T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1751話 [ 「慈雨」を読み終えて・粗筋4/? ] 12/1・日曜(晴・曇)

2019-11-30 15:23:48 | 読書

                    

 [ あらすじ ]

 第三章

 (愛里菜ちゃんが死亡して17日経った、しかし、犯人に関連する情報が出てこない)

 神場と香代子が歩き遍路をはじめて、2週間近くになる。2日前に徳島県内にある薬王寺へ参り、次の寺がある高知県に向かった。県境を越えたのは昨日だ。小さな漁港がある室戸市の佐喜浜町に泊まり、今朝、宿泊した民宿を発った。

 23番札所の薬王寺から次の最御崎寺(ホツミサキジ)までは、距離にしておよそ75キロある。歩き慣れている者の足でも2日はかかる道のりだ。

 海の中の二つの岩柱の夫婦岩が見える途中で休憩し、香代子は公衆トイレに行った。

 神場は手帳を取り出した。愛里菜ちゃん殺害事件の情報を書き込んだページを開く。

 

 遺体が発見された日から3日後の18日に、司法解剖の結果が出た。

 県警から電話をかけてきた緒方の話によると、死亡推定時刻は、行方不明になった6月9日夜9時くらいから翌10日の深夜0時前後までの、およそ3時間とみられている。遺体の損傷と局部の裂傷は、死後のものと判定された。犯人は、愛里菜ちゃんを誘拐し、さほど間をおかずに殺害した。その後、愛里菜ちゃんの遺体を凌辱し、山中へ遺棄したのだ。

 愛里菜ちゃんの遺体が発見された山中で、不審車両が目撃されたのは6月12日だ。その前日に近所の住人が、深夜に向かう白い軽ワゴン車を目撃している。犯人は、おそらくそのときに、愛里菜ちゃんの遺体を山中に遺棄した。それまでに2日間、犯人は愛里菜ちゃんの遺体とともにいたことになる。

 携帯の向こうから、緒方の悔しそうな声がした。

「愛里菜ちゃんの遺体が遺棄されるまで、どこに放置されていたのか、まだわかっていません」

 愛里菜ちゃんがどこで殺害されたのか、犯人がどのような場所に住んでいるのか、いまのところなんの情報も掴んでいないという。

 要するに、18日の緒方との電話の時点では、愛里菜ちゃんが殺害されてから9日経っというのに、犯人特定に結び付く有力な情報は得られていない、ということだった。

 新しい情報が入ったら連絡を寄越せ、と言って神場は緒方との電話を切った。

  あれから8日が経つが、その間に緒方から連絡があったのは3回だけだった。どれも振るわない報告だった。

 


 夫婦岩が見えるところを過ぎて、弘法大師が求聞持法(グモンジホウ)の修業をしたという御厨人窟(ミクロド)に着いた。

 誰もいない洞窟の中は、静謐に包まれていた。ひんやりした空気が心地いい。なかは静かで、聞こえてくるものといえば、かすかな波の音と、天井から落ちる水滴の音だけだ。日中でも深い横穴は仄暗い。灯っている数本の蝋燭の小さな炎がやけにまぶしく映る。

 目的地である最御崎寺に着いたのは2日目の昼の1時半だった。

 

 第四章

 略

 

 第五章

 (結婚して7年目に授かった、須田夫婦の子だから。幸恵。不幸にも孤児となった、いまの幸知)

 37番札所、岩本時の本堂の天井は格子を組んだ格(ゴウ)天井になっていた。正方形の木枠の中に、数えきれないほどの画がはめ込まれている。題材は決まっていない。

 神場は作者を思い浮かべながら天井を眺めていると、一枚の画が目に留まった。小さな女の子を描いたものだ。眉の上で切りそろえた前髪と、はにかんだような笑みが愛らしい。歳の頃は3歳か4歳くらいか。この画を描いた人物は、この子とどんな関係なのだろう。

 神場は絵を見ているうちに、脳裏にひとりの男の顔が浮かんだ。須田健二。神場に、夜長瀬駐在所への異動を勧めた先輩だ。須田は絵が上手かった。須田の話によると、母親が美術学校の出で、子供のころに絵画の基本を教えてくれたのだという。

