発した無人農業ロボットの試作品です。自動走行制御システムは御社が使っているものをさらにバージョンアップしたものです。ただご心配なく、このトラクターはあくまで野木研究室の実験用車両という位置づけです。製品化はまだ視野に入っていません

 佃はさらに続ける。

これを見せたのは、ウチに発注してくれといったものではなく、人員も開発費も少ないウチでも出来るのに、帝国重工に出来ないなんてことがありますか。ただ、挑戦していないだけなんじゃないですか。やれば出来るはずです」

 佃は訴えた。「野木を裏切るようなことはして欲しくないんです。何とか軌道修正して、正々堂々『ダーウィン』と戦って下さい」

 

-3-(大農業イベント「アグリジャパン」への初出展)

 帝国重工は岡山市の郊外に、広大な実験場を構えていた。

 岡山を選んだ理由のひとつは、岡山がそもそも農機具発祥の地といわれていて、今でも農機具メーカーの多くが岡山に集まっていることだ。

 いま1台の大型トラクターがその農場の中を走っていた。敷地の端まで行き、そこでターンして戻ってくるという作業を繰り返している。

 帝国重工の無人農業ロボットの試作機「アルファ1」の実験風景だ。

 この日は特別な実験だった。総責任者の的場が見に来ている。実験には岡山県知事と岡山市長を招いており、新聞記者もついてきた。

 いま必要なのは「アルファ1」の存在と実力を広く世の中に知らせることだ。このことは的場も重々承知している。

 知事も「アルファ1」の性能を褒め、製造工場建設には岡山にと、市長と共に頭を下げる。

 ついで、「実は毎年、ここ岡山で開かれる一大農業イベントがありまして。『アグリジャパン』といいます。ご存知ですか。今年も秋に開催されることになっていますので、この『アルファ1』を出展していただけませんか」と告げた。

 的場は、こちらからもぜひお願いしますといい、製造部長の奥沢に振ると、奥沢も願ってもないチャンスだとお願いした。

 知事らを見送った後、的場から財前に声がかかった。

「君は『アグリジャパン』を知っていたか」と。

「ええ、知っていました」と返事すると、「だったら、なんでいわないんだ」と的場は財前を見据える。

「まだ一般公開できるほど、安定した技術にはなっていないと考えています。それに『ダーウィン・プロジェクト』にも声がかかる可能性があります。あいてのてのうちもわかりません」と財前は答える。

 的場は、「そんなもの知る必要はない。何が来ようと、ウチの技術は絶対だ」といって去って行った。

 

-4-(イベントを目前に「ダーウィン」と「アルファ1」夫々に問題が出てくる)

 重田は電話で北堀に、「岡山で開かれる『アグリジャパン』に出てくれないかという話があった」と伝える。北堀は、「絶対に出ろ」と命令する。

 ニュース番組を製作している北堀の元にも独自ルートで様々な情報が入ってくる。ここ何日かで北堀最大のスクープは、次期社長と目されていた的場俊一の就任見送りであった。知らせを受けた重田は、伊丹と拍手喝采、会食していた場で勝利の美酒に酔ったのは記憶に新しい。

 重田も様々なルートから「アルファ1」の概要はすでに把握している。

 製造部門の技術的制約で大きくならざるを得なかったというエンジン、そして、伊丹にいわせれば時代遅れのトランスミッション。

 その夜、伊丹に、重田から「アグリジャパン」に出展するといってきた。

 伊丹は、「技術的には、まだ途上なのだ。止まってしまうこともある。聞いていないか」と答えるが、重田は、「イベントは秋だ。それまでには解決しているだろう」という。

「まあ、いいでしょう。重田さんがそう決めたのなら」と返事する。

 その通話が切れた後、伊丹は他の社員に聞かれないように、「堀田」、と声をかけ、社長室に呼び入れた。

「『ダーウィン』の不具合、解決したのか」

氷室さん(島津の後任の技術責任者)が調べていますが、はっきりしないみたいですよ」

 何が問題なんだという伊丹に、「正直、ウチのトランスミッションが原因かどうかもわかりません。いまさら、島津さんに聞くわけにはいけませんしね」

 伊丹は、はじめて、島津と決裂したことを後悔している自分に気づいたのであった。

 