 須田夫婦が子に恵まれたのは37歳のときだった。結婚してから7年目に授かった子宝を、須田は文字通り宝物のように大切にした。

 我が子に須田は、幸恵と名付けた。幸せに恵まれる人性を歩んでほしいとの願いを込めてつけたらしい。

 須田はよく、神場と香代子を自分の官舎に呼んで、夕食をご馳走してくれた。刑事課に異動した神場を以前と変わらず可愛がってくれていたこともあるが、娘を見せたいという思いもあったらしい。

 思えば、あのころが須田にとって、一番幸せな時だったと思う。

 気がつくと、香代子も隣で神場が見ていた女の子の画を見上げていた。

 神場も天井に目を戻した。一枚一枚の画が人の人生の大切な断面のように思えてきて、息苦しくなった。

 出るかとの神場の声に、香代子は無言で肯いた。

  ◇

 須田の妻、祥子が急逝したのは、歳の誕生日を迎えた翌週だった。

 須田が非番の日、祥子は須田に幸恵を預けて、車で買い物に出かけた。帰宅途中、祥子は事故に遭った。反対車線を走行してきたトラックが、中央線をはみ出し、祥子の車と正面衝突したのだ。祥子は臓器損傷で即死した。

 須田は、幸恵を近くの保育園へ預けた。須田にも祥子にも、幼い幸恵の面倒を見てくれる身内がいなかったのだ。

 警官の仕事は、定時に終えられるものではない。保育園の迎えの時間を大幅に過ぎることも度々だった。そんなとき、須田に代わって幸恵を迎えに行くのは、香代子の役目だった。

 子供がいない香代子は、幸恵の面倒を見ることを自ら申し出た。ときに幸恵と須田の夕飯も拵え、4人の食卓を囲んだ。

 神場はまとまった休みを取ってはどうかと勧めたことがあるが、須田は神場の助言を受け入れなかった。

 そんな須田に悲劇が襲いかかったのは、祥子が亡くなって1年半が過ぎたころだった。幸恵は2歳半ばになっていた。

 繁華街の路地裏で、交通課の課員の須田が、職質を行った相手から刃物で刺され、失血と腎臓の損傷が激しく死亡した。犯人はその場で逮捕された。言っていることは支離滅裂で、クスリをやっていた。

おきなしゃい、おきなしゃい、おとうしゃん」という幸恵の祈りも届かなかった。

 

   「第六章」に続く

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1750話 [ 「慈雨」を読み終えて・粗筋3/? ] 11/30・土曜(晴)

2019-11-29 13:45:41 | 読書

                   

 [ あらすじ ]

 第二章

 (命の尊さを知る上司・神場を尊敬していた緒方)

 自分は弱い人間だ。

 神場が初めてそう思ったのは、小学六年生のときだった。

 柄本航大という同級生がいて、父親は校舎の建築を請け負った柄本建設の社長で県議会議員、母親はPTAの会長を務めていた。

 航大は常に自分が上にいなければ気が済まない性質で、常に取り巻きがいて、航大は陰影ないじめを繰り返していた。

 神場は、友人が虐められても、助けるどころか、その友人から意識して離れていった。

 そんなある日、用務員が、担任の先生に、「あの子のせいでかなりの児童が泣いているという話で、中には登校拒否を起こしている子もいると聞いています。何とかならないのですか」、と言っていた。

 神場は蔭で聞いていて、それを先生に見つかり、「なんだ。どうした」と言われた。神場はそんな航大のことを伝えようとしたが、口から出た言葉は、「なんでもありません」だった。

 それは、純子ちゃん事件の捜査会議も同じだった。

 自分は人生で、二度、逃げた

  ◇

 神場と香代子は12番札所の焼山寺へ向かっていた。

 藤井寺から焼山寺までの道中は、「遍路ころがし」と呼ばれる難所の一つに数えられている。距離はおよそ13キロ、男性の足で6時間はかかる。

 ふたりは途中の浄蓮庵で休んでいると、小柄な体躯にもかかわらず、登山用の大きなリュックを背負っていた男性が近くで休憩していた。香代子は男に近づいて行って、塩飴を取り出し差し出して、塩分を取った方がいいですよと言って話しかけた。