「奥沢君、例の無人農業ロボットはどうなんだ」

 取締役会の終了が宣言された後、社長の藤間に呼び止められた奥沢は、戸惑いを禁じえなかった。

「宇宙航空部の管轄ですので私はーーー」

「君らが現場の主導権を握っているそうじゃないか」

「的場さんが総責任者ですし、詳しいことは私にはーーー」

なんで当初の計画から逸脱してる

 奥沢の話など聞いていないかのように、藤間は強引に問うた。

「当初の計画、とは」

事業計画は中小のトラクターをメインに据えていたじゃないか。何故、その路線を捨てた。日本の農業の一助となるために無人で動く中型トラクターをメインに開発するというのがそもそもの趣旨だったはずだ

「はい、いやその………コストがその………あいません」

 奥沢は口ごもる。もとよりごまかしの通じる相手ではない。

「コストが合わない? そんなこと最初から予測できたはずだ」

ただ、大型路線は的場さんの指示でもありますので」と逃げを打つ

「どうやら聞く相手を間違えたようだ。ところで、秋に、岡山でイベントがあるそうだな。岡山県知事の蜷川君は大学の同窓で、わざわざ電話で誘われたので………」

「いらっしゃるんでしょうか」

「ああ、行くつもりだ。まあがんばってくれ」

 

-5-(島津と佃にも、夫々から「アグリジャパン」への誘いがある)

 その手紙は、ギアゴーストのロゴが入った封筒で、差出人は伊丹大となっていた。

 中味は、「来週、岡山でのイベントで『ダーウィン』の無人走行を披露するので、来場のほどを」といった案内状で、「アグリジャパン」のフリーパス券と東京・岡山間の新幹線の回数券が同封されていた。

 行くつもりでなかった島津はやはり気になって、ホームページを見ると、「ICT農業最先端」とのタイトルの横に、―――帝国重工vs.ダーウィン・プジェクト―――の大文字が目についた。

 気づいてみると、スケジュールを確認し、チケットの入った封筒をキッチンのコルクボードにピンで留めていた。

 

 午後1時に始まった会議は4時間近くに及んでいた。帝国重工のスターダスト計画のコスト削減策の会議だ。

 会議終了後、佃と山崎は財前に誘われて八重洲の居酒屋に入った。

 そこで、財前から、「アグリジャパン」のイベントの招待チケットをいただいた。佃たちも行くつもりでいた「アルファ1」と「ダーウィン」のデモンストレーションがあるイベントである。

 

-6-(イベントのデモで「ダーウィン」は成功し、「アルファ1」は転落する)

 雲ひとつない秋の晴天、「アグリジャパン」の会場は、人で溢れかえっていた。

 人も多いが、それよりも驚くのは出展ブースの多さだ。大小含めた様々な業者も出展している。佃も来年からウチも出したいと考えていた。

 津野が指差したほうに進むと、一段と目立つ帝国重工の看板が眼に入ってきた。大勢の専用スタッフを配置した大ブースの中央には、無人農業ロボット「アルファ1」試作機がいた。

 少し先にあるブースに「ダーウィン・プロジェクト」があった。すごい人気で先に進めないくらいだ。

「社長。講演、はじまりますよ」、唐木田に促されて、佃たちは野木教授の基調講演がある建物へと足を運んだ。

 ―――「ICTが切り拓く日本のスマート農業」

 野木の講演はまさにこのイベントに相応しい内容であった。とくに、ビークル・ロボティクス研究に関するテーマに移ってからは、聴衆のその熱気がより高まった。

 無人農業ロボットによる農業革命は、産業革命に近い衝撃である。

 まもなくイベントの目玉である無人農業ロボットのデモンストレーションが始まろうとしている。財前が野木や佃たちを迎えに来た。

 本物の水田をそのまま会場に仕立てた作りだ。四角い田んぼの一辺には用水路が流れ、その向こうには1000人近く収容できそうなスタンドが設置されていた。さらに驚いたことはスタンドが客で埋め尽くされていることである。

 スタンドの反対側の来賓席には、帝国重工の藤間社長も来ていた。

 デモンストレーションは、まず「ダーウィン」が、そのあと「アルファ1」という順番だ。

 ゆっくり発進した「ダーウィン」は、道路の幅が2メートルもない農道をゆっくりと進み、30メートルほど行ったところで左折して圃場へと入っていった。

 いったん停車し、後部にリンクしている作業機が下ろされると、耕耘爪が回転しはじめる。そのまま直進し、突き当りにある畔近くで旋回して方向を変えた。

 圃場の真ん中あたりには主催者側によって案山子が立てられていた。

「ダーウィン」は、その案山子の手前まで来たところでぴたりと動きを止める。センサーで感知したのだ。無人農業ロボットの課題の一つは安全性だから、回避する行動をとることが求められている。