 男性は霊場を逆に回る逆打ちをしていた。

 お遍路の大半は順打ちだ。道中にあるお遍路さん用の道しるべも、順に沿った矢印が記されている。

 逆打ちの理由は、いくつかあるようだ。1回の逆打ちは順打ち3回分のご利益あるとか、弘法大師は常に霊場を順に回っているので逆打ちのほうが弘法大師に会える、と説く者もいる。神場はもうひとつとの理由を聞いている。逆打ちをする人には言えない重いものを背負っているとの説である。道標もなく、敢えて辛い道のりを選び、己を強く戒めるのだという。

 神場は、長い警察官人生で、人を見る目はそれなりに養われている。その男性は、なにか重いものを背負っているのではないかと思った。男の目は、どこか虚ろだった。眼窩(目玉の穴)は朽ちかけた老木のように暗く、深い闇に満ちていた。

  ◇

 第二会議室に戻った緒方がコンビニ弁当に箸をつけたとき、うしろから、「どうだ、何か掴めたか」と言って、鷲尾が向かいの席に座った。

 緒方は、いえ、と首を振って、午後は愛里菜ちゃんが通っていた音楽教室の関係者を当たる予定ですと返事した。

「ところで、あれから神さんから連絡はあったか」との鷲尾の問いに、いえ、と緒方は答えた。

 鷲尾は、「神さんが後ろで一枚かんでると思うと、嬉しくてな」と言って部屋から出て行った。

 鷲尾は以前から、神場を尊敬していて、敬意と親しみを込めて、さん付けの愛称で呼んでいた。

 緒方は、配属当初は、口が重たくて冗談ひとつ言わない神馬が苦手だった。

 神場に対する見方が変わったのは、捜査一課に配属されて3か月後のことであった。

 前橋市内のアパートで立てこもり事件が起きた。同棲相手と口論になった男が逆上し、女を監禁して籠城したのだ。男は22歳、女は18歳の未成年だった。

 アパートの住人に聞き込みを行ったのは、緒方たちの班だった。住人の話から、女は身重ですでに妊娠9か月だと聞いた。

 警察の5時間に及ぶ説得の末、男は女を解放した。男は所轄に拘束され、被害者である身重の少女は、救急車で病院に運ばれた。

 それから2週間後、緒方は、出勤してきた神場を見て目を丸くした。日頃、手に荷物を持たない神場が花柄の紙袋を手にしていたのだ。

 被害者の少女が切迫早産になったのだ。少女は母子家庭で育ったのだが、その母親との仲が悪く、見舞いにも来ない。

 神場は、これは女房に選んでもらった少女へのプレゼントなんだと言って、やりきれない気持で呟いた。

「すべての人間が、本人の意思とは関係なく、この世に産み落とされる。望まれて生れてくる命と、そうでない命―—ーだが、命の重さは変わらん。どの命も、この世に生を享けたことを祝福されるべきだ。祝福する人間は、ひとりでも多いほうがいい。その人間が自分とは赤の他人の刑事であってもな」

 無情にも人の命が奪われる事件を、神場は数多く見てきている。だから、命の尊さを誰よりも知っているのかもしれない。

 このとき緒方は、神場に抱いていた自分の考えが間違っていたことを知った。―――尊敬できる刑事に会えたと、緒方は、神場の背中を、昨日までとは違う目で見つめた。

  ◇

 コンビニ弁当を食べていた緒方は、動かしていた箸を止めて、部屋の前方にあるホワイドボードを見た。

 太字で「愛里菜ちゃんの無念を晴らす ! 」と記されている。宮嶋管理官の字だ。

 犯人に結び付きそうな有力な情報は、遺体発見現場近くで目撃された白い軽ワゴン車以外、まだ得られていなかった。

 幹線道路に設置されているNシステムや、周囲の防犯カメラの映像解析も急いでいるが、問題の白い軽ワゴン車に該当する車両や幼女を連れた不審人物の映像は見つかっていない。

 ―――それにしても白い軽ワゴン車は、どこから来てどこに向かったのか。

 緒方はそれがずっと、気にかかっていた。犯人はどんなトリックを使ったのか。

 何があっても、絶対に犯人を捕まえると、部屋のドアに向かった。

 

       「第三章」へ続く

 

 

 

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1749話 「 母親の命日と雑感 」 11/29・金曜(晴)

2019-11-28 14:57:01 | 日記・エッセイ・コラム

                                                                                          

 昨日、11月28日は、母親の命日でした。

 

 乳癌から数年のうちに腹部に癌が転移して亡くなったが、

私は、東京に転勤していて、家族ともども千葉に住んでいた。

 ために、見舞いにも行けず、母親は淋しかっただろうと思う。

 

 死亡した昭和47年(1972)11月28日は南国には珍しく一日みぞれや小雪が降っていた。

 昨日は、みぞれとまではいかなかったが、天候は雨・曇で、

 温暖化の影響か、朝が最高気温(13.3℃)で、夕方が最低気温(8.6℃)と反転した。

 

 命日に思う雑感

 ◉エンディングノートへの補足

  長男の私が死亡したら、両親の位牌を子供にみてもらうか弟にみてもらうか、

  考えておかなくては思う。

 ◉終活

  「自分史」に親を思う事柄も書いているが、

  その思い出に、俳句を添えてみたい。

 ◉人生100年時代

  元気な90年代を過ごすために、来年、近い将来に起こることに興味をもつこと。

  また、遣りたいことをいろいろと考えていくこと。

  例えば、上述の思い出に俳句、日韓関係、オリンピックの結果、子供の将来などなど。

 

 

 

 

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1748話 [ 「慈雨」を読み終えて・粗筋2/? ] 11/28・木曜(雨・曇)

2019-11-26 15:05:31 | 読書

                     

 [ あらすじ ]

 第一章

 (四国巡礼の初日、元警官の神場は、16年前、自分も捜査に加担した幼女殺害事件とまったく同じ事件が同じ県の群馬で起こったことを知った)

 3か月前の夜、近いうちに四国巡礼の旅に出る、と神場智則(ジンバトモノリ)が妻の香代子にかねてからの決意を明かすと、香代子は自分も同行すると言う。

 神場は、優にふた月もかかる「歩き遍路」だからと言って、香代子を止めた。

 しかし、香代子は、「いままでずっと放っておかれたのに、退職したあとも置き去りにされるんですか」」と言いながら考えを変えなかった。

 夫婦は六月、群馬にある自宅を出て、徳島県のJR坂東駅に着いたときは、夕方の6時を回っていた。1番札所の霊山寺に最も近い駅だ。

 初めての巡礼ということもあったて、最初の日だけはお遍路宿の民宿を予約した。

 香代子は宿から朝早く、娘の幸知に携帯電話をかけて娘から叱られた。幸知は地元の大学を出て、卒業後も家から職場に通っていて、老犬と留守番していた。

 神場は今年の3月に、42年勤めた警察官を定年退職した。

 神場は地元の高校を出てすぐ、警察官になった。初任地は前橋市内の交番だった。そこの交番を皮切りに、20代の大半を市内の交番勤務で過ごした。

 28歳のとき、四度目の異動を命じられた。そのとき、すでに9年近く交番に勤めていた。次はきっと所轄の警察署に配属されるだろうと期待していたが、上司から言い渡された配属先は、夜長瀬駐在所だった。配属先を聞いた神場は、耳を疑った。

 夜長瀬駐在所は、県北に位置する雨久良村にある。雨久良村は群馬と新潟の県境に横たわる朝比岳の麓にある寒村だ。

 署長が自分に辺鄙(ヘンピ)な村の駐在勤務を命じた理由は、神場にもわかっていた。自慢ではないが、9年近くの交番勤務の間、神場は大きなミスを犯したことはなかった。ひたすら真面目に職務を行ってきた。その勤勉さが評価されたからこそであろう、そうとわかっていたが、県北の片隅に追いやられれるのかと思うと、いたたまれなかった。