 案山子を避けるように回り込んでいった「ダーウィン」は、やがて入ったのとは反対側に作られた出口から農道に上がってて行く。スタンド前の直線で大歓声が上がった。

 時間にしてちょうど30分。時折、エンジンやトランスミッションの動作が不安定になることはあったが、それは専門家である佃たちにしか分からないことで、観客の多くには完璧な走行と映ったであろうことは想像に難くない。

「『アルファ1』スタートして下さい」

 最初の難関は、スタート直後に侵入する農道であった。「ダーウィン」より車幅があるために、農道の幅ギリギリを使わなければならない。数センチの誤差という前評判を試される場面だ。農道の直進が終わり、見事に圃場へ降り立った。同時にトラクターのスピードが上がった。車体が大きい分、見た目の迫力では「ダーウィン」より上だ。

 その注目を一身に受けた「アルファ1」が最初のターンを決めてみせた。

 圃場の端から端まで二度往復した「アルファ1」の進行方向に、いま案山子が立っていた。停止するのか、バックするのか、あるいは迂回していくのか。

 ところが―――案山子を踏みつけ、タイヤに巻き込んだのである。

「何をやってるんだ!」

 鋭い叱責を放った。的場俊一その人である。

 致命的なミスであった。この時点でデモの失敗は誰の目にも明らかだ。

 圃場の端まで到達した「アルファ1」が再び農場に出てきた。

 佃が野木の肩に手をやって慰めようとしたとき、予想外のことが起きた。

 スタンドがどよめいた。

アルファ1」の大きな車体が傾いていた。狭い農道から脱輪したのだ。次の瞬間、車体は用水路へと転落していった。

 無人農業ロボットの分野での勝敗を決定づける走行である。

 

-7-(故障が出る「ダーウィン」に不満の伊丹が島津に会社へ戻ってきてくれと誘う)

「シマちゃん、やっぱり来てくれてたのか」

 島津が声をかけられたのは、無人農業ロボット対決の想定外の結末を見届け、スタンドから会場へ出たときだった。久しぶりに見る伊丹は笑みを浮かべ、勝ち誇った表情を島津に向けてきている。

「どうだ、すごいだろう。オレたちのトラクター。シマちゃんの目にはどう映った」

「まあまあなんじゃないの」

「それはないだろう。ダイダロスと提携したの、正しかっただろう。もう一度オレと一緒にやらないか」

「あの、氷室さん、だっけ ? 優秀だって言ってたじゃない」

「あいつはいまいちさ、やっぱりシマちゃんにいて欲しいんだよ」

 島津は言った。「自分が信じて連れてきた社員をさ、そんなふうに簡単に見切るなんて。変わったね、伊丹君」

「まだウチの仕事に興味があるはずだ、シマちゃんは。だから来てくれたんじゃないのか」

私は自分を本当に必要としているところになら行きたいと思う。だけどね、それはあんたのとこじゃない。あんたが私をこんなふうに誘うのは、困っているからでしょう。本当はあのトランスミッションに満足してないからだよね。それはあんたが自分で解決すべきだと思う」

 伊丹の目が見開かれた。図星だったからだろう。

 じゃあねと、島津は混雑する人ごみの中を歩き出した。

 

-8-(藤間社長の叱責で、「アルファ1」の開発方向が是正され、当初の財前企画に)

「その後の調べで、センサーには圃場の泥が付着していたことが解りました。本来そういうものが付着するはずもなく、これは何らかの不可抗力が働いたとしか思えません」

 製造部長の奥沢の苦しい弁明が続いている。

「アグリジャパン」の関係者控室である帝国重工に割り振られた会議室は、張り詰め、いまにもひび割れそうな緊張感に包まれていた。

 議長席に坐っているのは藤間ひとり。奥沢はその脇に立ち、汗のふき出す額をハンカチで何度も叩いている。野木に付き添う形で佃と山崎も、その部屋の片隅にいて成行きを窺っていた。