 神場の首を縦に振らせたのは、須田健二だった。神場の2歳年上の先輩で、当時、所轄の交通課に勤務していた。

 左遷ともとれる異動に落ち込む後輩を、須田は行きつけの居酒屋に誘った。酒を呑ませながら須田は、閉鎖的な土地でも、警察という組織の業務をまっとうに行えると見込まれたからだ。それに、駐在さんになれば、上司が嫁を世話してくれるぞという。

 神場は、妻を娶れるのも悪くないと、心を決めた。

  ◇

 四国巡礼の初日は8番札所の十楽寺までとして、宿をとった。

 香代子は、いい名前ねと言って、「十楽寺っていう名前」、と続けた。

「人間が持つ八つの苦しみを離れて、極楽浄土の十の楽しみを得られるようにって付けられた名前のようですよ」、と巡礼前に調べたことを神場に話す。

 香代子がいう、人間が持つ八つの苦しみとは、生・老・病・死・怨憎会苦(オンゾウエク)・愛別離苦(アイベツリク)・求不得苦(グフトクク)・五取蘊苦(ゴシュウウンク)といったものだった。

 神場は自分が見てきた事件を振り返ると、世の中で起きる犯罪のすべては、香代子がいう八つの苦しみによるものだと思う。

 神場は遍路宿の布団に俯せの姿勢になり、白衣をじっと眺めた。

 神場が四国遍路を行っている理由は、自分が関わった事件の被害者の供養のためだった。

 神場は、5年の夜長瀬駐在勤務を終えたあと、所轄の交通課に呼ばれ、刑事課へ取り立てられた。それから退職するまでの26年間、所轄の強行犯係と県警の捜査一課を行き来した。最後は県警の捜査一課強行犯係主任、階級は警部補で退職した。

「十楽寺をお参りして、少しは気持ちが楽になった ? 」という香代子の話をはぐらかすために、手元にあったリモコンでテレビをつけた。

 若い女性アナウンサーが、トップで伝えたニュースに、神場は思わず寝そべっていた布団から起き上がった。

 6日前の6月9日から、群馬県の小原氏に住む小学生の少女が行方不明になっていた事件だった。少女の名前は岡田愛里菜ちゃん。今日(15日)の午後、愛里菜ちゃんの遺体が自宅から2キロほど東にある遠壬山の山中で発見されたと、女性アナウンサーは淡々とした口調で告げた。

  ◇

 神場には、忘れたいと思っても忘れられない事件があった。

 金内純子ちゃん殺害事件だ。

 16年前の1998(平成10)年6月12日、当時、小学校に入学したばかりの6歳だった純子ちゃんが行方不明になった。

 その日は友達が風邪で欠席したので、ひとりで下校した。学校から純子ちゃんの自宅まで、およそ1キロの距離だった。その中間ほどにある日用雑貨店の店主が、純子ちゃんが小石を蹴りながら歩いている姿を目撃したことを最後に、消息が途絶えた。

 普段なら遅くても4時には家に帰る娘が、夕方の6時になっても帰らない。娘の身を案じた母親が、学校と警察へ連絡を入れた。

 警察は、寄り道をしている可能性もあると考え、少し様子を見ることにした。

 しかし、純子ちゃんは夜の8時になっても帰らない。そこにいたってやっと警察は動いた。目撃情報の収集や防犯カメラの解析を急ぐ。だが、有力な情報が得られないまま3日が経った。

 事件に関係があると思われる不審車両の目撃情報が寄せられたのは、純子ちゃんが行方不明になってから4日後のことだった。

 坂井手市には、市内から5キロほど南に行ったところに里山がある。遠壬山だ。早朝、暖炉用の薪を取るために山に入った地元の男性が、林道の脇に見慣れない白い軽ワゴン車が止まっているのを見つけた。