「次にコースの逸脱についてですが、これは野木教授側の問題でありまして―――」

「ちょっと待ってください」

 たまりかねた様子で遮ったのは、野木本人だ。「あれだけで私のほうに問題があったと決めつけるのは時期尚早だと思いますが、帝国重工さんのシステムに問題があった可能性も十分にあるでしょう」

「野木先生のシステムにどういう問題が生じたのかね」

 藤間の質問は、奥沢に向けられていた。

「それは、これから詳細を調査します。とにかく、我々のほうはテストにテストを重ねておりますので」

「その詳細な調査の結果、我々のシステムに問題ありとの結論は出ないと言い切れるのか」

「いえ、それはその………」と、奥沢は顔をしかめて言葉を呑んだ。

 その態度に藤間はおもむろに立ち上がると、野木に深々と頭を下げた。

「野木先生、失礼の段、お許しください。申し訳ございません」

 再び、奥沢をきつい眼差しで射た藤間は、言った。「自分の立場を守るためなら嘘も吐く。君はそれでも技術者か。そんな部下をどうやって信じればいいんだね。的場君―――」

 ふいに声がかかり、奥沢の背後にいた的場に視線が向いた。

「ひとつ君に聞きたいんだが、このプロジェクトは私が承認したものとは違うんじゃないのか」

 鋭い質問に、的場の緊張が財前にも伝わる。

「どういうことでしょうか」

君の新規事業計画によると、無人農業ロボットは、日本で最も汎用性の高い小型から中型のものに注力するとあったはずだ。ところが、「アルファ1」は大型のトラクターじゃないか。あれでは企画意図から外れることになる。どういうことか説明したまえ」

「製造部で従来作ってきたエンジンのノウハウが最も発揮されるのが、あのサイズになります。最初は大型トラクターを作りますが、徐々にダウンサイズしていく考えです」

「その頃にはライバルにシェアを奪われている」

 藤間のひと言に、その場が凍り付いた。「君も保身のために嘘をつくのか、的場君。ダウンサイズは、いま必要なんだ。そのためにこの事業計画案では当初、エンジンとトランスミッションは外部に委託することになっていたはずだ。それを君はない成果すると書き換えた。なぜだ」

 財前が驚きの表情になる。たしかに財前の企画ではそうなっていたが、なぜ、それを藤間が知っているのか。

「エンジンとトランスミッションは、トラクターの根幹です、社長。キーテクノロジーは自社開発がわが社における暗黙の了解ではないでしょうか」

「だったら今すぐ小型エンジンとトランスミッションを作れ。日本の農業を救いたいという野木先生のご協力を賜るために、いまやわが社のライバルとなった「ダーウィン」に勝つためにも、今すぐに必要だ。それが出来るか、奥沢」

「いままで対応したことがございませんので、少しお時間をいただく必要があるかと―――」

もういい」

 藤間は右手を挙げ、言い訳する奥沢を制した。「製造部は降りろ」

 続けて、「君たちに任せていては、この事業を立ち上げることはできないだろう。世の中の流れ、競合の存在、市場のニーズ。そういったものを無視して、簡単にできることしかやらない。自分たちが世の中の中心だと思っている連中に、新規事業が出来るはずがない。それを私は今までの失敗で痛いほど学んだ。また同じ轍を踏むほど愚かなことはない。---的場君」

 矢のような視線が的場に向けられた。「外注でいい。あの『ダーウィン』と渡り合える技術力のある会社に、このトラクターを託せ。まずは市場の信任を得ることが最優先だ。今日、地の底に落ちた我々の信用を全力で取り戻せ。いいな

 

-9-(佃たちは「ダーウィン」の欠陥を見てとる)

 岡山から東京に帰る新幹線の中である。

「『ダーウィン』を見てどう思いました、社長。私、ちょっと思ったんですが、あのトラクターの自動操舵ですが、操舵のタイミングが少し遅れたために蛇行した場面がちょくちょくありました」と山崎が問うた。

「 それはオレも思った」と佃が頷く。

曲がる前に考えてましたよね。おそらくトラクター側の情報処理システムとの通信がうまくいっていないじゃないかな」

「可能性はあるな。あるいは、大元のプログラムか」

 それだけではない。車体の動き出しや加速時の挙動、作業機の制御など、素人目にはわからなくても佃から見ると、様々な課題を見てとることができた。

 

大至急ご相談申し上げたいことがあります。お伺いしてよろしいでしょうか」

 財前から、改まった口調で連絡があったのは、その翌朝のことであった

 