 窓から車内を見たが、中には誰もいない。そのまま薪拾いに向かい、戻って来たときには車は消えていた。

 自宅に戻り、たまたまつけたテレビで、4日前から行方不明になっている女の子がいまだ発見されていないと知り、気になって警察へ通報した。

 警察は地取り捜査を徹底し、自動車ナンバー自動読み取り装置(以下、Nシステムという)の解析を命じた。そして翌日、日の出を待って不審車両が止まっていたとされる周辺の捜査を開始した。

 大量の捜査員を投入して捜査の指揮を執っていた県警の捜査1課長、国分健也は躍起になっていた。初動捜査の遅れを取り戻そうとしていたのだろう。捜査には、当時、所轄の刑事課に所属していた神場も加わっていた。

 梅雨時の山中は、湿った土と強い草の匂い立ち込めていた。捜索開始から4時間後、捜索棒であたりを調べていた神場は、棒の先端に抵抗を感じた。枝に触れたような軽いものではない。もっと重い感触だ。

 足下の草を両手でかき分けると、小さな足が見えた。靴を履いていない。裸足だ。

 その場に膝をつき、周辺の草を払いのけ神場は息を呑んだ。地面の上に仰向けの状態で横たわっている少女がいた。純子ちゃんだった。衣服を身に着けていない。目は開いたままだ。ひと目で死亡していることが分かった。

 そのごの捜査で、遺体発見現場付近で目撃された白い軽ワゴン車と類似した車を所有している人物が被疑者として浮上した。八重樫一雄―—ー当時、36歳だった。

 八重樫は、地元の人間で土地勘があった。両親は早くなくなり、結婚もしていない。調べてみると、八重樫には事件当日のアリバイはなく、加えて少女へのわいせつ行為で捕まった前歴があった。

 捜査本部は八重樫を本ボシと睨んだ。調べを進めていくと、八重樫の車のタイヤに、現場付近のものとみられる土が付着している事実が出てきた。なにより逮捕の決め手となったのは、純子ちゃんの体内に残されていた犯人のものと思われる体液と、八重樫のDNA型鑑定が決め手となり、懲役20年の判決を受けた。

  ◇

 神場は、ニュースで愛里菜ちゃんが行方不明になったと知ったときから、16年前の純子ちゃん殺害事件が頭から離れなくなった。

 愛里菜ちゃんと純子ちゃんが住んでいた地域は別だが、愛里菜ちゃんの自宅がある小原市と、事件当時、純子ちゃんの自宅があった坂井手市は隣接していて、車で30分もあれば行き来できるほど近い。ふたりとも6歳という幼齢。下校途中に行方不明になったという経緯。そして今日15日、愛里菜ちゃんは純子ちゃん同様、遠壬山の山中で遺体となって発見された

 神場は胸のなかがざわざわした。八重樫はまだ刑務所いるはずだ。やつが犯人ではない。ならば模倣犯か。胸騒ぎは収まらない。逆に大きくなっていく。

 香代子を見ると、熟睡している。神場は部屋から一番離れた廊下の隅で、携帯を開いた。

「はい緒方です。神さん、ご無沙汰しています」、と弾んだ声がする。

 緒方圭祐は神場の県警時代の呼び名を口にした。

 緒方は神場の元部下で、群馬県警捜査一課強行捜査係に所属している刑事だ。階級は巡査部長。いまから3年前に、29歳という若さで県警本部の捜査一課に抜擢された。

 緒方は続けて、「神さんが電話してきた理由は、愛里菜ちゃん事件のことですね」と言って、いま警察が掴んでいる情報を端的に伝える。

 愛理ちゃんの目撃情報や事件に関わりがあると思われる情報は、皆無と言ってもいいくらい少なく、唯一、2日前の13日、男性から通報した不審車両の情報が寄せられた。それは、遠壬山に杉の伐採に入ったとき、県道から脇に入った林道で午前8時ごろ、いままで見たことがない古い白い軽ワゴン車が止まっているのを目撃したが、山を下りた夕方の4時にはその車両はもうなかった男性は翌日の朝のニュースで愛里菜ちゃんが数日前に行方不明になり、まだ発見されていないとのことを知って、警察に通報してきた。

 そして、今日(15日)、捜査員を総動員して不審車両が止まっていた周辺を捜索し、午後2時過ぎに、山中に放置されていた愛里菜ちゃんの遺体を発見した。衣服は身に着けておらず、靴も履いていなかったし、陰部の裂傷が激しく、今しがた体内から犯人のものと思われる体液が検出されたとの報告があった。

 さらに、緒方は、「もし、神さんが迷惑でなければ、捜査の進捗状況をこちらから連絡してもよろしいでしょうか」、と訊ねる。

 神場は見えない緒方に首を振った。

「退職した俺は、一般の人間だ。事件の情報を洩らせば守秘義務違反になるぞ」と言う神場に、緒方は、「それなら、俺はもう職務違反を犯しています」、と言う。

 神場は、大きく息を吐き緒方に言った。

「鷲尾さんの了解を取れ。捜査本部の指揮を執っている課長の許可があれば、お前に職務違反をさせる俺の罪悪感も少しは軽くなる」

 鷲尾訓(サトシ)は神場の2歳年下でまもなく還暦を迎える県警の捜査一課長を務める男だ。

 神場は携帯を閉じると、長い息を吐きながら天井を見た。

 幸知と緒方を引き合わせたのは、神場自身だった。いまからおよそ8か月前、緒方を自宅へ連れてきて夕食を食べさせたことがあった。これが、幸知と緒方が付き合うきっかけになった。

 それからしばらく経って、幸知から、私たち付き合ってると言われた。それが半年前のことだ。しかし、神場は緒方の人間性でなく別の理由(職務による)で結婚を認めていなかった。

 

         「第二章」へ続く

 

 

 

 

 

 

 

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1747話 [ 「慈雨」を読み終えて・粗筋1/? ] 11/26・火曜(晴・曇)

2019-11-25 14:26:52 | 読書

                                                      

 [ あらすじ ]

※「作品のポイントになる文章」を薄緑色の蛍光ペンで彩色する。

※「心に留った文章、参考になった文章」を薄黄色の蛍光ペンで彩色する。

※「私が補足した部分」を薄青色の蛍光ペンで彩色する。

 

 序章

(県警を定年退職した主人公は、「歩き遍路」の巡礼開始を明日に控えた夜も、夢を見る)

 樹木が密生した山中は、深い霧に覆われていた。

 湿った土と強い草の匂いで、むせそうになる。咳をこらえながら、一歩ずつ前に進んだ。

 腰丈まである笹を、捜索棒でかき分ける。

 ふと、隣に人の気配を感じた。鑑識の捜査員が青い作業着姿で、子供が木の枝を振り回すように、捜索棒であたりの笹を散らしている。

 気がつくと、笹藪のなかに無数の人間が犇(ヒシ)めいていた。顔ははっきり見えないが、皆、なにかしら自分と縁(ユカリ)のある人間のようだ。誰もが捜索棒を持ち、落としものを探すように、地面に視線を注いでいる。

 ずっと、ひとりの幼女を探していた。しかし、幼女は見つからず、どこまで行っても、深い霧と笹藪があるだけだ。

 それでも諦めずに探していると、急に視界が開けた。

 少し先の地面が、そこだけ意図的に木を伐採したように、土が剥()きだしになっている。捜索棒を投げ出し、駆け寄る。

 湿った黒い地面の上に、探し求めた幼女がいた。手足を投げ出し、仰向けの姿勢で横たわっている。

 顔を覗き込むと、瞼は開いたままだ。

 黒水晶のような幼女の瞳に、覗き込む自分が映る。しかし、幼女は自分を見てはいない。すでにこと切れている。

 地面から立ち上がり、人を呼ぼうとした。

 ―――被害者の死体発見。

 叫びかけたとき、何かが足を掴んだ。

 見ると、死んだはずの幼女の手が、自分の足首を掴んでいた。

 小さな唇が動き、か細い声がした。

 ―――おうちにかえりたい。

 

                     「第一章」に続く。

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