-10-(財前が佃製作所にエンジンとトランスミッションの供給を要請)

 財前を乗せた社用車が佃製作所の駐車場に滑り込んだのは、午前10時過ぎである。

 佃と山崎が社長室で向き合うて、財前は開口一番に、「アグリジャパン」で見苦しいところを見せたことを詫びた。

「藤間の叱責があったあと、社長室の者に耳打ちされたんですが、私が最初に作成した新規事業計画書が、実はひそかに藤間に届けられていたようです」

「誰がそんなことを」との山崎の問いに、財前は「水原です」と直属の上司の名前を口に出した。

 何故と佃が疑問を口にする。

「私の企画書を読んだ的場が、自分の企画にするといい出した。だが、本当は違うのだということを藤間に知らせようとしたのかもしれません。今回は水原に助けられました」

 そういうと、財前は改まって背筋を伸ばした。

佃さん、いま一度お願いします。帝国重工に、エンジンとトランスミッションを供給していただけませんか。一旦お断りしておきながら虫の良いことをいうなとお怒りでしょう。ですが、いまこの状況を打開できるのは、御社をおいて他にありません。この通りですーーー」

 佃にとっては嬉しい申し出には違いない。だが、それは同時に、帝国重工と「ダーウィン・プロジェクト」の開発競争に佃製作所もまた参戦することを意味していた。

 山崎の問うような目が佃を向いている。

 たしかに、佃製作所では野木教授の協力の下、エンジンとトランスミッションを製造し、試験段階にまで漕ぎつけている。

 だが、エンジンはともかく、トランスミッションについては、市場での実績がまだ無い。ギアゴーストの傑出したトランスミッションに本当に佃製作所一社で太刀打ちできるのか。この話は、当初、財前が持ち込んできたときとは次元が違うところにまで世間に認知され、注目されてもいる。失敗は許されない。

「お話はわかりました。返事まで少々、時間をいただけますか」

 どうか前向きに検討してくれと、頭を下げて財前は帰って行った。

「社長、引き受けるんですか」 山崎が問うた。

 軽部たちトランスミッション開発チームの頑張りには、佃たちは敬意を表している。だが、物事はただ努力すればすべて解決できるほど甘くはない。野木の実験農場で、試験走行をこなせるレベルと、あらゆる条件下で酷使される製品との間には、懸絶した差があるからだ。それを埋めるのは、努力と運だけでは難しいと佃は思う。経験が必要なのだ。いまの佃製作所の実力で競合他社との差を埋め合わせるためには、まだ数年の時間が必要だろう。だが、それでは間に合わない。

「ちょっと考えさせてくれ。その上で結論を出す」

 佃が、予定にない外出をしたのは、その日の夕方近くであった

 

-11-(佃が島津に就社を懇願する)

 島津が住むマンションは自由が丘に近い住宅街にあった。

「突然、お邪魔して申し訳ない」と言って訪ねた佃を、島津は笑顔で向かい入れた。

 島津は時々、佃製作所に顔を出し、若手技術者と仲良く親しくしていたのだ。

「シマさん、ウチで一緒にやらないか」

 この日、島津を訪ねた本題を佃は切り出した。「実は改めてそれを頼みに来た。ウチにはシマさんが必要なんだ。トランスミッション開発チームを率いて欲しい。考えてくれないだろうか」

「そうですねえ………」

 島津は困難の表情を浮かべた。どう断ろうか考えているようにも見える。「いまどんな状況なんですか、トランスミッション。このまえ遊びに行ったときに見せていただいた感じでは、かなり良くなってると思ったんですが」

「だいぶいいものに仕上がりつつあるんだが、実は今日、帝国重工から新規事業への参加要請があったんだ」

 無人農業ロボットの件に、島津は真剣に聞き入った。

「それって、あの伊丹君たちがやってる『ダーウィン・プロジェクト』のー――」

「そう、対抗馬だ」

「あ、そのイベント、伊丹君からフリーパス券を送られてね。私、見に行きました。用水路に落ちましたよね」

「もしかして、ギアゴーストに誘われたのかい。………そのオファーを、受けるんですか」

まさか。私は、人に喜んでもらうためのトランスミッションを作りたいんです。帝国重工の的場さんに仕返しをするとか、そんなことのために働く気はありません」

「だったら、ウチのトランスミッション開発チームを導いてもらえないだろうか。皆がシマさんのことを待っているんだ。頼む、ウチに来てくれ」

「ありがとうございます。その気持ち、うれしいです。私も皆さんと一緒に仕事がしたい。現場に出たい」

 だったらと誘いの言葉を口にした佃に、「二三日でいいです。気持ちの整理がつくまで時間をいただけませんか」

 テーブルの上には、先日二次面接を受けた大学からの最終面接の日程を知らせる通知の封書があった。

 

-12-(島津が佃製作所全員に迎えられ、それから一緒に仕事をすることに)

 佃製作所の会議室に、営業部と技術開発部の全員が集まっていた。帝国重工からもたらされたオファーについて語る佃の話に耳を傾けている。

 ………。

「島津さんを超える人なんか、どこにいるのです。天才ですよ、彼女」と、どこからか小声が聞こえてきた。

「オレも同感だ。島津裕を超えるのは、島津裕しかいない。であれば彼女に頼むしかないんじゃないか」

 まさか―――。

 全員が目を見張る中、佃が会議室の外に向かって呼んだ。

 現れたのは、島津裕その人だ。佃はおもむろに右手を差し出し、「ようこそ―――佃製作所へ」、その声は、大歓声と拍手で聞こえなかったほどだ

 

      「第五章 禍福スパイラル」へ続く

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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1568話 [ 「下町ロケット・ヤタガラス」の粗筋 3/? ] 10/20・土曜(曇・晴)

2018-10-20 10:41:17 | 読書

下町ロケット・ヤタガラス

「あらすじ」

「第三章 宣戦布告。それぞれの戦い」

-1-(「アルファ1」と「ダーウィン」の宣伝戦争)

「明日上京するよ。記者会見があるんだ」

 野木からそんな電話があったのは、6月下旬のことであった

 明日の午後4時。大手町にある帝国重工本社において、マスコミ数10社の前で無人農業ロボットの製造開発を発表するという。

 長年のビークル・ロボティクス研究がついに、一般に流通する農業ロボットとしての第一歩を踏み出す晴れの門出である。

 佃は部外者だから会見場に行けず、夕方、食事を共にすることにした。

 その翌日、約束の時間に行くと野木は既に待っていた。

 どうだった記者会見はと聞くと、何といえばいいかと、野木は首を傾げる。

「『アルファ1』の説明がほとんどで、僕の技術云々と話が出たのは最初だけだ」

「アルファ1」というのは無人農業ロボットに帝国重工がつけた開発コードだ。

「あとは帝国重工の新規事業としての位置づけだの、アグリ産業(農業関連産業)への足がかりだの、企業の宣伝みたいなものだった。僕は単なるお飾りだ」

「それはちょっと残念だったが、とにかくお疲れさん」、とねぎらい小さく乾杯する。

「それで、帝国重工の新規事業チームとの連携はうまくいっているのか」 

「そこなんだ」と野木は渋い顔になって、

「自動走行制御システム開発ソースを寄越せとか」

 開発ソース―――つまり自動走行制御用プログラムは、野木が積み重ねてきた研究の成果といっていいものだ。いわば秘中の秘である。

「まさか」 佃は思わず顔をあげた。

窓口は財前さんか」

「いや、エンジンやトランスミッション関係を統括している奥沢という部長だ

 かつて島津裕から聞いた、当時の製造部副部長の名である。島津が技術者生命を賭して立案したトランスミッション企画を排したばかりか、島津を製造現場から放逐した連中の一人だったはずだ。

「それでどうしたんだ」と気になって聞いた佃に、

一旦引き下がったが、そのうち、新会社に特許を移転して一緒にやらないかといってきた。研究開発費は全て出す代わり、新会社は帝国重工100パーセント出資だそうだ」

「バカな」佃は呆れていった。「そんなの、ただで帝国重工にくれてやるようなもんじゃないか

「財前がついていながら」というと、「彼は自動走行制御システムと直接リンクするエンジンやトランスミッションといった駆動系の中枢部分には口出しするなといわれているらしいよ」

 野木は続ける。「もう一つの問題はもっと深刻だ」野木は深刻な表情になって、

「はっきりいって、まだ試行錯誤の段階ではあるものの、帝国重工のエンジンとトランスミッションではうまくいく気がしない」

「どういうことだ」

「僕も広義では農業機械の研究者でね。エンジンやトランスミッションの性能は評価できるし、僕なりに一家言あるつもりだ。はっきりいうが、帝国重工の技術は農業向きではないと思う」

「なぜそういえる」と問うた佃に、

彼らは今まで巨大なプルトーザーや戦車、さらに船舶といったいろんなエンジンを手がけてきて、世界的な評価を得てきた。それについて何の疑いもないし素直に認めるが、こと小さなエンジン、トランスミッションとなると話は別だ。彼らは、それを単なるダウンサイジングだと思っているフシがある。だけれども、実際には、大きなものよりもさらに繊細さを求められる。土を耕し、あるいは均(なら)し、苗を植える。そして刈る。そういう作業にどんなエンジン、どんなトランスミッションが必要とされているのか。その根本の部分を彼らは理解していない。つまり、農業を知らないんだな。一方で、自分たちの技術を疑うということもない。それでは成長しない

 時間の許す範囲で、農業機械に関する様々なテーマについて忌憚のない意見を述べ、有意義な時間を過ごし、明日の新聞やテレビを楽しみにわかれた。

 

 翌朝、佃が新聞を見ると、一面には何もなく、中ほどの産業面に「帝国重工、無人農業ロボットに参入」とただ新規事業のひとつとしての取り組みを淡々と記事だけで取り上げられていた。

 ところがー――。

「最近の農業ってすごいわねえ。トラクターがひとりで動いて畑を耕すんだった」

 台所に置いてあるテレビを見ている母親の声が耳に入った。

 慌ててテレビに駆け寄った佃は映し出された映像にくぎ付けになった。

 一台のトラクターが無人で走っている。

 女性レポーターの質問にヘルメットをかぶった男性が答えている。

パソコンで設定するだけで、日中だけでなく場合によっては夜間でも、無人のままの納屋から畑に出て、自動で作業して帰ってきます

 いま、この男が口にしたことは、野木の研究するビークル・ロボティクスの概念と全く同じである。

こうした無人トラクターを、実は重田さんはじめ、京浜地域にある下町の中小企業が集まって作られるんですよねえ。名前はあるんですか

 レポーターの問いかけに、笑顔で男は頷き、

はい、ここから新たな農業が進化してほしいという意味を込めて、『ダーウィン』と命名しております。我々はこれを『ダーウィン・プロジェクト』として頑張っていきたいと思っています

 進化論を唱えた、チャールズ・ロバート・ダーウィンにちなんだ名前だ。

 

-2-(ダーウィン・プロジェクトの概要)

 この日、佃製作所の営業部員たちが取引先から集めた情報から「ダーウィン・プロジェクト」なるものの概要が浮かび上がってきた。

 江原から「発起人の代表はダイダロス社長の重田登志行」とのこと。

 村木から「プロジェクトが発足したのは今年の3月で、中心メンバーは、ダイダロスの重田社長、それにギアゴーストの伊丹社長、さらにキーシンという会社の………」だと

 続いて「それと、発起人には名を連ねてはいないですが、北堀企画という会社が絡んでいるそうです。なんでも、参加者を集めての企画会議で、そこの社長が宣伝担当として紹介され、会社はテレビ番組の制作会社だとか」

 村木が、もうひとり口にしたのは萩山仁史の名前であった。地元選出の衆議院議員だ。

「萩山議員が働きかけて、京浜地域を象徴する肝いりのプロジェクトとして全面支援を打ち出しているらしいんです。背景には浜畑首相のICT戦略構想もあるようで」

 ICTとは、情報通信技術の略語である。

 納得した佃に、さらに新たな情報がもたらされた。

 ヤマタニの浜松工場へ出張していた津野からの電話である。

「『ダーウィン』のデザインや外装はヤマタニが供給するそうなんです」

 後頭部を一撃されたような衝撃を佃は受けた。と同時に蚊帳の外におかれた疎外感だ。

 

-3-(「週刊ボルト」に的場攻撃の第二弾が掲載される)

 その夜、自由が丘駅に近い人気の和食店に、「ダーウィン・プロジェクト」の4人組が集まっていた。

 集まっているのは、ダイダロスの重田、ギアゴーストの伊丹、キーシンの戸川譲、そして北堀企画の北堀哲哉である。

 北堀が、「大成功だ。オンエア後から全国の農家から問い合わせが殺到してる」と知らせる。

 実に愉快じゃないかと、重田がジョッキを掲げた。伊丹もそれに倣う。

 自分をコケにした帝国重工への憎悪、的場俊一への怒りの業火が燃えあがるのだ。

それと例の件、予定通り、今週掲載だそうだ」

 北堀の報告に重田が嬉々とした表情を浮かべた。

 例の件って、何と問う戸川に、

「『週刊ボルト』に、面白い記事が載る」と北堀が答える。

 

-4-(帝国重工への宣戦布告)

「これは君のミスだぞ」

 その言葉を的場が口にするのは、それで三度目だ。

 帝国重工の無人農業ロボットの記事が経済紙に掲載されたまではよかった。だが、朝の人気情報バラエティ番組で大々的に取り上げられた「ダーウィン・プロジェクト」の衝撃はそれ以上であった。

 独走するはずの市場に、突如、強敵が出現したのだ。

 何で事前に分からなかったのか、下請けに聞けばすぐわかるものじゃないかといわれ、財前が詫びの言葉を口にするのも三度目だ。

 的場が怒り狂っているのは、それとは別のところに理由があると、財前は見透かしていた。

 そのことを財前に教えてくれたのは、事業機械部にいる同期で副部長職にある西野という男であった。

 西野が語って聞かせたのは、的場と伊丹が関わった重田工業倒産までの経緯である。言われて財前も思い出した。

 

 的場の部屋のドアがノックされ、秘書が顔を出し、多野広報部長が来たことを知らす。

 見向きもしないで、どうぞと応ずると、多野が応接セットのテーブルに、明日発売の「週刊ボルト」にこんな記事がといって見本誌を広げた。

 ―――下町トラクター「ダーウィン」の真実 帝国重工に潰された男たちの挑戦

 ―――社長候補のエリートが潰し、路頭に迷わせた数千人の社員

「なんだこれは」

 怒りに低くした的場の声がこぼれた。激情に頬を震わせ、血走った目で多野を睨み付ける。

「潰せ!」突如、的場が放った怒声に、多野は震えあがったが、

「む、無理です」そのひと言だけは、しっかりと口にした。

 

 その夜、野木と連絡を取った佃は、自分の用件が終わったあとに、野木が財前から聞いた話をした。

「帝国重工のことが『週刊ボルト』に載るらしいぞ。あまりいい話ではないらしい。気にしないでくれといわれたよ」

 その朝、佃はコンビに立寄り、週刊ボルトを買い求めた。野木が知らせてくれた記事はすぐに見つかった。

「たしかに、この重田という人の人生は壮絶なものでしょうが、帝国重工の書かれ方もひどいですね」と山崎が知らせに来て、「"善玉"『ダーウィン』が"悪玉"帝国重工に挑戦するという構図ですね」という。

 佃は、断言した。「帝国重工への、まさに宣戦布告だ

 

-5-(的場の社長就任延期)

「君にも判断ミスというものがあるんだあ、的場君」

 唐突に言われ、的場は相手と向き合ったまま体を硬くした。

 帝国重工会長室の窓からは、夕景の大手町が美しく見える。会長の沖田勇はその夕日を背負って的場と対峙していた。

「あんな新規事業になど、手を出すべきではなかった。功を焦ったな」

 的場は、いえ、そういうわけでは、と否定しても言い訳はしない。

人生には抗(あらが)いがたい攻守の波がある。肝心なことは、その波に逆らわないことだ。攻めるべきときに攻め、守るべきときに守る。その折り返しの中に、勝機が宿る。---藤間が、もう一期やるといっているよ

 最後のひと言に的場は激しく動揺し落胆したが、その表情が面に出ないよう細心の注意を払った。

この難局だ。やりたければやればいい。君が敢えて火中の栗を拾うこともあるまい」

 果たして、それがどういう意味なのか、問うまでもない。社長就任の延期である。

 

-6-(吉井からの、農業法人の仕事への誘いを断る殿村)

 早朝の農作業を終えた殿村は、庭の水道で手を洗っているとき、砂利を踏みしめてくる足音に振り返った。スラックスにシャツ姿の農林協の吉井浩が立っていた。

「このまえ、稲本さんたちから農業法人に誘われませんでしたか」といわれ、殿村は、「とにかく私は農業法人には入りません」とはっきり断った。

 吉井は、「いい気にならないほうが身のためだ、殿村さんよ」、と捨て台詞とともに去って行った。

 

    「第四章 プライドと空き缶」に続く

 

 

 

 

 

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